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【考察】我が国の新型コロナウィルス感染予防対策は果たして正しいか(日本人とは何者か)?

本記事はNHKスペシャルの新型コロナ特集や、ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥による新型コロナウィルス情報発信サイトに掲載された論文を参照した上で、執筆したものである。

【国別死亡率に大きな差異がある理由は?】わが国の新型コロナ感染症(COVID-19)の感染率・死亡率が低い理由として、

  • 日本人特有の生活習慣(挨拶で握手とかハグをしたりせず、距離を取る)
  • 日本人は清潔好きで家庭内では靴を脱ぐ
  • マスク率の高さ
  • 医療体制の充実

などが挙げられている。しかし果たして本当だろうか?

こちらの日経メディカルの記事をご覧いただきたい。COVID-19について人口100万人当たりの死者数が国別に表になっている。抜粋しよう。

  • スペイン:580
  • 英国:558
  • イタリア:557
  • スウェーデン:452
  • フランス:445
  • アメリカ合衆国:333
  • ポルトガル:143
  • ドイツ:104
  • イラン:96
  • 中国(湖北省):78
  • イラク:7
  • 日本:7
  • 韓国:5
  • マレーシア:4
  • オーストラリア:4
  • 台湾:0.3
  • タイ:0.2

ここで僕が「感染者数」を指標としなかったのには理由がある。韓国のように徹底的にPCR検査をした国と、我が国のようにPCR検査数が極端に少ない国の感染者数を単純比較することは出来ない。日本のやり方では無症状の(不顕性)感染者の拾い上げが出来ないからである。菅官房長官は6月24日の記者会見で、その日東京都で新型コロナウイルスの感染者が新たに55人報告されたことに関し「同一のホストクラブ関係者などに積極的に検査をした結果」と述べた。つまり検査を積極的にするか消極的にするかで感染者数は恣意的に操作出来るということだ。しかし死者に対しては嘘をつけない。死亡率は真の感染率を反映していると見なせる。

こうしてみると日本だけではなく、中国以外のアジア諸国の感染率がおしなべて低いことがわかるだろう。またオーストラリアの感染予防対策は日本より優秀だ。

さて、日本とイラクの死亡率(≒感染率)はほぼ同等。ではイラク人のマスク装着率は日本人に匹敵するのだろうか?あるいはイラクの医療水準が日本と同等なのか?ナンセンスである。台湾やタイの死亡率が日本の20分の1以下なのも上述した説明では全く納得がいかない。

つまり国別の死亡率(≒感染率)の差異の理由は必ず他にある筈だ。BCG接種の有無と、BCG株の違いは間違いなくその有力候補だろう。特に隣同士の国、スペイン vs. ポルトガルや、フランス vs. ドイツの死亡率に、どうしてこんなに差(4対1)があるのかは注目すべきポイントである。

【疫学調査の手法】結局、マスク着用が感染予防に有効なのか?とか、手洗いなど衛生面が有効なのかといった評価は〈多変量解析〉(解説こちら)をしなければ分からない。複数の独立変数(説明変数)があるからである。喫煙率とかGDP(国内総生産)、大気汚染(PM2.5)、肥満度(BMI)なども加味する必要がある。ちなみに中国やイランはPM2.5の濃度が高く、米国国内では低所得者である黒人の死亡率が高く、ブラジルでは富裕層より貧困層の死亡率が高い。〈多変量解析〉により死亡率が高い群(スペイン、イタリア、フランス、米国)と低い群(日本、韓国、台湾、タイ)の二群間で、明らかに統計学的有意差(P値が0.05以下)がある変数が見つかれば、その対策が効果的だったと評価出来る。これが公衆衛生学における疫学調査の基本である。

【マスクは新型コロナ感染予防に有効か?】ドイツ・マインツ大学などの研究チームは、同国でのマスクの義務化が新型コロナウイルスの感染者を「大幅に減少させた」とする研究結果を発表した(記事はこちら)。結論に異議はない。ただこの研究の問題点は〈感染者がマスクをした場合、拡大防止に有効か?〉と、〈非感染者がマスクをした場合、感染を予防出来るか?〉という問いを分けていないことである。一緒くたにしてしまっている。All or Nothingでは問題の本質を見失ってしまう。特にドイツの死亡率(≒感染率)は日本の十数倍である。(北海道と東京以外で)新規感染者が殆どなくなった日本で、健常者がマスクをすることに果たして意味があるのだろうか?

