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2020年1月

望海風斗(主演)宝塚雪組「ONCE UPON A TIME IN AMERICA (ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)」

故セルジオ・レオーネ監督には次のようなタイトルの映画がある。

  • Once Upon a Time in the West(ウエスタン)
  • Once Upon a Time in America 遺作

そして2019年にクエンティン・タランティーノ監督の、

  • Once Upon a Time in Hollywood

が公開され、これで3部作が完結した。タランティーノは心からレオーネを敬愛しており、"Once Upon a Time in the West"について「この映画を観て映画監督になろうと思った」と熱く語っている(詳細はこちら)。タラちゃんがエンニオ・モリコーネの音楽を偏愛するのもレオーネの影響だろう。だから自作「ヘイトフル・エイト」でモリコーネを起用し、彼にとって初めてのアカデミー作曲賞をもたらした。これもある意味、レオーネとモリコーネへの感謝の気持ちの表明、恩返しであると言えるだろう。

ここで僕が考えるエンニオ・モリコーネのベスト5を挙げておこう。

  1. ニュー・シネマ・パラダイス
  2. Once Upon a Time in the West(ウエスタン)
  3. ミッション
  4. The Good, the Bad and the Ugly(続・夕陽のガンマン)
  5. Once Upon a Time in America

次点は「死刑台のメロディ」(Sacco e Vanzetti:サッコとヴァンゼッティ)かな?「天国の日々」もいいしな……。

"Once Upon a Time in America"はなんと言っても〈デボラのテーマ〉が素晴らしい!胸に染み入る美しさを湛える。

その"Once Upon a Time in America"を小池修一郎の作・演出で宝塚歌劇が上映すると聞いたときには心底驚いた。そして「大丈夫かな……」と不安になった。

華やかさとは程遠いノワール(マフィアもの)だし、宝塚に向いていると思えない。特に主人公のヌードルス(ロバート・デ・ニーロ)がキャデラックの車内で幼馴染のデボラ(エリザベス・マクガヴァン)をレイプする場面(衝撃的だった)とか、チャイニーズ・タウンの阿片窟でヌードルスがヘロヘロになり、虚ろな目でニヤッとする(そこでストップモーションがかかる)あの絶望的なラストシーンを一体全体どう処理するんだ!?と気が気じゃなかった。「清く正しく美しく」という、すみれコードに明らかに抵触する。

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1月12日(日)宝塚大劇場で観劇。結局、僕の心配は杞憂に終わった。さすが歌劇団のエース・小池修一郎、手練れである。小池が書いた台本の最高傑作は文句なしに「ポーの一族」だが、「ONCE UPON A TIME IN AMERICA 」はその次に挙げてもいいんじゃないかな?そう思った。

因みに僕が過去に観たことがある小池のオリジナル作品(海外ミュージカルを除く)は他に「ヴァレンチノ」「PUCK」「ロスト・エンジェル」「失われた楽園」「ブルースワン」「JFK」「イコンの誘惑」「エクスカリバー」「タンゴ・アルゼンチーノ」「LUNA -月の遺言-」「カステル・ミラージュ-消えない蜃気楼-」「薔薇の封印 -ヴァンパイア・レクイエム- 」「NEVER SAY GOODBYE -ある愛の軌跡- 」「アデュー・マルセイユ」 「グレート・ギャツビー」「オーシャンズ11」「カサブランカ」「銀河英雄伝説」「眠らない男・ナポレオン」「るろうに剣心」「ALL FOR ONE 〜ダルタニアンと太陽王〜」といったところ。

さて本題に入ろう。幕が開くと早速、ギャングに扮した黒燕尾の男役達による群舞から始まるのに胸が高鳴った。カッケー、最高!

デボラに対するレイプは未遂に終わり、深紅のバラの花でいっぱいの宝塚らしい場面に差し替えられていたし、阿片窟は出てくるけれど新たに別のラストシーンが用意されていて、納得の幕切れだった。

デボラがブロードウェイで成功するエピソードでは華やかなレビューが展開され、まるで「ジーグフェルド ・フォリーズ」だったし、それとは対照的に、禁酒法時代に“スピークイージー”と呼ばれたもぐり酒場でのいかがわしい退廃的ショーはボブ・フォッシー振付の「シカゴ」とか「キャバレー」を彷彿とさせた(以前小池は「キャバレー」を演出している)。「三文オペラ」のクルト・ヴァイル的とも言える。

また仲間の一人ジミーの人物造形が、全米トラック運転手組合の委員長を務めたジミー・ホッファをモデルにしていることに今回初めて気が付いた。マーティン・スコセッシが監督した映画「アイリッシュマン」(2019)ではジミー・ホッファをアル・パチーノが演じ、映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」に出演したデ・ニーロやジョー・ペシも「アイリッシュマン」で共演している。

あとデボラが将来、ハリウッド・スターになってヨーロッパの王族に見初められ、王妃になるんだと夢見ている設定は、モナコ公国の公妃になったグレース・ケリーの人生を踏まえているのだろうなと思った。

モリコーネの音楽は一切使用されず、太田健の作曲した楽曲も悪くなかった。あと望海風斗と真彩希帆が歌えるトップ二人なので、安心して作品世界に浸ることが出来た。お勧め!

