神田沙也加主演 ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の〈正体〉
10月20日梅田芸術劇場へ。ミュージカル「マイ・フェア・レディ」舞台版を人生初観劇した。
この作品との最初の出会いは高校生の時、1980年代である。「雨に唄えば」「サウンド・オブ・ミュージック」などミュージカル映画が大好きになった僕は「マイ・フェア・レディ」のサウンド・トラックLPレコードを購入し、歌詞対訳を見ながら繰り返し聴いた。「スペインの雨」"The Rain In Spain"とか「踊り明かそう」"I Could Have Danced All Night"は英語歌詞を丸暗記した(今でもそらで歌える)。DVDはおろか、レンタルビデオとかレーザーディスク(LD)すらなかった時代である。映画自体を見ることが出来たのは、大学生になってからだった。正直冗長で退屈だった。ロバート・ワイズ監督のような映画的飛躍(編集のキレ)がなく、まるごとセット撮影(ロケ一切なし)で、まるで舞台を観ているかのようだった。
ジョージ・キューカー監督の映画「マイ・フェア・レディ」(1964)にオードリー・ヘップバーンが出演したのは35歳だった。はっきり言って年を取りすぎ、そして痩せすぎ。全く魅力がないヒロインだった。おまけに歌はマーニ・ニクソンによる吹替えである(マーニは「王様と私」のデボラ・カー、「ウエストサイド物語」のナタリー・ウッドの吹替えもしている)。ちなみに1956年にジュリー・アンドリュースがブロードウェイの舞台でイライザを演じたのは20歳の時。製作者ジャック・L・ワーナーは大馬鹿者である(彼はヒギンズ教授役をケーリー・グラントに打診し、けんもほろろに断られている)。
映画「マイ・フェア・レディ」は結局、作品賞・監督賞・主演男優賞(レックス・ハリソン)などアカデミー賞で8部門受賞したが、オードリーはノミネートすらされず、代わって主演女優賞を征したのは「メリー・ポピンズ」のジュリー・アンドリュースだった。ぶっちゃけジュリーの演技は大したことないので、同情票が集まったものと見られる。
- ふたりのイライザ (←以前書いた記事)
この主演女優をめぐる大騒動の結果、後に創られるハリウッド製ミュージカル映画で主演級の俳優の歌に吹替えを使うのは一切なくなった。逆に映画で本人が実際に歌えば、アカデミー賞が受賞し易いという状況が生まれている(「ファニー・ガール」のバーブラ・ストライサンド、「キャバレー」のライザ・ミネリ、「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」のリース・ウィザースプーン、「シカゴ」のキャサリン・ゼタ・ジョーンズ、「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソン、「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェイ)。
映画「マイ・フェア・レディ」にジュリーが出演出来なかったのは痛恨の極みなのだが、もし彼女が役を掴んでいれば逆にスケジュール的に「メリー・ポピンズ」に出演することもなかっただろう。どちらが幸いだったのか、難しいところである。因みに僕は現在、彼女が歌うブロードウェイ・オリジナル・キャスト版とロンドン・キャスト版のCDを所有している。
原作はバーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」。題名はギリシャ神話に基づく。こちらを1938年にレスリー・ハワード主演で映画化したバージョンの方が出来は良い。ちなみにレスリー・ハワードは翌年「風と共に去りぬ」にアシュレー役で出演。43年に彼が乗っていた旅客機をチャーチル首相搭乗機と勘違したドイツ空軍が誤爆し、非業の死を遂げた。
2009年にはキーラ・ナイトレイ主演で映画「マイ・フェア・レディ」のリメイク企画が持ち上がった(記事はこちら)。ヒギンズ教授役はリヴァイヴァルの舞台でも演じたジョナサン・プライスが適役なのでは?と思っていたのだが、結局立ち消えになった。そして2014年、周防正行監督の映画「舞妓はレディ」は極めて質の高い「マイ・フェア・レディ」のパスティーシュであった。
以前から舞台版を是非観たいと希っていたのだが、大地真央が花売り娘イライザ役を長年牛耳っていたので、全く行く気になれなかった。彼女が演じ始めたのが34歳の時で、結局54歳まで続けた。言語道断である。恐らくギネスブックに申請すれば世界最年長記録であろう。ババアのイライザなんか絶対嫌だ。
大地真央の次に抜擢されたのは霧矢大夢と真飛聖。どちらも宝塚男役トップスター出身であり、やはり年を取りすぎていた。
僕は待ち続けた。そして神田沙也加出演の報を聞き、漸く「時は来た!」と快哉を叫んだのであった。
翻訳/訳詞/演出:G2
出演は神田沙也加、別所哲也、相島一之、今井清隆、平方元基、前田美波里ほか。
僕は神田沙也加が初舞台を踏んだミュージカル「INTO THE WOODS」(宮本亜門演出)を2004年6月に東京の新国立劇場中劇場で観ている。赤ずきんちゃん役で、未だ17歳だった。
彼女のイライザは素晴らしかった!すっごく可愛いし、はっきり言ってオードリー・ヘップバーンより断然いい。歌も、映画吹替えのマーニ・ニクソンを上回っていた。「踊り明かそう」のナンバーは柔らかくしっとり歌い上げ、イライザのレディとしての覚醒を見事に表現していた。パーフェクトである。長年待った甲斐があった。また今井清隆のドゥーリトルははまり役だったし、歌わない前田美波里も気品と威厳があって素敵だった。
ポスターでも分かる通り、衣装はブロードウェイ版及び、映画で美術・衣装デザインを担当したセシル・ビートン(アカデミー賞ダブル受賞)のデザインを踏襲している。例えばアスコット競馬場の場面は全員の衣装が白黒のモノトーンで統一されているといった具合。
実は、映画「マイ・フェア・レディ」を初めて観たときから、僕はモヤモヤとした違和感、腑に落ちない〈何か〉が気にかかっていた。この居心地の悪さの正体は、一体……?
本作はしばしば世間で〈ロマンティック・コメディ〉と称されるが、それは果たして本当だろうか?そもそもイライザとヒギンズは恋愛関係なの??劇の終盤、戻ってきたイライザに対してヒギンズは"Where the devil are my slippers?"(私のスリッパは一体どこにある?)と言うのだが、それって〈愛の告白〉ですか???少なくとも〈将来の妻〉に対して言う台詞ではないだろう。
30年以上抱えていた問いに対して、明快な解(かい)を見出したのは、つい最近のことである。
この物語の中で非常に不可解なのはピッカリング大佐の存在である。ヒギンズとピッカリングは共に〈独身主義者 bachelor〉であり、意気投合したふたりは一緒に暮らし始める……。そうか!彼らはゲイカップルで、最後にイライザを養女として迎え入れる。そう解釈すればすべての謎が氷解する。つまりミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」と同じ構造なのだ。娘に「スリッパはどこだ?」と訊ねるのなら、不自然じゃない。
そして映画版の監督ジョージ・キューカーとセシル・ビートンはゲイだった。成る程、繋がっている。
最後に。今後イライザとして観たい日本のミュージカル女優たちの名を挙げておこう。
- 昆夏美
- 木下晴香
- 高畑充希
- 上白石萌歌
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