21世紀に生まれた、夢のミュージカル映画「メリー・ポピンズ リターンズ」(字幕版/吹替版)
「メリー・ポピンズ リターンズ」は1964年に公開された「メリー・ポピンズ」の実に54年ぶりの続編である。物語の設定としては前作の25年後ということになっている。
評価:AAA (←これ以上はありません)
パーフェクト、文句なし!軽く前作を超えた。字幕版と吹替版の両方を鑑賞。
公式サイトはこちら。
ロブ・マーシャル監督は振付師出身である。元祖メリー・ポピンズことジュリー・アンドリュースが主演したブロードウェイ・ミュージカル「ビクター ビクトリア」(1995年初演)も振付を担当した。
映画監督としてはアカデミー作品賞を受賞したミュージカル「シカゴ」(2002)が名高いが、実はその前にテレビ映画「アニー」(1999)を振付・監督し、これが途轍もない大傑作なのである。NHKで一度放送されたが、日本でソフト化されていないのが到底信じられない。僕は北米版DVDを所有していて、息子(現在小学校1年生)に何度も観せた。ブロードウェイ初演時にアニーを演じたアンドレア・マカードルがショーの場面でゲスト出演し、「回転木馬」「ラグタイム」のオードラ・マクドナルド(トニー賞6度受賞!!)や「キャバレー」のアラン・カミング(トニー賞受賞)、「きみはいい人 チャーリー・ブラウン」「ウィキッド」のクリステン・チェノウス(トニー賞受賞)など綺羅星のミュージカル・スターたちが脇を固めている。
ロブ・マーシャルがスティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲のブロードウェイ・ミュージカルを映画化した「イントゥ・ザ・ウッズ」(2014)からは、エミリー・ブラントとメリル・ストリープが「メリー・ポピンズ リターンズ」にも参加している。
前作で煙突掃除夫バートと銀行の頭取ドース・シニアの二役を演じたディック・ヴァン・ダイクが本作でもドーズ・ジュニアとして登場。なんと愉しそうにタップ・ダンスまで披露してくれたので、感動のあまり僕は思わず泣きそうになった。撮影時御年92歳だぜ!?パニック映画「タワーリング・インフェルノ」でも少し踊った晩年のフレッド・アステアのことを想い出した。そしてフィナーレでは風船売りとしてアンジェラ・ランズベリーが登場。彼女はソンドハイムの「スウィーニー・トッド」でトニー賞のミュージカル主演女優賞を受賞している。またディズニー・アニメ「美女と野獣」(1991)ではポット夫人の声をあて、アカデミー賞を受賞した主題歌を歌った。やはり本作撮影時92歳!
ガス灯の点灯夫(Lamplighter)ジャックを演じるリン=マニュエル・ミランダ(吹替:岸祐二)といえば、トニー賞を11部門受賞し話題を席巻したミュージカル「ハミルトン」の作詞・作曲・脚本・主演を全部一人でこなした天才である。何とピューリッツァー賞まで獲ってしまった!ディズニー映画「モアナと伝説の海」では主題歌"How Far I'll Go"を作詞・作曲し、アカデミー歌曲賞にノミネートされている。彼はガチガチの民主党支持者でリベラルを気取り、反トランプ(政権)色を鮮明に打ち出している。「ハミルトン」のカンパニーはペンス次期副大統領観劇時に騒動を起こし、物議を醸した(ハミルトン事件)。また「ハミルトン」のオーディションにおいて募集対象が「白人を除く全人種」と表記したことでも話題となった(記事はこちら)。つまりミランダは明白な人種差別主義者である。心底嫌な奴で僕は人として軽蔑するが、しかし悔しいけれど本作のパフォーマンスは圧巻で、グーの音(ね)も出ない。天は彼にどんだけ才能を与えるんだ!と嫉妬心すら覚えるくらいである。
エミリー・ブラントは顔も声も先代ジュリー・アンドリュースに似ても似つかないが、その視線とか仕草とかで「あ、メリー・ポピンズがそこにいる」としっかり感じさせる。お見事。彼女がアカデミー主演女優賞にノミネートされなかったのが信じられない。エミリーの代わりに候補入りした「ROMA/ローマ」のヤリッツァ・アパリシオはそれまでに全く演技経験のないズブの素人だからね、過大評価である。そして吹替版の平原綾香は、正直エミリーよりも歌が上手い。
- 平原綾香、柿澤勇人(主演)ミュージカル「メリー・ポピンズ」(舞台版)と、その構造分析 2018.06.05
メリーのいとこ・トプシーを演じるメリル・ストリープの歌は島田歌穂が吹替ているが、こちらもオリジナルを凌駕している。なお島田はミュージカル「レ・ミゼラブル」国際キャスト版CDでエポニーヌ役に抜擢され(日本人で唯一)、エリザベス女王の御前でも歌った。またマイケル役の谷原章介や姉ジェーンを演じる(元劇団四季)堀内敬子も良かった。
