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2019年10月10日 (木)

音楽映画の金字塔現わる!!「蜜蜂と遠雷」

評価:AA

Honey

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映画化に際し「前編後編はやめてほしい」という原作者・恩田陸からの要望に応え、文庫本にして900ページを超える小説を見事2時間以内に収め、しかもモノローグを一切使わないという潔さは大したものだ。監督・脚本・編集を担った石川慶の手腕が冴えに冴えている。

  1. 天才とは何か(ギフトか、災厄か)?
  2. なぜ我々は音楽を聴くのか?

という原作の大きな問いは、しっかり映画のコア)として残った。

撮影監督はピオトル・ニエミイスキ。石川がポーランド国立映画大学で共に学んだ盟友である。映画冒頭、スローモションで雨が地面に跳ね返る情景を駆け抜ける黒い馬のイメージから魅了された。また物語の終盤でホールの地下搬入口に置かれたピアノに天井から水が滴り落ちる幻影を主人公・亜夜は見るが、まるでタルコフスキー映画のようだった。

音楽映画において、演奏シーンはともすると退屈なものになりがちだ。しかし本作では俯瞰でピアノの鍵盤上を走る指を捉えるショット、ステージの床ぎりぎりから仰角(あおり)で演奏者の表情を捉えるショット、カメラがピアノをぐるっと一周する移動撮影など、様々な工夫を重ね、巧みな編集で繋ぎ、飽きさせない。モンタージュそのものが音楽的である。

また波音が聞こえ、月明かりが差し込むピアノ工房で亜夜と塵がドビュッシー「月の光」〜It's Only a Paper Moon〜ベートーヴェン「月光ソナタ」をメドレーで連弾する場面は幻想的で素敵だった。

あと、「これだけは聴いておきたいピアノの名曲・名盤30選」に書いたように僕はドビュッシーのピアノ独奏曲「夢」が大好きなのだが、なんとコンクール審査員である元夫婦がバーで語り合う場面でこの曲が(自動ピアノ演奏で)流れていたので感動した!!

クラシック音楽をメインに据えた日本映画で、過去最も優れた作品は今井正監督の「ここに泉あり」(1955年)である。「蜜蜂と遠雷」は実に64年ぶりにそれを凌駕した。

小説から栄伝亜夜が飛び出して来たんじゃないかと錯覚するくらい、松岡茉優がはまり役。このフィット感は「風と共に去りぬ」でスカーレット・オハラを演じたヴィヴィアン・リー以来と評しても過言ではないだろう。寡黙だけれどその表情から、彼女の気持ちがしっかり伝わってくる。

幼い日の記憶の彼方から「あなたが世界を鳴らすのよ」と亡くなった亜夜の母が囁く。世界は音楽に溢れている。そして一瞬で消えていく音が永遠に繋がっていることを、我々観客は本作を通じて理解する。

以下余談。

音楽を聴くという行為は、「ヌミノース体験」そのものだと最近思うようになった。詳しくは下記事で論じた。

非合理的で言葉で説明し難い体験。それは海辺で波の音に耳を傾けたり、森の中で木々のざわめきを聴いた時に感じる、自然との一体感にどこか似ている。〈何か〉に包まれ、守られているような印象。〈何か〉とは〈音楽の神様〉と言い換えても良い。

音楽は時間の経過とともに変化し、やがて消える通時的芸術であるが、悠久の時の流れに身を任せているような体験を味わわせてくれるので、共時的でもある。つまり〈過去ー現在ー未来〉は同時にここにある。通時的かつ共時的であるという意味において、優れた音楽は社会人類学者レヴィ=ストロースが論じるように神話的構造を持っている。それでも通時的/共時的の意味が分からないという方は、下記事も参考になさってください。

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コメント

やっと時間ができて、昨晩レートショーに滑り込みました。
1秒たりとも見逃すことができないテンポでstoryが進む緊張感
天賦あるピアニストの繊細さと華麗さ、その影に潜む孤独と焦燥
これでもかという程見せつけられた映画でした。
月の明かりのシーンではボロポロ泣けました
(のだめと千秋のモーツアルトをふっと回想したり)
ラストのシーン、AYAが微笑んでいた表情が本当に素晴らしかったですね。

投稿: jupiter_mimi | 2019年11月11日 (月) 12時48分

jupiterさん、コメントありがとうございます。

僕の今年のベスト・ワンは邦画・洋画合わせて「天気の子」ですが、実写なら「蜜蜂と遠雷」にとどめを刺します。松岡茉優の演じる、栄伝亜夜、完璧でしたでしょう?恩田陸が撮影現場に遊びに行って、松岡の佇まいを見て思わず「亜夜ちゃん!」と呼びかけたそうです。

映画公開日に出版されたスピンオフ短編集「祝祭と予感」はもうお読みになりました?特に僕は映画版で省略された登場人物・奏(かなで)を主人公にした「鈴蘭と階段」が好きですね。

投稿: 雅哉 | 2019年11月12日 (火) 12時35分

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