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ラミン・カリムルー、サマンサ・バークス in "CHESS THE MUSICAL" @梅芸

1月26日(日)梅田芸術劇場へ。CHESS THE MUSICALを観劇。

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出演はラミン・カリムルー、サマンサ・バークス、ルーク・ウォルシュ、佐藤隆紀(LE VELVETS)、エリアンナほか。演出・振付はニック・ウィンストン。公式サイトはこちら

ラミンの生歌を聴くのはこれが5回目、チェス盤上での米ソ冷戦を描く風変わりなミュージカル「チェス」は4回目になる。

ロンドンの「レ・ミゼラブル 25周年記念コンサート」でアンジョルラスを、「オペラ座の怪人 25周年記念コンサート」でファントムを演じたラミンの素晴らしさを今更ここで力説する必要もないだろう。ブロードウェイではジャン・バルジャンを演じ、トニー賞にノミネートされた。なお、佐藤隆紀も2019年からバルジャン役に抜擢されている。

第1幕フィナーレでラミンの歌う〈アンセム〉は万感の思いが込められており、圧巻。彼は1978年9月にイランのテヘランに生まれたが、当時はイラン革命(1978年1月ー1979年2月)の最中であり、国に留まっていては殺されるということで家族でカナダに移住、そしてさらに現在はイギリスに拠点を移しており、「それでも僕の心はイランにある」とアフタートークで語った。ラミンの半生が彼の演じるロシア人アナトリーに重なる。初めてミュージカルのオーディションを受けたときも〈アンセム〉しか知らず、これを歌ったという。

今回が初来日のサマンサ・バークスは「レ・ミゼラブル 25周年記念コンサート」でエポニーヌを歌い、それが高く評価されトム・フーパー監督による映画版「レ・ミゼラブル」も同役に抜擢された。僕は正直彼女のエポをそんなに好きじゃないのだけれど、生歌を聴いて度肝を抜かれた。いや、ハートを射抜かれた。ぜんぜん違う!とんでもない歌唱力で全身に鳥肌が立った。ウエスト・エンドの役者の実力、恐るべし。

ルーク・ウォルシュは高音がどこまでも伸び、魅了された。

大変充実した公演だったのだが、全編英語で字幕スーパー付き。アンサンブルが歌って踊る時も字幕を見ると踊りに集中出来ず、せめて日本人アンサンブルだけでも日本語で歌って欲しかったな。

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サロネン/フィルハーモニア管×庄司紗矢香 【構造人類学で読み解く「春の祭典」】

1月25日(土)兵庫県立芸術文化センターへ。

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フィンランドの指揮者エサ=ペッカ・サロネン/フィルハーモニア管弦楽団、独奏:庄司紗矢香で、

  • シベリウス:交響詩「太陽の女神(波の娘)」
  • ショスタコーヴィッチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番
  • パガニーニ:「うつろな心」による序奏と変奏曲〜主題
    (ソリスト・アンコール)
  • ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

ホールの入りは7割程度。

シベリウス「波の娘」は弦楽器の刻むリズムが明晰。

ショスタコのコンチェルト、第1楽章「ノクターン」は地獄からうめき声が聞こえてくる。ドミートリイ・ショスタコーヴィチの署名D-S(Es)-C-H(レ-ミ♭-ド-シ)音型が登場する第2楽章「スケルツォ」はネズミがちょこまか動き回るよう。第3楽章「パッサカリア」はレクイエム。そして研ぎ澄まされたヴァイオリン・ソロを経て一気呵成に狂騒的な第4楽章「ブルレスク」になだれ込む。

なお、D-S(Es)-C-H(レ-ミ♭-ド-シ)音型は交響曲第10番や弦楽四重奏曲第8番にも登場する。

バレエ「春の祭典」には生贄(選ばれた乙女)が登場するが、これは古代日本で水害など天災を鎮めるために捧げられた人柱と同じようなものだと解釈出来るだろう。新海誠監督「天気の子」に登場する天気の巫女も同様。つまり【地上の人間(文化/不連続)↔大地(祖先のいる場所/自然/連続)】という二項対立を結び、還流し、調停する役割を担っている(「天気の子」の場合は【地上の人間↔雲の上の神様】)。

また地下(大地)=祖先という考え方はオーストラリアの先住民族アボリジニの〈ドリームタイム〉と全く同じである。

そういえば武満徹は〈ドリームタイム(夢の時)〉というオーケストラ曲を作曲しているわけで、武満が初めて世界で認められる切っ掛けを作ったのがストラヴィンスキーだったという事実は正にシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)と言える

反キリスト的内容だったために、ハルサイの初演が悲鳴と怒号が渦巻く大スキャンダルのは有名な話だ(映画「シャネル&ストラヴィンスキー」で詳しく描かれた)。ここには【知性↔野生の思考】の相克があった。ニーチェの著書「悲劇の誕生」の概念を借りるなら、【アポロン的↔デュオニュソス的】二項対立ということになる。そういう意味で「春の祭典は」フローラン・シュミットが作曲した吹奏楽曲「ディオニソスの祭り」に直接繋がっている。

サロネンの指揮は大鉈を振るい、バッサバッサと目の前の障害物を上から下へ切り倒してゆく。先鋭でスタイリッシュ、オーケストラを畳み掛け駆る。一方、弱音部分は繊細。外科医が腑分けするよう。そして強烈な会心の一撃で最後を締めくくり、ホールは熱狂的興奮に包まれた。

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ジョジョ・ラビット

評価:A

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公式サイトはこちら。アカデミー賞では作品賞・助演女優賞(スカーレット・ヨハンソン)、脚本賞など6部門にノミネートされている。またトロント国際映画祭で最高賞にあたる観客賞を受賞。前年ここで観客賞を獲った「グリーン・ブック」はアカデミー作品賞にも輝いた。

