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2020年3月 9日 (月)

アメコミ・ヒーローの病理

アカデミー作品賞・監督賞などに10部門ノミネートされた 「アイリッシュマン」のマーティン・スコセッシ監督が、マーベル映画は「テーマパークのようなもので、映画とは呼べない」と発言したことで物議を醸している。

僕はアメリカン・コミックスを原作とする映画をこれまで沢山観てきた。スパイダーマンはサム・ライミ監督三部作、マーク・ウェブ監督による「アメージング・スパイダーマン」二部作、そしてトム・ホランド主演でリブートされた「スパイダーマン:ホームカミング」などに付き合った(計七作品)。「アイアンマン」は全三部作観たし、評判が良かった「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」上映館にも足を運んだ(途中であくびばかり出て、激しい睡魔に襲われた)。「もういいや。好みじゃない」とウンザリした僕にとどめを刺したのが「アベンジャーズ」だった。そして次のようなレビューを書いた。

マーベル映画は〈正義 Hero〉が〈悪党 Villain〉を退治する単純なプロレス映画に過ぎない、というのが最終的に僕の導き出した結論である。

日本のウルトラマンも〈怪獣プロレス〉と揶揄されることがあるが、内容はもっと屈折していて深い。初代ウルトラマンで佐々木守がシナリオを書いた「故郷は地球」のジャミラは元宇宙飛行士で、宇宙開発競争の犠牲者として描かれる。「恐怖の宇宙線」のガヴァドンは子供たちの書いた絵から生まれ、それを退治しようとするウルトラマンは寧ろ彼らの想像力を奪う敵となる。つまり善悪が逆転するのだ。また脚本家チームの金城哲夫や上原正三は沖縄出身であり、侵略を受けた被征服民(琉球民族)の怒りを作品に投影している(金城は6歳のときに沖縄戦を体験している)。

ここでオーストリア・ウィーン生まれの、児童を専門とする精神分析家メラニー・クライン(1882-1960)の打ち立てた「対象関係論」をご紹介しよう。

一歳半から三歳くらいまでの期間によちよち歩きを始めた子供は母親からの分離を達成する。この分離 - 個体化の過程で、同時に「対象恒常性」の発達が成し遂げられる。空腹を満たしてくれるのは「良い母親」であり、満たしてくれないのは「悪い母親」。一人の同じ母親としては、まだつながらずに「分裂」している。こうした関係をクラインは「部分対象関係」と呼んだ。そうした関係が、一人の同じ母親とのトータルな関係として受け止められるようになったのが「全体対象関係」であり、その移行が生じるのが、この時期である。

ところが重症のパーソナリティ障害では、「全体対象関係」の発達が不十分で、容易に「部分対象関係」に後退しやすい。自分の思い通りになれば「良い」人で、「味方」だが、思い通りにならなければ「悪い」人や「敵」に容易に変わってしまう。「すべて良い」「すべて悪い」、「全か無か(all or none)の二分法で両極端な思考や感情の動きを示す。

クラインはこうした状態を、「妄想・分裂ポジション」と呼び、一方で「全体対象関係」が発達し、相手とのトータルなつながりが生まれて自らの非を認めることが出来る状態を「抑うつポジション」と呼んだ。

Personality
引用文献:岡田尊司「パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか 」( PHP研究所)

結局、正義(ヒーロー)か悪(ヴィラン)かの二分法で物事を判断するアメコミ・ファンは、未熟な「部分対象関係」で思考しているのではないだろうか?

但し例外もあって、DCコミックスの「バットマン」シリーズに登場するジョーカーは複雑なキャラクターだ。善・悪に分類出来ない二重性があり、トリックスターと言えるだろう。

だから僕はクリストファー・ノーランが監督した「ダークナイト」を大傑作だと思うし、ホアキン・フェニックスがアカデミー主演男優賞に輝いた「ジョーカー」は余り好きではないけれど、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、キネマ旬報ベストテンで外国語映画第1位に選出されるなど、高い評価を受けたことは納得出来る。

実はスコセッシの発言も、非難しているのはマーベルだけでDCコミックスは含まれていないんだよね(「ジョーカー」は「タクシー・ドライバー」「キング・オブ・コメディ」などスコセッシ映画へのオマージュに溢れている)。僕は彼の意見に全面的に賛成する。

世界を単純に正義と悪で二分する思考法(妄想・分裂ポジション)はマーベル映画だけではなく、アメリカ人全般(特に共和党支持者)に当てはまる特徴である。その典型例が9・11後のイラク戦争であり、ジョージ・W・ブッシュ大統領 (当時)はイラクが大量破壊兵器を所有していると言いがかりをつけ、フセイン大統領を「悪の枢軸」と決めつけて侵略戦争を開始した。しかし結局大量破壊兵器なんか存在しなかったことはご承知の通りである(詳しい事情を知りたい方は映画「バイス」をご覧あれ)。そもそも9・11とイラクは何の関係もないわけで、結局は石油の利権が欲しかっただけ。そんなブッシュを熱狂的に支持したアメリカ国民は相当イカれている(nuts)としか言いようがないではないか(2001年同時多発テロ直後の大統領支持率は史上最高の90%に達した)。

アメコミのような文化はヨーロッパになく、また〈マッチョ信仰〉もアメリカ人固有の宗教であり、アメコミと大いに関係がある。スーパーマンだってキャプテン・アメリカだって、マイティ・ソーも、みなマッチョだ。シルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガー、スティーヴン・セガールら強靭な肉体を持つ俳優がスターになれるのもアメリカならでは。遡れば西部劇のジョン・ウェインだってそう。つまりアメリカ人の〈マッチョ信仰〉は建国史(西部開拓史)と密接に結びついている。このあたりのことは下記事で詳しく論じた。

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