〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その3〉影・トリックスター・ヌミノース
の続きである。
無意識の中にあり、本能に結びついたこころの原初的なイメージ=元型(Archetype)をさらに挙げていこう。
・影(シャドウ):ユングは「そうなりたいという願望を抱くことのないもの」と定義した。人格の否定的側面、隠したいと思う不愉快な性質、人間本性に備わる劣等で無価値な原始的側面、自分の中の〈他者〉、自分自身の暗い側面などである。
誰もがみな影を担い、個人の意識的な生活の中で影を実体化する度合いが低くなればなるほど、影はより暗く濃密になる。もし劣等な部分が意識されれば、人はそれを修正する機会をつねにもつ。さらに、その場合、劣等な部分が他のさまざまな関心といつも触れあい、ずっと変化しつづける。しかし、もし劣等な部分が抑圧され、意識から離れて孤立するなら、けっして修正されることなく、気づかぬうちに表に突然現れやすい。あらゆる点で、それは無意識の思わぬ障害となり、われわれのもっとも善意に満ちたもくろみを邪魔する。
影(シャドウ)は自我と対を成す(光↔影の関係に等しい)。その代表はなんと言っても「ジキルとハイド」だろう。そしてミュージカル「スウィーニー・トッド」。「新約聖書」でイエスが40日間荒野を彷徨った時に彼を誘惑した悪魔(サタン)や、「エクソシスト」に登場する悪魔、「魔法少女まどか☆マギカ」の魔女も影。魔女狩りは影の投影を背景にしているという話はリメイク版「サスペリア」にある。
河合隼雄は次のように述べている。
集団の影の肩代わり現象として、いわゆる、いけにえの羊(scapegoat)の問題が生じてくる。ナチスドイツのユダヤ人に対する仕打ちはあまりにも有名である。すべてはユダヤ人の悪のせいであるとすることによって、自分たちの集団の凝集性を高め、集団内の攻撃を少なくしてしまう。つまり、集団内の影をすべていけにえの羊に押しつけてしまい、自分たちはあくまでも正しい人間として行動するのである。家族の中で、学級の中で、会社の中で、いけにえの羊はよく発生する。それは多数のものが、誰かの犠牲の上にたって安易に幸福を手に入れる方法であるからである。(中略)
ナチスの例に典型的に見られるように、為政者が自分たちに向けられる民衆の攻撃を避けようとして、外部のどこかに影の肩代わりをさせることがよくある。ここでもすでに述べたような普遍的な影の投影が始まり、ある国民や、ある文化が悪そのものであるかのような錯覚を抱くようなことになってくる。
〈河合隼雄「影の現象学」より〉
身近な例を見てみよう。なにかムシャクシャしたり頭にくることがあったとき、机を蹴飛ばしたり壁やドアを殴りつけたりする光景にしばしば出くわすだろう。それは自分の影を無機物に対して投影しているのである。呪いの道具としての〈わら人形〉も同じ。この(無意識の)投影が無垢な子どもを標的(scapegoat)にして行われたとき、児童虐待が生じる。つまり児童は何も悪くないのに、影の投影なので攻撃が止むことはない。ナチスドイツと同じ理屈である。子供を一時的に保護しても、親元に返せば元の木阿弥である。こうした場合、虐待する側にカウンセリングを受けさせることを法律で義務付ける必要があるのではないか、というのが僕の意見である。閑話休題。
クリストファー・ノーラン監督「ダークナイト」におけるジョーカーはブルース・ウェイン(バットマン)の影なんじゃないかな?ティム・バートン監督版のジョーカーはどちらかといえばトリックスター(後述)寄りなのだけれど。
影(シャドウ) が(他者への投影ではなく)分離して実体化したのが ドッペルゲンガー(二重身)。この言葉はそもそもハイネの詩に由来する。シューベルトが歌曲にしていて「影法師」と訳されている。ドッペルゲンガーものとしてイングマール・ベルイマン監督の映画「仮面/ペルソナ」、デヴィッド・フィンチャー監督「ファイト・クラブ」、ドゥニ・
・トリックスター:トリックスターは錬金術にみられるメルクリウス(英語読みでマーキュリー Mercury)の姿に非常によく似ている。悪賢い冗談や、ひどい悪戯を好み、姿を変える力がある。二重の性質(半獣、半神)や、困難や責め苦に身を晒す絶え間ない衝動を持っている。さらには救済者の形姿に近似する。完全に負の英雄だが、その愚かさによって、他の者が一生懸命努力しても達成出来なかったことを軽々と成し遂げてしまう。ユングは、トリックスター像が心理学的にみて影と等価だと考えた。彼は次のように述べている。「トリックスターは、個々人の劣等な性格特徴を集約した、集合的な影の形姿である」トリックスター・イメージの活性化は、惨禍が生じたこと、もしくは危険な状況が生じていることを意味する。トリックスターはエナンチオドロミア Enantiodromia(反対方向に向かうこと。最小のものから最大のものにいたるまで、自然の生命現象すべての循環を支配する原理)を引き起こす傾向を象徴する。トリックスターの行為は必然的に意識に対する補償的関係を反映する。
シェイクスピア「夏の夜の夢」に登場する妖精パックが典型。「ピーターパン」のティンカーベルもそうだし、基本的に妖精とか道化師は全てトリックスターと考えて間違いない。道化師が着る、だんだら縞の衣装は反転の換喩である。トリックスターは価値を転倒させる。道化師の代表はシェイクスピア「リア王」。「ヘンリー四世 」や「ウィンザーの陽気な女房たち 」に登場するファルスタッフもそう。そして「マクベス」の冒頭で〈きれいは汚い、汚いはきれい〉と呪文を唱える3人の魔女。悪い奴としては「オセロ」のイアーゴー。ハンカチというガジェットを駆使し、オセロの嫉妬心を利用して、彼の妻デズデモーナに対する愛を憎しみに変換する。ずる賢い悪戯である。また「ロミオとジュリエット」のマキューシオもトリックスターと呼べるのではないだろうか?彼の死を契機にロミオが激高し、悲劇の幕が上がるのだから。
