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2020年5月

【考察】噴出する「テラスハウス」問題と、ネットで叩く者たちの心理学

22歳の女子プロレスラー・木村花さんが亡くなったことに関して、出演してた番組「テラスハウス」(ネットフリックス/フジテレビ)における彼女の言動を巡って、SNSに非難が書き込まれたことが原因ではないかと取り沙汰されている。

番組における彼女の役割はヒール(Heel)だったのではないだろうか?プロレス興行のギミック上、悪役として振舞うプロレスラーのことを指す。つまり観客(視聴者)を愉しませるための偽装だ。実際には仲がよいプロレスラーでも、リングの上では憎しみ合っているように振る舞う。あくまでも演技だ。ファンはそのことを承知の上で野次を飛ばし、悪役が繰り広げる反則技にブーイングし、試合会場は興奮の坩堝と化す。彼らは内面のモヤモヤ(ユング心理学では影 shadowと呼ばれる)を吐き出し、ヒールに投影し、叩くことによって日頃の鬱憤を晴らす。そこには暗黙の了解が成立している。プロレスはスポーツと言うよりもあくまで「興行」だから、試合結果がTVニュースで報道されることはない。もっと詳しく内部事情を知りたいのなら、ミッキー・ロークが主演し、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「レスラー」(2008)をご覧になることをお勧めする。

バラエティ番組に登場する「おバカキャラ」も同じ構造である。知識が欠けているのも事実だろうが、クイズの答えが判っていても、わざと外して番組を盛り上げることも彼らの重要な役割だ。つまりキャラクターを際だたせるために話を「盛る」のだ。漫才のボケと一緒。実際に痴呆なわけではないし、大方の観客だってそのことは知っている。これも暗黙の了解だ。

しかしテレビの視聴者の中にはこの暗黙の了解が通じない人達が少なからずいる。リアル(現実)とフィクション(虚構)の見分けがつかない。彼らはテレビが嘘を付くはずがないと信じ込んでいる。「リアリティー番組」という呼び方や、「台本がない」を売り文句にしている点も誤解を生む原因だろう。

ある海外メディアは「リアリティーTV 」出演者のうち、過去に38人が自ら死を選んだと報じた。アメリカだけでも過去10年で21人が命を絶ったというデータもある。

嘗て山口百恵や小泉今日子といった昭和のアイドルは雲の上の存在だった。しかし21世紀に入り、AKB48など「会いに行けるアイドル」が登場し、手が届く対象になった。その他の芸能人も、SNSの普及に伴い身近な存在になった。ツイッターやインスタグラムにコメントを書き込めば(マネージャーや事務所の検閲なしに)直接本人が読んでくれたり、コメント返しをくれる可能性まで生まれた。しかし便利なコミュニケーション・ツール(accessibility)は諸刃の剣であり、リスクも増大した。芸能人が身体的、精神的に傷つけられる事象もしばしば報道されるようになったのだ。

【集団の形成】「地球上すべての生物は遺伝子(自己複製子)の乗り物に過ぎず、生物の様々な形質や、利他的な行為を含めた行動のすべては、自然選択による遺伝子中心の進化によって説明できる」とリチャード・ドーキンスは著書『利己的な遺伝子』の中で述べている。人は遺伝子を運ぶ舟である。我々の祖先が木から降りてサバンナで生活を始めたとき、集団生活を始めた。その方が種の保存のために好都合だからである。ライオンやジャッカルといった外敵から身を守ることが出来るし、仕事の役割分担することで食料の確保も容易になる。「人間は社会的動物である」と言われる所以だ。やはり外敵から身を守るために群れをなすイワシとか(希釈効果)、V字編隊になって飛ぶ雁の群れに似ている。

Iwashi

【安全欲求/制裁行動】集団の形成で人は安心して暮らせるようになった。家族や仲間を守ろうとするとき、脳の下垂体後葉からオキシトシンと呼ばれるホルモンが分泌され、安らぎに満ちた喜びが湧き起こる。これが愛着の仕組みである。しかし和を乱す者、逸脱する者が現れると安全欲求が脅かされ、邪魔になりそうな人に対して制裁行動 sanctionを起こす。「いじめ」や「自粛警察」「ネットリンチ」の根底にはこの構造が潜んでいる。「同調圧力」あるいは「出る杭は打たれる」とも言う。

【ルサンチマン】有名人に対するバッシングには、彼らの成功に対する嫉妬心も原動力となっている。フランス革命やロシア革命におけるプロレタリアート(労働者階級)の、ブルジョアジー(富裕層)に対する感情に似ている。攻撃する者たちは心理的な価値の転倒、一発逆転を狙っている。哲学者ニーチェが言うところのルサンチマンだ。あるインターネット評論家は誹謗中傷のコメントをするネット民の属性を、(1)20代、(2)ニート・フリーター、(3)独身、(4)童貞だと述べている(出典こちら)。要約すれば「収入が少なく、モテない、寂しいヲタク」ということになるだろう。

【正義中毒】いじめは快感に直結する。制裁行動 sanctionが発動すると、中枢神経に存在するドーパミンという神経伝達物質が放出され、喜びを感じる。承認欲求達成欲求が満たされ、いじめ/バッシングは過激化する。これを「過剰な制裁」という。ドーパミンは本来、困難な目的を達成したときに生じ、「報酬系」と呼ばれる。しかし麻薬・飲酒・賭博・いじめなどでも短絡的放出を引き起こし、快楽をもたらす。バッシングする人は「自分は正義を行っている」という実感(勘違い)があり、やめられない。「正義中毒」である。アルコール中毒や薬物中毒と同じ。ドーパミン分泌という「報酬」を、飽くことなく求め続けるのだ。児童虐待する親の心理もそう。彼らにとっての「正義」は「しつけ」と言い換えられる。2019年に千葉県野田市で小学校4年生(当時)の栗原心愛さんが自宅浴室で死亡した虐待事件で、父親である勇一郎被告は娘が号泣する動画を蒐集(collect)していた。それが彼にとっての「報酬」であった。

【高低差=社会的欲求】「自分は正義を行っている」という感覚は、アメコミのヒーロー(スーパーマン、バットマン)とか、大岡越前といったお奉行さまになったような気分に近い(仮想現実)。高みからお白州に畏まる悪党を見下す快感。それは米アカデミー作品賞・監督賞を受賞した韓国映画「パラサイト」に描かれたように、丘の上の高台に住む富裕層が、半地下に住む貧困層を睥睨する気分に等しい。上から目線ーその高低差により優越感に浸れ、社会的欲求が満たされる。たとえ幻想でしかないとしても。

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【人の心】アドルフ・ヒトラーとナチス・ドイツの悪夢。結局、地球上で一番恐ろしいのは津波とかウィルスではなく、人の心なのである。心がモンスターを生む。マリー・アントワネットをギロチンの刑に処し「共和国万歳!」と叫んだフランス市民の正義、ロマノフ家を全員銃殺したロシア労働者階級の血みどろの正義、日本の市民活動家の正義、そして韓国の元慰安婦支援団体である「正義連」……。もう、うんざりた。自らを「正義」とか「市民」と名乗る者を徹底的に疑え!

