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2019年12月19日 (木)

アカデミー作品賞、主演女優賞、助演女優賞、主演男優賞、脚本賞ノミネート確実!Netflix映画「マリッジ・ストーリー」を観る前に知っておくべきこと。

評価:A

Marriage

公式サイトはこちら

本作のアカデミー作品賞/主演女優賞(スカーレット・ヨハンソン)/助演女優賞(ローラ・ダーン)/主演男優賞(アダム・ドライヴァー)/脚本賞ノミネートはほぼ確実。ただしノア・バームバックの監督賞はビミョ〜。以下に挙げる有力候補がいるからである。

  1. マーティン・スコセッシ「アイリッシュマン」
  2. クエンティン・タランティーノ「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
  3. ポン・ジュノ「パラサイト」
  4. サム・メンデス「1917 命をかけた伝令」
  5. グレタ・ガーウィグ「ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語」
  6. タイカ・ワイティティ「ジョジョ・ラビット」

1−4は当確で、残るひとつの席を巡って三つ巴のつばぜり合いといったところか。

「マリッジ・ストーリー」はノア・バームバックのオリジナル脚本で、彼自身が2005年に女優のジェニファー・ジェイソン・リーと結婚し、長男をもうけ、8年後の2013年に離婚した経験をもとに書かれている。

バームバックはニューヨーク市のブルックリン生まれで、それがそのままアダム・ドライヴァー演じる舞台演出家チャーリーに生かされている。スカーレット・ヨハンソン演じる妻のニコールは元ハリウッド女優であり(結婚後NYの舞台に立つ)、こちらの設定も実生活のまんまだ。

ニューヨークとロサンゼルスを行き来してお話は進むので、「二都物語」と言ってもいいだろう。アメリカの東海岸と西海岸を代表する大都会の違いが浮かび上がってくる(NYは地下鉄を駆使して歩く街、LAは車なしで移動出来ない街)。

本作の前に是非観ておきたい映画がある。アカデミー作品賞/監督賞/脚色賞/主演男優賞(ダスティン・ホフマン)/助演女優賞(メリル・ストリープ)を受賞した「クレイマー、クレイマー」(1979)である。こちらも現在、Netflixで配信中。

夫婦が離婚し、長男の養育権を巡って裁判沙汰になるという構造が同じ。「クレイマー、クレイマー」の舞台はニューヨーク・マンハッタンで、一旦子供を置いて出ていった妻ジョアンナは不在の1年半の間カリフォルニア州で働いていたと夫テッドに語る。ロサンゼルスもカリフォルニア州である。そしてジョアンナはニューヨークでの裁判に勝つために、NYに家を借りる。これは「マリッジ・ストーリー」でNYを拠点に活躍するチャーリーがLAでの裁判に勝つために、現地の家を購入することと対になっている。

両者を見比べると、この40年間でアメリカ社会がどう変わってきたかが手に取るようによく分かる。「クレイマー、クレイマー」を踏まえておけば、「マリッジ・ストーリー」が少なく見積もっても5倍は面白くなるだろう。

「マリッジ・ストーリー」の終盤、ニコールはLAのホーム・パーティにおいて母と姉の三人組でブロードウェイ・ミュージカル「カンパニー」の楽曲"You Could Drive a Person Crazy"を楽しげに歌う。その直後に、今度はNYのバーでテッドが悲壮感を漂わせながら同じく「カンパニー」フィナーレの楽曲"Being Alive"を歌う。観客の涙を誘う場面である(ここのテッドが愛おしい)。

「カンパニー」はスティーヴン・ソンドハイムが作詞・作曲し、1970年に初演された。演出は「キャバレー」「オペラ座の怪人」「スウィーニー・トッド」のハロルド・プリンス。その後繰り返しリバイバル上演されている。僕は1999年の日本初演をシアター・ドラマシティで観劇している。訳詞・演出が小池修一郎。出演は山口祐一郎、鳳蘭、シルビア・クラブ、石川禅ほか。多分、僕が知る限り日本では再演されていない筈。

