国立民族学博物館再訪と〈虹蛇〉について。
まずは下記事からお読みください。
〈ドリームタイム(夢の時)〉のことをもっと知りたくて、万博記念公園(@大阪府吹田市)内にある国立民族学博物館(みんぱく)を再び訪れた。
コンビニで前売り券を買えば、入場料はたった350円である。小・中学生は観覧無料。
みんぱくのレストランにはエスニックランチが用意されており、限定の〈ブン・リュウ・クゥア、ベトナム炒飯、デザート付き〉ランチを食べた。
本館2階の回廊部分=インフォメーション・ゾーンには、28のビデオテークブースがあり、世界のさまざまな地域で暮らす人びとの生活や儀礼、芸能などを紹介する映像を観ることが出来る(無料)。何と番組数は700本を超え、僕はオーストラリア北部アーネムランドに暮らすアボリジニ(ジナン族)の歌と踊り・彼らの雨季の生活・乾季の生活・雨乞い・アボリジニの楽器〈ディジャリドゥ(管楽器)とラーラカイ(拍子木)〉を観た。いずれも興味深い内容だった(各15分程度)。
みんぱくは展示物の写真撮影可ということを知り、今回はしっかり撮った。
まずはイントロダクション(無料)に設置された柱状棺(遺骨を納める容器)から。
拡大しないと分かり辛いが、オーストラリア北東部(アーネムランド)の樹皮画で特徴的な、並行する斜線が緻密に交差する〈クロスハッチング画法〉で描かれている。一方、中央オーストラリアの砂漠地帯では〈ドット・ペインティング〉と呼ばれる点描画が主流になる。
探求ひろばの「世界にさわる」コーナーでは展示資料を実際に手にとることが出来る。
これはアボリジニの投槍器(アトラトル)。写真左の突起に槍の中空部を引っ掛ける。そして反対側の端っこをしっかり握りしめ、ふりかぶって投げると、てこの原理で遠くまで速く飛ぶという仕組みだ。なお有史以来、オーストラリアで弓矢は一切導入されなかった。
一方、日本で和弓が用いられるようになったのは縄文時代、1万1千年くらい前からだそう。弓矢の代わりにアボリジニが用いたのがブーメランで、やはり最古のものは1万1千年くらい前のものだという。
有料展示室に入り、岩壁画のレプリカに出会う。現地から招かれたボビー・ナイアメラ氏が1週間をかけて、自ら持参した泥絵の具(鉱物質顔料)を使って、合成樹脂製の岩壁の上に絵を描いた。
虹蛇(Ngalyod;ンガルヨッド)の腹の中には飲み込まれた人が描かれている。これはレントゲン画法と呼ばれ、先進国では児童画の特徴の一つと言われ、幼児から小学校低学年にかけて現れる。魚やゴアナ(大トカゲ)、カンガルーもレントゲン画法で描かれており、背骨や内臓が見える。またマッチ棒のように細い棒人間は精霊ミミである。
アボリジニはオーストラリア先住民の総称であり、18世紀後半にイギリス人が入植した頃、彼らが話す言語の数は200を優に超えていた(現在は激減し、50〜100程度と言われる)。オーストラリア大陸は場所によって気候がかなり異なり、例えば北部のアーネムランドでは雨季と乾季が明確に分かれている。雨季(11月から4月)に道路は冠水し、車での交通も不可能になる。一方、オーストラリアの中央部には砂漠地帯が広がっている。また南部やタスマニア島は南極大陸に近く、クジラを見ることが出来る。タスマニア島の最高気温は夏でも22℃くらい。
だから一概にアボリジニ神話と言っても、地域により差異があり、サバナ気候の北部で太陽は恵みをもたらす創造主として描かれるが、中央部の砂漠地帯では忌避される存在であり、崇拝の対象になり得ない。しかしオーストラリア全土の神話に例外なく登場する〈ドリームタイム〉の祖先がいて、それが虹蛇なのである。つまりスイスの心理学者ユングが言うところの、集合的無意識に存在する元型(archetype)だ。
フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースは南米の神話に登場する虹のことを「半音階的なもの」と呼んだ(半音階を駆使した楽曲で一番有名なのはワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」である)。虹の段階的色調変化(グラデーション)や半音階は、A→Z(例えば赤→青・紫、ド→ソ)への大きな変化の間隙を、短い間隔の変化で埋めていくものであり、一種の中間状態をつくり、流動的に揺れ動く状況を生み出す。また虹は雨が上がり、晴れ間が広がり始める時ー雨季と乾季の境界に現れる。つまり虹蛇は、【自然→文化】へ、あるいは【無意識→意識】へ、さらに言えば【夢の時〈ドリームタイム〉→我々が知覚出来るこの世界〈yuti;ユティ〉】への移行段階を象徴しているのである。
アボリジニは時間を【過去→現在→未来】という不可逆(一方通行)の、通時(経時)的捉え方をしない。彼らは共時的に思考する。〈ドリームタイム〉という概念が正にそれだ。つまり過去・現在・未来は同時にここにある。レヴィ=ストロースは、神話は通時的に読むと同時に、共時的に読めると述べている(そもそも通時的・共時的という用語は言語学者ソシュールの著書から来ている)。
レントゲン画法もまた、共時的手法である。アボリジニは(彼らにとって食料でもある)カンガルーやゴアナを描く時、同時にそれを屠殺・剥皮し、解体した時の内臓や骨格を見ているのだ。
泉から鎌首をもたげた蛇の姿は、虹の足(写真はこちら)のイメージに重ねられる。そして蛇は卵を丸呑みにし、後で消化されない殻だけを吐き出す習性がある。それが死と再生(=ドリームタイム)のメタファーとなる。つまり虹蛇はアボリジニの詳細な自然観察から生み出された、象徴的存在なのである。
己の尾を噛んだ蛇は古代ギリシャ語でウロボロス(ouroboros)と呼ばれる。
円環を形成することで始まりも終わりもない完全なもの、永遠性、永劫回帰を表象する。つまりウロボロスはドリームタイムと同義なのだ。
下の写真は管楽器ディジュリドゥ。
自然の状態で内空をシロアリに食べられたユーカリの幹から作られる。音の高さを変えるための指穴(tone hole)すらない。つまり表層の彩色以外、楽器(発音機構)としての加工が皆無なのである。
写真上がクーラモン(木製・樹皮製の容器)で、下のバスケットにも虹蛇が描かれている。
ブーメランにはゴアナがレントゲン画法で描かれている。
オセアニアにとどまらず、みんぱくはアイヌや日本を含め膨大な展示物があり、1日では到底全てを見て廻れない。エスニックなレストランも愉しいし、通い詰めたくなるワンダーランドである。アボリジニ関連以外では特にパプアニューギニアの仮面に強く惹かれた(例えばこちらやこちら)。
また行こう。
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