新型コロナウィルスと”浮草稼業“
新型コロナウィルス感染症の影響で、どんどんコンサートや各種イベントが中止に追い込まれている。2020年2月26日(水)、Perfumeが予定していた東京ドーム公演の2日目が中止された。開演5時間前の決定だった。新聞記事によると東京ドームのキャンセル料は実損2億円だという。
僕は2月29日(土)に兵庫県立芸術文化センターでフィンランドの俊英サントゥ=マティアス・ロウヴァリが指揮するエーテボリ交響楽団を聴く予定だったが、26日夕方に公演中止がアナウンスされた。なんとオーケストラの楽員は既に、遥々スウェーデンから日本に到着していた。一度も演奏することなく帰国することになった彼らがとても気の毒だ。
また3月7日(土)・8日(日)にびわ湖ホールで上演される予定だったワーグナーのオペラ「神々の黄昏」も中止が決定された。「ニーベルングの指環」4部作を4年間かけて上演する大プロジェクトの最後を飾る筈の作品だった。チケットは既に購入しており、無念で仕方ない。
びわ湖ホールは赤字経営で滋賀県は毎年、11億円という助成金を出している。「神々の黄昏」の制作費は1億6千万円。その収益が0になった。果たして今後も存続出来るのだろうか!?
東京・帝国劇場や大阪・梅田芸術劇場、宝塚大劇場、劇団四季の全国の劇場もこの先2週間前後の公演中止を決定した。
さて、ミュージカル「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャンを演じたこともある某役者が、新型コロナ騒動に関して「文化、芸術だって経済を動かしている。劇場公演を中止するのなら、電車も止めろ」とツィートしている。また映画「蜜蜂と遠雷」でサウンド・トラック制作にも参加した某ピアニストは、「政府の要請を受け音楽業界は大騒ぎ、中止や公演延期が次々発表されていく。その一方、都内のラッシュ時に電車は相変わらず満員で、駅は大混雑。ウィルス拡散防止のバランスはこれでいいの?」という旨をSNSで呟いている。
呆れてしまった。そしてその直後からこみ上げてくる笑い。彼らは自分たちの職業が、”浮草稼業”であるという自覚がないのだろうか?
物事には優先順位がある。生命の危機に晒された緊急事態にまずカットされるのは音楽や芸能活動、娯楽、つまり全てひっくるめてAmusement & Entertainmentであることは仕方がないことだ。人が生きていく上で音楽や芝居がなくても差し障りはない(この際、”心の豊かさ”は二の次。そんな余裕はない)。
しかし首都圏の電車を止めたらどうなる?(職員の通勤に支障をきたし)霞が関や病院が機能しなくなっても構わないのか?電気やガスが止まって良いとでも?食料の流通もままならなくなる。ライフラインと芸能活動を等価で語るのは非常識だろう。
そもそも安倍総理は大規模なイベントの中止・延期を「要望(リクエスト)」しているのであって、これは行政命令ではない。主催者が総理の意向を忖度(そんたく)しているに過ぎない。あるいは日本人の特徴である同調圧力と言い換えることも出来る。強制力はないのだから「右にならえ」せず、したい者は信念を持って公演を続行すればいい。
上方落語界で唯一の人間国宝だった故・桂米朝は弟子入りした折、師匠の米團治から次のように言われたという。
「芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良いの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。ねうちは世間がきめてくれる。ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで」
音楽家にしろ役者にしろ「米一粒、釘一本もよう作らん」身の上であり、「ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない」のも全く同じだろう。そういう”浮草稼業”でありながら、噺家と違って彼らに欠けているのは末路哀れという「覚悟」なのではないか?浮世離れしているというか、頭の中がお花畑なのだ。
こうした常識外れな音楽家たちの生態を見事に描き出したのが漫画「のだめカンタービレ」である。登場人物たちは全員、社会性が欠如した奇人・変人ばかり。でも芸術家って、きっとそれでいいのだ。世間は彼らの突出した才能だけすくい取って、消費する。そういう社会システムになっている。
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