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〈20世紀の黙示録〉メシアンの最高傑作「世の終わりのための四重奏曲」をめぐって

フランスの作曲家オリヴィエ・ メシアン(1908-1992)の最も大切な要素として次のことが挙げられる。

  • カトリックの信仰ーオルガン作品全集はCD6枚に及ぶ。メシアンは22歳の時にパリのサントトリニテ(聖三位一体の意味)教会のオルガニストに就任、亡くなる直前までこの職を務めた。そういう意味でJ.S.バッハ、サン=サーンス、セザール・フランクらと似た境遇である。
  • メシアンの音楽はある意味、霊的な瞑想のために生み出された。「聖なる三位一体の神秘への瞑想」という作品もある。
  • 彼はフランスの地方をあちこち廻り、の声を克明に採譜した。その集大成と言えるのがピアノ独奏曲「鳥のカタログ」。全7巻13曲で構成される。他に「ニワムシクイ」 や 、全6曲から成る「鳥の小スケッチ」もある。またピアノと小規模編成オーケストラのための 「異国の鳥たち」には47種類の鳥の声が登場する。

「世の終わりのための四重奏曲」はメシアンが第二次世界大戦に参戦し、ドイツ軍の捕虜 となり、1940年にドイツとポーランドの国境にある捕虜収容所で初演された。 ヴァイオリン・チェロ・クラリネット・ピアノという珍しい編成は、そういう特殊な状況に置かれたために否応なく生じた。内容は新約聖書の最後に配された聖典「ヨハネの黙示録」に準拠し、8つの楽章で構成される。

  1. 水晶の典礼
  2. 世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ
  3. 鳥たちの深淵
  4. 間奏曲
  5. イエスの永遠性への賛歌
  6. 7つのトランペットのための狂乱の踊り(初演時「ファンファーレ」)
  7. 世の終わりを告げる天使のための虹の混乱
  8. イエスの不滅性への賛歌(初演時「イエスの永遠性への第二賛歌」)

キリスト教において「7」は聖書的完全数とされる。旧約聖書の「創世記」で神が天地創造の7日目に休暇(安息日)をとったことに由来する。更にメシアンは、消えることのない光と永続する平安の8日目まで引き延ばされたこと(=イエスの不滅性)の象徴として第8楽章を構想した。

作品の中心には時の終わりを告げる天使の姿がある。天使は雲の衣に身を包み虹の冠を戴いて、右足は海に、左足は大地に置いている(第2、及び第7楽章)。天使が右足を置く海は、遥かに遠い神と忘却の地を象徴している。

第1楽章冒頭から鳥の鳴き声が聞こえてくる。第3楽章「鳥たちの深淵」はクラリネット・ソロ。メシアンにとって鳥とは、神の国(天国)と我々の世界(地上)を橋渡しする存在だったのではないだろうか?日本でも奈良・平安時代にはホトトギス(時鳥/黄昏鳥/夕影鳥)が冥界(彼岸)と現世(此岸)を往来する鳥と考えられていた。紫式部「源氏物語」では光源氏の息子・夕霧が次のような歌を詠む。

ほととぎす君につてなむふるさとの花橘は今ぞ盛りと
(ほととぎすよ、あの世に行ったら紫の上に伝えて欲しい。あなたが住んでいらっしゃった里の花橘は今が盛りに咲いていますと)

またメシアンの意識の中には、に向かって説教したとされるカトリック修道士、アッシジのフランチェスコのイメージもあったろう。実際に彼は「アッシジの聖フランチェスコ」というオペラを作曲している。

第6楽章で7人の天使がラッパを吹く。第1のラッパで血の混じった雹と火が地上に降り注ぎ、地上の三分の一と木々の三分の一と、すべての青草が焼けてしまう(ソドムとゴモラを想起させる)。 第2のラッパで巨大な山のような火の固まりが海の中に落ち、海の三分の一が血に変わり、海の生き物の三分の一が死に、すべての船の三分の一が壊される。第3のラッパで巨大な彗星がすべての川の三分の一とその水源の上に落ち、水の三分の一が苦くなって多くの人が死ぬ 。第5のラッパで奈落の王アバドン(滅ぼす者)が招聘され、イナゴの群れを率いて人間に襲いかかり、五ヶ月間苦しめる ……。これらは例えば庵野秀明「新世紀エヴァンゲリオン」のセカンド・インパクトとか、宮崎駿「崖の上のポニョ」などで描かれている。またイナゴの大群はテレンス・マリック監督「天国の日々」(マジック・アワーと呼ばれる時間帯の撮影で有名)に登場した。

