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2019年12月27日 (金)

大林宣彦監督「海辺の映画館ーキネマの玉手箱 Labyrinth of Cinema」

11月24日(日)広島国際映画祭2019で大林宣彦監督「海辺の映画館 キネマの玉手箱」を鑑賞。

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評価:A-

上映時間179分、ほぼ3時間。途中、休憩(Intermission)が挟まれる仕様になっているのだが、映画祭では一気に上映された。

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英題は"Labyrinth of Cinema"。

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元々、英題は"Arabesque"にしようと監督は考えておられたようだが、〈アラベスク〉だとイスラム文化を連想させるので、現在の米国と中東諸国のギクシャクした関係を考慮するなら望ましくないと渉外担当者から意見されたそう(赤川次郎×大林宣彦  対談「三十年後の“ふたり”」小説新潮11月号より)。

尾道の映画館〈瀬戸内キネマ〉 で戦争映画のオールナイト興行を観ていた若者3人が銀幕の中にさまよい込み、戊辰戦争・日中戦争・沖縄戦・広島への原爆投下を体験するという物語。

〈瀬戸内キネマ〉が登場するのは大林監督がテレビ〈火曜サスペンス劇場〉枠で撮った「麗猫伝説」(1983)、「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」(1988)に続き、3作目である。 「麗猫伝説」では撮影所の名称だったが、「おかしなふたり」から映画館の名前になった。映画は通常1巻が10−15分程度のフィルムを2台の映写機で切り替えながら上映する。しかし〈瀬戸内キネマ〉には1台の映写機しかなく、「流し込み上映」をする。詳しくはこちら。これはアカデミー外国語映画賞を受賞したイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」も同様である。

〈大林映画はピアノ映画である〉と看破したのは映画評論家の故・石上三登志氏である(「野ゆき山ゆき海べゆき」「彼のオートバイ、彼女の島」でナレーションを担当)。僕はそれに〈大林映画は海の映画である〉を加えたい。監督の古里・尾道でロケされた一連の作品は勿論のこと、京都で撮られた「姉妹坂」にも、九州で撮られた「なごり雪」「22才の別れ」「花筐/HANAGATAMI」にも海は登場する。

若者3人の名前は馬場鞠男、鳥井鳳助 、団茂 。馬場毬男(ばばまりお)は大林監督が大好きなイタリア映画ホラー界の巨匠マリオ・バーヴァ(血塗られた墓標、白い肌に狂う鞭、モデル殺人事件!)のもじりであり、鳥鳳助 (とりほうすけ)↔フランス・ヌーベルバーグのフランソワ・トリュフォー(大人は判ってくれない、恋のエチュード)、団茂(だんしげる)↔アメリカのドン・シーゲル(ダーティハリー、ラスト・シューティスト)といった具合。「HOUSE ハウス」(1977)で劇場用映画デビューする際に、「ホラー映画を撮る時は馬場鞠男、恋愛映画なら鳥井鳳助 、アクション映画なら団茂というペンネームを用いよう」という計画が当初あったそうだ。大林宣彦少年をモデルにした内藤忠司監督の映画「マヌケ先生」(2001)で厚木拓郎くんが演じた役名が馬場毬男で、今回も厚木くんが同役で出演している。

「海辺の映画館 キネマの玉手箱」の回想シーンとしてふんだんに「マヌケ先生」の映像が引用されていたので驚いた。毬男少年は尾道でジョン・フォード(駅馬車、黄色いリボン)によく似た映画監督に出会うのだが、その謎めいたアメリカ人を大林監督が怪演している。また「海辺の映画館」でも怪しいピアニストとして即興的にショパン「別れの曲」などを弾く。大林監督がヒッチコックみたいに自身の映画に出演するのはYMOの高橋幸宏主演「四月の魚(Poisson d'avril /ポアソン・ダブリル)」(1986)以来かな?高橋幸宏も久しぶりに「海辺の映画館」に登場。「異人たちとの夏」(1988)の友情出演が最後だから、もう30年以上経っている。

とにかくぶっ飛んでる。クレイジーだ。そういう意味で劇場デビュー作「HOUSE ハウス」や、16mmの自主映画「EMOTION=伝説の午後・いつか見たドラキュラ 」(1966)への原点回帰を感じさせる。 「海辺の映画館」には中原中也の詩が多数引用されるのだが、

