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映画「ジョーカー」とチャップリン、ソンドハイムのミュージカル、トリックスター

評価:A-

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ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞。2017年に同賞に輝いた「シェイプ・オブ・ウォーター」はアカデミー作品賞も攫っている。公式サイトはこちら

映画の中で2回流れる曲が2つある。ひとつはチャールズ・チャップリンが作曲した"Smile"(初出は映画「モダン・タイムズ」)。〈デカッ鼻〉のコメディアンでミュージカル映画にも出演したジミー・デュランテが歌う。

Durante

もうひとつはスティーヴン・ソンドハイムのミュージカル「リトル・ナイト・ミュージック(ドイツ語だとアイネ・クライネ・ナハトムジーク)」にある名曲中の名曲、"Send in the Clowns"。このタイトルは、日本語に訳すのがとても難しい。「悲しみのクラウン」と呼ばれたりするけれど、どうもピンとこない。エリザベス・テイラー、グレン・クローズ、ジュディ・デンチ(動画はこちら)、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ(動画はこちら)、越路吹雪、大竹しのぶら大女優が歌い継いで来た。さらに韓国のフィギュアスケート選手キム・ヨナはショートプログラムでこの曲を採用したことがある(動画はこちら)。「ジョーカー」のエンド・クレジットで流れるのはフランク・シナトラが歌うバージョン。

ここでいう"clowns"とはサーカスのピエロではなく、お笑い芸人(fools)のことを指す。"send in"は〈出場させる〉。ソンドハイムはこの曲について、「サーカスは想定していない。演劇でよく言われる〈ショーが上手く進行しなくなったら、道化者を出せ〉 (If the show isn't going well, let's send in the clowns)、つまり〈ジョークにして誤魔化せ〉(Let's do the jokes.)に因んでいる」「要するにデジレ(ミュージカルの主人公で舞台女優)はフレデリック(元夫で中年弁護士、18歳の新妻がいる)に対して『私たちって愚かね』(Aren't we fools?)と歌っているんだ」と後年インタビュー記事で語っている。結局のところこんな説明が必要になるくらいだから、英語のネイティブ・スピーカーたちも歌詞の意味がよく判っていなかったということだ。余談だが、演劇用語で極めつけに判り辛いのはメル・ブルックスのブロードウェイ・ミュージカル「プロデューサーズ」に登場する"Break a leg !"ー説明はこちら。これはおったまげたね。

で「ジョーカー」では酔っ払ったサラリーマン3人組が地下鉄で、この美しい"Send in the Clowns"を歌いながら主人公である大道芸人アーサーに殴る蹴るの暴行を加える。めっちゃ恐ろしい場面だ。映画館から帰宅して想い出したのだが、これって間違いなくスタンリー・キューブリック監督「時計じかけのオレンジ」(1971)へのオマージュだね。ほら、アレックスと愉快な仲間たちがジーン・ケリーの「雨に唄えば」を歌いながら作家をボコボコにし、彼の妻を輪姦する有名な場面。更に辿れば黒澤明監督「野良犬」(1949)に行き着く。つまり描かれている映像と、そこに流れる音楽の激しいギャップ=対位法だ。

さて、では次にどうして「モダン・タイムズ」の"Smile"なのかについて説明しよう。喜劇王チャップリンには次のような名言がある。

人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。
( Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot. )

これと全く同じ意味の台詞を「ジョーカー」のアーサーは言うのだ。そしてイタリア・オペラ、ヴェルディ「リゴレット」やレオンカヴァッロ「道化師(Pagliacci) 」の主人公についてもすっぽり当てはまる。

あと面白いのはマーティン・スコセッシが当初、プロデューサーとして「ジョーカー」(DCコミックス原作)に参加する話があったのだそうだ。スコセッシはつい最近、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)作品に対して「あれは映画ではない。最も近いと感じるのはテーマパークだ」と発言し、物議を醸している。で、「ジョーカー」にロバート・デ・ニーロが出演している。彼の役はテレビのトークショーの司会者なのだけれど、これって明らかにスコセッシが監督し、デ・ニーロが主演した「キング・オブ・コメディ」の立場を逆転(変換)しているんだよね。そしてやはりデ・ニーロ×スコセッシがタッグを組んだ「タクシー・ドライバー」を彷彿とさせる場面も多々ある。

心理学的に見てジョーカーは正真正銘トリックスターだ。

トリックスターは人間の劣等な性格特徴を集約した、集合的なの形姿である。悪賢い冗談や、ひどい悪戯を好み、姿を変える力がある。二重の性質(半獣、半神)や、困難や責め苦に身を晒す絶え間ない衝動を持っている。負の英雄だが、その愚かさによって他の者が一生懸命努力しても達成出来なかったことを軽々と成し遂げてしまう。

チャップリンが言うように、アーサーが悲劇の渦中に巻き込まれながら、喜劇を演じる二重の性格トリックスターそのものだ。彼は笑いながら(Smile)、人を殺す。スティーヴン・キングの小説「IT」に登場するピエロや、「時計じかけのオレンジ」のアレックスと同じ。道化師が着る、だんだら縞の衣装は反転の換喩である。トリックスターは価値を転倒させる

錬金術において、互いに似ていない物質の結合コニウンクチオという。これを人格化したのがメルクリウス(マーキュリー)で、トリックスターメルクリウスによく似ている(喜劇×悲劇)。

ジョーカー役のホアキン・フェニックスの演技は確かに凄くて、アカデミー主演男優賞に値する。ただねぇ、駆け出しの芸人としては年を取り過ぎじゃない?だってもう44歳だぜ!?普通そこまで売れなかったら、芸能プロダクションからとっくに契約を打ち切られているだろう。そこが引っかかった。

映画全編が悪夢の中を彷徨っているような雰囲気なのだが、もうアーサーは最初から頭がおかしくて、余り劇的な変化を感じなかった。つまり物語に起伏がない。僕はどちらかと言えばクリストファー・ノーラン監督「ダークナイト」でヒース・レジャーが演じたジョーカーの方が好き(死後にアカデミー助演男優賞を受賞)。あちらはトリックスターというよりは混沌(カオス)虚無の象徴として描かれており、何考えているか全く判らないからより一層不気味だった。

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コメント

確かにヒース・レジャー版と比べると.. というのはありますね!

私はなぜジョーカーがバットマンを嫌いまくる理由に唖然でした...

投稿: onscreen | 2019年10月12日 (土) 12時16分

onscreenさん

面白いのは「ダークナイト」というタイトルは意図的に〈バットマン〉というワードを外しているんですね。つまり「アメコミ映画だったら観ないよ」という層を取り込もうと画策している。マーケティング戦略です。そして「ジョーカー」も宣伝戦略として〈バットマン〉のスピンオフだということを隠している。だから劇中に登場するブルース・ウェイン少年が将来バットマンになるいうことを知らずに観ている観客が意外と多いということです。

投稿: 雅哉 | 2019年10月12日 (土) 12時42分

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