アドルフ・ヒトラーとかナチス・ドイツをコメディとして描くことは大変リスキーであり、成功する確率が極めて低い。現実が余りにも過酷だからである。「笑い事じゃねーだろう、ふざけんな!」と世間から罵詈雑言を浴びるのが関の山だ。しかし本作はその極めて高いハードルを軽やかに飛び越えた。

主人公の少年のimaginary friend(空想の友人)であるヒトラーを演じたタイカ・ワイティティ監督の手腕はお見事としか言いようがない。

ナチス・ドイツをコケにして笑いを取り、上手くやり抜いた作品としてはメル・ブルックス監督・脚本の「プロデューサーズ」(1968)以来と言っても過言ではないだろう(スーザン・ストローマンが監督したミュージカル映画版「プロデューサーズ」は惨憺たる失敗作だった)。

母親役のスカヨハと、ナチスの軍人を演じたサム・ロックウェルが圧倒的に素晴らしい!お勧め。ただし、ハリウッド映画のお約束ごととはいえ、ドイツ人しか出てこない映画なのにダイアログが全て英語というのはいささか違和感があった。「シンドラーのリスト」や「やさしい本泥棒」なんかもそうなんだけどね。

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フォード vs フェラーリ

評価:A

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米アカデミー賞では作品賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の4部門にノミネートされている。公式サイトはこちら

男臭い映画である。劇中の会話にも登場するハリウッド・スター、スティーブ・マックィーンが主演した映画「栄光のル・マン」「ブリット」「大脱走」などを思い出した。あとジョン・フランケンハイマー監督の「グラン・プリ」ね。つまり1960−70年台の匂いがするということ。ちょっと今では見かけないタイプだ。

また、カー・デザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)とレーサーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)の果てしない殴り合いは「静かなる男」(1952)におけるジョン・ウェインとヴィクター・マクラグレンのそれを彷彿とさせる(E.T.がビール片手にテレビで見ていた映画)。つまり、ジョン・フォード的世界でもある。マイルズの奥さんも男勝りで、西部劇に出てきそうな感じだしね。

脚本・監督を務めたジェームズ・マンゴールド監督の腕は確かである。切れのある編集も素晴らしいし、なにより迫力満点の音響演出に痺れる。レースの渦中に放り込まれたような興奮をたっぷり味わえる。

ただ気になったのは、「この映画を女性が観て、果たして面白いと感じるだろうか??」ということ。考えてみればスティーブ・マックィーンのカー・アクションやジョン・フォードの西部劇に心底惚れ込んでいるのは、男ばかりだしね。このプンプン漂ってくる男の体臭が「好き♡」というマニアもいるだろうが、生理的に受け付けない人も多いのでは?

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「パラサイト 半地下の家族」と黒澤映画

今から16年前の2004年、僕はポン・ジュノ監督「殺人の追憶」のレビューで、次のように評した。

処女作「ほえる犬は噛まない」についても言及し、褒めそやしている。その後しばしばポン・ジュノは〈韓国の黒澤明〉と呼ばれるようになるが、世界で最初に言い出したのは僕だと確信している(もっと早く言及した人がいれば、ご一報ください)。因みに監督のもとには黒澤映画のリメイクの依頼も来たという(本人談)。

最新作「パラサイト 半地下の家族」は米アカデミー賞で国際長編映画賞(昨年までは外国語映画賞)受賞は500%確実と言われており、他に作品賞(本賞)、監督賞、脚本賞、美術賞、編集賞の6部門にノミネートされている。

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評価:A+

公式サイトはこちら

2013年にポン・ジュノが英語で撮った「スノーピアサー」は地球が氷に閉ざされた近未来(2031年)に生き残ったわずかの人類が永久機関によって動き続ける列車内部に暮らしているという設定だ。貧困層は最後尾に住み奴隷扱いを受け、少数の富裕層は前方車両で優雅に暮らし別世界を築いている。公開当時僕が書いたレビューはこちら。「スノーピアサー」は水平方向に貧富の差が描かれていたわけだが、これが「パラサイト」では垂直方向に変換されている。実は垂直方向の差異で格差社会を描くという手法は黒澤明監督「天国と地獄」(1963)で既に行われている。

山崎努演じる誘拐犯・竹内は捕まり、三船敏郎演じる大手製靴会社の常務・権藤と刑務所の面会室で対峙する。竹内は言う。「私の住んでいたところは、冬は寒くて眠れない、夏は暑くて眠れない。そんな場所から見上げると、あなたの家は天国みたいに見えましたよ。するとだんだんあなたが憎くなってきて、しまいにはあなたを憎むことが生きがいみたいになったんです」竹内が逮捕される場面の、売春婦や麻薬中毒者がたむろする阿片窟のような横浜市黄金町が〈地獄〉として描かれ、高台にある権藤の家が〈天国〉のメタファーとなっている。

「パラサイト」で半地下に住むキム一家は、裕福なパク一家が住む高台の豪邸に一人ずつ寄生していく。しかしソン・ガンホ演じる家長は次第に弱者が強者に対して感じる憎悪・怨恨、つまりニーチェが言うことろのルサンチマンをパク社長に対して募らせていく。それは朝鮮半島の思考様式、(ハン)にも通じていると言えるだろう(について詳しくは韓国映画「風の丘を越えて/西便制」をご覧あれ)。そして蓄積されたのストレスで火病(ファビョン)に罹る。その切っ掛けとなるのが、映像では直接描くことの出来ない〈臭い〉であることが天才ポン・ジュノの独創性だと思った。

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高台に住むパク社長一家を韓国併合時代(1910-1945)の日本人(朝鮮総督府)、半地下の家族を当時の朝鮮人民に見立てる(置き換える)ことも可能だろう。支配者に対する被支配者の(≒ルサンチマン)は未だに尾を引き、徴用工や従軍慰安婦問題が燻ぶり続けている。こういった多様な解釈を許すという意味においても、奥深い作品である。

また新海誠監督「天気の子」の主人公も東京で半地下に住み、そこが大雨で浸水するという描写が共通しているという点でシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)を感じた。

参考文献:
1.ニーチェ、中山元(訳)「道徳の系譜学」(光文社古典新訳文庫)2009 ←ルサンチマンについて。
2.西尾幹二、呉善花「日韓 悲劇の深層」(祥伝社新書)2015 ←恨(ハン)と火病(ファビョン)について。
3.呉善花「韓国を蝕む儒教の怨念 〜反日は永遠に終わらない〜」(小学館新書)2019

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格差社会は悪なのか?

