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2019年10月17日 (木)

ヘンデルとは何者か?〜クリスティ/レザール・フロリサンの《メサイア》@いずみホール

10月12日(土)台風の中、いずみホールへ。〈古楽最前線!ー躍動するバロック〉シリーズを聴く。企画・監修は故・礒山雅。

  • ヘンデル:オラトリオ《メサイア》全曲(字幕付き)

演奏はウィリアム・クリスティ(指揮)/レザール・フロリサン(管弦楽&合唱)。独唱はキャスリーン・ワトソン、エマニュエル・デ・ネグリ(以上ソプラノ)、ティム・ミード(カウンターテナー)、ジェームズ・ウェイ(テノール)、パドライク・ローワン(バス=バリトン)。

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僕は今まで数回、《メサイア》を生演奏で聴いたことがあるのだが、如何せん退屈でいつも途中でウトウトしてしまい、有名な「ハレルヤ・コーラス」で漸く目覚めるということを繰り返していた。ところが今回は違った。

ヘンデル・ファンで曲目解説を書かれた音楽ライター・後藤菜穂子さんから叱られてしまうかも知れないけれど、僕がヘンデルに対して抱くイメージは〈胡散臭い興行師〉である。映画「グレイティスト・ショーマン」でヒュー・ジャックマンが演じたP・T・バーナムみたいな感じ。

J.S.バッハは10代の頃から教会のオルガニストとなり、ライプツィヒにある聖トーマス教会のカントルを務めた。目立つことなく地道に生きた。

一方ヘンデルはドイツのハレに生まれ、21歳から25歳頃までフィレンツェ、ローマ、ヴェネツィア、ナポリなどイタリア各地を巡り、イタリア・オペラを作曲した。その後ドイツ・ハノーファー選帝侯の宮廷楽長となったが、それでも飽き足らずロンドンを訪れ、オペラ「リナルド」を作曲。イギリス新国王ジョージ1世と良好な関係を築き「水上の音楽」を作曲、42歳で正式にイギリスに帰化した。その後イタリアを訪れて歌手と契約を結び、ロンドンの国王劇場で次々に新作オペラを上演、64歳の時にはオーストリア継承戦争の終結を祝う祝典のために「王宮の花火の音楽」を作曲する(この時の国王はジョージ2世)。祝典はロンドンのグリーン・パークで開催された。

こうしてヘンデルの生涯を見ていくと、栄華を極めることを夢見て、自分を高く売り込もうとヨーロッパ各地を練り歩いた派手好きな男の姿が浮かび上がってくる。そしてまんまとイギリス国王に取り入った。

ヘンデルは《エジプトのイスラエル人》とか《メサイア》など英語のオラトリオを幾つか書いたが、じゃぁキリスト教に対する信仰心が本気だったかどうか、怪しいものだ。なにせ山師だから。〈商売道具〉〈営業用〉という気がして仕方がない。

《メサイア》はアイルランドの首都ダブリンのホールでの初演後、ロンドンのコヴェント・ガーデン劇場で上演された。このとき「救世主の物語を劇場で上演するのはふさわしくない」と宗教関係者から非難の声が上がったそうだ。また《エジプトのイスラエル人》の初演はキングズ劇場だった。

一方でJ.S.バッハはその音楽を聴けば彼の信仰が本気だということが判るし、《マタイ受難曲》や《ヨハネ受難曲》の初演は聖トーマス教会である(ミサ曲 ロ短調の初演は死後)。ヘンデルとの明確な違いが浮かび上がるだろう。つまりヘンデルの場合、〈大衆のための受難劇・ショー〉〈娯楽提供〉という側面が強いと言えるのではないだろうか?

レザール・フロリサンはフランス最古の古楽団体であり、それを創設したクリスティは当然フランス人だと信じて疑わなかった。だから今回、彼がアメリカ生まれでハーバード大学とイエール大学で学んだと知り、驚天動地だった。

クリスティの指揮ぶりは清新で爽快。軽やかで"float in the air"(空中に浮く)という言葉が思い浮かんだ。アクセントのある楽句(Phrase)はスキップするようで、キレがあるけれどあくまでエレガント。フレッド・アステアのダンスを想起した。

ソプラノの「大いに喜べ、シオンの娘よ」などは、まるでオペラのアリアのように華麗で、そうか、ヘンデルの音楽ってハリウッドの映画音楽みたいだなと思った。ゴージャスな外装、でも中身は空っぽ。例えば映画館でイエス・キリストの生涯を描いた史劇「偉大な生涯の物語」(70mmフィルムを使用したシネラマ大作。ジョン・フォードの「駅馬車」同様モニュメント・バレーでロケされ、《メサイア》も使用された)を観ている感じ。

ヘンデルの「水上の音楽」も「王宮の花火の音楽」もイベントのためのエンターテイメント(余興)であり、後にも先にも花火大会のための音楽を書いた大作曲家なんて彼くらいだろう。

「ハレルヤ・コーラス」の歌詞、King of Kings,Lord of Lords,(王の中の王、君主/領主〚神という意味もある〛の中の君主/領主)なんて、まるでイギリス国王を讃えているみたいじゃないか。これ(double meaning)は多分、意図的な仕掛けだろう。さすが海千山千のヘンデル、ちゃっかりしている。ロンドン初演の時にジョージ2世がこの合唱で起立したと言い伝えられているが、「おっ、私のことだ。皆のもの、われを讃えよ」ということなんじゃないだろうか?

でも僕は、こういう人を嫌いじゃない(ハリウッドの映画音楽も大好き)。J.S.バッハみたいに真摯で生真面目な芸術家しかいなかったら、世界は味気ないものになってしまうだろう。ヘンデルという作曲家の概念を大きく変貌させてくれたクリスティに感謝したい。何より愉しかった!

参考文献:いずみホール《メサイア》パンフレットより、後藤菜穂子(著)「曲目解説」

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