ゲーテ「ファウスト」のメフィストフェレス、「魔法少女まどか☆マギカ」のキュゥべえ、「ハウルの動く城」のカルシファーらは〈契約〉を持ちかける。「アラジン」のジーニー(ランプの魔人)はランプの持ち主に逆らえないため、主人によって善悪が決定する二重の性質を持っている。そしてワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」のローグ(北欧神話のロキがモデル。マーベル・コミック「マイティ・ソー」にも登場)や「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラム、そして「ハリー・ポッター」シリーズのドビー。「千と千尋の神隠し」のカオナシ"No-Face"は凶暴になって暴走したり、突如大人しくなったり気まぐれなので、トリックスターの素因が十分にある。八百万の神でもなく、人間でもない、その狭間に蠢く影(シャドウ)に近い存在。スティーヴン・キングの小説「IT -イット-」に登場するピエロもトリックスター=影だ。
さらに「レ・ミゼラブル」のテナルディエ夫妻。同じくヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ」を原作とするディズニー・アニメ「ノートルダムの鐘」のクロパン。彼が司る道化の祭り、トプシー・ターヴィー(Topsy Turvy)とは「逆さまの」という意味。 これは中世ヨーロッパにおいて、その秩序を支えているキリスト教の教義を全く逆転せしめる「愚者の祭り」(教会の最下位の僧侶が司教に祭りあげられ、ミサのパロディを行った)が起源である。クロパンと同じ役割を担うミュージカル「キャバレー」のM.C.もトリックスターだ。そして「オペラ座の怪人」の怪人。マジシャンであり、黒いマントに白い仮面を身にまとっている。反転の象徴である。地下に棲んでいるというのも、いかにも〈集合的無意識の住人(元型)〉らしいではないか。ミュージカル「エリザベート」のトート(死神)もそう。
人類に火をもたらしたギリシャ神話のプロメテウスでも分かる通り、トリックスターは境界を超える。「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男は人間と妖怪との間に生まれた半妖怪であり、境界域に生きている 。だから彼の服も白と黒の間=灰色なのだろう。南北戦争で南軍と北軍の境界を超え活躍する「風と共に去りぬ」のレット・バトラー、ロシア貴族でありながらプロレタリアート(革命政府)とも懇ろにつき合う世渡り上手な「ドクトル・ジバゴ」の悪徳弁護士コマロフスキー。そしてジョン・ヒューズ監督「フェリスはある朝突然に」の主人公。
「新約聖書」(ジーザス・クライスト=スーパースター)のユダも紛れもないトリックスターだ。彼は果たして悪者なのだろうか?しかしイエスが世の中に〈救世主〉と認知され、キリスト教が世界に敷衍するためには、イエスが磔にされ、死後に復活する必要があった。つまり、イエスがユダに裏切られることは必須であり、彼はイエスの協力者だったと言えるだろう。なにしろ十字架がキリスト教の象徴(symbol)になるのだから。
最後に。元型ではないが、ユング心理学において極めて重要な用語について触れておこう。
・ヌミノース:神イメージの一側面。意志という恣意的な働きによって引き起こしえない力動的な作用もしくは効果である(さらに知りたい方はこちらをご覧あれ)。ヌミノース経験にとって超越的な力(神のごときもの)を信頼しようとする準備状態、すなわち、何らかの信仰が必要条件だとユングは考えた。ヌミノースとの出会いは、どの宗教体験にもみられる属性であり、それまでの無意識内容が自我の制約を突き破って意識的人格を圧倒するのだと彼は確信した。「スター・ウォーズ」のフォースが代表例だろう。ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」やトールキンの「ロード・オブ・ザ・リング」における指輪の力、「コードギアス」のギアス、「ハリー・ポッター」シリーズの魔法もそうだし、「未知との遭遇」の圧倒的光や5つの音(交信メロディ)、「攻殻機動隊」の最後にインターネットの海に溶けて汎神となった草薙素子、そして「君の名は。」のムスビ。宮水一葉曰く「土地の氏神さまのことをな、古い言葉で産霊(むすび)って呼ぶんやさ。(中略)糸を繋げることもムスビ、人を繋げることもムスビ、時間が流れることもムスビ、ぜんぶ、同じ言葉を使う。それは神さまの呼び名であり、神様の力や」。つまり集合的無意識の領域にあり、【元型=人格イメージ】を形成する前の、(自己や元型の間隙を)空気の振動や液体のように漂う状態と言えるのではないだろうか?これはソシュール言語学におけるゼロ記号(ゼロ象徴価値の記号)に相当する。詳しいことは下記事を参照されたい。
手塚治虫の「火の鳥」や「2001年宇宙の旅」のモノリス、ドゥニ・
参考文献:① A.サミュエルズ 他(著)山中康裕(監修)「ユング心理学辞典」創元社 ② 河合隼雄(著)「影の現象学」講談社学術文庫
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