カンヌ国際映画祭で連続してパルム・ドール(最高賞)を受賞した「万引き家族」(日本)と「パラサイト 半地下の家族」(韓国)、そして「バーニング 劇場版」(韓国)、「アス Us」(アメリカ)、「ジョーカー」(アメリカ)が同時多発的に格差社会を描いているということで話題になっている。

左翼ジャーナリズムや、自らを「市民」と名乗り、デモ行進を実行するプロ市民/活動家たち(現在では「リベラル」という便利な言葉/隠れ蓑がある)はトランプ大統領(共和党)や安倍総理が大嫌いなので、彼らのせいで「格差が広がっている」と煽る(民主党・オバマ大統領政権の頃は好意的だった)。

しかし格差って、そんなに悪いことなのだろうか?

例えば朝日新聞社の言論サイト「論座」に掲載された、〈努力についての不都合な真実〉をお読み頂きたい。自分の給与が勤続12年でたった14万円だと嘆き、〈日本終わってますよね?〉とツイートした人に対して、事業家の堀江貴文氏が〈日本がおわってんじゃなくて「お前」がおわってんだよ 〉とリプライしたことについて次のように論じている(以下引用)。

 経済的成功者に、貧困問題を語らせると、たいていこういう結末になる。彼らが異口同音に言うのは「努力せよ。さすれば、貧困は解決せん」というシンプルなご託宣だ。(中略)
 だが、こういうロジックは、根本的に間違っていると思う。まず、努力すれば、たしかに、当該の人の給料が上がるかもしれない。競争力が増し、他人に勝って、よりよい地位を得て給料も増すからだ。しかし、その人が競争に勝つということは、逆に言えば、あらたに「競争に負ける」人も生み出すことでもある。

まことにもって奇妙な理屈である。勝者が生まれれば、同時に敗者も生まれる。当たり前のことだ。自由競争の基本であろう。例えば短距離走を考えてみよう。「競争に負ける」人を生み出してはいけないのだったら、この著者はどうすればいいというのだろう?みんなで仲良く並んで同時にゴールする?笑止千万である。この理論に従えば、東京オリンピック開催も止めたほうが良いということになる。プロ野球や高校野球、Jリーグも禁止ね。学校のテストで100点とったら「競争に負ける」人も出る。どうする?全員が同点だと意味ないし、いっそのことテストも入試も廃止か。じゃあ選別の方法は?

どうもこの人が言いたいのは、社会全体で経済発展して、みんなで生活水準を上げ、Win-Win(私も勝って、あなたも勝つ)関係になりましょうということのようだ。じゃあ仮に日本全体が底上げされたと仮定しよう。しかしその場合、必然的に「競争に負ける」国を生み出すだろう。果たして地球全体がWin-Winになる経済なんてあり得るの?

フランス革命前のフランスや、江戸時代の日本も格差社会だった。フランスの平民が貴族になることは出来なかったし、高等教育も受けられなかった。長屋に住む熊さん・八っつぁん(上方落語では喜六・清八)が武士になることも出来なかった。まして大坂の豪商・鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん)との経済格差は桁外れである。

経済格差があることは今も変わらない。しかしその頃と、21世紀の現代では厳然たる違いがある。それは〈自由〉と〈平等〉があることである。自分の意見を言うことも〈自由〉だし、職業を選ぶことも〈自由〉。たとえ貧乏な家庭に生まれても本人に才能や才覚があり、一生懸命勉強すれば一流大学に入学し、一流企業に就職することが出来る。奨学金制度だってある。学歴がなくても起業が成功し、大金持ちになるIT企業社長もいる。つまり機会(チャンス)は〈平等〉に与えられている。それを生かすも殺すも本人の努力と実力次第だ。

しかし左翼ジャーナリズム(自称リベラル)は今の日本やアメリカは〈平等〉じゃないと言う。貧富の差があるからだと。つまり彼らが主張する〈平等〉は意味が違う。意図的に履き違えている。経済的に、みな〈平等〉で格差のない社会〜それは共産主義国家の実現を意味する。つまりマルクス主義への回帰を未だに彼らは夢見ているのだ。

20世紀は社会主義国家建設という〈実験〉が世界的に幾つか行われ、ことごとく失敗した。ソビエト連邦や中国の文化大革命は理想的な世界、ユートピアを果たして生み出したか?労働党が政権を握った時代、イギリス国民は幸せになれたか?北朝鮮は地上の楽園か?答えは明白であろう。

マルクス主義が愚かで、致命的に間違えているのは〈人間の欲望〉を無視していることである。「他人より儲けて、いい暮らしがしたい」「社会的に高い地位に就いて、人々から尊敬されたい」という、格差を生み出そうとする欲望〉が社会を活性化し、経済を動かす。〈欲望〉という言葉が嫌だったら〈意欲〉や〈向上心〉でもいい。勉強して良い大学に行かなくても、仕事をサボるばっかりしても同じ給料がもらえるのならば、誰も勉強しないし働かない。そういう社会は衰退し、いずれ滅ぶだろう。格差のない社会は人をダメにする。努力が報われない世界を〈平等〉とは言えない。