 

参考文献:① 河合隼雄(著)「影の現象学」講談社学術文庫
② リチャード・ドーキンス(著) 日高敏隆ほか(訳)「利己的な遺伝子」 紀伊國屋書店
③ 岡田尊司(著)「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害」光文社新書 
④ 岡田尊司(著)「あなたの中の異常心理」幻冬舎新書
⑤ フリードリヒ・ニーチェ(著)中山元(訳)「道徳の系譜学」光文社古典新訳文庫
⑥A.H.マズロー(著)小口忠彦(訳)「人間性の心理学」産能大出版部

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ドキュメンタリー映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」

評価:A

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公式サイトはこちら。伝説となった討論会の様子が生き生きと伝わってくる秀逸なドキュメンタリー映画である。討論の場にいた人たちの50年後のインタビューも挿入されるので、多角的に味わうことが出来る。当時の政治的状況もニュース映像を交えて紹介され、痒いところに手が届く構成になっており、至れり尽くせりだ。

民兵組織「楯の会」を率いる三島由紀夫といえば右翼の象徴的存在であり、一方の全共闘は言わずと知れた極思想の学生たち。水と油の両極端が竜虎相搏つ(りゅうこあいうつ)のだから、面白くなかろう筈はない。

先鋭で攻撃的な左翼学生に対し、三島は終始冷静沈着で大人の対応。むしろ学生たちに対して共感(sympathy)を持って、ときにユーモアを交えて彼らを説得しにかかっているのだから実に愉快だ。そこに彼の文学者として「言霊(ことだま)」をあくまで信じる姿勢がひしひしと伝わってくる。それにしても生命の危険すらあるこの集会に単身乗り込んだ、肝っ玉の座った三島の度量は大したものである。事前に警視庁から警護の申し出があったが、断った。しかし会場では隠密に私服の刑事が事態の推移を見守っていたという。

立場がかけ離れていて全く議論が噛み合わない筈なのに、終盤に至ると両者に和やかな感情が芽生えてきて、共犯関係になっていく姿は、まるで三谷幸喜の二人芝居『笑の大学』を観ているような摩訶不思議な心地になった。結局、当時の政治的状況・国の有り様を憂い、暴力を持ってしてでも革命を起こさなければならないという切羽詰まった心情は両者で共通していたのである。そのベクトルの目指す方向は真逆だったとしても。

中盤からかなり難解なやり取りになるが、かたや東大生であり、三島自身も東大法学部を卒業し大蔵省に勤めていたという知の巨人であるから、ちゃんと相手の主張を理解し、討論が成立しているのには目を見張った。さすが日本最高の頭脳が集結しただけのことはある。

東大教養学部教室でこの討論会が開催されたのが1969年5月13日、三島が自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げるのがその1年半後の70年11月25日。間違いなく彼は討論会の時点で近い将来自決することを決めていた。少なくとも68年に「楯の会」を結成した頃から計画は既に開始されていたのである。市ヶ谷で自衛隊員に決起を促す説得に失敗したから自決したと考えている人たちもいるようだが、明らかに間違い。あれは単なるポーズ、全ては三島のシナリオ通りに。彼は自分が信じる美学を全うしたのだ。そもそも1961年に発表した小説『憂国』の主人公は最後に割腹自殺し、その4年後に三島自身が監督・主演を務めこれを映画化している。討論会でも彼は切腹について触れる。

瀬戸内寂聴が女子学生みたいに目を輝かせながら、まるで崇拝するアイドルを語るが如く、喜々として三島についてインタビューに答えているのが微笑ましかった。

本ドキュメンタリーの製作者は実に意地悪だ。元東大全共闘で、アンダーグラウンド(地下)演劇の劇作家・演出家でもある芥正彦に対して、革命を志した学生運動は挫折したと思うか?と問う。それに対する芥の回答が秀逸で、僕は劇場で腹を抱えて笑った。結果は火を見るより明らかなのに、彼らは決して自分の「負け」を認めない。懲りない人たちだ。まぁ人間という生き物は自尊心(自己肯定感)を失っては生きていけない存在だから仕方がない。負け惜しみが実にみっともないけれど、ある意味愛おしくもある。宮崎駿の『の豚』を思い出した。因みに映画の主題歌・挿入歌を歌った加藤登紀子は反帝全学連の闘志・藤本敏夫と獄中結婚したという筋金入りの左翼である。その学生運動の思い出を歌ったのが『の豚』エンディングに流れる「時には昔の話を」(Spotifyではこちら)。

小説家・三島由紀夫という人は生涯〈ペルソナ(仮面)〉をかぶり続けたので、なかなかその本性は計り知れない。そもそも彼が愛して止まなかった『源氏物語』や『古今和歌集』は平安時代の貴族社会に生まれた王朝文学である。一方、彼がこだわった切腹は武家社会の作法(武士道)であって、本来両者は相容れないものだ。もうこの時点で完全に自己矛盾を生じている(宮崎駿に似ている)。こうした内面の複雑怪奇さ、混沌(Chaos)こそ、三島文学の魅力であるとも言えるだろう。

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わが心の歌 25選 ④ カーペンターズ「Close To You」/ナット・キング・コール「Unforgettable」

これから先の人生で、どんなことがあるのか知らないけれど、いとしい歌の数々よ、どうぞぼくを守りたまえ。

芦原すなお(著)『青春デンデケデケデケ』より

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"(They Long to Be) Close to You"は作詞家:ハル・デヴィッド、作曲家:バート・バカラックという稀代の名コンビが生み出した楽曲。このふたりには他に映画『明日に向かって撃て』の主題歌「雨にぬれても」(アカデミー歌曲賞受賞)や、ミュージカル『プロミセス・プロミセス』(映画『アパートの鍵貸します』が原作)のナンバー「小さな願い」「もう恋なんてしない(I'll Never Fall in Love Again) 」等がある。あと僕は「アルフィー」(こちら)も大好き!

