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2018年7月

石丸幹二、花總まり/ミュージカル「シークレット・ガーデン」@兵庫芸文

小学校の頃、推理小説をよく読んでいた。一番お気に入りだったのはイギリスの”ミステリーの女王”アガサ・クリスティ。特にエルキュール・ポアロものは全て読破した。

いま好きなイギリスの三大小説(シェイクスピアなど戯曲を除く)を問われたら、僕は躊躇なくブロンテ姉妹の「嵐ヶ丘」「ジェーン・エア」と、フランシス・ホジソン・バーネットの「秘密の花園」を挙げる。いずれも女性が書いたことと、ヒースが生い茂るムーア(荒野)が舞台になっている点が共通している。なおバーネットはイギリスのマンチェスターに生まれ育ったが、55歳の時にアメリカの市民権を取得しているので厳密に言えば英国人と言えないのかも知れない。しかしそんなことは些事であろう。

それにしてもイギリスはヨーロッパの中でも抜きん出て著名な女性作家が多い。児童文学を見渡しても「ハリー・ポッター」シリーズのJ・K・ローリング、「ハウルの動く城」のダイアナ・ウィン・ジョーンズ、「メアリー・ポピンズ」のパメラ・L・トラヴァース、「床下の小人たち(借りぐらしのアリエッティ)」のメアリー・ノートン、「思い出のマーニー」のジョーン・G・ロビンソンなど枚挙に暇がない。その一方、フランス・ドイツ・イタリアの女性作家って直ぐに名前が出てこないでしょう?日本も清少納言・紫式部の時代から卓越した女性作家をあまた輩出してきたわけだから事情がどこか似ている。どちらも島国だから??閑話休題。

というわけで「秘密の花園」のミュージカル版には大いに期待していた。

7月24日(火)兵庫県立芸術文化センターへ。ミュージカル「シークレット・ガーデン」を観劇。カナダのスタフォード・アリマが演出を手がけた。

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この作品は1991年4月25日にブロードウェイのセント・ジェームズ劇場(現在は「アナと雪の女王」を上演中)で開幕し、709公演を経て、93年1月に閉幕した。1年8ヶ月、そこそこのヒットである。

作曲を担当したルーシー・サイモンは、シンガーソングライターで映画「ワーキング・ガール」の主題歌"Let the River Run"によりアカデミー歌曲賞を受賞したカーリー・サイモンの姉。ルーシーはこの後、ミュージカル「ドクトル・ジバゴ」の音楽を手掛けるが、2015年にブロードウェイに進出するも、4月21日に開幕し、5月10日に閉幕。プレビュー公演が26回で本公演がたった23回という惨憺たる失敗作に終わった。

正直、このミュージカル・ヴァージョンは期待外れだった。特に台本が酷い。幽霊(死者)が登場する場面が多すぎ。こんなの「秘密の花園」じゃない!寧ろヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」に近い。ほぼ怪談だ。

少年コリン(大東リッキー)の死んだ母リリー(花總まり)が現れるのはまだ許容出来る。しかし、少女メアリー(上垣ひなた)の両親とかその使用人(全員インドでコレラに罹患し、死亡)とか要らんだろ?それに〈苦行僧〉って一体何者!?幽霊が出てくる度に「ウザっ!!」とイライラした。音楽も魅力に乏しく、記憶に残る旋律が皆無。僕が今までに観たブロードウェイ・ミュージカルの中でも最低の部類であった。オフ・ブロードウェイ「ファンタスティックス」くらいの小規模なミュージカル化の方が「秘密の花園」という作品には相応しかったのではないだろうか?

しかし出演者は超豪華で、文句のつけようがない。

兄弟を演じた石丸幹二と石井一孝は息がピッタリで、「スカーレット・ピンパーネル」パーシーとショーヴランのコンビを思い出した。

今回最前列で観劇したのだが、花ちゃん(花總まり)は僕が初めて宝塚歌劇を観た1998年の宙組「エリザベート」の頃から、ちっとも変わらない。こういう表現が適切かどうかわからないが今でも「可愛い」。20年経っても年を取らないって驚異的だ。

マーサ(メイド)役の昆ちゃん(昆夏美)も相変わらず歌が絶品。さすがディズニー映画(実写版)「美女と野獣」日本語吹替版に抜擢されただけのことはある。

あと特筆すべきは子役の上垣ひなた、14歳。「ライオンキング」大阪公演でヤングナラを演じていたらしい。演技も歌も◎だった。今後の活躍を期待する。

というわけで作品の質はサイテー、パフォーマンスは極上という、けったいな公演だった。

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【考察】今夏最大の問題作「未来のミライ」(細田守監督)の構造分析と時間イメージ

