四神の構造と古代日本人の心
中国の神話において、天の四方の方角を司る霊獣のことを四神という。僕が初めて四神について耳にしたのは、古典落語「百川(ももかわ)」であった。江戸時代に日本橋にあった料亭「百川」を舞台にした作品で、四神旗が登場する。
現在、紫式部の「源氏物語」を読み進めているのだが、平安時代の王朝物語を理解するためには四神についての基礎知識が必要不可欠だということが次第に分かってきた。特に光源氏が造営した六条院において、どの方角に各々の姫君を住まわせたかという配置である。
1998年に奈良県の明日香村にあるキトラ古墳で、東西南北の四壁に四神(青龍、白虎、朱雀、玄武)が描かれていることが発見された。ここは7世紀から8世紀に築造されたと考えられており、遣隋使〜遣唐使が派遣されていた時期に一致する。
桓武天皇は、延暦十三年(西暦794年)に長岡京から平安京へと遷都したが、都が葛野大宮の地に選定されたのも、四神相応の「平安楽土」とみなされたことが理由のひとつだった。
キトラ古墳で発見された絵を方角と季節、色に対応させた図でご紹介しよう。
さらに五行説(五行思想)に照らし合わせた割り当てもある。五行思想は古代中国に端を発する自然哲学で、万物は火・水・木・金・土の五種類の元素からなるという説である。
「玄武」(冬)は亀に巻き付く蛇として示される。亀は万年と言われるように長寿の象徴であり、蛇は自らの尻尾に噛み付くとこで円環・ウロボロスを形成し、年に数回脱皮を繰り返すことから死と再生を意味する(始まりもなく終わりもない)。五行思想では水を司る。
- 【考察】何故、虹を詠んだ和歌は希少なのか?←蛇は水を司る。
- 虹についての考察(万葉集から能「道成寺」、LGBTまで)←ウロボロスについて解説した。
「朱雀」(夏)≒鳳凰であり、五行思想では火を司り、永遠の命を象徴する。
よって北南、〈玄武ー朱雀〉ラインは不滅(eternity/immortal)に関わる軸となっている。
「青龍」は花開く春と結びつき、若々しい未来への希望、潜勢力を象徴する。五行思想では木を司る。「青龍」の青は「草木が青々と茂っている」という表現でも分かる通り、緑色が該当する。実際にキトラ古墳の彩色は下のようになっている。
「白虎」は実りの秋と結びつき、豊穣を象徴する。五行思想では金を司る。
東西、〈青龍ー白虎〉ラインは〈日の出(誕生)ー日没(黄昏)〉の道筋であり、浮世・有限・無常(limited/mortal)に関わる軸と解釈することも出来よう。
つまり北南は〈宇宙・自然〉軸で、東西が〈人の命・文化〉軸と見なせば、二項対立が成立する。
フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースは「神話論理」四部作の中で次のように語っている。
神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的はただ一つの問題、すなわち連続と不連続のあいだの調停である。
中国では北が最も重要だった。北極星は不動であり、他の星は北極星を中心に回転する。故に北極星は天子の象徴となった。
これが日本に輸入されると変換が行われた。何故なら日本の帝は太陽神・天照大神の末裔という設定になっており、「日出処(ひいづるところ)の天子」だからである。つまり日本では東が方角の中で最も重要なのだ。
「源氏物語」では皇太子のことを東宮と呼んでいる。東=春であり、太陽が昇る方角だからであろう。また光源氏が朧月夜との醜聞により須磨(さらに明石)に謫居するのは、日が沈む西方向への移動という意味合いもあろう。
人生を四季に例え、若年期を「青春」、壮年期を「朱夏(しゅか)」、熟年期を「白秋(はくしゅう)」、老年期を「玄冬(げんとう)」と表現することがある(青龍、朱雀、白虎、玄武が一文字ずつ入っている)。詩人・北原白秋の号はこれに由来する。北原隆吉が「白秋」の雅号を初めて名乗ったのは16歳の時。その時彼は福岡県柳川市に住んでいた。柳川は京都御所から見て西の方角である。
また会津藩では武家男子を中心に17歳以下を白虎隊、18歳から35歳までを朱雀隊、36歳から49歳までを青龍隊、50歳以上を玄武隊として軍を組織した。会津戦争(薩摩藩・土佐藩による新政府軍 vs. 徳川旧幕府軍)における白虎隊の悲劇は余りにも有名である。
二項対立を見てみると、〈玄武・冬↔朱雀・夏〉は〈水(川・雨)↔火〉であり、〈下降↔上昇〉〈冷たい↔熱い〉という対立を示している。
〈青龍・春↔白虎・秋〉は〈空↔虎穴(洞窟)〉という垂直方向の差異(対立)に置き換えられる。また五行思想で考えるなら東西〈木↔金〉の間、中央に土が位置する。
木は土から上方に伸び、金は土を下方に掘り進むと手に入るわけで、ここでもベクトルが対称を成している。
また〈(青龍+玄武)↔(白虎+朱雀)〉は〈湿ったもの(wet)↔乾いたもの(dry)〉の対立として考えることが出来る。
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