「小さな願い(I Say A Little Prayer) 」は映画『ベスト・フレンズ・ウェディング』における使い方が最高だった。視聴はこちら。何という幸福感!!!

バカラック作品の歌い手としてディオンヌ・ワーウィックが有名だが、"(They Long to Be) Close to You"に関しては、断然カーペンターズ盤の方が良い。唯一無二。特にアレンジが秀逸。Spotifyではこちら。「遙かなる影」などというケッタイな邦題もあるが意味不明、言語道断(out of question)である。

カレン・カーペンターは31歳の若さで摂食障害(拒食症)により亡くなった。病の背後には愛着障害があったと思わる。両親は熱心なプロテスタント教会メソジスト派の信者で、祖父は中国で宣教師をしていた。両親は兄リチャードの音楽の才能を信じ、それを伸ばすためにコネチカット州ニューヘーブン からハリウッドのある南カリフォルニアに移住している。しかしカレンの才能は過小評価していた。 サックスやフルートをやって挫折した彼女が、ドラマーになりたいと言ったときも「女のやることじゃない」と反対したそう。また彼らがカレンをハグしてくれたことは一度もなく、後年セラピーの過程で彼女が母親に「私のママになってよ!」と泣きながら懇願したという記録が残っている。ところが1966年にあるレコード会社はカレン(当時16歳)の天性の歌声に惚れ込み、リチャード抜きで彼女とだけ契約を結ぼうとした。しかしリチャードの才能しか信じていなかった母親はここでも反対し、娘の単独デビュー計画を潰しにかかった。

カレンは幼い頃、兄から太っちょ(chubby)と言われたことにも深く傷ついていた。若手実業家との結婚生活もうまく行かず僅か1年ほどで破綻した。また痩せるために大量の下剤や、甲状腺ホルモン剤を内服していた(愛着障害のある人は自分のことを愛せない。だから理想の自分でないとダメだと思い、完璧を求める。親が心の安全基地として機能しないから、生きるための拠り所を完璧な自分に求めるとも言える)。

*参考文献:岡田尊司(著)「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害」光文社新書 

"Close to You"の歌詞はこうだ。

Why do birds suddenly appear
Every time you are near?
Just like me,
They long to be
Close to you.

どうして鳥たちは不意に現れるの?
あなたが近くにいるときはいつも
ちょうどわたしと同じね
彼らもあなたのそばに
いたいんだわ

Why do stars fall down from the sky
Every time you walk by?
Just like me,
They long to be
Close to you.

どうして星々は落ちてくるの?
あなたが通りかかるといつも
ちょうどわたしと同じね
彼らもあなたのそばに
いたいんだわ

On the day that you were born the angels got together
And decided to create a dream come true.
So, they sprinkled moon dust in your hair of gold
And star light in your eyes of blue.

あなたが生まれた日、天使たちが集まって
夢を叶えることを決めたの
そこで彼らは月の粉をあなたの金髪に降り注ぎ
あなたの青い瞳に星の輝きを注入した

That is why all the girls in town
Follow you all around.
Just like me,
They long to be
Close to you.

だから街の女の子たちみんなが
どこでもあなたに付いていくの
ちょうどわたしと同じね
彼女たちもあなたのそばに
いたいのよ

スティーヴ・マーティンが脚本を書き、主演したコメディ映画「愛しのロクサーヌ」(戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』を原案とする)では"Close to You"歌詞の一節が引用される。またファレリー兄弟が監督し、キャメロン・ディアスが主演した「メリーに首ったけ」でもカーペンターズの歌が流れ、爆笑シーンに仕上がっている。なお、ピーター・ファレリーが後に脚本・監督した「グリーンブック」はアカデミー作品賞・脚本賞を受賞した。

カレン・カーペンターの歌声は"Yesterday Once More"も忘れ難い(こちら)。そのノスタルジィーが日本人の琴線に触れるのだ。アニメ映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」でケンとチャコがリーダーを務める組織“イエスタディ・ワンスモア”が登場したのには腹を抱えて笑った。

"Unforgettable"(ナット・キング・コール)

芦原すなお原作、大林宣彦監督の映画『青春デンデケデケデケ』で高校生の主人公と一緒にバンドを組む、友人(浅野忠信)の姉(水島かおり)が次のように言う。

「なんちゅうてもええのんがナット・キング・コールで、特に "Lonely One" は聞いとって涙が出てくるし、"Nature Boy" は体がふわふわしてきて、知らんうちにどっか遠いところへ連れていかれそうな気になるわ」

もしたった一人だけ好きな歌手を挙げろと言われたら、僕は躊躇することなくナット・キング・コールと答えるだろう。それくらい彼の声に心底惚れ込んでいる。多分僕はバリトンの声域を心地よく感じる性癖を持っているのだろう。オペラ歌手だったらダントツでイタリアのピエロ・カプッチッリ。なかんずくヴェルディの『マクベス』と『シモン・ボッカネグラ』は最高だね!

声というのは天賦の才能(gifted)で唯一無二。例えばフランク・シナトラやカレン・カーペンターの歌声の代わりを、他の人が務めることなんて到底出来はしない。

だから正直、ナット・キング・コールが歌ってさえいれば「モナ・リザ」「スターダスト」「ネイチャー・ボーイ」「トゥー・ヤング」「スマイル」「L-O-V-E」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(私を月まで連れてって)」「ザ・クリスマス・ソング」……なんでも良い。彼の歌声は温かく、優しくそっと包み込んでくれるような抱擁力がある。えも言われぬ安心感を与えてくれるんだ。

彼が歌う"The Christmas Song"が使われた映画として、スティーヴン・スピルバーグ監督「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」やイルミネーション・エンターテイメントのアニメ映画『グリンチ』など枚挙に暇がないし、メグ・ライアンとトム・ハンクスが主演した『めぐり逢えたら』では"Stardust"が流れる。その中でどうして"Unforgettable"を選んだかというと、ナット・キング・コールという存在そのものがUnforgettable(忘れ難い)からだ。象徴的な一曲と言える。