評価:A

Mirai

公式サイトはこちら

細田守監督の最新作「未来のミライ」はアヌシー国際アニメーション映画祭コンペティション長編部門に出品され、結局無冠に終わった。7月20日に日本で公開されたが、巷での評判はすこぶる悪い。「何が言いたいのか、意味が分からない」「タイムスリップがご都合主義だ」等の否定的意見多数。SNSでの不評を受けて公開第1週の全国週末興行成績ランキングは「ジュラシック・ワールド 炎の王国」(2週目)に次ぐ第2位からの発進となった。最終興収58.5億円を記録した細田の前作「バケモノの子」の興収比60.0%という低調な成績である。

僕は小学校1年生の息子と観に行ったが、彼の感想は「面白かった」。

な映画である。言い換えるなら極めてユニークだ。あんまり類似した作品を想い出せない。これは「バケモノの子」=(「ベスト・キッド」+「千と千尋の神隠し」)÷2だったのに対して対照的だ。宮崎駿のアニメーションのスケールの大きさと比べると、細田守のそれは非常に小さい。製作のきっかけとなったのは細田自身に男の子と女の子の子供が生まれたことである。主題歌の打ち合わせの時に山下達郎から「すごい、また今回も私小説的ですね」と言われたそうだ。

細田は正真正銘ケモナーである。「サマーウォーズ」にはウサギ型アバター・キングカズマが登場し、「おおかみこども」は狼と人間が結婚し子作りをする。「バケモノ」の熊徹も毛がふさふさ。僕は細田の海外での評価が極めて低いのは、ケモナーであることが一因なのではないかと考えている。そして「未来のミライ」にも監督のフェティシズムが迸っている。くんちゃんが犬の尻尾を自分のお尻にくっ付けて、メタモルフォーゼ(変身)する場面があるのだ。やれやれ……。

あと「バケモノの子」で師匠・宮崎駿(=熊徹)に対し、主人公・九太の口を借りて「俺のやることを、そこで黙って見てろ!」と言い放った細田だが、本作でくんちゃんのひいおじいちゃん(曽祖父)は戦闘機のエンジンを作っているという設定であり、それってまんま駿のオヤジの話じゃん!!(宮崎の父は零戦のコックピットを作っていた)。もう大爆笑である。駿に憧れる余りに、遂に自分の記憶の改竄自己同一化)に乗り出したのだ。いやはや、恐れ入りました。

「すごい、また今回も私小説的ですね」
「すごい、また今回も私小説的ですね」

さて、本作の構造をフランスの哲学者アンリ・ベルクソンが著書「物質と記憶」(1896年初版)で論じた逆さ円柱モデルを応用し、説明してみよう。

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図上部の逆さ円錐がベルクソンが提示したモデル。下部の円錐がそれを反転したもの(鏡像)である。逆さ円錐の全体SABが主人公くんちゃんの記憶に蓄えられたイマージュの総て(=結晶)。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。つまり、くんちゃんの「今」の知覚である。Pという平面は現在彼がいる世界・宇宙そのもの。くんちゃんは円錐の中を自由に、生成され続ける過去(A'B'やA''B'')へと螺旋状に飛翔し、またSに戻ってくる。ここまでの構造時間イメージはフェデリコ・フェリーニ監督「8 1/2」やアラン・レネ「去年マリエンバートで」、イングマール・ベルイマン「野いちご」、大林宣彦「はるか、ノスタルジィ」などの前例がある。しかし「未来のミライ」がユニークなのは下部の円錐。それは未来に広がっている。中学生(15歳くらい)になった妹ミライちゃんは∀,B,あたりからやって来る。

「未来のミライ」はくんちゃんの内面意識個人的無意識自己 self)を描いていると解釈出来るだろう。その深層は過去から未来までの家族史(家族的・集合的無意識ー犬を含む)に接続している。

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しかし、4歳児のくんちゃんが中学生となった妹ミライちゃんを知っている筈がなく、ひいおじいちゃん(曽祖父)の個人史も知らないという矛盾が生じる。ここで多くの観客が困惑してしまうわけだ。しかし15年後のくんちゃんの内面だとしたらどうだろう?曽祖父の生い立ちについても両親から聞いて知っていてもおかしくない。こう仮定すれば全ての整合性がとれるのである。

つまり物語を通時的(時間の流れに沿って)考えるのではなく、共時的に捉える必要がある。過去も未来も今ここ(self)にあるのだ。

フェリーニは次のように語っている。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」

これを未来にまで延長したのが本作なのだ。

逆さ円錐(上部)と円錐(下部)の中心を貫いているのが、くんちゃんちの庭に植えられた一本の生命の樹 Tree of Lifeである。それは宮崎駿「となりのトトロ」に繋がっており、トトロ同様、「未来のミライ」でも《迷子》というモティーフが繰り返される。

