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新型コロナウィルスという災厄の中から生まれるもの

新型コロナウィルスが世界中で蔓延し、遂に日本でも緊急事態宣言が発令されるに至った。

僕が小学生だった頃(昭和)、学校(岡山大学教育学部附属小学校)で「戦争を知らない子供たち」(作詞:北山修/作曲:杉田二郎)を歌わされた。こんな歌詞だ。

戦争が終わって 僕らは生まれた
戦争を知らずに 僕らは育った
おとなになって 歩きはじめる
平和の歌を くちずさみながら

如何にも日教組の教員が好みそうな内容だ。

しかし僕は今思う。2020年に僕らは戦争を体験した。現在世界は戦時下にある。

日々犠牲者が増加し、外出も制限され、多くの人が仕事もままならない。ほぼ戦争状態と変わらない。緊急事態宣言≒戒厳令であり、敵は目に見えないウィルスだ。

演奏会が中止になったオーケストラの楽員が「僕たちは不要不急。要らないって、言われているみたいで悲しい」と発言している様子がテレビで報道された。

ようやく気がついたか。音楽とか演劇がなくても人は生きていける。今回のような生命に関わる非常事態を迎え、扱いが二の次になることは当たり前だ。生演奏の代替品として今はCDやSpotify,Amazon Musicなど定額制音楽配信(サブスクリプション)サービスがあるしね。

芸術は心の豊かさをもたらしてくれる。しかしそれには大前提があって、「生活や心に余裕がある時」に限られる。3・11東日本大震災の際、東北の人々を励ますために芸術家たちが訪れたのも直後ではなかった。落語や漫才で人々が朗らかに笑えるようになるにも時間が掛かる。

上記事で「パニックになった時、人の本性は現れる」と僕は常々思っていると書いた。2020年3月以降、20−30歳代の若者たちの無軌道ぶりが目に余る。1月以降に大学から海外渡航を控えるよう注意喚起されていたにもかかわらず卒業旅行としてヨーロッパに行き、新型コロナウィルスを日本に持ち帰り、症状があったのに卒業式や祝賀会に出席してウィルスをばら撒いた県立広島大学や京都産業大学の4年生たち。小池百合子・東京都知事が緊急会見で外出自粛を要請した翌日の3月26日に約40人が都内のダイニングバーで「お疲れ様会」なる懇親会を開催。会は三次会まで続き、最後はカラオケだったという慶応病院の研修医たち(18人が集団感染した)。同じ3月26日にナイトクラブを訪れて感染した岐阜大学の医師3人(30代2人、20代1人)。おかげで岐阜大学附属病院は4月19日まで約30あるすべての診療科の外来診療を休止することになった。

彼らは心の内にある欲望が外部に溢れ出ることを制御出来ない。遊びたくて仕方がないー本能の命ずるまま生きている。自分さえ良ければ満ち足りるのだ。他者のことは一切考えない。そして「自分は絶対大丈夫」という変な自信、万能感を持っている。これが若さの本質であり、愚かしさ、未熟さなのだ。

僕が思うに新型コロナウィルスとの戦いに勝ち抜いた暁に、世界は大きく変わっているのではないだろうか?今回の事態は間違いなく、1929年の世界大恐慌や、1939年に勃発した第二次世界大戦に匹敵する危機的状況である。第二次世界大戦の前後で、特にドイツと日本は劇的な変化を遂げた。それも良い意味において。ピンチはチャンスだと考えたい。

精神科医・医学博士である高橋和巳はその著書「人は変われる」(ちくま文庫)の中で、心には三つの能力がある、と記している。

第一の能力は、自分から離れることができる(自分を客観視できる)能力。第二の能力は、絶望することができる能力。そして第三は、純粋性を感じることのできる能力。現在の解釈を越えてより深い「新しい解釈」を生み出すことで、人は古い自分を乗り越えていく。

人が絶望的状況に直面した時、対処するためのキーワードは「どうしようもない」と「あきらめました」。この言葉を呟くことで頭の中に配置の転換が起こる。現実をあきらめることで、自分に対する自信を取り戻す。そして新しい行動を取り始めるのだ。

文庫本の解説を書いた女優・中江有里は「あきらめました」を、大きな嵐をやり過ごすための魔法の言葉だ、と述べている。

第三の純粋性を感じる能力とは、思い込みや過去の自分の常識に縛られないで、新しい心の動きを感じることができることを指す。

多くの人々は現在、新型コロナウィルスに対して絶望的な気持ちを抱えている。しかしこの苦境を乗り越えることできっと「新しい解釈」「新しい自分」を見出すだろう。僕らはまだまだやれる。決してへこたれない。

北米では殆どの映画館が閉鎖になっている。そして再開されても以前のように観客は戻ってこないと予想されている。「映画は映画館で観るもの」という固定概念・過去の常識がここで一気に雲散霧消する。日本でもライブハウス同様、多くのミニシアターが閉館に追い込まれるだろう。仕方がない、あきらめた。動画配信時代の到来である。

また、新日本フィルハーモニー交響楽団が新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から演奏会の中止・延期を余儀なくされており、楽団存続の危機に立たされている(緊急支援のお願いページへ)。大阪府にある4つのオーケストラ(大阪フィル、関西フィル、大阪交響楽団、日本センチュリー交響楽団)も似たような状況だろう。どこかが経営難で解散に追い込まれても不思議じゃない。仕方がない、あきらめた。そもそも下手くそなオケが大阪に4つもあるなんて無駄、不経済なのである。1つや2つなくなったって文化の火は消えないし、今こそ発想の転換を図るべき時なのだ。新型コロナウィルスで野田秀樹氏が言うような「演劇の死」は訪れないし、クラシック音楽だって死なない。どっこい生きている。

お荷物になっている在阪オケをどうするかという問題については随分昔から俎上に載せられてきた。2006年に関西経済連合会の秋山喜久会長(当時)が「大阪に4つもあるのはどうか」と語ったことに端を発する。

さらに橋下徹氏が大阪府知事・大阪市長を努めた時代に、大阪センチュリー交響楽団に対して大阪フィルと統合するよう促したが、両楽団が突っぱねて見送られたという経緯がある。そうして大阪センチュリーは日本センチュリー交響楽団に改名した。

しかし悪あがきはもうおしまいだ。 火急の事態が逼迫しており、即座の対応が求められる。あなた達は「不要不急」の存在なのだから、経営の合理化を目指して前向きに統合についての話し合いを進めてもらいたい。今こそ生まれ変われ!

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