娘ナタリー・コールとの時空を超えたデュエットを映像でどうぞ→こちら。グラミー賞の最優秀アルバム賞およびソング・オヴ・ザ・イヤーを受賞した。そちらの音源はこちら

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わが心の歌 25選 ③シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と武満徹「小さな空」の関係

「聞かせてよ愛の言葉を( Parlez-moi d'amour )」は1930年に生まれたシャンソン。リュシエンヌ・ボワイエ( Lucienne Boyer ) が歌った。

20世紀の日本を代表する作曲家・武満徹は第二次世界大戦中の1945年8月初め、学徒動員で招集された陸軍食糧基地でこの歌に出会った。見習士官の一人が、手持ちの蓄音機を使ってこっそり内緒で敵国のレコードをかけたのである。中学生(14歳)の出来事だった。 その時のことを彼は次のように回想している。

それは、当時、私たちが接していた音楽というものと、まるで違うものだったのです。そのころ私たちはほとんど軍歌ばかり歌わされていたし、それに音楽も、敵性音楽といった欧米のほとんどの音楽は禁止されていました。その時、見習士官が私たちに聴かせてくれたのが、いま思えばフランスのシャンソンで、『パルレ・モア・ダアムール』(聞かせてよ、愛のことば)という歌でした。それは私にとっては初めて知った、軍歌とはまるで違う別の、しかも甘美な音楽でありました。それを聴いて、こんな素晴らしい音楽がこの世にあったのかと思いました。そのことが終戦になってからも忘れられなくて、音楽に自分の関心が集中してきました。

武満徹「私の受けた音楽教育」

Spotifyで聴くにはこちら。他のサブスクで検索する場合は日本語でなく、"Parlez"や"boyer"といったキーワードを入力するほうが確実に見つけられるだろう。

こんな歌詞だ。

聞かせてよ、愛の言葉を
優しく囁いて
あなたの美しいお話
聞き飽きたりなんかしない
何度でも繰り返して
その至福の言葉を
愛してると

知っているでしょ
私が心の底では信じてないのを
それでもまだ聞きたいの
愛撫するあなたの声で
私の大好きな言葉を
私は美しいお話に動揺し
心ならずもそれを信じたくなる

聞かせてよ、愛の言葉を
優しく囁いて
あなたの美しいお話
聞き飽きたりなんかしない
何度でも繰り返して
その至福の言葉を
愛してると

甘いささやきが、私の心をときめかす
空想上の生き物(シメール)を信じなかったら
ときに人生はつらいもの
でも安心させてくれる誓いの言葉を聞けば
悲しみは薄らぎ
口づけで心の傷は癒やされる

(第一節 繰り返し)

優しく慰撫するような歌声である。僕は終戦間近の日本の夏の日に、額に汗を浮かべながら陶然として78回転SPレコードに聴き入る武満少年の姿を幻視する。これが彼にとって音楽人生の出発点となった。

詩人・塚本邦雄はこのボワイエの歌唱を次のように評している(文中に出てくるメレとはスペインの女性歌手ラケル・メレのこと)。

......エメラルドとオパールが花影で觸れ合ひ煌めき合ふやうな美しい曲は、彼女がこの世に獻じた不壊の供物である。(中略)ジャン・ルノワールの曲もほとんど完璧であり、ボワイエの技巧も間然とするところがない。メレが蜜の甘さならボワイエは良質の冰糖の甘さ、その甘さに混るのは仄かな苦みである。

塚本邦雄「銀色のリラ リュシエンヌ・ボワイエ論」

武満徹(1930-1996)はストラヴィンスキーに認められ、ニューヨーク・フィルが初演した「ノヴェンバー・ステップス」など日本を代表する現代音楽作曲家として世界に名を轟かせたが、同時に「うた」の世界も忘れなかった。武満の「うた」は基本的に調性音楽で、大変聴き易い。中でも僕が一番大好きなのが「小さな空」。作詞も武満が手がけた。山田和樹/東京混声合唱団の演奏でどうぞ(こちら)。独唱バージョンもまた違った味わいがある(こちら)。他にも、混声合唱のための「うた」に収められた色々な曲を聴いてみてください。また、あまり知られていないが五木寛之(原作)小林正樹(監督)の映画「燃える秋」主題歌も哀愁が漂っていて良い(こちら)。ハイ・ファイ・セットが歌い、アレンジは別人の手による。

一方、武満のオーケストラ曲なら「夢の時(ドリームタイム)」と「系図ー若い人のための音楽詩」(谷川俊太郎が手がけた詩の朗読あり)の収録されたこちらのアルバムとか、「ウォーター・ドリーミング」の入ったこちらをお勧めする。

最後に、僕が推すシャンソンの名曲をいくつかご紹介しておく。

  • シャルル・トレネ Charles Trenet が歌う「ラ・メール ( La mer ) 」←「海」のこと。
  • エディット・ピアフが歌う「ばら色の人生 ( La Vie en rose )」「水に流して ( Non, je ne regrette rien )」「群衆 ( La Foule )」「パダム・パダム ( Padam padam )」
  • イヴ・モンタンが歌う「枯葉 ( Les Feuilles mortes )」「パリの空の下 ( Sous le ciel de Paris )」
  • ミレイユ・マチュー Mireille Mathieu が歌う「パリは燃えているか ( Paris en colère )」←同名映画の主題曲に歌詞を付けたもの。直訳すると「怒れるパリ」。Spotifyではこちら
  • 加藤登紀子が歌う「さくらんぼの実る頃」←パリ・コミューン時代の流行歌。宮崎駿監督『紅の豚』で使用された(こちら)。
  • ジャン・アヌイ(詞)フランシス・プーランク(曲)「愛の小径( Les chemins de l'amour )」ジェシー・ノーマンの歌唱でどうぞ(こちら)。

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わが心の歌 25選 ②「One more time, One more chance」「なんでもないや」

「歌はいいね。歌は心を潤してくれる。リリン(=人類)の生み出した文化の極みだよ」渚カヲル〜『新世紀エヴァンゲリオン』より

One more time, One more chance(山崎まさよし)”を初めて聴いたのは 1996年12月に公開された映画『月とキャベツ』の主題歌としてだった。歌手・山崎まさよしの俳優デビュー作であり、彼は後に韓国映画のリメイク『8月のクリスマス』でも主演を務めている。

