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2020年5月25日 (月)

ドキュメンタリー映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」

評価:A

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公式サイトはこちら。伝説となった討論会の様子が生き生きと伝わってくる秀逸なドキュメンタリー映画である。討論の場にいた人たちの50年後のインタビューも挿入されるので、多角的に味わうことが出来る。当時の政治的状況もニュース映像を交えて紹介され、痒いところに手が届く構成になっており、至れり尽くせりだ。

民兵組織「楯の会」を率いる三島由紀夫といえば右翼の象徴的存在であり、一方の全共闘は言わずと知れた極思想の学生たち。水と油の両極端が竜虎相搏つ(りゅうこあいうつ)のだから、面白くなかろう筈はない。

先鋭で攻撃的な左翼学生に対し、三島は終始冷静沈着で大人の対応。むしろ学生たちに対して共感(sympathy)を持って、ときにユーモアを交えて彼らを説得しにかかっているのだから実に愉快だ。そこに彼の文学者として「言霊(ことだま)」をあくまで信じる姿勢がひしひしと伝わってくる。それにしても生命の危険すらあるこの集会に単身乗り込んだ、肝っ玉の座った三島の度量は大したものである。事前に警視庁から警護の申し出があったが、断った。しかし会場では隠密に私服の刑事が事態の推移を見守っていたという。

立場がかけ離れていて全く議論が噛み合わない筈なのに、終盤に至ると両者に和やかな感情が芽生えてきて、共犯関係になっていく姿は、まるで三谷幸喜の二人芝居『笑の大学』を観ているような摩訶不思議な心地になった。結局、当時の政治的状況・国の有り様を憂い、暴力を持ってしてでも革命を起こさなければならないという切羽詰まった心情は両者で共通していたのである。そのベクトルの目指す方向は真逆だったとしても。

中盤からかなり難解なやり取りになるが、かたや東大生であり、三島自身も東大法学部を卒業し大蔵省に勤めていたという知の巨人であるから、ちゃんと相手の主張を理解し、討論が成立しているのには目を見張った。さすが日本最高の頭脳が集結しただけのことはある。

東大教養学部教室でこの討論会が開催されたのが1969年5月13日、三島が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げるのがその1年半後の70年11月25日。間違いなく彼は討論会の時点で近い将来自決することを決めていた。少なくとも68年に「楯の会」を結成した頃から計画は既に開始されていたのである。市ヶ谷で自衛隊員に決起を促す説得に失敗したから自決したと考えている人たちもいるようだが、明らかに間違い。あれは単なるポーズ、全ては三島のシナリオ通りに。彼は自分が信じる美学を全うしたのだ。そもそも1961年に発表した小説『憂国』の主人公は最後に割腹自殺し、その4年後に三島自身が監督・主演を務めこれを映画化している。討論会でも彼は切腹について触れる。

瀬戸内寂聴が女子学生みたいに目を輝かせながら、まるで崇拝するアイドルを語るが如く、喜々として三島についてインタビューに答えているのが微笑ましかった。

本ドキュメンタリーの製作者は実に意地悪だ。元東大全共闘で、アンダーグラウンド(地下)演劇の劇作家・演出家でもある芥正彦に対して、革命を志した学生運動は挫折したと思うか?と問う。それに対する芥の回答が秀逸で、僕は劇場で腹を抱えて笑った。結果は火を見るより明らかなのに、彼らは決して自分の「負け」を認めない。懲りない人たちだ。まぁ人間という生き物は自尊心(自己肯定感)を失っては生きていけない存在だから仕方がない。負け惜しみが実にみっともないけれど、ある意味愛おしくもある。宮崎駿の『の豚』を思い出した。因みに映画の主題歌・挿入歌を歌った加藤登紀子は反帝全学連の闘志・藤本敏夫と獄中結婚したという筋金入りの左翼である。その学生運動の思い出を歌ったのが『の豚』エンディングに流れる「時には昔の話を」(Spotifyではこちら)。

小説家・三島由紀夫という人は生涯〈ペルソナ(仮面)〉をかぶり続けたので、なかなかその本性は計り知れない。そもそも彼が愛して止まなかった『源氏物語』や『古今和歌集』は平安時代の貴族社会に生まれた王朝文学である。一方、彼がこだわった切腹は武家社会の作法(武士道)であって、本来両者は相容れないものだ。もうこの時点で完全に自己矛盾を生じている(宮崎駿に似ている)。こうした内面の複雑怪奇さ、混沌(Chaos)こそ、三島文学の魅力であるとも言えるだろう。

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