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シリーズ【大指揮者列伝】ジョン・バルビローリ「バルビ節とは何か?」

ジョン・バルビローリ(1899-1970)はイギリスの指揮者。ロンドンに生まれた。本名ジョヴァンニ・バッティスタ・バルビロッリから推察される通り、父はイタリア人、母がフランス人である。つまり実際はイギリス人の血が一滴も流れていない

Barbirolli

実は彼が得意とするフレデリック・ディーリアスも「イギリスの作曲家」ということになっているが、両親の生まれはドイツで、オランダ系の血筋であった。父ユリウスがイングランドに移り住んだのは羊毛商人として一旗揚げるためであり、息子が作曲家になることに反対した父は彼に羊毛業を継がせようとし、それが駄目と解ると今度はオレンジのプランテーションを学ばせるためにアメリカのフロリダに送り出した。そこで生まれたのが「フロリダ組曲」である。閑話休題。

さて、サー・ジョンはチェリストとして音楽活動を始め、エルガーのチェロ協奏曲を演奏したりもした。その後指揮者に転向、30歳の若さでニューヨーク・フィルの首席指揮者に就任した。1943年イギリスに戻り、地方都市マンチェスターにあるハレ管弦楽団の音楽監督にとなった。当時は戦争中で、徴兵のために33人まで減っていた楽員の補充を女性中心に始め、手塩にかけて育成した。両者の親密な関係は彼の死まで27年間続いた。70年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を率いて来日する予定だったが、その直前に心臓発作で急逝した。

サー・ジョンの指揮の最大の特徴は3つ挙げられるだろう。

  1. 慈愛
  2. カンタービレ cantabile
  3. 没入感

1)音楽が慈しむように奏でられる。そこにサー・ジョンの無限の包容力が感じられる。

2)兎に角、よく歌う。それはサー・ジョンに流れるイタリア人と密接に結びついている。つまりカンツォーネのノリだ。彼はヴェルディ「アイーダ」「オテロ」、プッチーニ「蝶々夫人」など、イタリア・オペラを得意とした。巷で言われる「バルビ節」の正体は、ずばりこのカンタービレのことである。

3)問答無用、聴けば分る。

では代表的名盤を挙げよう。全てナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で聴くことが出来る。

  • エルガー:チェロ協奏曲
    (独奏:ジャクリーヌ・デュ・プレ、ロンドン響)
  • シベリウス:交響曲第2番(ロイヤル・フィル)
  • 「イギリス弦楽合奏作品集」エルガー:序奏とアレグロ ほか
    (シンフォニア・オブ・ロンドン)
  • ディーリアス:管弦楽曲集「夏の歌」「夏の庭で」ほか
    (ロンドン響、ハレ管)
  • マーラー:交響曲第9番(ベルリン・フィル)
  • ブラームス:交響曲第2番、ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲 第6番
    (バイエルン放送交響楽団)

エルガーの協奏曲はジャクリーヌの性格も相まって、正に「一音入魂」とはこの録音のためにある言葉だと確信させられる。没入感が凄まじい。怖いくらいだ。ーみじかくも美しく燃えー 聴く度にタジタジとする、一世一代の名演。

サー・ジョンは手兵のハレ管とシベリウスの交響曲全集を録音している。ただ残念なのはハレ管は所詮、2.5流のオーケストラであり、聴いていてどうも居心地が悪い。だから英国のレーベル・EMIはもっと格上のオーケストラ、例えばニュー・フィルハーモニア管(二流)とか、ロンドン響(一流)と組ませようと、涙ぐましい努力をした形跡がある。ブラームスの交響曲全集では天下のウィーン・フィル(超一流)を用意した。日本で言えばロンドン響=NHK交響楽団/東京交響楽団、ハレ管=関西フィル/大阪フィルと考えてもらえば理解し易いだろう。ニュー・フィルハーモニア管はさだめし、京都市交響楽団あたりかな。

今回挙げたロイヤル・フィルとのシベリウス2番は演奏の質もすこぶる良いし、何よりも米国チェスキー・レーベルによる録音が圧巻である。アナログ時代に於ける最高峰と断じても過言ではない。火の玉のように熱く燃え上がるシベリウスで、未だに同曲のベストだろう。「名曲名盤300 ベスト・ディスクはこれだ!」などを読むと、時々バルビローリ/ハレ管のシベリウスを挙げる批評家は見かけるが、このチェスキー盤に言及する人は皆無である。「貴方たちの耳は節穴か!」と言いたい。

「イギリス弦楽合奏作品集」は豊穣な響き、弦の粘りに魅了される。これはサー・ジョンが元々チェリストであったことと無関係ではあるまい。特にエルガーの序奏とアレグロは超絶的名演。涙が出る。心を鷲掴みにされる体験をどうぞ。

夏といえばディーリアス。そこに異論を差し挟む余地はない。そしてサー・ジョンのディーリアスは慈しむように育まれた音楽の果実であり、たおやかで滋味に富む。彼の優しく、情け深い人格が滲み出ているかのようだ。「夏の歌 A Song of Summer」「夏の庭で In a Summer Garden」ーもう最高。

Song

サー・ジョンはベルリン・フィルとライヴでマーラーの交響曲第1番から6番までを演奏している。1964年、第9番のセッション・レコーディングは彼の客演を体験し、感動した楽員からの熱心な要望で実現したという。カラヤン/ベルリン・フィルのマーラー初録音は1973年の第5番なので、それよりもずっと前のことになる。当時サー・ジョンはEMIと、ベルリン・フィルは独グラモフォンと専属契約を結んでいたので、グラモフォンがオケをEMIに貸し出すという形で実現した。弦の強奏が印象的。

バイエルン放送響との録音は1970年4月10日。サー・ジョンが亡くなるのが同じ年の7月29日である。これほど歌心に満ち溢れたブラームスを僕は他に知らない。時折彼の唸り声が聴こえる。因みにレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第8番はサー・ジョンに献呈され、彼が指揮するハレ管が初演した。

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