ぶっちゃけ『月とキャベツ』は死にそうなくらい退屈で、最早どんな物語だったかすら記憶にない。しかし主題歌はしみじみ「いい曲だなぁ」と想った。「でも映画の出来が悪くてもったいない。宝の持ち腐れだ」

それからすっかり忘却の彼方にあったのだが、久しぶりにこの歌を耳にしたのが2013年。DVDで鑑賞した新海誠監督のアニメーション映画『秒速5センチメートル』のクライマックスで大々的に使用されていたのである。

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これにはぶっ飛んだ。新海監督は音楽の小節ごとにピッタリ合わせて畳み掛けるようにショットを積み重ねていくので、編集にキレがある。ロバート・ワイズ監督のミュージカル映画『ウエストサイド物語』や『サウンド・オブ・ミュージック』を彷彿とさせる。この特徴は『君の名は。』や『天気の子』も同様。

長い年月を経て遂にこの歌の真価を十二分に発揮する映像にめぐり逢った、という感慨を覚えた。なんて切なくて、心にズシンと来るのだろう。Spotifyではこちら

新海監督が本作の後に世に問うた『言の葉の庭』では、主人公たちの感情が爆発する場面で大江千里(作詞・作曲)"Rain"がすこぶる印象的に使われた。槇原敬之はこの曲を2度もカヴァーしており、映画では秦基博によるカヴァー・バージョンが流れる。Spotifyはこちら。大江は大阪府に生まれ、関西学院大学(兵庫県西宮市)入学後に音楽活動を始めているので、"Rain"で歌われているのは大学のある阪急今津線(宝塚ー西宮北口)沿線の情景かな?と想像している。ちなみにこの路線は映画『阪急電車』の舞台となった。

「なんでもないや -movie ver. (RADWIMPS - 上白石萌音)」は言うまでもなく、映画『君の名は。』の幸福感溢れるエンディングに流れる歌。

ただしRADWIMPSはサブスクリプション型(定額制)音楽ストリーミングサービスで聴けないので……と書く予定だったのだが、な、な、なんと2020年5月15日から電撃的に全シングル・アルバム作品が一挙解禁となった!サウンドトラック盤の彼らのパフォーマンスはこちら。「夢灯籠」や、『天気の子』の「大丈夫」も甲乙つけ難い。加えて上白石萌音がしっとりと歌い上げるカヴァー盤も素晴らしい(こちら)。『君の名は。』三葉の声で聴けるという至福。僕は彼女の生パフォーマンスも体験している。

なおRADWIMPSの野田洋次郎が再び作詞作曲・プロデュースし、上白石萌音が歌ったのが映画『楽園』の主題歌「一縷」(Spotifyはこちら)。また野田洋次郎が楽曲提供・プロデュースしたAimerの「蝶々結び」は明らかに『君の名は。』のために書かれ、採用されなかった楽曲と思われる(こちら)。

更に、彼らが新型コロナウィルスが蔓延したこの世の中に対峙し生まれた最新曲「新世界」には衝撃を受けた(こちら)。圧倒的な絶望の闇の中に、微かに垣間見える希望の光。

僕ら長いこと 崩れる足元を
「上を向いて歩けよ」と 眼をそらしすぎた

歌詞が刺さる。あたかも宮本亜門が立ち上げた「上を向いて~SING FOR HOPE プロジェクト」に対する強烈なアンチテーゼのように耳朶に響く。『天気の子』にも通ずる社会性がある。

「希望は残っているよ。どんな時にもね」渚カヲル〜『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』より

次回はフランスのシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と、20世紀の日本を代表する作曲家・武満徹との密接な関係について語る予定。

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わが心の歌 25選 ① 総論 (メニュー)&「いつも何度でも」「エメ Aimer」

新型コロナウィルス感染拡大により、世の中が荒(すさ)んでいる。皆が感染防御にピリピリ神経を尖らせており、うつ病を発症したり、不安や恐怖に圧倒されて凹んでいる人々も少なくない。

そこで気分転換のすゝめ。珈琲とか紅茶でも一杯飲みながら、素敵な歌でも聴いてくつろぎませんか?一息つきましょう。

「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」(バートランド・ラッセル:英国の哲学者。ノーベル文学賞受賞)

Spotify, Amazon Musicなど音楽配信(サブスクリプション)サービスで聴ける曲の中から厳選した。

  • いつも何度でも(木村弓)
  • One more time,One more chance(山崎まさよし)
  • なんでもないや -movie ver. (RADWIMPS - 上白石萌音)
  • Alone Again(ギルバート・オサリバン)
  • 水の上で歌う(フランツ・シューベルト)
  • ジュ・トゥ・ヴ(エリック・サティ)
  • Woman 〜“Wの悲劇”より(薬師丸ひろ子)
  • 聞かせてよ愛の言葉を(リュシエンヌ・ボワイエ)
  • 小さな空(武満徹)
  • ひこうき雲(荒井由実)
  • この空を飛べたら(中島みゆき - 加藤登紀子)
  • 時には昔の話を(加藤登紀子)
  • (They Long To Be) Close To You(カーペンターズ)
  • 打上花火(DAOKO × 米津玄師)
  • 22才の別れ(伊勢正三 - 風)
  • 翼をください(山田和樹/東京混声合唱団)
  • エメ〜ミュージカル“ロミオ&ジュリエット”より(ジェラール・プレスギュルヴィック)
  • Papa Can You Hear Me ? 〜“愛のイェントル”より(バーブラ・ストライザンド)
  • Another Day Of Sun 〜“ラ・ラ・ランド”より(ジャスティン・ハーウィッツ)
  • こどものせかい 〜“マイマイ新子と千年の魔法”より(コトリンゴ)
  • The Man That Got Away 〜“スター誕生”より(ジュディ・ガーランド)
  • Unforgettable(ナット・キング・コール)
  • ノルウェイの森(ビートルズ)
  • It Had To Be You(ハリー・コニック Jr.)
  • You'll Never Walk Alone(リチャード・ロジャース)

括弧内は基本的に歌手名を書いたが、フランツ・シューベルト、エリック・サティ、リチャード・ロジャース、武満徹、ジェラール・プレスギュルヴィック、ジャスティン・ハーウィッツは作曲家名である。