「怒りの日」=この世の終わり。そしてそれに続く神の国(千年王国)の成就(死と再生)。

穏やかな第8楽章はヴァイオリンとピアノの二重奏。ピアノの響きは天国から聴こえてくる鐘の音のようだ。ヴァイオリンの音程は次第に上昇し、最後は昇天する。

お勧めのCDはタッシの演奏。

初演者のうち、ピアノを弾いたメシアンとチェロ奏者パスキエは間もなく釈放されパリに戻るが、クラリネット奏者アンリ・アコカはユダヤ人だったため他の収容所送りとなる。そして護送中に列車から飛び降り、逃げ切った。長らく極寒の収容所で過ごしたヴァイオリン奏者ジャン・ル・ブレールは音楽家としての道を諦め俳優に転身し、ジャン・ラニエという名前で映画「天井桟敷の人々(劇中劇『オセロー』イアーゴー役)」や「去年マリエンバートで」「柔らかい肌」などに出演した。

同じく「ヨハネの黙示録」のテキストに基づく音楽として、フランツ・シュミットが作曲したオラトリオ「7つの封印の書」がある。1938年にウィーンで初演されたが、当時既にオーストリアはナチス・ドイツに併合さていた

Yo

さて、9月30日ザ・フェニックスホール@大阪市で、「時の終わりのための音楽」と題されたコンサートを聴いた。シュトゥットガルト放送交響楽団首席クラリネット奏者のディルク・アルトマンと、白井圭(ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、岡本麻子(ピアノ)で、

  • ラヴェル:ヴァイオリンとチェロのためのソナタ
  • マーラー:アンサンブルのための4つの歌(ウッキ編曲)
    1.ラインの伝説(「少年の魔法の角笛」より)
    2.私はよく思う、子どもたちはちょっと出かけただけなのだと(「亡き子をしのぶ歌」より)
    3.無駄な骨折り(「少年の魔法の角笛」より)
    4.高き知性への賛歌(「少年の魔法の角笛」より)
  • メシアン:世の終わりのための四重奏曲
  • マーラー:アンサンブルのための”私はこの世に捨てられて”(「リュッケットの詩による5つの歌曲」より)

「世の終わりのための四重奏曲」の第1楽章はクラリネットが左端、ヴァイオリンが右端の配置だったが、第3楽章のクラリネット・ソロを経て第4楽章からは左右が入れ替わった。またステージ両脇に衝立があり、チェロとピアノの2重奏になる第5楽章では演奏しないクラリネットとヴァイオリンと奏者が、終楽章では出番のないクラリネットとチェロ奏者が衝立の後ろに引っ込んだ。また第3楽章は谷間の深淵からクラリネットの音が立ち上ってくるようだった。最弱音ppから最強音ffまでダイナミクスの幅が広く、聴こえない高周波音(不可聴域)をカットしたCDでは味わえない、生音の迫力を堪能した。

ラヴェルの作品は1918年に亡くなったドビュッシーのための追悼企画として作曲された。激しいピチカートの使い方などがバルトークを彷彿とさせる。調べてみるとバルトークはラヴェルより6歳年下。このドビュッシー追悼企画にはバルトークも参加しており、フランスへの演奏旅行の際にラヴェルに会ったという記録もある。両者が互いに影響を受けていても不思議ではないだろう。またラヴェルはガーシュウィンに会ったこともあり、「のだめカンタービレ」で人気となった彼のピアノ協奏曲ト長調(1931年完成)にはジャズのイディオムが用いられ、明らかにガーシュウィンからの影響が見受けられる。

最後に演奏された”私はこの世に捨てられて”は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で人気となったマーラー/交響曲第5番 第4楽章 アダージェットの原型である。天国の日々。

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