現代日本には〈自由〉と〈平等〉がある。それに加え江戸時代と比較すると、社会福祉社会保障制度システム)が進化した。経済格差はあるが最低限の生活が保証されているということである。敗者(loser)でも生きていける。

1756年の飢饉では岩手と宮城の両県で合計約5万人の死者を出している。1784年東北地方を中心に発生した天明の大飢饉では津軽藩だけで10万人以上の餓死者を出した。人口動態統計によると1950年(昭和25年)の餓死者数は9,119人。 これが2017年「食糧の不足」による死亡者数は22人である。この中には一人暮らしの老人も含まれるわけで、生活保護制度のある現在は貧困による死者は事実上いないと言っていいだろう。

読者にいま一度問う。格差社会ですか?

追伸:ポン・ジュノ監督の大傑作「パラサイト 半地下の家族」のレビューは近々掲載予定です。

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「武満徹を探す三日間の旅@フェニーチェ堺」体験記

2019年12月27日〜29日、フェニーチェ堺で「武満徹のミニフェスティバル3日間」を体験した。

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オーケストラ作品を含め、意外と関西では武満徹(1930-96)の音楽を聴く機会が少ない。それは武満が東京の人だからである。関西出身の作曲家なら、例えば大栗裕や大澤壽人、貴志康一、西村朗の音楽は、たとえ採算が取れなかろうと(客を呼べなくても)大阪のオーケストラは(自分たちの使命として)頑張ってプログラムに入れるのだが、黛敏郎や三善晃、矢代秋雄らは完全無視である。知らん顔。

しかし、生前の武満と親しかった尾高忠明が大阪フィルハーモニー交響楽団のシェフに就任してから次第に状況が変わりつつある。僕がどうしても聴きたい武満の管弦楽曲は「ノヴェンバー・ステップス」「夢の時 Dreamtime」「ウォーター・ドリーミング」そして「系図 Family Tree ー若い人たちのための音楽詩ー」なんだよね〜。あ、「系図」の語り(詩の朗読)は作曲家の指示通り10代の女の子でお願いします(故・岩城宏之は吉行和子を起用した)。大フィルさんよろしく〜。

オーケストラですらそんな有様だから、まして武満の室内楽・器楽曲が関西で演奏されるのは皆無に等しい。だから今回のフェスはとてもありがたかった!

DAY1:杉山洋一(作曲家・指揮者)プロデュース「室内楽名品選」

  • ヴァレリア(ピッコロ2、エレクトリック・オルガン、ギター、Vn、Vc)
  • サクリファイス(フルート、リュート、ヴィブラフォン)
  • 遮られない休息 I,II,III(ピアノ)
  • ユーカリプス II(フルート、オーボエ、ハープ)
  • 環(リング)(フルート、リュート、テルツギター)
  • 悲歌(ヴァイオリン、ピアノ)
  • スタンザ I(ソプラノ、ヴィブラフォン、ギター、ハープ、ピアノ&チェレスタ)

演奏は荒井英治(ヴァイオリン)、吉野直子(ハープ)、黒田亜樹(ピアノ)、近藤孝憲(フルート)、山田岳(ギター)、高本一郎(リュート)、海野幹雄(チェロ)、松井亜希(ソプラノ)ほか。

杉山洋一自身レコードでは聴いたことがあったけれど、実演に接するのは今回初めてという曲が幾つかあるそう。「初期作品には書き方がいい加減なものもあります」と。

「サクリファイス(生贄)」はフルートの吹き方がまるで尺八みたいで、風に穂をなびかせるススキヶ原の光景が目に浮かんだ。

「ユーカリプス II」はフルートのフラッター(Flutter-tonguing)やオーボエの重音奏法など特殊技法のオン・パレード。しっかりゲンダイオンガクしている。でも聴いていて不快じゃない。

「環(リング)」は奏者が手にはめた指輪を叩いたり、フルートのカバードキーを(息を吹かずに)叩いたりと面白かった。

「悲歌」は元々、大島渚監督の映画「儀式」のために書かれたもので、原曲はヴァイオリン独奏と弦楽合奏という編成。

トークの中で荒井は世界のオーケストラから選りすぐったトップ・プレイヤーで構成されたスーパーワールド・チェンバーオーケストラと共演し、武満の「ノスタルジア」を弾いた時を回想し、「ゴッホの油絵みたいに脂ぎった演奏で、濃いめでアルバン・ベルク〈抒情組曲〉のような感じだった」と。日本のオーケストラが奏でる武満とは感触が違ったそう。

1969年に発表された「スタンザ I」は翌年の大阪万博で鉄鋼館ースペース・シアターのために書かれたオーケストラ曲「クロシング」の原型となった。これもそうだが、武満の作品にはしばしば途中で沈黙が訪れる。僕は行間に語らせる音楽だと思った。

DAY2:小味渕彦之(音楽評論家)プロデュース/西岡茂樹指揮による「ソング名品選」

  • 混声合唱のための「うた」から
    小さな空/小さな部屋で/恋のかくれんぼ/うたうだけ
  • 混声合唱のための「風の馬」
  • 独唱
    小さな空/三月のうた/燃える秋/うたうだけ/明日ハ晴レカナ、曇リカナ
  • 混声合唱のための「うた」から
    翼/島へ/◯と△の歌/死んだ男の残したものは/さようなら/さくら