19世紀(今から200年前)にシューベルトが作曲したドイツ・リートから、フランスのシャンソン(聞かせてよ愛の言葉を)やミュージカル、さらにハル・デヴィッド&バート・バカラックというコンビによる英語歌(Close To You)、日本のフォークデュオ「風」(22才の別れ)を経て、ニコニコ動画ボカロP出身の米津玄師(打上花火)まで。四つの言語、古今東西、バラエティに富む選曲になったんじゃないかなと自負している。

本当は映画『ふたり』主題歌ー大林宣彦(作詞)久石譲(作曲)「草の想い」も入れたかった。しかし残念なことに現時点ではサブスクで聴けないので断念した。

では推薦文付き各論へ。

「いつも何度でも」についてまず語ろう。言うまでもなく宮崎駿監督による国民的アニメーション映画『千と千尋の神隠し』主題歌である。レコード大賞で金賞を受賞。元々は宮崎監督が構想していた『煙突描きのリン』のために書かれたもので、その企画は結局ボツになった。しかし宮さんはこの曲を気に入り、『千と千尋』で使う事になったそう。

『千と千尋』は劇場公開された2001年夏に、当時住んでいた愛媛県新居浜市の小さな映画館で観た。花火大会の夜で、館内に花火の音が聞こえてきたことを今でも鮮明に覚えている。その後DVDで10回位鑑賞しているが、正直この歌の印象は薄かった。ところが2020年2月21日にスタジオジブリの楽曲が一斉にサブスク解禁になったので久しぶりにじっくり聴いてみると、その歌詞の素晴らしさに初めて気付き、深い感銘を受けた。

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい

かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える

「呼んでいる」のは誰か?それは「あなた」だろう。そして「あなた」とは、〈こころ〉の奥底にある自己SELF)ではないか、と僕は考える。

ここでアンソニー・スティーヴンズがカール・グスタフ・ユングの理論を描いた、〈こころの図〉を用いて説明しよう。〈こころ〉はドイツ語でSeele。〈魂〉とも訳され、英語ではpsycheとなる。

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円の外層にConsciousness(意識)、内層にUnconscious(無意識)があり、さらにPersonal unconscious(個人的無意識)と深層のCollective unconscious(集合的無意識)に分かれる。そして集合的無意識の中心にSELF(自己)がある。一方、表層の意識内にEGO(自我)があって、Ego-Self axis(自我ー自己軸)で自己と繋がっている。また集合的無意識内にA=Archetype(元型)が、個人的無意識の領域にはC=Complex(感情に色付けされた心的複合体)がある。

「いつも何度でも」終盤の歌詞は以下の通り。

海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから

「海の彼方」とは彼岸であり、日本神話で言うところの常世(とこよ)/隠世(かくりよ)を指す。住人が不老不死の理想郷で、黄泉もそこにあるとされる。キリスト教的には神のおわす天国で、プラトン哲学ではイデアだ。しかし、「わたし」のなかに見つけた「輝くもの」とは自己SELF)であり、つまり神=自己を発見したわけだ。神は「わたし」の外側にいない。この思考はユング心理学に一致する。「いつも何度でも」は自己実現を歌っていた。

プロデューサーの川村元気が『君の名は。』が受けた理由について語った言葉を借りるなら、『千と千尋の神隠し』が日本の歴代興行成績第1位になったのは、〈集合的無意識にヒットした〉ということになるだろう。

やはりサウンドトラック盤の木村弓の歌唱が良い→Spotifyではこちら

「エメ Aimer」はフランス語で「愛」のこと。フランス産ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のナンバーで、舞台ミュージカルの中で究極の名曲だと想う。途中どんどん転調し、まるで螺旋階段を駆け上っていくような高揚感がたまらない魅力!これはミシェル・ルグランなどフランス歌曲の特徴である。めくるめく陶酔。城田優(ミュージカル・スター)と生田絵梨花(乃木坂46)のデュエット(日本語歌詞)でどうぞ→Spotifyではこちら

次回は「One more time,One more chance(山崎まさよし)」、「なんでもないや -movie ver. (RADWIMPS - 上白石萌音)」について語る予定。

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「自粛警察」「コロナうつ」の心理学

5月9日のNHKニュース(出典こちら)より一部引用。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出の自粛や休業の要請に応じていないとSNSなどで指摘する行為はインターネット上で、「自粛警察」や「自粛ポリス」などと呼ばれています。専門家は「こうした行為は自分を守ろうという防衛本能のあらわれだが、社会に分断を生み出している」として冷静な行動を呼びかけています。

東京・杉並区では先月26日、営業を休止しているライブバーが無観客で行ったライブをインターネットで配信したところ何者かに通常の営業だと誤解され「自粛してください。次発見すれば、警察を呼びます」などと書かれた張り紙を貼り付けられました。

また東京都内在住の20代の女性が、感染が判明した後に帰省先の山梨県から高速バスで都内に戻ったケースでは、インターネットの掲示板に女性の名前や住所を特定する動きが加熱し、ネット・リンチ(私刑)だと話題になった。犯人探しというゲーム感覚でもあるのだろう。専門家らは「軽率な行動だったとしても個人情報をさらすのは行き過ぎだ」と警鐘を鳴らしている。

こうした動きの背景には”見えない敵”、新型コロナウィルスに対する不安や恐怖がある。昔の人が暗闇を恐れ、妖怪や幽霊を創造(空想)したのと同じ。「自粛警察」は自警団みたいのもので、恐怖に押しつぶされた彼らはその場にありもしない怪物(モンスター)に怯えている。過剰防衛と言えるだろう。

「恐怖心というものが迷信や残虐を生む。恐怖心を克服することが叡智につながる」(バートランド・ラッセル:英国の哲学者。ノーベル文学賞受賞)

不安な日々が続き、自粛疲れもあって僕たちは多大なストレス・心の闇を貯めている。行動を抑制されていることへの不満もある。そうしたモヤモヤした感情のはけ口として、自分の〈影 shadow〉を他者に投影しているという側面もあるだろう。第一次世界大戦後、敗戦国として多額の賠償金を請求され天文学的なインフレーションに苦しんだドイツにおいて、ナチス・ドイツがユダヤ人を憎悪の標的にした構造に似ている。生贄の羊(scapegoat)だ。

