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【考察】映画「天気の子」を超ディープに味わうための、7つの事項(新海誠と村上春樹)

本記事のタイトルは村上春樹のエッセイ「讃岐・超ディープうどん紀行」から採った。映画「天気の子」についてあれこれ語っていこう。

1)村上春樹

家出少年・帆高が、ネットカフェでどん兵衛に乗せている本がJ.D.サリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(ライ麦畑でつかまえて)である。白水社から出ているバージョンで、ここで重要なのが村上春樹訳であるということ。

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ペンシルヴァニア州(田舎)にある全寮制の高校を退学処分になった16歳の少年が、大都市ニューヨークに行き、彷徨う物語である。

新海誠監督のアニメーションにはしばしば村上春樹の小説が顔を出す。「雲のむこう、約束の場所」のヒロインは村上の「アフターダーク」を読んでいる。

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「秒速5センチメートル」のヒロイン・明里は雪の降る駅のプラットホームで、村上の「・納屋を焼く・その他の短編」(新潮文庫)を読んでいる。

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」という短編は、後に書かれた長編「ノルウェイの森」の原型である。余談だが「納屋を焼く」はイ・チャンドン監督の映画「バーニング」(韓国)の原作となった。

「言の葉の庭」のユキノの台詞「わたしたち、泳いで川を渡ってきたみたいね」と、「君の名は。」の奥寺先輩最後の台詞「幸せになりなさい」はいずれも「ノルウェイの森」からの引用である。

また村上の短編「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」(講談社文庫「カンガルー日和」に収録)が「君の名は。」プロット発想の原点にある(これは新海誠監督ご本人に僕が問い合わせ、確認を取った)。

僕が強く希望するのは、村上春樹×新海誠による対談の実現である。東宝さんか、どこかの出版社さん、真剣に検討して頂けませんか?

2)奇跡はいつも、鳥居の下から始まる

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100%の晴れ女〉こと、陽菜(←また100パーセントの女の子 だ!)が祈りながら鳥居をくぐると、奇跡が起きる。これは「君の名は。」において三葉が鳥居の下で「来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!」と叫ぶと、その願いが実現することに呼応している。

なお、上のキャプチャー画像で〈調査求ム!〉の最初に載っている〈空から魚〉とは、村上春樹の小説「海辺のカフカ」に出てくる現象である

「海辺のカフカ」は家出少年が東京から四国の香川県高松市に行く話だ。つまり〈東京→島〉。家出少年が〈島→東京〉に来る「天気の子」と綺麗な対称を成している。

3) 

陽菜の瞳の中には青空がある。これは「君の名は。」が多大な影響を受けたと思われる五十嵐大介の漫画「海獣の子供」の”空”くんを彷彿とさせる。

4)末法思想

「君の名は。」で男女が入れ替わるという設定は、平安時代後期に成立した王朝文学「とりかへばや物語」に源流をたどることが出来る。新海監督が最初に提出した企画書のタイトルは「夢と知りせば(仮)-男女とりかえばや物語」だった。

平安時代の人々は「末法(まっぽう)」という終末思想に囚われていた。仏の教えが世間に行き渡らず、衰退してしまうとされる時代のこと(ノストラダムスの大予言みたいなものだ)。 永承七年(1052)に「末法」が到来するというのである。死後への不安から、天皇や貴族も仏教に帰依し、極楽往生を願った。「源氏物語」の多くの登場人物たちが出家するのもそのためである。そして末法元年の翌年(1053)に建立されたのが宇治平等院鳳凰堂だった。

「君の名は。」の隕石の落下も、「天気の子」で降り続ける雨も、末法思想に繋がっていると感じるのは僕だけではあるまい。どこか「ブレードランナー」の世界観を彷彿とさせるものもある。〈きみとぼく〉の関係性が、〈世界の危機〉〈この世の終わり〉に直結しているのはセカイ系作家の特徴である。

5)

「君の名は。」の劇中歌は4曲あり、「多すぎる」と世間で喧伝された。しかし「天気の子」は5曲になり、1曲増えた。

「伊勢物語」や「源氏物語」などの王朝文学は男女が交わす和歌が途中で多数挿入されている。つまり新海作品においてRADWIMPSの歌は、和歌と同様の役割を果たしていると言えるのではないだろうか?

6)月刊「ムー」

「天気の子」には再び、雑誌「ムー」が登場する。「君の名は。」の校庭で仲良し三人組がお昼を食べている時に、テッシーが「ムー」を掲げて、 「エヴェレットの多世界解釈に基づくマルチバースに無意識が接続した」と三葉に熱く語る場面がある(詳しくはこちら)。これはアメリカ合衆国の物理学者ヒュー・エヴェレット3世のことで、専門は理論物理学、量子力学。 実はテッシー、まともなことを話していたのである。マルチバース(多元宇宙論)は未だ否定されていない、有力な学説なのだ。

「天気の子」で映し出される「ムー」の特集記事に「彗星が落ちた日 Part 6」とあるので、ティアマト彗星が落ちた「君の名は。」の世界と地続きのようだ。

7)アメリカ合衆国での映画配給会社

「君の名は。」がオスカー(長編アニメーション部門)候補に食い込めなかったのは、北米配給を弱小企業のFunimation Entertainment(ファニメーション)に委託したことが大きい。ロビー活動のノウハウもなく、結局経営不振でソニー・ピクチャーズに吸収合併されてしまった。今回「天気の子」の北米配給はGKIDS。ここは配給したアニメーション作品を数多くアカデミー賞候補に送り込んでいる(リストはこちら)。マイナー系で具体例を挙げるとブラジルの「父を探して」、フランスの「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ」「僕の名前はズッキーニ」、カートゥーン・サルーン(アイルランドのスタジオ ) の「ブレンダンとケルズの秘密」「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」「生きのびるために」、そして何より細田守監督「未来のミライ」!鬼に金棒である。今度こそ間違いなく、レッドカーペットを歩く新海監督を見ることが出来るだろう。イケイケ、最終目標は打倒ディズニー/ピクサーだ!

それと「君の名は。」で出来なかった、スマホの文字を各国の言語に置き換える技術はきっと「天気の子」で克服されている筈。一々、横に字幕をつけられると鬱陶しいからね。

 

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