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2019年6月 6日 (木)

〈ユング心理学で読み解く映画・演劇・文学 その2〉太母・老賢人・子供・アニマ・アニムス・ペルソナ

の続きである。今回は集合的(家族的・文化的)無意識 Collective unconsciousの中にある、元型 Archetypeについて詳しく見ていこう。

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元型とは夢などに登場する、こころの原初的なイメージである。本能に結びついたこころの行動を構造化するための型と言える。集合的無意識がこのイメージを生み出し、拡大させる。次のようなものがある。

・太母(The Great Mother):慈しみ、すべてを優しく包み込む良い母親像。育み、支え、成長と豊穣を促進する。一方で誘惑し、呑み込み、奈落の底・暗黒に引き摺り込む悪い母親像をとることもある。運命のように逃れられない、身の毛のよだつ存在。また大地的/霊的の二元性で分類する方法もある。すなわち、地下に住む、農耕に関わる太母ディオニュソス的 by ニーチェ「悲劇の誕生」) と、神聖で、天上的、処女的な形態をとって現れる太母(アポロン的)である。具体例として「新約聖書」の聖母マリア、「風の谷のナウシカ」の王蟲、「天空の城ラピュタ」のドーラ、そして「崖の上のポニョ」のグランマンマーレ等が挙げられる。また「千と千尋の神隠し」の湯婆婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)の関係は、「オズの魔法使い」の西の悪い魔女(エルファバ)と北の良い魔女(グリンダ)に似ている。山姥のように恐ろしい太母としては「リング」の貞子、「呪怨」の伽椰子が該当するだろう。貴志祐介の小説「黒い家」やスティーヴン・キングの小説「ミザリー」、「キャリー」の母親もそう。ヒッチコック映画「サイコ」のノーマン・ベイツは恐ろしい太母に完全に呑み込まれ、こころを占拠されてしまった状態と言える。スピルバーグ「未知との遭遇」で太母はUFOの形態として現れる。そして最後に登場するマザーシップは曼荼羅そのものだ。

アボリジニ(オーストラリア先住民)のドリームタイム(現地の言葉でTjukurpa チュクルパ/alcheringa アルチェリンガ) 神話に登場する虹蛇(Ngalyod) も太母と同義である。 またドリームタイム=集合的無意識だ。

・老賢人(The Wise Old Man):いわゆる長老役ね。「風の谷のナウシカ」のユパや大ババ、「ライオン・キング」のラフィキ(祈祷師)、「ロード・オブ・ザ・リング」のガンダルフ(魔法使い)、「ハリー・ポッター」のダンブルドア(魔法学校の校長)、「スター・ウォーズ」シリーズのヨーダ、「E.T.」のE.T.(地球を去る直前に「僕はここにいる」とエリオットの心臓を指差す)など。イニシエーションある集団や社会で、一人前の成人として承認されること。 また、その手続きや儀礼)において、老賢人(=マナ人格、現代の「カリスマ」に相当)は理想的イメージとして必要不可欠である。イニシエーションのプロセスで、対立するものの再結合、精神と物質のコニウンクチオ(錬金術における、互いに似ていない物質の結合の象徴)が個人に起こる。

・子供永遠の少年=プエル・エテルヌス、The Divine Childなど):永遠の少年=プエル・エテルヌスは向こう見ずで楽天的、想像にふけることを好み、理想主義を愛し、過度に精神的な姿勢を取ることがある。ユングは、人が自分自身を新たに再生出来ないことの投影から生じると考察した。時に無邪気さによる救済をもたらし、新たな出発を思い描く能力を与えてくれる。その代表はピーターパンだろう(ネバーランド=集合的無意識)。マイケル・ジャクソン全盛期には〈ピーターパン症候群〉という言葉が流行った。これを提唱した心理学者ダン・カイリーは「成長する事を拒む男性」と著書の中で定義した。ちなみにマイケル・ジャクソンはスティーヴン・スピルバーグ監督と組んで、ミュージカル映画「ピーターパン」に主演する企画を温めていた。しかし結局実現せず、ミュージカル用に楽曲を準備していたジョン・ウィリアムズは、それをスピルバーグの「フック」に転用した。40歳の大人になったピーターパンをロビン・ウィリアムスが演じた。ギリシャ神話に登場するイカロスもプエル・エテルヌスだ。蝋で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に接近し過ぎたことで蝋が溶け、墜落して死んでしまう。最終話がこれにそっくりな手塚治虫「鉄腕アトム」もそう。そしてピノキオと鉄腕アトムを取り込んだ、スタンリー・キューブリック(原案)スティーヴン・スピルバーグ(脚本・監督)「A.I.」の少年型ロボット・デイビッド。オーソン・ウェルズ監督「市民ケーン」の〈バラのつぼみ(Rose Bud)〉も少年期のinnnocenceを象徴する元型だ。プエルは太母の庇護のもと、成長することなく死と再生を繰り返す。