「自粛警察」は、いじめの構造を内包している。それは児童虐待にも通じる。なぜいじめるか?彼らにとって、いじめは楽しいのである。その行為の最中に脳内で〈報酬系〉と呼ばれる神経伝達物質ドーパミンが放出され、快感を覚える。本来ドーパミンは困難な目的・課題を達成した時に生じるが、麻薬・飲酒・ギャンブル・いじめでも短絡的放出をもたらす。ただし短絡的な充足は耐性を生じ、更に強い刺激を求めるようになる。飢餓感は癒やされず、際限のない自己刺激行為に陥る。いじめは非常に中毒性が高いのだ。

2019年に千葉県野田市で小学校4年生(当時)の栗原心愛さんが自宅浴室で死亡した虐待事件で、父親である勇一郎被告に対して懲役16年の判決が言い渡された。裁判の過程で娘が号泣する動画を勇一郎被告がデジタルカメラや携帯電話に残していることが明らかになった。つまり彼は後でそのコレクション(報酬)を見て楽しんでいたのである。絶滅収容所でナチスがユダヤ人から掻き集めた金歯・腕時計・指輪・髪の毛(鬘に使った)に相当する。常人には理解できない鬼畜の所業である。

「自粛警察」の匿名性も深く関わっているだろう。素性のばれない安全地帯から他人を非難するのは気持ちが良い。私刑はなんだか自分がアメコミのヒーロー(スーパーマン/バットマン/スパイダーマン)とか、大岡越前みたいな名奉行になって悪党を裁くような錯覚・達成感を与えてくれる。あくまでもそれは幻想に過ぎないのだが。彼らは「正義」の仮面(スパイダーマスク)をかぶり、「公事場(くじば)」と呼ばれる高みから「お白州(しらす)」という砂砂利に敷かれた筵(むしろ)に座る被告人を見下す。その優越感は、まるで酒に酔ったような夢心地だ。これが「正義中毒」である。いじめの構造にも「自分たちは正義を実行している」という感触(思い込み)がある。ユダヤ人絶滅収容所の看守たちも、第二次世界大戦後のパリ開放時に「ドイツ兵と寝た女」たちの頭を公衆の面前で丸刈りにするリンチを実行した者たちも、 中国の文化大革命で文化人に対し自己批判を強要した紅衛兵たちも、連合赤軍(新左翼運動)における総括も、同じ穴の狢である。また「モンスターペアレンツ」の所業にも似ている。彼らは“保護者”という安全地帯から学校や幼稚園の教職員を断罪する。そりゃ快感だろう。“保護者” に対して教師は下手に出るしかないのだから。「自粛警察」 もやはり、新型コロナウィルスへの恐怖が生み出した怪物(モンスター)だ。おぞましい。

「自粛警察」を自認する「社会正義の戦士」たちはロシア革命におけるプロレタリアートである。普段から社会にルサンチマン(恨み)を抱えて生きている(流行語大賞トップ10入り「保育園落ちた日本死ね!!!」)。ルサンチマンとは哲学者ニーチェが好んだ用語で、主に弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことをいう。だから他者を断罪することで心理的な価値の転倒、下剋上、一発逆転を狙っているのだ。それが多少の憂さ晴らしにはなるのだろう。なお、上述した栗原勇一郎被告は、観光業の派遣社員だった。

ルサンチマンは劣等感の裏返しであり、妬みでもあるだろう。「自分はしっかり自粛をしていろいろと我慢しているのに、どうしてあいつらだけ勝手気ままに振る舞っているのか!」という怒り、嫉妬心である。ここには日本人的な「私」より「公」を重んじる同調圧力(「武士は食わねど高楊枝」という滅私奉公の精神/清貧の思想)があると同時に、多少「羨ましい」という気分、自由への渇望がないとも言い切れまい。

「パニックになった時、人の本性は現れる」と僕は以前書いた。今回の件で改めて思い知ったのは「自然(ウィルス)もりも、もっともっと恐ろしいのは怪物を生む人の心である」ということだ。ぼっけえ、きょうてえ!

参考文献:① 岡田尊司(著)「あなたの中の異常心理」幻冬舎新書
② 岡田尊司(著)「死に至る病 あなたを蝕む愛着障害」光文社新書 
③ 河合隼雄(著)「影の現象学」講談社学術文庫
④アドルフ・ヒトラー(著)平野一郎 他(訳)「我が闘争」角川文庫
⑤フリードリヒ・ニーチェ(著)中山元(訳)「道徳の系譜学」光文社古典新訳文庫
⑥岩井志麻子(著)「ぼっけえ、きょうてえ」角川ホラー文庫

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新型コロナウィルスにより、変わりゆく世界の中で

新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、安倍晋三首相が全国すべての小中高校に3月2日から臨時休校することを求めたのが2020年2月27日。この時点で各地コンサートホールでの演奏会や演劇の公演が次々と中止になった。

コンサートを開催できない状況が続く中、僕が生演奏を聴いたこともある(@びわ湖ホール)、ヴァイオリニストの成田達輝が次のようなツィートを投稿した。

ここには記事〈新型コロナウィルスと”浮草稼業"〉に書いた、落語家・桂米團治(先代)が弟子の米朝に諭した言葉 ー好きな芸をやって生きているのだから、末路哀れになっても仕方がないー という覚悟・諦念がある。実に立派だと思う。たかだか劇場が1,2ヶ月閉鎖されただけで「演劇の死」などと大げさなことをほざく野田秀樹には彼の爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。

ベルリン・フィル第1コンサートマスターを務める樫本大進はNHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」緊急企画(4月28日放送)の中でこう述べた。

コロナになる前は、音楽なしでは生きていけないと思っていました。本当に。社会的にも、僕自身だけじゃなく、音楽なしでは地球が回らなくなると思っていました。それを信じていましたから。でもそうではないんだなって、この1ヶ月ですごく分かって。自分でもそうじゃないんだなって、それよりもっと大事なものがいくらでもあるんだと。自分の健康から、家族の健康から、周りの人たちの健康から。ここまで自分の存在が使えないもの、必要ないもの、存在がないって感じたのは今回が初めてですし、3月の終わりの方ぐらいにすごく悩んだことでもありますし、「この仕事でいいのかな」とか反対に思っちゃいますし。