【感染者がマスクをする意義】感染者がマスクをすればウィルスの飛散を予防出来る。鼻や口からしぶきとして飛び出し、空中を漂う〈マイクロ飛沫〉の拡散を防止することが重要。これは間違いない。多数の実験がされており、論文発表もある。確かなエビデンスがあると僕も認める。

【非感染者がマスクをすることで予防出来るか?】この問いに対しては僕の知る限りエビデンスがない。もし明らかな反証があれば後学のために是非ご一報頂きたい。そもそも日本でも多数の医療機関でクラスターが発生し、医療従事者が感染している。彼らは当然マスクをしている筈であり、つまり感染予防に効果がないことを示唆している。いちばん重要なのは感染者と濃厚接触をしないことだ。SARS騒動のときも用いられたN95マスクをしていた救急隊員も感染したと報道されている。つまり僕は症状のない健常者がマスクをしても全く意味がないと考える。EBS(Evidence-Based Safety:根拠に基づく安全理論)と言えない。過剰反応だろう。

【クラスターが発生する条件】今までの経験で、どういう場所がクラスター(新型コロナ感染が異常に高い発生率である集団)になり易いかが判明している。

  • ライブハウス
  • ナイトクラブ、ホストクラブ、ゲイバーなど接待を伴う飲食店
  • カラオケ店(特に最近は北海道の昼カラオケ)
  • コールセンター(電話オペレーター)
  • スポーツジム
  • プロ野球、テニスなどスポーツ選手(特にロッカールームは閉鎖空間で危険)
  • 病院、デイサービス、ショートステイ、福祉事務所(医療/介護従事者、入院患者)
  • 合唱団の練習場
  • 中国から来た旅行者を乗せた観光バスや、クルーズ船乗客を乗せたタクシー

共通する特徴は明白である。「換気の悪い密閉空間で感染者と濃厚接触すること(3密)」「特に2m以内に近接し、感染者が発声することがハイリスク」「喋らなくても運動をしてハァハァ激しく呼吸をすることも危険」。

しかし僕が知る限りミュージカル・演劇を上演する劇場や、クラシック音楽のコンサート・ホールでクラスターが発生したという報告はない。これは日本だけでなく欧米諸国など世界に目を向けても同じだ。ではライブハウスとコンサート・ホールの違いは何か?

  • コンサート・ホールの方が空間が広い。
  • ライブハウスでは観客が歓声を上げたり、コール&レスポンス(演奏者の呼びかけに対して観客が応えること)したり、踊って息をハァハァしたりする。テーブルが設置され飲食可能な場合もある。一方、コンサートホールで観客は黙って音楽を聴くだけであり、同じ方向を向いている(感染者と向かい合わない)。またライブハウスは基本スタンディングなので、着席して大人しく聴くコンサート・ホールより密になる。

満員電車でクラスターが発生していないのも同じ理屈である。窓を開けて換気し、会話さえしなければ危険じゃない。それに対して観光バスでは長時間乗り、隣どうしてペチャクチャお喋りをする。補助席のない大型バスでは窓が開かない場合も多い。

映画館でのクラスターも皆無だが、法令により換気がしっかりしていること、観客が黙って同じ方向を向いていることにその理由があるだろう。

合唱団やロックバンド(グループ魂の宮藤官九郎ら)でクラスターが発生しているのに、オーケストラや吹奏楽団など楽器演奏家に事例が見当たらないのも発声の有無に問題の核心があることを示している。

