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「IT/イット THE END”それ”が見えたら、終わり。」と、スティーヴン・キングのトラウマ

評価:B+

Chapter Twoである。映画公式サイトはこちら

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ITー”それ”とは何か?ズバリ、幼少期のトラウマ(精神的外傷)である。主人公ビルは幼い弟をひとりで外に遊びに行かせたために死なせてしまった。自分に責任があると思い詰めている。ベバリーは父親が彼女のことを〈女〉=性欲の対象として見ているのが耐えられない。だから月経(=子供を産める体に成長したこと)の象徴である血や、〈女〉らしさの象徴である長い髪の毛が彼女を襲う。マイクは火事で両親を失い、自分だけ生き残ったことに罪悪感を感じている。エディは喘息持ちで、不潔なもの・腐ったものに対する激しい恐怖がある(発作が誘発されるので)。ベンは太った転校生で、いじめっ子グループのターゲットとなる。

だからペニーワイズ(ピエロ)はそういった彼らの恐怖心・罪悪感の象徴として登場する。心理学的には、トリックスター=ほとんど影(シャドウ)と等価である。

ペニーワイズは井戸の底に生息しているわけだが、正に深層心理の奥底に潜む元型(Archetype)に相応しい場所と言えるだろう。

ただ、同じくスティーヴン・キング原作の「スタンド・バイ・ミー」 を彷彿とさせるChapter Oneはリリカルな青春譚で大好きなのだが、子どもたちが大人になった27年後を舞台にしたChapter Twoは、結局彼らが抱えているトラウマが子供時代と変わらないわけで、そこが二番煎じというか、全般的に既視感(デジャヴ)が強かったのが残念。むしろ寂しがり屋のペニーちゃんがちょっと可哀想になり、ITー”それ” に感情移入してしまった。ティム・カリーの演技がお茶目だしね。

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スティーヴン・キングが2歳の時、彼の父親は「ちょっとタバコを買いに行く」と言い残して出かけたきり、戻ってこなかった。その後所在が不明なまま現在に至る(キングも「藪蛇になるから」と調査していないそう)。「父は私を愛していないから出ていったんだ」という思いがトラウマとなり、彼の作品に濃い影を落としている。その一方で、12-13歳のときに屋根裏部屋で父の蔵書を発見した。その大半はSFやホラー小説だった。H.P.ラヴクラフト(「狂気の山脈にて」など)の短編集も含まれていた。母に訊ねると、父が雑誌にそういったジャンルの小説を投稿していたという事実も発覚した(しかし活字にはならなかった)。これが後に、キングが作家になる動機となった。精神分析学における〈親の理想像(イマーゴ)〉が大いに関わっている。

「シャイニング」の終盤、小説家志望の元教師ジャックは一冬の管理人として滞在しているホテル(とそこに生息している幽霊たち)に魂を乗っ取られ、木槌を振りかざし妻のウェンディを襲い、その後息子のダニーを殺そうと追う。しかし、一瞬正気に帰り、次のように言う。

「ここから逃げるんだ。急いで。そして忘れるな。パパがどれだけおまえを愛しているかを」 (深町眞理子・訳/文春文庫)

母子が逃げ出した後、ジャックはボイラーの大爆発で瓦解するホテルと運命を共にする。つまり「シャイニング」の心臓(=車のエンジン)はここにあり、父親からの「承認欲求」を満たすために("I love you."という一言を聞きたかったから)キングはこの小説を書いた、と断言しても決して的外れではないだろう。

しかしスタンリー・キューブリック監督は「シャイニング」映画化に際し、無慈悲にもこのエピソードをばっさりカットした。だからキングはキューブリック版が大嫌いで、「エンジンのないキャデラックみたいなものだ」などと繰り返し繰り返し執拗に非難するのである。自ら製作総指揮にあたり、満足行くようTV版も創ったが、世間からは駄作と烙印を押されている。

英紙が選ぶ「スティーヴン・キング原作映画ベスト20」でキューブリック版「シャイニング」は堂々第2位に選出され、米タイム誌が選ぶ「スティーヴン・キング原作映画ベスト10」でも余裕でランクインした。そしてスティーヴン・スピルバーグ監督「レディ・プレイヤー1」では主人公がゲームの中で、2つ目の鍵を探しに映画「シャイニング」の世界に入っていく。原作者の評価と、読者・観客のそれが齟齬をきたしている代表例であろう。

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