しかし一方で、自宅待機の生活が長く続く間にこういう感情も芽生えたという。

自分が弾きたくなったという気持ちがあって。今まで常に弾いているから、練習しなきゃではなく、コンサートしなきゃではなく、本当にただ自分のために弾きたいなっていう気持ちは、そこまで今まで味わったことがなかったので。僕でも必要と思っているということは、もっと必要と思ってくれている人がいっぱい外にはいるんだと考え始めました。(中略)文化を必要としているのは社会だと思う。心を失ったら社会は死んでしまうので、その心を生き残らせるために上からのサポートが必要というのは、ひとりひとりが叫ばなきゃだめだと思います。本当は今一番音楽っていうのが必要なものだと僕は思っています。一番生活に必要なくて、一番生活に必要なものだと、僕は信じています。

そして最後に視聴者へのメッセージ。

コロナっていう手ごわい相手に全員で戦っている状況です。みんなが闘っているということは、全世界がひとつになれるチャンスだと。気持ちを、みんなでひとつになれるような状況を作って、コロナを倒したあともっともっとすごい世界になれるように頑張りたいと思います。

精神科医・医学博士である高橋和巳が著書「人は変われる」(ちくま文庫)で書いたように、新型コロナ禍という絶望を経験することで自分を客観視できるようになり、現実をあきらめることで「新しい解釈」が生まれ、古い自分を乗り越えて新しい行動を取り始める姿がここに写し出されている(記事〈新型コロナウィルスという災厄の中から生まれるもの〉を参照されたし)。

日本では「自粛疲れ」が蔓延し、ウィルスに対する不安や恐怖心に押し潰され、世界中のサッカー選手にうつ病が急増したり、パニック/ヒステリー状態に陥った人々も少なくない。なんだか世間全体がピリピリしている。

  • 2月18日、福岡市の地下鉄でマスクを着用せずにせきをしていた乗客がいたことを理由に隣の乗客と口論となり、非常通報ボタンが押され列車が停止した。
  • 2月25日、横浜市のドラッグストア「マツモトキヨシ」に開店前からマスク買うために並んでいた列に割り込みがあり、殴り合いの喧嘩になった(その動画がマスコミで報道された)。
  • 大阪府警に「飲食店でくしゃみをしたことが発端でもめた」などの通報が相次いでいる。(4月26日サンケイスポーツより)
  • 4月28日、ブラジルのスーパーで男性客が店員にマスクをしていないことをとがめられて激高。店員を殴り倒した。止めに入った警備員にも殴り掛かり、警備員が拳銃を発砲、居合わせた女性店員の首に弾が命中し死亡した(この日州法で、公の場でのマスク着用が義務付けられた)。

しかし、悪いことばかりではない。

  • インド北部のパンジャブ州では新型コロナウイルス対策のロックダウン(都市封鎖)で全土の大気汚染が大幅に改善し、200キロ近く離れたヒマラヤ山脈が数十年ぶりに見晴らせるようになった。
  • 国際エネルギー機関(IEA、本部パリ)は4月30日、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、2020年のエネルギー関連の二酸化炭素(CO2)排出量が前年比約8%減少するとの見通しを公表した。米スタンフォード大学のロブ・ジャクソン教授は、この50年間でこれだけの効果を上げた危機は他にはなかったと語った。もしかしたら、地球温暖化の速度が緩むかも知れない。
  • 日本で各種学校の休校が長期化する中、 全国知事会でこの際9月入学に移行するべきだという意見が多く出された。僕は従来どおり、桜が咲く4月入学の方が情緒的には相応しいと考えるが、世界的標準に合わせた9月入学だと海外留学がしやすくなるなどメリットも見過ごせず、新型コロナ禍なくしてこういった議論も有り得なかったわけで、大変有意義なことだと思う。
  • 今回の騒動がきっかけで、オンライン授業やテレワークなどシステム環境の整備が一気に加速した。この経験は業務や学業が通常通り再開された後も、決して無駄にはならないだろう。

5月1日、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は当初イスラエルの都市テル・アヴィヴで予定されていたヨーロッパ・コンサートを新型コロナウィルスの蔓延により断念し、急遽会場を本拠地フィルハーモニーに移して無観客で実施、全世界に無料中継された。指揮はキリル・ペトレンコ、樫本大進がコンサートマスターを務めた。僕はリアルタイムで鑑賞。前半はアルヴォ・ペルト「フラストレス」、サミュエル・バーバー「弦楽のためのアダージョ」など弦楽合奏曲で、15人の奏者が間隔を2mくらい取り、十分なSocial Distance(社会的距離)を保って演奏した。真摯な祈りの気持ちがこもった、大変美しく感動的なパフォーマンスだった。プログラム後半、マーラーの交響曲第4番はエルヴィン・シュタインによる室内オーケストラ版。なんと独唱者(クリスティアーネ・カルク)を除いてたった14人!第1/第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが1名ずつ、金管なし、木管がオーボエ、フルート、クラリネット各1名、そしてピアノ2名、ハルモニウム、打楽器という編成。〈音楽の力〉の凄みを、まざまざと見せつけられた!ただただ脱帽である。

コロナ禍の影響で倒産するホテル・飲食業・スポーツジム・ライブハウス・ミニシアター(映画館)は少なからずあるだろう。東京や大阪のオーケストラ、劇団で存続が困難になることろも出てくるだろう。仕方がない、あきらめるしかない。しかし、全部潰れるわけではない。気の毒だけれど、僕はダーウィンの進化論が言うところの「自然選択/自然淘汰」だと思う(ウィルス=自然)。優れたものだけが生き残るのだ。ミニシアターがなくなろうが、動画配信サービスがその代わりを担ってくれるだろう。4つある在阪オーケストラは統合して数を減らせば良い。その方が質も向上する。これが「新しい解釈」だ。

僕たちは今、世界恐慌や第二次世界大戦、あるいは「黒死病」と呼ばれるペスト(エボラ出血熱、マールブルグ病などウイルス性出血熱という説もあり)が大流行した中世ヨーロッパに匹敵する大きな困難に直面している。出口はなかなか見えてこない。しかし物事には暗い側面と、明るい側面がある。ピンチはチャンスだ。映画「風の谷のナウシカ」のラストシーンで描かれたように、絶望の中からも必ず希望の芽は生えてくる。僕はこの先、どんな新しい世界が広がっていくのか、とても胸を躍らせている。だから、(世界が生まれ変わる)その日が来るまでおとなしく"Stay Home"を守り、なんとか生き延びようではないか!

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