わが心の歌 25選 ③シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と武満徹「小さな空」の関係
☆「聞かせてよ愛の言葉を( Parlez-moi d'amour )」は1930年に生まれたシャンソン。リュシエンヌ・ボワイエ( Lucienne Boyer ) が歌った。
20世紀の日本を代表する作曲家・武満徹は第二次世界大戦中の1945年8月初め、学徒動員で招集された陸軍食糧基地でこの歌に出会った。見習士官の一人が、手持ちの蓄音機を使ってこっそり内緒で敵国のレコードをかけたのである。中学生(14歳)の出来事だった。 その時のことを彼は次のように回想している。
それは、当時、私たちが接していた音楽というものと、まるで違うものだったのです。そのころ私たちはほとんど軍歌ばかり歌わされていたし、それに音楽も、敵性音楽といった欧米のほとんどの音楽は禁止されていました。その時、見習士官が私たちに聴かせてくれたのが、いま思えばフランスのシャンソンで、『パルレ・モア・ダアムール』(聞かせてよ、愛のことば)という歌でした。それは私にとっては初めて知った、軍歌とはまるで違う別の、しかも甘美な音楽でありました。それを聴いて、こんな素晴らしい音楽がこの世にあったのかと思いました。そのことが終戦になってからも忘れられなくて、音楽に自分の関心が集中してきました。
武満徹「私の受けた音楽教育」
Spotifyで聴くにはこちら。他のサブスクで検索する場合は日本語でなく、"Parlez"や"boyer"といったキーワードを入力するほうが確実に見つけられるだろう。
こんな歌詞だ。
聞かせてよ、愛の言葉を
優しく囁いて
あなたの美しいお話
聞き飽きたりなんかしない
何度でも繰り返して
その至福の言葉を
愛してると知っているでしょ
私が心の底では信じてないのを
それでもまだ聞きたいの
愛撫するあなたの声で
私の大好きな言葉を
私は美しいお話に動揺し
心ならずもそれを信じたくなる聞かせてよ、愛の言葉を
優しく囁いて
あなたの美しいお話
聞き飽きたりなんかしない
何度でも繰り返して
その至福の言葉を
愛してると甘いささやきが、私の心をときめかす
空想上の生き物(シメール)を信じなかったら
ときに人生はつらいもの
でも安心させてくれる誓いの言葉を聞けば
悲しみは薄らぎ
口づけで心の傷は癒やされる(第一節 繰り返し)
優しく慰撫するような歌声である。僕は終戦間近の日本の夏の日に、額に汗を浮かべながら陶然として78回転SPレコードに聴き入る武満少年の姿を幻視する。これが彼にとって音楽人生の出発点となった。
詩人・塚本邦雄はこのボワイエの歌唱を次のように評している(文中に出てくるメレとはスペインの女性歌手ラケル・メレのこと)。
......エメラルドとオパールが花影で觸れ合ひ煌めき合ふやうな美しい曲は、彼女がこの世に獻じた不壊の供物である。(中略)ジャン・ルノワールの曲もほとんど完璧であり、ボワイエの技巧も間然とするところがない。メレが蜜の甘さならボワイエは良質の冰糖の甘さ、その甘さに混るのは仄かな苦みである。
塚本邦雄「銀色のリラ リュシエンヌ・ボワイエ論」
☆武満徹(1930-1996)はストラヴィンスキーに認められ、ニューヨーク・フィルが初演した「ノヴェンバー・ステップス」など日本を代表する現代音楽作曲家として世界に名を轟かせたが、同時に「うた」の世界も忘れなかった。武満の「うた」は基本的に調性音楽で、大変聴き易い。中でも僕が一番大好きなのが「小さな空」。作詞も武満が手がけた。山田和樹/東京混声合唱団の演奏でどうぞ(こちら)。独唱バージョンもまた違った味わいがある(こちら)。他にも、混声合唱のための「うた」に収められた色々な曲を聴いてみてください。また、あまり知られていないが五木寛之(原作)小林正樹(監督)の映画「燃える秋」主題歌も哀愁が漂っていて良い(こちら)。ハイ・ファイ・セットが歌い、アレンジは別人の手による。
一方、武満のオーケストラ曲なら「夢の時(ドリームタイム)」と「系図ー若い人のための音楽詩」(谷川俊太郎が手がけた詩の朗読あり)の収録されたこちらのアルバムとか、「ウォーター・ドリーミング」の入ったこちらをお勧めする。
最後に、僕が推すシャンソンの名曲をいくつかご紹介しておく。
- シャルル・トレネ Charles Trenet が歌う「ラ・メール ( La mer ) 」←「海」のこと。
- エディット・ピアフが歌う「ばら色の人生 ( La Vie en rose )」「水に流して ( Non, je ne regrette rien )」「群衆 ( La Foule )」「パダム・パダム ( Padam padam )」
- イヴ・モンタンが歌う「枯葉 ( Les Feuilles mortes )」「パリの空の下 ( Sous le ciel de Paris )」
- ミレイユ・マチュー Mireille Mathieu が歌う「パリは燃えているか ( Paris en colère )」←同名映画の主題曲に歌詞を付けたもの。直訳すると「怒れるパリ」。Spotifyではこちら。
- 加藤登紀子が歌う「さくらんぼの実る頃」←パリ・コミューン時代の流行歌。宮崎駿監督『紅の豚』で使用された(こちら)。
- ジャン・アヌイ(詞)フランシス・プーランク(曲)「愛の小径( Les chemins de l'amour )」ジェシー・ノーマンの歌唱でどうぞ(こちら)。
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