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ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート今昔物語

旅先の宿・法師温泉でウィーン・フィルハーモニー管弦楽団恒例のニューイヤーコンサート 2019をNHKの中継で観た。

今年現地の特設スタジオにゲストとして登場したのはウィーン・フィルの元コンサートマスター、ライナー・キュッヘル夫妻と、2018年11月26日に同団のヴィオラ奏者と結婚した中谷美紀。興味深かったのは、NHKのアナウンサーが「女優の」ではなく「俳優の中谷美紀さんです」と紹介したこと。これはきっと中谷のこだわりなのだろう。それから彼女の結婚について一切触れなかったことも反って異様で、可笑しかった。プライベートに関してはアンタッチャブルということなのかな?中谷の口から「シェーンベルク」などといった固有名詞が飛び出したので、感心することしきり。

さて、2019年新春の指揮者として抜擢されたのはドイツ・ベルリン出身のクリスティアン・ティーレマン。

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僕は時代に背を向ける守旧派・ティーレマンのことを〈生きた化石〉と揶揄しており、大嫌いなのだが、お手並み拝見と構えていたら意外にも極上の演奏で驚いた。

ピリオド・アプローチ(古楽奏法)が主流となった現代の演奏の多くはどちらかと言えば感情を排し、Dryである。ところが今年のニューイヤーはWetで、これだけ艶のある音は本当に久しぶりに聴いた気がした。ティーレマンはR.シュトラウスのオペラを得意としており、「ばらの騎士」へ通じる馥郁たる色香を感じた。リズムも軽やか。

僕が初めてニューイヤーコンサートを視聴したのは小学生の頃である。未だボスコフスキーが健在だった。考えてみれば過去40年の変遷を見てきたわけで、中には若い人にとって耳新しいこともあるんじゃないか?そう思い、今昔の違いを語ってみることにした。

1)昔は指揮者が固定制だった。

創始者であるクレメンス・クラウスが1954年に亡くなり、当時ウィーン・フィルのコンサートマスターだったヴィリー・ボスコフスキーが1955年から79年まで25年間、指揮者を務めた。ボスコフスキーの病気で登壇したのがロリン・マゼール。彼は7年連続で登板した。ボスコフスキーはヴァイオリンを弾きながら指揮台に立ち、時折り弓を指揮棒代わりに使った。この「弾き振り」スタイルはピッツバーグ交響楽団でヴァイオリニストとして活躍した経験を持つマゼールも踏襲した。そして87年のカラヤン以降は「弾き振り」がなくなり、毎年指揮者が交代するシステムとなった。因みに2020年に登壇する予定なのはラトビア出身のアンドリス・ネルソンスである。

2)昔NHKは第2部からしか生中継をしていなかった。

現在は日本時間の夜7時15分から第1部の演奏が開始され、休憩を挟み8時15分から第2部が始まるというスタイルだが、昔は第2部からしか放送がなかった。第1部も視聴出来るようになったのはNHK-BS放送開始(89年6月1日)以降と記憶している。地上波では従来どおり第2部のみ放送し、「衛星放送なら第1部から見れますよ、だらか専用アンテナを設置してくださいね!」という意向だった。

3)女性楽員問題と〈ザビーネ・マイヤー事件

ボスコフスキー時代、ウィーン・フィルやベルリン・フィルの楽員は全員男性だった。1982年、ベルリン・フィルの芸術監督兼終身指揮者だったカラヤンが女性クラリネット奏者ザビーネ・マイヤー(当時23歳)をBPOに入団させようとしたが猛反発を受け、楽員全員による投票でマイヤーの仮採用は否決された。「マイヤーの音には、BPOの管楽器奏者にとって不可欠の、厚みと融合性が欠如している」というのが総意だった。この〈ベルリン・フィル入団騒動〉でマイヤーはかえって有名になり、現在では世界屈指のソリストとして認められている。〈ザビーネ・マイヤー事件〉でベルリン・フィルとの関係がすっかり冷え込んだカラヤンは晩年、ウィーン・フィルに客演することが多くなった。チャイコフスキーの後期交響曲やドヴォルザークの交響曲第8番、9番、ブルックナーの交響曲第7番、8番がウィーン・フィルとレコーディングされたのも、87年のニューイヤーコンサートにカラヤンが登場したのも、こういう経緯があった。またこの時にソプラノのキャスリーン・バトルが「春の声」を歌ったが、異例の出来事であり、カラヤン以降にゲスト出演者は全くいない。

カラヤンの死後シェフがクラウディオ・アバドに交代し、ベルリン・フィルは女性奏者をどんどん採用するようになった。しかしウィーン・フィルは頑なに男尊女卑を押し通し、女性の権利団体から国際的な非難を浴び続けた。外圧に耐えかねて漸く女性(ハープ)奏者の入団を認めたのは1997年のことである。現在は全楽員の約1割を女性が占め、初の女性コンサート・マスターも誕生した(アルベナ・ダナイローヴァ)。

4)客席の日本人

DVDで確認することが出来るが、ボスコフスキーが「弾き振り」していた頃のニューイヤーコンサートの客席には殆ど日本人がいない。しかし今年の中継を見ると、カメラが客席のどこを写しても、日本人だらけ。雨後の筍のごとく、うじゃうじゃいる。ここ40年で日本人が豊かになったことの証左であり、国際的に見てもとりわけ我々がニューイヤーコンサートを愛しているということなのだろう(年末に第九を聴く日本独自の習慣に似ている)。

5)ウィーン国立バレエ団

演奏中にウィーン国立バレエ団の踊る映像が挿入されるのは、ボスコフスキー時代から現在まで変わらない伝統である(映像ソフトとして販売される商品にはない)。しかしダンスの質が大きく変貌した。昔は「いもねーちゃんと、いもにーちゃんが田舎の古風な踊りを披露している」という印象だった。

はっきり言ってウィーン国立バレエ団は世界的に見て二流〜三流の団体である。因みに一流と言えるのはパリ・オペラ座バレエ、英国ロイヤル・バレエ、ボリショイ・バレエ、マリインスキー(旧キーロフ)・バレエ、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)、ニューヨーク・シティ・バレエ、そしてミラノ・スカラ座バレエ団といったところである。

ところが今年のパフォーマンスを観ると、斬新で洗練された振付が施されており、ダンサーも白人だけではなく、アジア系も混ざり国際的になっている。目が覚めるような鮮烈な印象を受けた。

6)アンコール

アンコールで「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」が演奏されるのは今も昔も変わらぬ光景だ。しかし指揮者が「ラデツキー行進曲」で客席を振り向き、手拍子をコントロールするようになったのはマゼール以降である。ボスコフスキー時代は聴衆任せだったので、中間部の静かなところで手拍子がそれに同調出来ず、全く統制が取れていなかった。

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