独唱は高山景子、林隆史、益田早織、川野貴之、西尾岳史、そして特別編成合唱団が歌った。ピアノ伴奏は岡本佐紀子。

そもそも武満が作曲家を志すきっかけとなったのが、終戦間近14歳の時に勤労動員先で見習士官からこっそりレコードを聴かせてもらったシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」(戦争中は敵性音楽だから禁止されていた) 。ジャン・ルノアールが1923年に作詞・作曲し、リュシエンヌ・ボワイエが歌った

「小さな空」は心に染み入るノスタルジィがある。合唱版も独唱もそれぞれ味わい深い。「小さな部屋で」は寂しくて、温かい。

独唱用の楽譜で、武満自身が手がけたピアノ譜があるのは「うたうだけ」と「燃える秋」のみ。「うたうだけ」はとってもJazzyで、映画主題歌「燃える秋」はしっとり。なお武満は生涯に約100本の映画音楽を書いている。

「さようなら」はラジオ番組『私の歌』のために書かれた24歳の作品。

〈うた〉の魅力を堪能した。

DAY3:武満真樹プロデュース「武満徹の友人たちトーク&ライブ」

武満徹の娘・真樹が司会を務め、荘村清志(ギター)、coba(アコーディオン)が演奏。

  • フォリス(ギター独奏)
  • 「ギターのための12の歌」から
    オーバー・ザ・レインボウ/失われた恋/ロンドンデリーの歌
  • 森のなかで(遺作/ギター独奏)
  • 「ギターのための12の歌」から
    早春賦/シークレット・ラブ/ミッシェル
  • 映画「他人の顔」からワルツ(アコーディオン独奏)
  • 死んだ男の残したものは/翼(ギター&アコーディオン)

アンコールは、

  • トオルさんへのトリビュート(coba)
    小さな空+リベルタンゴ(by ピアソラ)etc.
  • 映画「ヒロシマという名の少年」(荘村清志)

生前武満は「演奏者の顔が見えないと、曲が書けない」と語っていたという。

遺作「森のなかで」は浅間山の裾野にある長野県・御代田町の別荘で作曲された。

「ギターのための12の歌」は珠玉の美しさ。

cobaの奏でる「他人の顔」ワルツは先鋭的かつ劇的。

ある日cobaに(それまで面識がなかった)武満から直接電話が掛かってきて、1993年に武満がプロデュースする八ヶ岳高原音楽祭にギターの渡辺香津美らと出演することになった。そして武満が膀胱がんと闘っていた95年9月、ビョークのワールド・ツアーに参加していたcobaはこれが最後になるかも知れないと、イタリア公演だけ抜けさせてもらって八ヶ岳高原音楽祭に駆けつけた(武満は96年2月に亡くなった)。

武満家では朝食時に食卓で父親がDJよろしくいろいろ選曲してCDを掛けていた。しかし娘から「朝っぱらからわけのわからない現代音楽は嫌よ」と釘を差されていたという。そしてある日のこと「これならいいだろう」とcobaが小林靖宏を名乗っていた頃のアルバム「風のナヴィガトーレ」から〈プシュケ〉を掛けた。ここで会場でもcobaが〈プシュケ〉全曲を弾いた。朝の風がよく似合う、爽やかな楽曲だった。

荘村は武満とよく、新宿三丁目のゴールデン街に飲みに行った。行きつけのバーには大体ギターが置いてあり、武満のリクエストでバリオス作曲「郷愁のショーロ 」を弾いた(会場でも演奏)。バーに井上陽水が居合わせてビートルズを歌ったりもした。武満は荘村の伴奏でビートルズの「ハニー・パイ」を歌ったという。荘村が酔いつぶれ、手を引っ張って立ち上がらそうとした武満を投げ飛ばしてしまい、顔に傷を負わせてしまったエピソードも披露。

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最後はとってもIntimate Concetとなった。

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古楽最前線!オペラ「ピグマリオン」

12月14日(土)いずみホールへ。〈古楽最前線〉を体感する。

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  • リュリ:音楽悲劇「アティス」より
    序曲、花の女神のニンフたちのエール、メヌエット、ガヴォット
  • コレッリ:歌と踊り「ラ・フォリア」
  • リュリ:コメディ・バレ「町人貴族」より
    トルコ人の儀式の音楽、イタリア人のエール
  • リュリ:音楽悲劇「アルミード」より
    第2幕 第2場の音楽、パサカーユ
        (休憩)
  • ラモー:オペラ「ピグマリオン」全曲

第1部で17世紀における〈オペラ・バレエの歴史〉をたどり、第2部で18世紀のオペラ「ピグマリオン」(日本語字幕付き)をたっぷり味わうという構成。スタッフは寺神戸亮(指揮・ヴァイオリン/プロデューサー)、岩田達宗(演出)、小㞍健太(振付)。管弦楽はレ・ボレアード、そして特別編成の合唱団。独唱はクレマン・ドビューヴル、鈴木美紀子、波多野睦美、佐藤裕希恵。バロックダンスは松本更紗(パリ市立高等音楽院古楽専攻
/ヴィオラ・ダ・ガンバ科卒業)、コンテンポラリーダンスが酒井はな、中川賢。

何より第1部は松本更紗のバロックダンスが優雅で美しく、魅了された。

また途中、岩田達宗と寺神戸亮による解説があり、バロックダンスには下図のような記譜法(notation)があることを初めて知った。

Notation

舞踏譜にはダンスのステップ、踊るときの空間指示、音楽と動きの関わりが平面に書き表されており、現代でも再現出来るというわけ。シャーロック・ホームズ・シリーズの短編小説「踊る人形」を思い出した。