一方、The Divine Childは未来を志向する無限の潜在力(potential future)、発展性を持っていて、未熟で不完全な状態から将来、英雄や神に成長する可能性を秘めている(a symbol of the developing personality) 。

大林宣彦監督の「さびしんぼう」や「はるか、ノスタルジィ」は、子供元型が主人公の目の前に現れる物語である。「はるか、ノスタルジィ」で少女小説を書いている中年の作家・綾瀬慎介(ペンネーム)はバンカラ姿の学生・佐藤弘(慎介の青年時代、本名)と物語の最後に統合される。つまり個性化(individuation)・自己実現が描かれている。大林監督はしばしば「僕はベテランの少年(16歳)」だと語る。言い換えるなら「僕のこころの中には子供元型が生きている」ということになるだろう。

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・ペルソナ:ギリシャ・ローマ時代に役者がつけた仮面のラテン語にその名称の起源がある。ペルソナは人が世界に立ち向かうときに身につける仮面である。ユングはそれを一つの元型とした。ペルソナには逆らい難さと普遍性があり、社会に個人が関与するとき、関係性と交換を促進する手段として役立つ。「社会的元型」であり、個々の社会がペルソナの基準を形成し、時代を経て変化する。例えば〈男らしさ〉〈女らしさ〉〈ホテルマンらしい表情〉〈ファストフードのスマイル0円〉など。「はるか、ノスタルジィ」の主人公・綾瀬慎介も作家という仮面をかぶっている。ペルソナを知るための最良の教材はアニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」であろう。

・アニマ・アニムス:男性が抱く内なる女性像(アニマ)と、女性のこころの中で活動する男性像(アニムス)である。たましいの導き手としての役割も果たし、創造的な可能性に結びつく。

アニマの代表例はゲーテ「ファウスト」のグレートヒェン(マルガレーテ)やダンテ「神曲」のベアトリーチェ、そして当然「神曲」にインスパイアされた宮崎駿「風立ちぬ」の菜穂子も然り。また松本零士「銀河鉄道999」のメーテルはアニマ太母が融合した姿心的複合体 Complex)と言えるだろう。星野鉄郎にとって理想の女性であり、かつ母親代わりなのだ。同じ構造が「源氏物語」藤壺の宮にも当てはまる。藤壺は光源氏の亡き母・桐壺更衣に瓜二つであり、幼い光源氏は母として慕う。しかし彼は成長すると彼女と性交し、子をもうけてしまう(後の冷泉帝)。なお、メーテルの原点はジュリアン・デュヴィヴィエ監督「わが青春のマリアンヌ」(1955)であり、マリアンヌもアニマだ。松本零士には「わが青春のアルカディア」という作品もある。

アニムスは童話にしばしば登場する白馬の騎士がそう。「白雪姫」の主題歌"Someday My Prince Will Come"である。「風と共に去りぬ」のヒロイン、スカーレット・オハラは自分の心のアニムスをアシュレーに投影しているが、物語の最後にそれが幻想(虚像)に過ぎず、本当のアシュレー(実像)はメラニーに依存しないと生きていけないつまらない男だと漸く分かる。大林宣彦監督「時をかける少女」における未来から来た少年・深町一夫も主人公・芳山和子(原田知世)のアニムスと言える。この主題は映画冒頭に登場するテロップに集約されている。

ひとが、現実よりも、理想の愛を知ったとき、それは、ひとにとって、幸福なのだろうか?不幸なのだろうか?

つまり〈理想の愛〉=アニムスである。実は大林監督が18歳の時に読み、いつか映画化したいと温めている福永武彦の小説「草の花」の主題もアニマ・アニムスをめぐる物語である。主人公・汐見茂思 は死んだ友・藤木忍の姿を妹の千枝子に投影してしまう。千枝子はその事に気づき、汐見の元を去る。

ペルソナとアニマ・アニムスの関係は下のようになる。

ペルソナ(自我と外界との仲介/意識的、集合的な適応に関わる) 対立 アニマ・アニムス(自我と内界との仲介)

に続く。To be continued...

参考文献:A.サミュエルズ 他(著)山中康裕(監修)「ユング心理学辞典」創元社

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