〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その1〉こころの図〜自我・自己・意識・無意識
僕がユング心理学に初めて興味を持ったのは、2016年夏のことだった。兵庫芸文で上演されたブリテンのオペラ「夏の夜の夢」の予習として、翻訳家・松岡和子の対談本「快読シェイクスピア」(ちくま文庫)を読んだら、そこに日本におけるユング派臨床心理学の第一人者・河合隼雄が登場し、「作品全体が四つの層からできている」と言い出したのである。この〈意識-無意識〉構造の分析には心底感動し、納得した。詳しくは下記事に書いた。
そして僕は気が付いたのである。「ユング心理学は映画・演劇・文学など物語の読解に役に立つ」と。
アンソニー・スティーヴンズがユングの理論を描いた、〈こころの図〉をご紹介しよう。〈こころ〉はドイツ語でSeele。〈魂〉とも訳され、英語ではpsycheとなる。
円の外層にConsciousness(意識)、内層にUnconscious(無意識)があり、さらにPersonal unconscious(個人的無意識)と深層のCollective unconscious(集合的無意識)に分かれる。集合的(家族的・文化的)無意識はアニメ「コードギアス」シリーズで〈Cの世界〉と呼ばれる。集合的無意識の中心にSELF(自己)がある。一方、表層の意識内にEGO(自我)があり、Ego-Self axis(自我ー自己軸)で自己と繋がっている。集合的無意識内の自己の周囲にA=Archetype(元型)があり、個人的無意識の領域にはC=Complex(感情に色付けされた心的複合体)がある。フロイトが提唱した〈エディプス・コンプレックス〉が該当する。
ユングはこれを受け、女児が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親に対して強い対抗意識を燃やす状態を指す〈エレクトラ・コンプレックス〉を提唱したが、フロイトはそのような名称は不要として否定した。なおエディプス(オイディプス)もエレクトラもギリシャ神話の登場人物である。また円の外側は外界である。
元型は、本能に結びついたこころのイメージであり、〈太母〉〈老賢人〉〈子ども〉〈ペルソナ(仮面)〉〈アニマ・アニムス〉〈トリックスター〉〈影(シャドウ)〉などがある。詳しくは後述する。ユングは〈トリックスター〉を〈影〉と等価だと考えたので、両者は密接しており、融合した元型と考えても良い。また〈ペルソナ〉は自我と外界との仲介としての位置にあり、〈アニマ・アニムス〉は自我と内界を仲介するので、対立するものとみなせる。
こころの多層構造をそのまま映像としてみせたのがクリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」である。無意識の最深層には虚無(limbo)がある。ノーランはユング心理学から多大な影響を受けており、「バットマン・ビギンズ」では精神科医が元型(archetype)について触れる。「インセプション」でも〈投影(projection)〉とか〈影〉とか、ユング心理学用語が次々と飛び出してくる。
また、アポロ11号の月面着陸までを描いたハリウッド映画「ファースト・マン」(実話)でデイミアン・チャゼル監督は月を集合的無意識の象徴(symbol)として描いたので、僕は唖然とした。
村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」において、〈井戸に降りていく〉という行為は、深層心理の奥底まで潜っていくということに等しい。詳しくは「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という対談本で村上自らが語っている。
新海誠の映画「君の名は。」も集合的無意識までDiveすれば、他者と繋がることが出来るという発想に基づいている。それが〈ムスビ(産霊)〉だ。なお、新海誠は村上春樹の大ファンで「秒速5センチメートル」や「雲のむこう、約束の場所」の登場人物たちは村上の著書を読んでいる。
「君の名は。」空前の大ヒットを受けて、川村元気プロデューサーは「集合的無意識にヒットした」と分析している(記事はこちら)。そもそもこの言葉は、詩人の谷川俊太郎から聞いたようだ(こちら)。
に続く。 To be continued...
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