第2部の「ピグマリオン」は1748年にパリの劇場(王立アカデミー)で初演された。純粋に「歌劇」というよりは、「歌劇」と「舞踏」が半々といった印象。成る程、ヴェルディのオペラ(シチリア島の夕べの祈り、アイーダ、オテロ)にも大々的なバレエ・シーンが有るが、この伝統の名残なんだなと理解した。特に最後は祝祭的だなと思った。

ギリシャ神話に登場する「ピグマリオン」といえば、ミュージカル「マイ・フェア・レディ」である。原作となったジョージ・バーナード・ショーの戯曲が「ピグマリオン」で、イライザ・ヒギンズ・ドゥーリトル・ピカリング・フレディーなど登場人物の名前もそのまま。この戯曲は1938年にイギリスで映画化されている。(共同)監督・主演は「風と共に去りぬ」のアシュレー役で有名なレスリー・ハワード(第二次世界大戦中、搭乗していた旅客機がドイツ空軍に誤射され死亡)。なんと編集を担当しているのがデイヴィッド・リーン。後に映画監督となり、「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」などを撮った。

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ネルソンス/ウィーン・フィル「ニューイヤー・コンサート2020」とベートーヴェン交響曲全集

元旦に宿泊中だった群馬県の法師温泉 長寿館でウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート2020」をTV鑑賞した。

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今年の指揮者はアンドリス・ネルソンス。ラトビア出身の41歳。昨年亡くなったマリス・ヤンソンス(ロイヤル・コンセルトヘボウ管及びバイエルン放送交響楽団の首席指揮者を務め、ニューイヤー・コンサートに3回登壇)も同郷だ。

ラトビアはバルト三国のひとつで、バルト海を挟んで向かい側にスウェーデンがある。ラトビアの隣国がエストニアで、その対岸にフィンランドが位置する。エストニアといえばヤルヴィ親子が有名で(父ネーメ、長男パーヴォ、次男クリスチャン)、ネルソンスはパパ・ヤルヴィやヤンソンスから指揮法を学んでいる。なお、パーヴォは現在NHK交響楽団の首席指揮者を務めている。

第二次世界大戦後から1970年代までベルリン・フィルやウィーン・フィルを支配していたのはヘルベルト・フォン・カラヤン(ザルツブルク@オーストリア出身)やカール・ベーム(グラーツ@オーストリア出身)だった。しかしカラヤンの死後ベルリン・フィルのシェフを務めたのはクラウディオ・アバド(イタリア)、サイモン・ラトル(イギリス)であり、昨年からキリル・ペトレンコ(ロシア)が芸術監督に就任した。

最近のベルリン・フィル定期演奏会に登壇した主な指揮者たちを列挙してみよう。クルレンツィス(ギリシャ)、フルシャ(チェコ)、ウルバンスキ(チェコ)、アダム&イヴァンのフィッシャー兄弟(ハンガリー)、パーヴォ・ヤルヴィ(エストニア)、ゲルギエフ(ロシア)、ハーディング(イギリス)、メータ(インド)、ドゥダメル(ベネズエラ)といったところ。ドイツ人はティーレマンくらいしかいない。

ウィーン・フィル「ニューイヤー・コンサート」に目を転じると、近年登壇した戦後生まれのドイツ・オーストリア系指揮者はティーレマンとウェルザー=メスト(リンツ@オーストリア出身)のみ。この地域の人材不足が深刻化している。

どうしてオーストリアやドイツの音楽教育は衰退・地盤沈下を起こしているのか?まず、子供の人権に対する社会の意識変化が挙げられるだろう。現代では子供の意見・自主性を無視して無理矢理、音楽のスパルタ教育を受けさせることが難しくなった。しかし音楽のプロを目指すなら3,4歳くらいからの徹底した幼児教育が必須である。その点で、1989年ベルリンの壁崩壊まで鉄のカーテンに閉ざされていた東欧諸国(バルト三国・ハンガリー・チェコ・ポーランド・ルーマニア)やロシアには未だに古くからの音楽教育の伝統が残っていた(ドゥダメルは言うまでもなくエル・システマの申し子である)。

ドイツ・オーストリア圏では優秀なピアニストも壊滅状態である。現在ドイツの芸術大学でピアノ科教授を務める河村尚子の証言をお読み頂きたい(→こちらの記事 )。自由な気風の西側諸国ではピアノを学ぶ学生が年々減っており、ドイツの音楽大学で勉強しているドイツ人は全体の10%くらいしかいない。代わって東欧の人たちやアジア人が多いという

もう一つ。ナチス・ドイツによるホロコーストの影響も無視できないだろう。アドルフ・ヒトラーが政権を握ると、ユダヤ系の音楽家たちはドイツ・オーストリアから去った。指揮者で言えばブルーノ・ワルター(ドイツ)、オットー・クレンペラー(ドイツ)、ジョージ・セル(ハンガリーに生まれ、ドイツで活躍)らである。いくら戦争が終わったとはいえ、悪夢のような記憶しかない土地へ戻る気にはなれないだろう。

さて、2020年はベートーヴェン生誕250年という記念の年である。それに向けて昨年末、ウィーン・フィルは交響曲全集のCDをドイツ・グラモフォンからリリースした。その大役に抜擢されたのがネルソンスである。日本では音楽之友社から出版されている雑誌「レコード芸術」誌において、レコード・アカデミー大賞銅賞を受賞した。つまり年間ディスクのベスト3に選出されたということ。