【映画館・劇場対策に意味はあるのか?】2020年6月末現在、映画館や一部劇場が再開されたが、座席は前後左右1席ずつ開けるとか、マスク着用が必須とか条件付きである。ほとんどの商業演劇・ミュージカルでは客席数を半分以下に減らされると採算が取れない。オーケストラの演奏会だってそう。無茶な話である。ブロードウェイでは9月6日まで劇場閉鎖が決まっており、さらに延長される可能性も高い。「キャッツ」や「レ・ミゼラブル」、「オペラ座の怪人」といったミュージカル作品を手がけてきた著名な演劇プロデューサーで劇場オーナーでもあるサー・キャメロン・マッキントッシュは、ソーシャル・ディスタンシング措置のため来年までロンドンの劇場を再開出来ないと明言している。また経営難に陥った劇団四季はクラウドファンディングを開始した(こちら)。世界中のエンターテイメント業界は危機的状況にある。

ここで大いに疑問に思うのは、劇場に今までどおり客を入れた場合よりも、前後左右1席ずつ開けた方が感染リスクを統計学的有意差をもって低減出来るというエビデンス(根拠となるデータ)は本当にあるのだろうか?そういう実験をどこかでしたという話を僕は一切聞いたことがない。〈相手と2mの距離を取る〉というのは向かい合って、会話するという条件から生まれてきた指針である。喋らず、同方向を向いている状況で、ソーシャル・ディスタンシングを保つべき距離は自ずと変わってくる筈だ。発声を控えればマスクだって不要だろう。

京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授は次のように述べている(出典こちら)。

「緊急事態宣言の発令後、映画館やパチンコ店など、ほとんど話をしない場所への自粛も呼びかけられ、駅の利用状況も問題視されましたが、唾液が飛ばないところで自粛しても意味がありません」

【恐怖心】アメリカの哲学者ラルフ・ワルド・エマーソン(1803-1882)はこう言った。「恐怖は常に無知から生まれる (Fear always springs from ignorance. )」知識を得ることは恐怖の解毒剤である。妖怪とか幽霊といった類は正にこれであろう。特に電気のない時代、蝋燭とか灯台(火皿に油を注ぎ灯芯を浸したもの)で照らす夜は暗く、見えないことの恐怖が彼らを生んだ。ウィルスも目に見えない。見えない敵と戦うことは恐怖心や不安感を増幅させる。

20世紀で最も著名なイギリスの論理学者で哲学者バートランド・ラッセル(1872-1970)は「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」と述べている。新型コロナウィルス流行で脚光を浴びたのがアマビエという妖怪である。僕は今まで全く知らなかった。

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疫病除けでこういうのが流行るのも迷信のひとつだろう。そもそも宗教そのものが死の恐怖、人の命が有限であることの恐怖から生まれたと言える(↔永遠の命を有する神)。

また新型コロナに対する恐怖心から生まれた残虐が〈自粛警察〉であり、マスクをしていない人を公衆の面前で怒鳴りつける〈マスク警察〉だ。欧米では「コロナが感染拡大したのはおまえらのせいだ」とアジア人に対する差別や暴行事件が蔓延している。被害に遭っているのは中国系だけではなく、インドネシア人、ビルマ人、シンガポール人、韓国人、日本人と多岐にわたる(新聞記事こちら)。

ラッセルは「人間は信じやすい動物だから、何かを信じたくなる。信ずるに足る何かを見出だせない場合は、信ずるに足らないことでも満足してしまう」とも言っている。今回の場合は〈マスクによる感染予防効果〉がそれに当たるだろう。神社のお守り・お札みたいなものだ。

【新型コロナ恐るるに足らず】2020年6月26日現在、新型コロナウィルスによる日本の死者数は総計970人である。一方厚労省によると、通常の季節性インフルエンザによる年間死亡者数は日本で約1万人と推計されている(資料こちら)。世間の人々は神経質になり過ぎではないだろうか。

【アメリカ人はマスクをしない】2020年6月20日トランプ大統領が行った6,000人を超える大規模集会において、会場ではマスクが入場者に配布されたものの、実際に着用している人はほとんどいなかった。こちらの記事の動画をご覧頂きたい。ソーシャル・ディスタンシングなんか全く考慮しない、密の状態だということがお分かり頂けるだろう。

