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2018年11月13日 (火)

艱難汝を玉にす(Adversity makes men wise.)〜映画「ボヘミアン・ラプソディ」

評価:A+

Bohemian_rhapsody_imax

まずは下記事からお読みください。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」は完成までにトラブル続きで、紆余曲折があった。

主演のラミ・マレック(ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリー役)と衝突していたブライアン・シンガー監督が感謝祭の休暇後に現場に戻らなかったことで、撮影終了2週間前にシンガーは解雇された。後任のデクスター・フレッチャーが監督を引き継ぐまでの間、撮影監督ニュートン・トーマス・サイジェルが監督代行を務めたという。

結局シンガーは解雇されるまでに2/3を撮り終えており、全米監督協会DGAの規定に従い、監督のクレジットはシンガーのみとなった

しかし出来上がった作品はそんな混迷を微塵も感じさせない、極めて高い完成度に到達しており、心底驚いた。奇跡と言ってもいい。事態の成り行きから考えればシンガーは当然、ポスト・プロダクション(編集作業など)に関与していない筈であり、このテンポの良さはデクスター・フレッチャーのセンスの賜物なのか、編集者(ジョン・オットマン)が優秀なのか?狐につままれたような気分である。

兎に角、音楽映画として出色の出来だ。はっきり言ってヒュー・ジャックマン主演「グレイテスト・ショーマン」より本作の方が格上。そしてシンガーの過去の代表作「ユージュアル・サスペクツ」や「X-MEN」シリーズより僕はこっちの方が断然好き。図らずも彼の最高傑作となった。

クライマックスでは1985年の史上最大のチャリティコンサート〈ライヴ・エイド〉の21分のパフォーマンスが丸々再現されている。

僕が本作を観ながら即座に脳裏に蘇ってきたのはクロード・ルルーシュ監督「愛と哀しみのボレロ」(1981)である(何と映画館で観て以来、既に37年が経過している)。作曲家として「シェルブールの雨傘」「ロシュフォールの恋人たち」のミシェル・ルグランと、「男と女」「ある愛の詩」のフランシス・レイの大御所ふたりが起用されたことでも話題となった。

フランス映画「愛と哀しみのボレロ」は終盤、エッフェル塔が見える野外ステージでモーリス・ベジャール振付、20世紀バレエ団のジョルジュ・ドンによるラヴェル作曲「ボレロ」のパフォーマンスがフルサイズで展開される。そしてその「ボレロ」に向かって全ての物語が収束していく。一方、「ボヘミアン・ラプソディ」も〈ライヴ・エイド〉の会場に一同が集結し、また一部の人達は生中継されるテレビを見ているという構成もそっくり同じなのである。そしてジョルジュ・ドンは後にAIDSで亡くなり、フレディ・マーキュリーと同じ運命を辿った(マーキュリーは91年、ドンは92年に死去)。

この〈ライヴ・エイド〉がアガる演出で、映画館は興奮の坩堝と化した。ロンドン郊外のウェンブリー・スタジアムをカメラが縦横無尽に駆けるのだが、恐らく遠景はCGの筈なのだけれれど、CGとエキストラを動員した実写との繋ぎ目が全く分からない!それくらいリアルなのだ。臨場感が半端ない。

本作はフレディ・マーキュリーの劣等感に焦点が当てられる。出っ歯であること。そしてペルシャ系インド人で、周囲から「パキ!(パキスタン人のこと)」と侮辱されるファルーク・バルサラが、戸籍までも名前をフレディ・マーキュリーに変え、ゾロアスター教徒であることを生涯隠し続けたことに対する罪悪感。それが「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞に結実する。

Mama,just killed a man,
Put a gun against his head,
Pulled my trigger,now he's dead,
Mama,life had just begun,
But now I've gone and thrown it all away-

ママ、たったいま人を殺してしまった
彼の頭に銃を突き付け
引き金を引いたら、彼は死んだ
ママ、人生は始まったばかりなのに
僕はその一切を駄目にしてしまった

この、僕が殺した"a man"がファルーク・バルサラを指すことは言うまでもない。

またフレディは最後まで、自分がゲイであることを明言しなかったが、これは当時の社会情勢と無縁ではないだろう。イングランドとウェールズで21歳以上の男性同士の同性愛行為が合法化されはのは漸く1967年のことである(それまでは逮捕され刑務所に収監されるか、同性愛を「治療」するための化学療法を受けるかの選択を強いられた)。しかしスコットランドでは1980年、北アイルランドでは1982年になるまで、同性愛は違法だった。

なお、ブライアン・シンガー監督はバイセクシャルだとカミングアウトしており、「最終的に僕はゲイの方向に進んでいると思います。感情的な部分で、男性との関係に傾倒しているので自分はゲイなのだと思います」と語っている。

映画ではフレディと元マネージャーのポール・プレンターや、最後の恋人ジム・ハットンとの関係が赤裸々に描かれる。

しかし本作でユニークなのがメアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)の存在だ。つまりフレディは観念(ギリシャ哲学でいうイデア)においてメアリーを心から愛しているのだが、肉体欲望)は男を求めてしまう。その自己が引き裂かれるというテーマが新鮮だった。

僕がふと想い出したのが映画「五線譜のラブレター」(2004)で描かれた、ゲイの作曲家コール・ポーターと、そのセクシャリティを受け入れ、彼を支えた妻リンダの関係性である。

さて、〈ライヴ・エイド〉で歌われる「レディオ・ガ・ガ」はものすごい高揚感なのだが、聴きながらこれを芸名の由来とするレディー・ガガ主演の映画「アリー/スター誕生」に見事に繋がっていくんだなと鳥肌が立った。なおレディー・ガガはアカデミー主演女優賞ノミネートが確実視されており、賞レースは彼女とグレン・クローズの一騎打ちの様相を呈している。

追伸:本作に由縁のある大阪桐蔭高等学校吹奏楽部の生徒さんたちは全員で、映画を鑑賞されたのだろうか?もしそうなら、若い人たちがどういう感想を持ったのか、とても興味がある。

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» ボヘミアン・ラプソディ [象のロケット]
1970年、イギリス・ロンドン。 昼は空港で働き、夜はライブ・ハウスに入り浸っていた青年フレディは、ギタリストのブライアンとドラマーのロジャーのバンドの新しいヴォーカリストとなり、ベーシストのジョンを加え、ロックバンド「クイーン」として活動を始める。 数々のヒット曲が生まれ、彼らは世界的大スターとなるが…。 音楽ヒューマンドラマ。... [続きを読む]

受信: 2018年11月13日 (火) 23時33分

» 映画「ボヘミアン・ラプソディ(日本語字幕版)」 感想と採点 ※ネタバレなし [ディレクターの目線blog@FC2]
映画 『ボヘミアン・ラプソディ(日本語字幕版)』(公式)を、劇場鑑賞。 採点は、★★★★☆(最高5つ星で、4つ)。100点満点なら85点にします。 【私の評価基準:映画用】 ★★★★★傑作! これを待っていた。Blu-rayで永久保存確定。 ★★★★☆秀作! 私が太鼓判を押せる作品。 ★★★☆☆&nbs...... [続きを読む]

受信: 2018年11月16日 (金) 18時02分

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