バッティストーニ指揮/血湧き肉躍るヴェルディ「アイーダ」
10月24日(水)兵庫県立芸術文化センターへ。
- ヴェルティ:オペラ「アイーダ」
を観劇。
国内4つの劇場で上演する共同制作公演で、
アンドレア・バッティストーニ/東京フィルハーモニー交響楽団、兵庫芸術文化センター管弦楽団(バンダ)、二期会合唱団、ひょうごプロデュースオペラ合唱団らによる演奏。バレエは東京シティ・バレエ団。
独唱はモニカ・ザネッティン(アイーダ)、福井敬(ラダメス)、清水華澄(アムネリス)、上江隼人(アモナズロ)、妻屋秀和(ランフィス)、ジョン ハオ(エジプト国王)ほか。演出はジュリオ・チャバッティで大道具・衣装・小道具はローマ歌劇場が製作した。
バッティストーニはイタリア・ヴェローナ生まれの31歳。故郷にあるローマ帝国時代の闘技場(アレーナ)が会場となる野外オペラ祭でも看板演目「アイーダ」を振っている。また現在、ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場の首席客演指揮者を務めている。
僕の席は最前列ど真ん中。1.5m先にバッティストーニの頭が見える状態。彼は全て暗譜で振ったので度肝を抜かれた!切れば血が吹き出すような熱血指揮ぶりを眺めていると、「若き日のリッカルド・ムーティはこんな感じだったんじゃないか?」と思った。時折、唸り声を発し、〈勝ちて帰れ(Ritorna vincitor) !〉では一緒に歌っていた。
バッティストーニの棒振りスタイルは、フェラーリ、ランボルギーニ、アルファ ロメオなどイタリアのスポーツカーを想起させる。熱き血潮が滾る第2幕フィナーレではアクセルをグイグイ踏む込み、ガンガン加速して、聴衆を興奮の坩堝に叩き込んだ。
かと言ってただオケを鳴らすだけではなく、しっかりと弱音の美しさも際立たせ、強弱がくっきりとしたメリハリある音楽づくりが成し遂げられていた。
舞台上だけではなく、オーケストラ・ピット(オケピ)の中で巻き起こるドラマにも目が離せない!こんな体験は、カルロス・クライバーが指揮するヴェルディの「オテロ」や、R.シュトラウスの「ばらの騎士」に近いものがあるのではないだろうか?因みに僕は中学生の時に、カルロスが指揮するミラノ・スカラ座の「ラ・ボエーム」(フランコ・ゼフィレッリ演出)を旧フェスティバルホール@大阪市で観劇している。
モニカ・ザネッティンの体型は細く、美しい人で、声量もあって文句なし。情感あふれる歌いっぷりだった。
福井は時折声が掠れるのが気になったが、及第点。掘り出し物だったのが上江のアモナズロ。美声で迫力があった。アムネリスはX。普段、ジュリエッタ・シミオナート(カラヤン盤)とかエレナ・オブラスツォワ(アバド版)などの名唱を聴き慣れていると、いかんせん物足りない。
美術や衣装はミラノ・スカラ座や新国立劇場で上演されたフランコ・ゼフィレッリ版みたいな絢爛豪華でド派手なものではないが、シックで品があり、まるでルキノ・ヴィスコンティ監督の映画を観ているようであった(因みにゼフィレッリは若い頃、ヴィスコンティの助監督を務めた)。
兎に角、これだけの充実したパフォーマンスを、たった1,2000円で観られるなんて、なんて幸せなことだろう。今回の公演に携わった諸氏に心から感謝したい。
ところで、イタリア・オペラでテノールが演じる役には、ある共通する特徴がある。
- 直情径行型:何も考えず直ちに行動する。すぐ激昂する。
- コロッと騙されやすい:つまり、おつむが少々足りない。
- 嫉妬深い:単純な誤解から女を殺したり、暴力を振るう。
ヴェルディなら、「椿姫」のアルフレードとか「イル・トロヴァトーレ」のマンリーコ、「オテロ」のタイトルロール、そして「アイーダ」のラダメスがその典型だろう。またプッチーニ「トスカ」の主人公は女だけれど、上記特徴にピッタリ当てはまる。逆にドイツ・オペラには、こういう性格の人物は稀だ。
イタリア・オペラの登場人物は〈過剰な人々〉である。理性の欠片もない。しかし久しぶりに今回「アイーダ」を再見して、こういう欲望の赴くままに突っ走る生き方も素敵だなと思った。つまりイタリア・オペラは禁欲とか倫理などを押し付けてくるキリスト教へのアンチテーゼであり、野生の思考が息づいているのだ。カトリック教会が支配的なイタリア社会に於いて、オペラは長年ガス抜きの役割を果たしてきたのだろう。そもそも「アイーダ」で描かれるエジプトは非キリスト教社会だ。「オテロ」はムーア人=異教徒だし、「椿姫」の原題La traviata(ラ・トラヴィアータ)の意味は〈道を踏み外した女〉、つまりアウトロー、はみ出し者。いずれもキリスト教的価値観からの逸脱、束縛からの開放を虎視眈々と狙っている。
イタリア人の多くが「ドイツ・オペラは退屈だ」と思う気持ちがよく理解出来た。我を忘れた熱狂と陶酔はイタリア・オペラにしかない。
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