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呪われた映画「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

評価:A

Donqui

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構想30年、艱難辛苦を乗り越えて遂に完成した。企画が立ち上がったのは1988年だった。2000年9月に「ドン・キホーテを殺した男」はスペイン・マドリードでクランクイン。ドン・キホーテ役は「髪結いの亭主」のフランス俳優ジャン・ロシュフォール(7ヶ月かけて英語の特訓を受けた)。お供のサンチョ・パンサはジョニー・デップが配役された。

しかし撮影二日目に大雨で鉄砲水が発生、撮影機材がことごとく流されてしまった。さらに乾燥した風景が一転、大量の水を含んで土の色がすっかり変わってしまい、一日目に撮影済みのフィルムが使い物にならなくなった。それから数日後、今度はロシュフォールが腰椎椎間板ヘルニアを発症、乗馬出来なくなりパリに戻ってしまう。結局ドクター・ストップがかかり彼は二度と戻ってこなかった。泣きっ面に蜂。こうして撮影が中止となり、脚本の権利は保険金を支払った保険会社に移った。この様子はフィルムに収められ、ドキュメンタリー映画「ロスト・イン・ラ・マンチャ」として公開された。実に痛ましい記録である。

この後、テリー・ギリアム監督はジェラール・ドパルデューやロバート・デュバル、ユアン・マクレガー主演で企画を練るが全て頓挫。2015年にはクランクイン直前にジョン・ハートの膵臓がんが発覚し、制作中止となる。いやはや、呪われているとしか言いようがないではないか。

嘗て「市民ケーン」のオーソン・ウェルズ監督も映画「ドン・キホーテ」を企画した。1960年代を通して撮影は断続的に続けられ、ウェルズが死ぬ直前まで自宅のガレージで編集作業が行われたが、遂に日の目を見ることはなかった。

漸く完成に漕ぎ着けたギリアム版の原題は「ドン・キホーテを殺した男(The Man Who Killed Don Quixote) 」のままである。タイトル・ロールは「未来世紀ブラジル」のジョナサン・プライス、サンチョ役がアダム・ドライバー。実はジョナサンは2020年「2人のローマ教皇」で米アカデミー主演男優賞に初ノミネートされ、同時にアダムは「マリッジ・ストーリー」で同賞にノミネートされた(どちらもNetflix作品)。

物語は入り組んでいる。CM監督の主人公がスペインで、ドン・キホーテが風車を巨人と見間違えて突進する場面を撮っている。彼は学生時代に卒業制作として、やはり「ドン・キホーテ」の映画を創ったことを思い出し、ロケ地の村を訪ねる。そこでドン・キホーテを演じた靴職人のハビエルに再会するが、彼は狂人と化していた。このあたりからどこまでが現実で、どこからが主人公の妄想なのか、観客は分からなくなってくる。迷宮(labyrinth)だ。

考えてみれば「未来世紀ブラジル」(1985)も同様の構造を持っていた。ギリアムの頭の中は常にドン・キホーテのことでいっぱいだったのだ。

しかし本作の紆余曲折を見ていると、映画づくりとは正に風車に突進するドン・キホーテのようなもの、見果てぬ夢だな、とつくづく感じ入る次第である。

兎に角、念願が叶って本当に良かった。おめでとう!!

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