【日本人の生真面目さ】2020年4月7日に「緊急事態宣言」が発令され、5月25日に解除されるまで僕は無意味だと思いつつ、政府の方針に従って電車の中ではマスクを着用して通勤した。解除後も更に1ヶ月、我慢した。僕が住む兵庫県では1ヶ月以上、新型コロナウィルスの新規感染者は0だった。しかし6月末現在、阪急電車におけるマスク着用率は未だに100%である。どうして皆、そんなにお上に対して素直に従うんだ!?何故自分自身の頭で考えて、何が正しいかを判断しない?これはもう、一種の思考停止だ。感心を通り越して呆れてしまう。結局、軍国主義に走って暴走した政府に誰も異を唱えなかった第2次世界大戦時と日本人のあり方は少しも変わっていない。「欲しがりません勝つまでは」今も昔も羊のように従順な国民性だったのである。悪く言えば未だに〈個が確立されていない〉。しかし一方で、アメリカ人やフランス人みたいに個人主義が徹底しすぎても、良いことばかりではないのも確かだ。アメリカ人の離婚率の高さは悲惨だし、フランス人が一般に冷淡なのは、赤ちゃんのときから親が別室で寝る習慣が災いしているのではないかと僕は考える。つまり国民全体が〈愛着障害〉なのだ。

言い換えよう。日本人は昔から〈個よりも公を重んじる〉国民性なのだろう。出る杭は打たれ、和を以て貴しとなす(聖徳太子「十七条憲法」第一条)。それが良い場合もあれば、悪い場合もある。個か公か?何事も極端に走らず、程々が肝要である。

【同調圧力】そもそも外出時にマスクを付けなさいとかいうのは政府の〈要請〉であり〈強制〉ではない。罰則規定はないし、従わないからといって罪に問われるわけではない。米ニューヨーク州では行政命令でマスク着用が義務化された。アメリカ人は全然、人の言うことを聞かないからだ。パリでもメトロでマスクが義務化され、違反者には罰金1万6千円(135€ )が課せられる。じゃあ日本でも罰則規定を設ければいいじゃないかって?感染率がぜんぜん違う。フランスは日本の50倍以上だ。あちらでの義務化は感染者からの拡散を防ぐことに狙いがある。なお厚労省の調査で、東京都民の新型コロナウィルス抗体保有率は0.1%と判明した。一方、ニューヨーク州が実施した検査の抗体保有率は12.3%、スウェーデンのストックホルムは7.3%に達している。桁が違う。

しかし日本でマスクを着用せず街を歩いているとひしひしと同調圧力を感じる。汚物でも見るように、あからさまに嫌な顔をされ避けられたりする。ムラの発想だ。マスクをしない者は村八分。息苦しく、住みにくい世の中になったものだ。しかし僕はへこたれない。今の風潮は明らかに間違っている。誰になんと非難されようが「王様は裸だ!」とこれからも言い続ける。

【新しい生活様式のあるべき姿】以上述べてきた根拠に基づき、僕が考える〈新しい生活様式〉を提案したい。日本人は従順な国民だから、政府がしっかりとメッセージを発信すれば、きちんと実践出来る筈。

①以下のどれかに当てはまる人は必ず外出時、あるいは対面で会話をするときは必ずマスクを着用することとする。

  • 過去に新型コロナウィルスに感染した既往歴がある。
  • 直近2週間以内に新型コロナウィルスに感染した人と接触した可能性がある。
  • 37.5℃以上の発熱がある。
  • 咽頭痛や違和感・咳・頭痛・味覚/臭覚異常(味や臭いが分からない)・倦怠感などの症状がある。

これらに当てはまらない人はマスクは不要。勿論、不安があれば着用すればいいが熱中症に十分注意して適宜水分補給をする。

②映画館や劇場(ライブハウスを除く)で客席のソーシャル・ディスタンシングは不要。マスクも義務化しないが着席後の発声は慎む。また入場時の検温は実施する。

③舞台に立つ役者や演奏家には全員、新型コロナウィルスのPCR検査、またはLAMP法、抗原検査を実施する。感染初期には陽性化しない抗体検査はダメ。6月5日、 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が3ヶ月ぶりに公演を再開した際、楽員全員がPCR検査を受けた。

【最後に】読者の皆さんに切に訴えたい。「マスクを捨てよ、町へ出よう」

本物の日常を取り戻そう。

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