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【考察】今夏最大の問題作「未来のミライ」(細田守監督)の構造分析と時間イメージ

評価:A

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細田守監督の最新作「未来のミライ」はアヌシー国際アニメーション映画祭コンペティション長編部門に出品され、結局無冠に終わった。7月20日に日本で公開されたが、巷での評判はすこぶる悪い。「何が言いたいのか、意味が分からない」「タイムスリップがご都合主義だ」等の否定的意見多数。SNSでの不評を受けて公開第1週の全国週末興行成績ランキングは「ジュラシック・ワールド 炎の王国」(2週目)に次ぐ第2位からの発進となった。最終興収58.5億円を記録した細田の前作「バケモノの子」の興収比60.0%という低調な成績である。

僕は小学校1年生の息子と観に行ったが、彼の感想は「面白かった」。

な映画である。言い換えるなら極めてユニークだ。あんまり類似した作品を想い出せない。これは「バケモノの子」=(「ベスト・キッド」+「千と千尋の神隠し」)÷2だったのに対して対照的だ。宮崎駿のアニメーションのスケールの大きさと比べると、細田守のそれは非常に小さい。製作のきっかけとなったのは細田自身に男の子と女の子の子供が生まれたことである。主題歌の打ち合わせの時に山下達郎から「すごい、また今回も私小説的ですね」と言われたそうだ。

細田は正真正銘ケモナーである。「サマーウォーズ」にはウサギ型アバター・キングカズマが登場し、「おおかみこども」は狼と人間が結婚し子作りをする。「バケモノ」の熊徹も毛がふさふさ。僕は細田の海外での評価が極めて低いのは、ケモナーであることが一因なのではないかと考えている。そして「未来のミライ」にも監督のフェティシズムが迸っている。くんちゃんが犬の尻尾を自分のお尻にくっ付けて、メタモルフォーゼ(変身)する場面があるのだ。やれやれ……。

あと「バケモノの子」で師匠・宮崎駿(=熊徹)に対し、主人公・九太の口を借りて「俺のやることを、そこで黙って見てろ!」と言い放った細田だが、本作でくんちゃんのひいおじいちゃん(曽祖父)は戦闘機のエンジンを作っているという設定であり、それってまんま駿のオヤジの話じゃん!!(宮崎の父は零戦のコックピットを作っていた)。もう大爆笑である。駿に憧れる余りに、遂に自分の記憶の改竄自己同一化)に乗り出したのだ。いやはや、恐れ入りました。

「すごい、また今回も私小説的ですね」
「すごい、また今回も私小説的ですね」

さて、本作の構造をフランスの哲学者アンリ・ベルクソンが著書「物質と記憶」(1896年初版)で論じた逆さ円柱モデルを応用し、説明してみよう。

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図上部の逆さ円錐がベルクソンが提示したモデル。下部の円錐がそれを反転したもの(鏡像)である。逆さ円錐の全体SABが主人公くんちゃんの記憶に蓄えられたイマージュの総て(=結晶)。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。つまり、くんちゃんの「今」の知覚である。Pという平面は現在彼がいる世界・宇宙そのもの。くんちゃんは円錐の中を自由に、生成され続ける過去(A'B'やA''B'')へと螺旋状に飛翔し、またSに戻ってくる。ここまでの構造時間イメージはフェデリコ・フェリーニ監督「8 1/2」やアラン・レネ「去年マリエンバートで」、イングマール・ベルイマン「野いちご」、大林宣彦「はるか、ノスタルジィ」などの前例がある。しかし「未来のミライ」がユニークなのは下部の円錐。それは未来に広がっている。中学生(15歳くらい)になった妹ミライちゃんは∀,B,あたりからやって来る。

「未来のミライ」はくんちゃんの内面意識個人的無意識自己 self)を描いていると解釈出来るだろう。その深層は過去から未来までの家族史(家族的・集合的無意識ー犬を含む)に接続している。

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しかし、4歳児のくんちゃんが中学生となった妹ミライちゃんを知っている筈がなく、ひいおじいちゃん(曽祖父)の個人史も知らないという矛盾が生じる。ここで多くの観客が困惑してしまうわけだ。しかし15年後のくんちゃんの内面だとしたらどうだろう?曽祖父の生い立ちについても両親から聞いて知っていてもおかしくない。こう仮定すれば全ての整合性がとれるのである。

つまり物語を通時的(時間の流れに沿って)考えるのではなく、共時的に捉える必要がある。過去も未来も今ここ(self)にあるのだ。

フェリーニは次のように語っている。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」

これを未来にまで延長したのが本作なのだ。

逆さ円錐(上部)と円錐(下部)の中心を貫いているのが、くんちゃんちの庭に植えられた一本の生命の樹 Tree of Lifeである。それは宮崎駿「となりのトトロ」に繋がっており、トトロ同様、「未来のミライ」でも《迷子》というモティーフが繰り返される。

実は「未来のミライ」の構造が一番近いのは大林宣彦監督「時をかける少女」(1983)かも知れない。深町くん(高柳良一)は未来からやって来るし、主人公・芳山和子(原田知世)は自分の幼少期にタイムスリップしたりもする。細田版アニメーション映画「時をかける少女」(2006)は実質的に大林版の後日談であり、芳山和子(魔女おばさん)の声優として細田は原田知世にオファーしたが、断られている。そして大林監督は細田のことを【映画の血を分けた息子】と呼んだ。

「未来のミライ」は現代の神話である。今度はフランスの構造人類学者レヴィ=ストロースの手法を用いて、本作を読み直してみよう。

オーケストラの総譜(スコア)を例に説明しよう。

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楽譜を(左→右)に読むと通時的流れがある。 ①行目:曽祖父の個人史、②行目:母の個人史、③行目:愛犬ゆっこの個犬史、④行目:くんちゃんの個人史、⑤行目:ミライちゃんの個人史、といった具合だ。音楽用語で言えばモノフォニー単一旋律 melody)である。そして映画に於ける《くんちゃんの冒険》は楽譜を(上↔下)に、螺旋状に行ったり来たりする。そこに家族史というharmonyが響き合う。これが共時的読解である。音楽用語で言えばポリフォニー多声音楽)となる。

「未来のミライ」は作家性(癖)が強く、奇天烈で、決して万人受けするようなウェルメイド・アニメとは言い難い。しかし僕は斬新で愛すべき作品だと想うし、断固支持したい。細田守を「モスラ」に喩えるなら、いま彼は折れた東京タワーに繭を張った幼虫の状態にあるのだ。間もなく殻を破り、成虫が羽を広げ飛翔する時が必ず来るだろう。その日を愉しみに待ちたい。

最後に。くんちゃんの声をあてた上白石萌歌が、4歳の男の子のようには全く聴こえず、10代の女の子以外の何者でもなかったことについては不問に付す。

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» 未来のミライ・・・・・評価額1700円 [ノラネコの呑んで観るシネマ]
未来のために、過去と逢う。 予告編を何度見ても、どんな話なのかサッパリ分からなかったが、なるほどコレはネタバレせずに全体をイメージさせるのは難しい。 「サマーウォーズ」以来、“家族”をモチーフとしたアニメーション映画を作り続けてきた細田守監督の最新作は、甘えん坊の4歳児くんちゃんと未来からやってきた妹のミライちゃんが、秘められた家族の歴史を巡るファンタジー。 ただし、過去の細田作品...... [続きを読む]

受信: 2018年7月26日 (木) 22時34分

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