リン=マニュエル・ミランダやアンジェラ・ランズベリーはオリジナル音声の方が味があるので、結論として字幕版と吹替版は甲乙つけ難しといったところ。
なお、劇中で言及される〈トプシー・ターヴィーTopsy Turvy〉とは「逆さまの」という意味で、ディズニー・アニメ「ノートルダムの鐘」にも出てくる。
前作では笑うと空中に浮かぶメリーのおじさんが登場したが、今回いとこのトプシーは世界がひっくり返るという趣向で愉しい。
また前作でメリーとバート、子どもたちは煙突を通って屋上に登るが(up)、今回は地下に降りる(down)という具合に対称を成している。
「リターンズ」で強く感じたのは、「アニー」の時もそうだったが、ロブ・マーシャルは子供の扱いが極めて上手いということ。みんな生き生きしている。また彼は本作でも振付を兼任しているが、特に群舞が素晴らしい。「アニー」ではウォーバックス氏の使用人たちの群舞が圧巻だった("I Think I'm Gonna Like It Here")。
「リターンズ」の噴水に於けるダイナミックなダンス・シーンは、間違いなくジーン・ケリー主演のMGM映画「巴里のアメリカ人」へのオマージュであろう。その直後に点灯夫たちが長い点火棒を肩に担いで行進する場面は「ザッツ・エンターテイメント パート3」に収録された、ジュディ・ガーランド主演「ハーヴェイ・ガールズ」(1946)のたいまつの行進(March of the Doagies)を彷彿とさせる。またロイヤルドルトン・ミュージックホールでのメリーとジャックのパフォーマンス(ヴォードヴィル仕立て)を観ながら、僕はMGM映画「イースター・パレード」(1948)におけるジュディ・ガーランドとフレッド・アステアの姿が二重写しになった。
前作の音楽はシャーマン兄弟だったが、本作の作詞・作曲はスコット・ウィットマンとマーク・シャイマンが担当した。ふたりは公私共にパートナーであり、ブロードウェイ・ミュージカル「ヘアスプレー」でトニー賞を受賞。他に「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」や「チャーリーとチョコレート工場」がある。アカデミー歌曲賞にノミネートされた「幸せのありか」は「チム・チム・チェリー」ほどcatchy(人の心を捉える、人気を呼ぶ)ではなく地味で、全体的にold-fashionedではあるが、高品質と言えるだろう。
大人に成長したジェーンとマイケルがメリーに再会する場面で前作の歌「お砂糖ひとさじで(A Spoonful of Sugar)」の旋律が劇伴で流れ、銀行の頭取ドース・ジュニアが2ペンスの話をする場面で「2ペンスを鳩に」、大団円の風船で飛ぶ場面では「凧をあげよう」が流れるといった具合で、何だかワクワクした。あとバンクス姉弟のお母さんは女性参政権運動に熱を入れていたのだが、ジェーンは労働組合活動に熱心という設定になっており、ああ親子だなぁと説得力がある。
前作最大の見せ場は、メリーたちが(バートが描いた)絵の中に入っていく場面だが、実写とアニメの融合は既にミュージカル映画「錨を上げて」(1945)において、ジーン・ケリーと(「トムとジェリー」の)ジェリーが共演を果たしている。ジーン・ケリーは自身が監督も兼任した「舞踏への招待」(1954)でさらにこの融合実験を推し進めており、「メリー・ポピンズ」の手法は決して新しくない。一方「リターンズ」ではメリーや子どもたちが、壺の表面に描かれた絵の中に入ってゆく。今回はアニメのキャラクターが2Dで、背景が3Dという離れ業を成し遂げている。壺だから弯曲があり、その設定も巧妙に生かされているのでほとほと感心した。珠玉のファンタジーである。
映画館の暗闇に身を沈めている間、本当に至福の時を過ごすことが出来て歌が終わる度に拍手したい衝動に駆られた。今や映画「レ・ミゼラブル」のトム・フーパー(現在ロイド・ウェバー作曲の「キャッツ」を撮影中。出演はイドリス・エルバ、テイラー・スウィフト、イアン・マッケラン、ジュディ・デンチ、ジェニファー・ハドソンほか)や、「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル、そしてロブ・マーシャルと卓越したミュージカル映画監督が沢山いて、心強い限りである。
ところで、ミュージカル「ミス・サイゴン」映画版の監督は一体誰になるのだろう?(2016年には「スラムドッグ$ミリオネア」「スティーブ・ジョブズ」のダニー・ボイルが交渉中というニュースが流れたのだが……)
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