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月夜に冴え渡る奇想〜映画「ファースト・マン」と〈セカイ系〉

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Man

僕は天才デイミアン・チャゼルが大好きだ。

以前からチャゼルは〈セカイ系〉映画監督と言われていた。〈セカイ系〉とは元々、新海誠監督が2002年にアニメ「ほしのこえ」でデビューした頃に生まれた言葉だ。【主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと】(Wikipediaより引用)であり、「君の名は。」も典型的〈セカイ系〉である。

で「ファースト・マン」を観た率直な感想は、「これって完全に〈セカイ系〉の話じゃん!?」だった。月に立つという「人類の偉業」「英雄譚」が、〈きみとぼくの距離〉という小さな物語に収束していく。言うまでもなく、ぼく=ニール・アームストロング/きみ=妻ジャネットのことだ。映画の最後、ふたりはガラス一枚を隔てて向かい合う。そこで「果たしてふたりの距離は近いのか?遠いのか?」という問いが観客に突きつけられる。映画「ラ・ラ・ランド」も同様の幕切れだった。チャゼルの「セッション」「ラ・ラ・ランド」「ファースト・マン」はいずれも〈ふたりの世界〉を描いている。ふたり以外の登場人物は所詮、背景・書き割りに過ぎない。アポロ11号の搭乗員(他2名)も同様。なお、後にニールとジャネットは離婚する。

新海誠の全作品も〈きみとぼくの距離〉がテーマであり(距離=空間と時間)、「君の名は。」のラストシーンもふたりが向かい合っている。

あと「ファースト・マン」の奇想にあっと驚かされたのは、間違いなく本作の中でニール・アームストロングは「月に行けば(小児がんで亡くなった)娘に逢える」と信じているんだよね。いやいや、この際史実がどうだったかなんて問題じゃない。事実、月面着陸した場面で、娘との想い出が8mm(16mm?)フィルムで彼の脳内に再生されるのだ。な、なんてな映画なんだ!ある意味〈電波系〉〈とんでも〉と言える。でもだからこそ僕の大好物。で僕が想起したのが「ラ・ラ・ランド」でミアが歌う"Audition"の歌詞。

A bit of madness is key
to give us new colors to see

ちょっとした狂気が鍵なの
それが私たちに新しい色彩を見せてくれる

いやはや、「ファースト・マン」も十分狂っている。

本作で月は完全にメタファーとして存在している。

【解釈①】月=黄泉の国:ギリシャ神話でオルフェウスが死んだ妻エウリディケを連れ戻すために冥界に下る。日本神話におけるイザナギとイザナミの物語と同じ。つまりここでも「君の名は。」に繋がっている。

【解釈②】月=ユング心理学における集合的無意識(Collective unconscious):アニメ「コードギアス」シリーズではCの世界と呼ばれ、そこでは死者とも再会出来ることになっている。

日本で月はしばしば和歌に詠まれた。だから集合的無意識のシンボルと言える。そういえば「君の名は。」でも、月の満ち欠けが重要な意味を帯びていた。

【解釈③】月=死んだ娘が生前見たの世界:ユング心理学では個人的無意識なので、それは集合的無意識Cの世界)へ繋がっている。

Mu

ここでフランスの哲学者ジル・ドゥルーズが彼の著書「シネマ」で、ミュージカル映画「巴里のアメリカ人」「恋の手ほどき」を撮ったヴィンセント・ミネリ監督について論じた一節を引用しよう。

ダンスはもはや世界を描く夢の運動ではなく、みずからを深め、ますます激しくなり、別の世界へと入るための唯一の方法となる。その別の世界とは、ある他者の世界、ある他者の夢あるいは過去なのである。(中略)ミネリにおいてミュージカルは、かつてないほど記憶の、夢の、時間の謎に近づいた。現実的なものと想像的なものとの識別不可能な点に近づくようにして。それは夢についての奇妙で魅惑的な着想であり、夢はある他者の夢につねにかかわっていればいるからこそ、あるいは傑作『ボヴァリー夫人』におけるように、夢そのものが、人を貪り食う仮借ない力能を、みずからの現実の主体として構成しているからこそ、折り込まれた夢である。
(ドゥルーズ著/宇野邦一ほか訳「シネマ 2*時間イメージ」法政大学出版局)

つまり、ミネリは〈他者の夢の中に入っていく〉という着想に取り憑かれていた。それはデイミアン・チャゼルの描く世界にもすっぽり当てはまる。「ラ・ラ・ランド」にはミネリが監督した「巴里のアメリカ人」や「バンド・ワゴン」へのオマージュが溢れている。そしてヒロイン・ミアは最後に他者の夢=ハリウッド映画(もっと具体的に言えば「カサブランカ」)の世界(ラ・ラ・ランド)に呑み込まれて、そこから抜け出せなくなってしまうのだ。

「ファースト・マン」の主人公もまた、娘の夢の中に入ってゆく。それを象徴するのがラストシーンでニールとジャネットの間を隔てる一枚のガラスだ。

だからアポロ11号の打ち上げシーンが余りにも哀しく、ニールが不憫で、僕は不覚にも泣いてしまった。

「ファースト・マン」は音響設計が素晴らしい。がたがた揺れるネジの音、宇宙船の軋み。閉所恐怖症の人には耐え難い体験となるだろう。この部門でアカデミー賞をあげて欲しかった!

あと映画ファンには数々のお楽しみが用意されている。まず冒頭、X-15の飛行実験帰還後にニールはチャック・イエーガーに遭遇する。みんな大好き「ライトスタッフ」への目配せだ。また中盤、ジェミニ8号のドッキング・シーンで音楽が優雅なワルツに変わるのは勿論、「2001年宇宙の旅」(ヨハン・シュトラウス「美しく青きドナウ」)へのオマージュである。

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コメント

骨太な感じが好みの一本でした。

狂ってるバナシ、なかなか面白かったです!

投稿: onscreen | 2019年3月 2日 (土) 14時15分

onscreenさま

僕の捉え方はちょっと違っていて、無骨というよりも〈セカイ系〉なので繊細、sensitiveという印象でした。

投稿: 雅哉 | 2019年3月 2日 (土) 22時02分

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受信: 2019年3月 2日 (土) 08時55分

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受信: 2019年3月 2日 (土) 23時16分

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