実は「未来のミライ」の構造が一番近いのは大林宣彦監督「時をかける少女」(1983)かも知れない。深町くん(高柳良一)は未来からやって来るし、主人公・芳山和子(原田知世)は自分の幼少期にタイムスリップしたりもする。細田版アニメーション映画「時をかける少女」(2006)は実質的に大林版の後日談であり、芳山和子(魔女おばさん)の声優として細田は原田知世にオファーしたが、断られている。そして大林監督は細田のことを【映画の血を分けた息子】と呼んだ。

「未来のミライ」は現代の神話である。今度はフランスの構造人類学者レヴィ=ストロースの手法を用いて、本作を読み直してみよう。

オーケストラの総譜(スコア)を例に説明しよう。

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楽譜を(左→右)に読むと通時的流れがある。 ①行目:曽祖父の個人史、②行目:母の個人史、③行目:愛犬ゆっこの個犬史、④行目:くんちゃんの個人史、⑤行目:ミライちゃんの個人史、といった具合だ。音楽用語で言えばモノフォニー単一旋律 melody)である。そして映画に於ける《くんちゃんの冒険》は楽譜を(上↔下)に、螺旋状に行ったり来たりする。そこに家族史というharmonyが響き合う。これが共時的読解である。音楽用語で言えばポリフォニー多声音楽)となる。

「未来のミライ」は作家性(癖)が強く、奇天烈で、決して万人受けするようなウェルメイド・アニメとは言い難い。しかし僕は斬新で愛すべき作品だと想うし、断固支持したい。細田守を「モスラ」に喩えるなら、いま彼は折れた東京タワーに繭を張った幼虫の状態にあるのだ。間もなく殻を破り、成虫が羽を広げ飛翔する時が必ず来るだろう。その日を愉しみに待ちたい。

最後に。くんちゃんの声をあてた上白石萌歌が、4歳の男の子のようには全く聴こえず、10代の女の子以外の何者でもなかったことについては不問に付す。

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續・君たちはどう生きるか?

息子へ。そして未来を生きる若い人へ。

記事「君たちはどう生きるか?」をupした後、どうしても書き足らないという思いに駆られ、追記することにした。もうしばらくお付き合い願いたい。人生の先輩からの、ささやかな言葉の贈り物として受け取ってもらえたら嬉しい。

⑪想像力を働かせよ!

道を歩いていて、ゴミのポイ捨てを見ると、悲しくなる。そういう行為を平気で出来る人間に何が欠けているかといえば「想像力」だろう。つまり自分が捨てたゴミを他者が見てどういう気持になるのか、誰がそれを拾ってゴミ箱に捨てるのか、そこまで考えなさい。言い換えるなら物事を主観的に捉えるだけではなく、他者の目で自分を見ることが出来るかどうか=客観性が問われている。それが公共心道徳だ。気配りとも言う。未来を見据える力を養い、想像力を働かせるためには高度な知性を要する。

⑫よく生きるとは「問いを立てる」こと。

ニーチェとかドゥルーズら哲学者の書いた本をいくつか読んで学んだことは、「問いを立てる」ことの大切さである。

誰にでも当てはまる根本的な問いは「自分とは何者なのか?」ということだろう。分かっているようで実は誰も知らない。一生懸命考えても、答えは日々変化してゆく。それが面白い。また僕がしばしば問うのは「日本人とは一体何者なのか?」や、「どうして自分はこんなに次から次へと映画を観続けるのか?(もうすぐ三千本に達する)」「どうして人は、物語を必要とするのか?」等である。これらについて既にいくつか考察を書いた。

書かれたことは既に抜け殻である。いま同じお題を与えられたら、内容はまた違ったものになるだろう。思考は絶え間なく変貌を遂げる(生成変化)。

⑬「白か黒か」「Yes.かNo.か」ではなく、その中間を狙え。

よく「日本人は曖昧で、Yes.かNo.かはっきりしない」と外国人から非難される。確かに国際社会において態度を明確に示さないのは相手の理解を得られないし、損だ。ただ余り両極端に偏るよりも、その間を進むことが大切な場合もある。例えばある二国間関係を考えた場合、「敵か味方か」の二項対立でぶった切ることは極めて危険。敵→戦争だ!と短絡的思考に繋がるかも知れない。現在、アメリカと日本は同盟関係にあるが、だからといってアメリカの主張の言いなりになるわけにもいかない。良いことを良いとして賛成し、悪いことは悪いとして反対する、是々非々の対応が望まれる。