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これまで誇り高く頑迷なウィーン・フィルがベートーヴェン交響曲全集の録音で白羽の矢を立てた指揮者を振り返ってみよう。

  • ハンス・シュミット=イッセルシュテット(1965−69)
  • カール・ベーム(1970−72)
  • レナード・バーンスタイン(1977−79)
  • クラウディオ・アバド(1985−88)
  • サイモン・ラトル(2002)
  • クリスティアン・ティーレマン(2008−10)

ベートーヴェンのシンフォニーが彼らにとって「勝負曲」であることが、よくお分かりただけるだろう。ネルソンスに対して全幅の信頼を寄せていることが、うかがい知れる。

古楽器復興運動の最先端で戦っていたアーノンクールがモダン・オーケストラの指揮に進出して以降、世界のオーケストラは分断され、楽員たちは混乱し、大いに悩み続けて来た。

つまりティーレマンを代表とする〈守旧派〉が主張するように、古典派音楽に於いてカラヤンやベームが生きていた20世紀の演奏スタイルをそのまま踏襲しても構わないのか、それともメトロノーム記号を遵守した高速演奏で、弦楽器はノン・ヴィブラートで弾くなどピリオド・アプローチ(古楽器奏法)を学ぶべきか?

ウィーン・フィルはアーノンクールと良好な関係を築きつつ、頑なにピリオド・アプローチを拒み続けて来た。ノン・ヴィブラートで弾いたら彼らの持ち味が損なわれ、オケの個性が失われてしまうからである。

では、今回彼らがタッグを組むことを熱望したネルソンスはどうか?僕は聴いてみて「20世紀の巨匠たちのような、どっしりと重厚なスタイルでもなく、かといって潤いがなく〈タッタカタ!〉と進む古楽器オケの有り様でもない、第三の道」だと感じられた。それは2019年8月23日にキリル・ペトレンコがベルリン・フィルの首席指揮者就任演奏会で振ったベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」で提示した、〈20世紀の演奏様式とピリオド・アプローチの融合・ハイブリッド〉に通じるものがある。時代は成熟し、Next Stageに入ったのだ(2000年頃に録音されたアバド/ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全集は発展途上というか迷いがあり、未成熟・中途半端な印象を拭えない)。

ネルソンスのベートーヴェンは弾力があって動的。ゴムボールが跳ねて坂を転がり落ちる感じ。ピリオド・アプローチのような硬さはなく、ふわっと柔らかい響きがする。リズムはサクサクして小気味好い。〈生きる歓び〉が感じられる。

例えば明るく伸びやかな交響曲第3番「英雄」。軽やかに歌う。従来から言われているようなナポレオンの気宇壮大なイメージとは全然違う。第2楽章も重くならず、ゆったりとしているが余り葬送行進曲という感じじゃない。〈透明な哀しみ〉がある。

交響曲第5番「運命」も〈苦悩を乗り越えて勝利へ!〉というコンセプトから遠く離れて、明朗で端正な世界が広がってゆく。

あと驚いたのが交響曲第6番「田園」や第7番で、第1楽章(ソナタ形式)提示部の繰り返しをしなかったこと!スコアに書かれた繰り返しを省略するのはカラヤン・ベーム時代は普通のことだったが、1970年代に入り、カルロス・クライバーやクラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティら(当時の)若手指揮者たちがこぞって繰り返しを敢行するようになった(それに対して音楽評論家たちはことごとく苦言を呈した)。そして80年代以降、アーノンクール、ノリントン、ブリュッヘン、ガーディナーら古楽オーケストラの指揮者(=原理主義者)たちがベートーヴェン演奏になだれ込み、楽譜に記載されたリピート記号を遵守することが正しい作法、デフォルトとなった。だから却ってネルソンス/ウィーン・フィルの姿勢は挑発的というか、新鮮に感じられる。

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「ニューイヤー・コンサート2020」で感じ取ったのは、ネルソンスとウィーン・フィルの抜群の相性の良さである。相思相愛。楽員たちが正に〈水を得た魚〉のように、嬉々としてピチピチ飛び跳ねている。ふっくらとウインナ・ワルツを歌い、エレガント。馥郁たる香りが立ち込め、陶然となった。間違いなく、これから何度もネルソンスは再登板することになるだろう。

あと「郵便馬車のギャロップ」でネルソンスがトランペットを吹いたのだが、これが意外にもめちゃくちゃ上手くて呆気にとられた。調べてみると彼は音楽家としてのキャリアをラトビア国立歌劇場管弦楽団の首席トランペット奏者としてスタートさせ、後に指揮者に転向したらしい。どうりで。そもそもニューイヤー・コンサートはその創始者クレメンス・クラウス(ウィーン生まれ)が亡くなり、急遽当時コンサートマスターだったウィリー・ボスコフスキー(ウィーン生まれ)がヴァイオリンを持ったまま指揮台に上がった。ボスコフスキーが病に倒れた後登場したロリン・マゼールもそのスタイルを踏襲し、指揮台でヴァイオリンを奏でた。ネルソンスのトランペットはその伝統を想起させるものだった。Good job !

それと、ボスコフスキーやマゼールの時代、テレビ中継で挿入されるウィーン国立歌劇場バレエ団(当時)のダンスは、いかにも田舎の〈芋にーちゃん〉と〈芋ねーちゃん〉が踊ってます、という体(てい)だったのだが、組織体制の変更でウィーン国立バレエ団となった現在は衣装や振付が洗練され、隔世の感がある。これは2010年にフランスの天才ダンサー、マニュエル・ルグリが当団の芸術監督に就任したことと決して無関係ではあるまい。ルグリ恐るべし!

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