お太鼓叩(たた)いて 笛吹いて
あどけない子が 日曜日
畳の上で 遊びます

という詩「六月の雨」は「いつか見たドラキュラ」にも登場する。

主人公が武士の時代にタイムスリップしたり、はたまた最後は宇宙船まで登場するという奇想天外な構成は、橋本忍(原作・脚本・監督)の「幻の湖」(1982)を彷彿とさせる。

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東宝創立50周年記念作品でありながら、主人公がトルコ嬢(現在のソープランド嬢)だったり、戦国時代に飛んで織田信長に会ったり、最後はスペースシャトルが出てきたりといった内容に観客が全くついて行けず、公開から2週間と5日(東京地区)で打ち切られることとなり長い間本当に「幻の作品」になった曰く付きのトンデモ映画である。しかし1996年にニッチな雑誌「映画秘宝」(2020年に休刊が決まった)で取り上げられてからはむしろカルトになり、今では容易に観ることが出来る(Amazon Prime Videoでも有料配信中)。「海辺の映画館」は間違いなく「幻の湖」に似ている。ただし誤解のないよう強調しておきたいのだが、僕は「幻の湖」が嫌いじゃない。ゲラゲラ笑いながら愉しく鑑賞した。

大林映画は〈共時的〉である。過去も現在も未来も、〈いま・ここ〉にある。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」(by フェデリコ・フェリーニ)

詳しくは下記事で論じた。

映画鑑賞前に、せっかく広島に来たのだからと映画にも登場する〈桜隊〉慰霊碑にお参りした。

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広島で被爆したこの移動劇団に所属していたのが園井恵子。岩手県出身で宝塚歌劇団では男役として活躍した。退団後に映画「無法松の一生」で吉岡夫人を演じた。その後東京で苦楽座に参加、苦楽座は解散後〈桜隊〉に再編された。新藤兼人監督(広島市出身)「さくら隊散る」という映画もある。関係者の証言と劇映画パートが渾然一体となっており、どちらかというとドキュメンタリー・パートの方に比重が大きい(2:1くらい)。「海辺の映画館」の前に「さくら隊散る」を観ておけば、より立体的に作品を味わうことが出来るだろう。「海辺の映画館」で園井を演じた常盤貴子も同じ日の朝、この慰霊碑を訪ねたそう(トークショーの模様はこちらをご覧ください)。

そもそも「海辺の映画館」の出発点に新藤兼人の遺稿シナリオ「ヒロシマ」がある。「(原爆投下の瞬間)一秒、二秒、三秒の間に何がおこったかをわたしは描きたい。五分後、十分後に何がおこったか描きたい。それを二時間の長さで描きたい。一個の原爆でどんなことがおこるか」と新藤は書き残している。「ピカ、ドンの二秒間に人々の物語がある」と大林監督。

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上の写真は平和記念公園にて。真ん中に原爆ドームが写っているの、分かりますか?

「僕たちは歴史の過去を変えることは決して出来ないが、映画で歴史の未来を変えることは出来るかも知れない。映画を見た人、一人一人が一人一人の努力でもって平和を導いてけば、きっと世界の平和をたぐり寄せることが出来る。きっと平和な世の中を実現することが出来る。これが僕の考えるハッピーエンド」大林監督の言葉である。その信念と執念が、異常なほどの熱量を孕み、「海辺の映画館」に満ち溢れ、煮えたぎっている。

ただ映画の中で描かれる、沖縄戦で日本軍の兵隊が沖縄の住民を虐殺するエピソードが引っ掛った。初めて耳にする話だが、これは果たして根拠のある事実なのだろうか?大林監督「この空の花 長岡花火物語」での、韓国のいわゆる従軍慰安婦に対する言及同様の違和感を覚えた(彼女たちについて気の毒だとは思うが、日本軍が強制連行したという証拠は一切見つかっていないわけで、日本人が謝罪する必要はないだろうというのが僕の意見である。朝鮮戦争やベトナム戦争において韓国軍も慰安所を公認していたわけだし)。歴史的見解の相違だ。

上映当日、大林監督に「ヒロシマ平和映画賞」が授与されたのだが、「ハウス HOUSE」で映画デビューした女優の松原愛さんが花束を手渡した。後で松原さんのお話を伺うことが出来たのだが、彼女は「ハウス HOUSE」映画版で(7人の少女のうち)ガリ役だったが、その前にプロモーション(メディアミックス)として放送されたラジオドラマ版ではマック役だったと。詳しくはこちら

「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」はアスミック・エースの配給で2020年4月に劇場公開が予定されている。

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