コンピュータの計算処理は2進法、「0か1か」だ。つまりデジタルは二項対立の世界である。よって「デジタルではなく、アナログ人間になれ!」全か無かではなく、グラデーション(段階的変化)で思考する能力を身に着けなさい。

例えば人間を「男らしい」と「女らしい」の二分法で切断するのではなく、その境界域にいるゲイなどLGBTの人々、つまり価値観の多様性を認めることが肝心だ。

朝日新聞や東京新聞など、日本の左翼ジャーナリズムは安易に「ネトウヨ」という言葉を使いたがる。

世の中を単純に右と左に分けたほうが分かり易い。だから彼奴らはそういう図式に持ち込みたい。しかし実際は、真の右翼と真の左翼は極めて少数派であり、大半の人々は中道である。そのことは忘れられがちだ。そもそも現在、日本の有権者の50%強は「無党派層」である。選挙ごとに投票先を変えている。二項対立で思考する時代はとっくの昔に終わったと言えるだろう。

⑭高貴な人間になれ!

この項目はニーチェ著「ツァラトゥストラはかく語りき」に深く関連している。

人は自分より不幸な人間に慰めを見出すというしたたかな劣弱さを持ち、自分の良く知る身近な人間が、自分よりも多少の幸福を得た時、なんとも許しがたい感情に囚われる。すなわち嫉妬である。そして自分の欲望を満たそうと復讐心に燃える。ニーチェはこれをルサンチマン(怨恨)と呼んだ。弱者、被支配者が「自分たちこそ善き者、正義だ」と強者、支配者に対して開き直る価値の転倒。朝鮮文化における「恨(ハン)」も同根である。慰安婦問題日韓合意に基づき日本政府が10億円を拠出したにも関わらず、韓国政府が合意を踏みにじり慰安婦問題を相変わらず言い立ててくる根底にはこのルサンチマン/恨(ハン)がある。そこには嘗ての【ユダヤ人(キリスト教)↔ローマ帝国】の対立構造が二重写しになる。韓国人は「神に選ばれた善なる民」ユダヤ人の受難に自分自身の境遇を、また自らの民族の境遇を重ねて見ており、韓国人にクリスチャンが多い理由の一つがそこにある(2005年韓国統計庁の発表に拠ると総人口のうち、プロテスタントとカトリック信者を合わせると29.2%。対して日本は1%程度である)。古くから中国にある「華夷思想(かいしそう)」は、中央の文明なる「」に対する周辺の野蛮なる「」という世界観であり、韓国は、我々はに属しているけれど、日本はではないかと考えている(参考文献:西尾幹二、呉善花「日韓 悲劇の深層」祥伝社新書/西尾幹二「ニーチェとの対話」講談社現代新書)。なお、恨(ハン)」について詳しく知りたければ、1993年の韓国映画「風の丘を越えて/西便制」を御覧あれ。

ここで卑近な例を挙げよう。あおり運転」でバイクと車が衝突し、バイクを運転していた人が死亡するという事件がしばしば報道される。その主な原因は追い越しである。後ろから走って来たバイクに抜かれた。頭にきたので猛スピードを出して急接近し、パッシングしたり煽ったために事故を引き起こした。多分犯人もあとから振り返って「どうしてあんなバカなことをしたのだろう?」と途方に暮れていることだろう。発端は些細なことだ。冷静に考えれば人の命を奪うほどの案件ではない。頭に血が上り、常軌を逸していたとしか考えられない。

 行動とは ーたとえいかように些細な行動であろうともー およそ事前には予想もしなかった一線を飛び越えることに外ならない。事前に済ませていた反省や思索は、いったん行動に踏み切ったときには役に立たなくなる。というより、人は反省したり思索したりする暇もないほど、あっという間に行動に見舞われるものなのだ。(西尾幹二「人生について」新潮社)

あおり運転をした被疑者の心理を分析するなら、自分が徒競走(かけっこ)をしているような錯覚に囚われたのであろう。カーレースと言い換えても良い。後ろから来た者=自分より劣った者に抜かされた。敗北した、馬鹿にされたような気がする。許しがたいという嫉妬が芽生え、復讐心がメラメラと燃える。そして行為に及んだというわけだ。ルサンチマン/恨(ハン)と同じ構造である。車という密室のために相手とコミュニケーションを取る事が出来ない状況も事態を悪化させたと言える。会話を交わせば「馬鹿にされた」というのが単なる誤解、妄想であったと気付けたかも知れないのだが……。