「カンパニー」の舞台はニューヨーク。35歳の誕生日を迎えた独身の主人公ロバートと、彼を取り巻く知人たちとの交流が描かれる。詳しい物語はこちらをご参照あれ。

"You Could Drive a Person Crazy"は(独身生活を謳歌するロバートが現在付き合っている)女たち三人が歌う。うち一人は航空会社のCA:客室乗務員。タイトルを逐語訳すれば「あなたは人を夢中にさせる」だが、「彼は本当に困った人。まともじゃないの(クレイジーよ)」と歌われる。

一方、ロバートのソロ・ナンバー"Being Alive"の内容はこうだ。誰かと親密になり一緒に暮らし始めると、傷つけられたり、眠りを妨げられたりする。時には地獄に突き落とされるような経験もする。でも、そうやって他者から干渉されることが「生きている(Being Alive ) 」ってことなんだ。一人でいること(alone) は生きていると言えない(not alive)。

今回改めてアダム・ドライヴァーの歌唱で聴いて、この曲が言いたいことは、〈ヤマアラシのジレンマ〉に繋がっているなと思った。ヤマアラシのオスとメスが愛し合うために互いに寄り添おうとすると、自分の針毛で相手を傷つけてしまうため近づけないことを指す。庵野秀明がアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で引用し、有名になった(庵野は「タッチ」の浅倉南役で知られる声優の日高のりこにプロポーズし、にべもなく断られて痛い目にあっている)。英語ではHedgehog's dilemma〈ハリネズミのジレンマ〉と言い、動物が変わる。哲学者ショーペンハウアーが創作した寓話に由来する。 つまり夫婦を続けるという営みは互いを傷付け合うことに等しいのだが、でもその痛みにこそ〈生の実感〉があるというわけだーけだし名曲である。

よく言われることだが、付き合っていた男女が別れたら、女の方は元カレをけろっと忘れてしまい、思い出の品とかを一切合切処分しても平気で新たな一歩を踏み出せるのだが、男の方は未練たっぷりで、元カノの想い出を捨て切れずにウジウジと引き摺ってしまう。それが病的になるとストーカーに変貌する(一方、女のストーカーは有名人の熱狂的ファンが多い)。そうした男と女の決定的違いを"You Could Drive a Person Crazy"と"Being Alive"の二曲で鮮やかに描き分ける演出は冴えに冴えている。

驚くべきことに2018年にロンドン、2019年にブロードウェイでリバイバル上演された「カンパニー」は男女逆転バージョン!"Being Alive" を女性の主人公が歌い、"You Could Drive a Person Crazy" は男性三人が歌う。演出は「戦争の馬」と「夜の犬の奇妙な事件」でトニー賞を受賞したマリアンヌ・エリオット。正に #MeToo 運動を経た今の時代に相応しいものになっている。

Company

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というわけでミュージカル「カンパニー」を抑えておけば、「マリッジ・ストーリー」を更に5倍面白く観ることが出来るだろう。

ソンドハイムのミュージカルは今やアメリカの知識層にとって、知っていて当たり前の教養になっている。イギリス人にとってのシェイクスピア劇みたいなものだ。映画「ジョーカー」でもホアキン・フェニックスが地下鉄でボコボコにされる場面で、加害者の酔っ払った会社員たちはソンドハイムの「リトル・ナイト・ミュージック」より、"Send in the Clowns"を歌う。

またグレタ・ガーウィグが脚本・監督した「レディ・バード」ではシアーシャ・ローナン演じる高校生が、学校でミュージカルを上演する場面があるのだが、これがスティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲の「メリリー・ウィー・ロール・アロング」といった具合。

なおノア・バームバックは現在グレタ・ガーウィグと交際し、2019年に二人の間に子どもが生まれたばかり。何度か一緒に共同脚本も執筆している。

余談だが、「メリリー・ウィー・ロール・アロング」をリチャード・リンクレイター監督が映画化することが既に決まっており、なんと20年を費やして撮影するらしい!!報道資料はこちら。最後まで関係者が誰も死なないことを祈る。

話をもとに戻そう。「マリッジ・ストーリー」はスカヨハとアダム・ドライヴァーの演技が文句なしに素晴らしいのだが、更に強烈なインパクトを与えるのが弁護士役のローラ・ダーン。クソビッチ(Fucking bitch)で最高!ビロウな表現で恐縮です。

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