運転中にクラクションを鳴らされることによる怒りと、それによるトラブルも同様の心理メカニズムである。公衆の面前で叱られ、恥をかかされた。自尊心を傷つけられた。上から目線に対する復讐

ではどうすればこうした衝突を回避出来るだろう?それは「高貴な人間」になることである。ニーチェの言葉を借りるなら、

孤独のなかへ、友よ、逃げろ。(中略)ハエたたきになるのは君の運命じゃない。

となる。くだらぬ相手と諍いを起こすくらいなら、一歩退き、自分を大切にしなさい。黙って通り過ぎるに越したことはない。

被害者側(追い越した方)で考えるなら、相手のちっぽけな虚栄心を傷つけないよう、恨まれないよう細心の注意をはらうべきだということに尽きるだろう。

高貴な人間」は羞恥心を持っている。行動を起こす前に、ちょっと待ってみようか?一呼吸おいて、今まさに為そうとすることが恥ずかしい行為ではないかよく考えよう。そして、

高貴な人間は、他人に恥ずかしい思いをさせないようにする。(ニーチェ「ツァラトゥストラはかく語りき」)

羞恥心は非常に高度で、奥深い感情である。生まれたばかりの赤ん坊はまず最初に泣く。暫くして笑い怒るようになる(早い子の場合、生後1ヶ月半頃からと言われている)。一般に、喜怒哀楽は生後4ヶ月頃にはっきりしてくる。これらは原始的な感情だ。しかし子供が恥ずかしさを感じ始めるのは2〜3歳ごろからと考えられている。Lewisらによる次のような研究がある(1989)。平均生後22ヶ月の子供の鼻にこっそりと口紅を塗る。そして子供たちに鏡を見せ、鼻についた口紅を拭き取ろうとするかどうかを観察するのである。

USJなどテーマパークや、ホテルのロビーにたむろしているアジアから来た外国人旅行者の団体客が大声で騒いだり、傍若無人に通路を塞いだりして閉口することがある。また近隣諸国を旅すると、バスや電車に乗るときに列に並ばなかったり、駅構内や電車内で排泄行為をするといった信じられない光景を目にすることもある(こちらの記事)。彼らに決定的に欠けているものは何か?それは公共心(他人の目で自分を見る能力)及び羞恥心である。「人の振り見て我が振り直せ」という故事があるが、彼らを反面教師として、そういう人間に成り下がらないよう心がけたいものだ。

⑮「考える」ことを人任せにするな。

2018年7月8日(日)に放送されたNHKスペシャル「オウム 獄中の告白 〜死刑囚たちが明かした真相〜」を観た。その中で坂本弁護士一家殺害について、元オウム真理教幹部・早川紀代秀(7月6日死刑執行)の次のような手記が紹介された。

私の誤りは、グル(麻原彰晃)は間違うことがないと信じていたことです。悪行をなす前に殺害するという慈悲殺人の理論は、その手段が誤りであったことは明らかです。

これを読み僕が強く感じたのは、「あゝこの人は、自分で考えることを放棄して、他者に思考の全てを委ねてしまったんだな」ということ。つまり思考停止に陥っていた。これが洗脳(mind control)の正体であり、新興宗教の信者にありがちなことである。

若松孝二監督による映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」などを観ると、オウム真理教による一連のテロ事件と、連合赤軍の若者たちによる「あさま山荘事件」の類似点の多さに驚かされる。首謀者に一流大学出身者が多いことも共通している。

結局、マルクス主義も一種の宗教なのだ。【ブルジョアジー(資本家、支配階級)=悪で、プロレタリアート(労働者階級)=善】という幻想。オウムの場合は【坂本弁護士や霞が関(日本政府)=悪で、信者=善】という妄想。その原理は抑圧された人々の、恵まれた人々に対する嫉妬・怨嗟ルサンチマンである。そしてマルクスの「資本論」がバイブルという構造。マルクス主義者にとってはマルクスの言葉が絶対であり、そこに疑義を挟む余地はない。

マルクスとエンゲルスは「共産党宣言」に中で次のように書いた。

共産主義者は、自分たちの目的が、これまでのいっさいの社会秩序の暴力的転覆によってしか達成されえないことを、公然と宣言する。

こうしてブルジョアジーに対する殺人は正当化された。下剋上という階級闘争により実権を握ったソビエト共産党は絶対悪=ロシア皇帝ニコライ2世一家を皆殺しにした。彼らにとっては「善行を施した(慈悲殺人)」と言ってもいい。フランス革命の再現である。そして革命の成果といえば、権力を握り、贅沢三昧をする人間が交代しただけであった。

普通選挙でナチ党を第一党に選び、アドルフ・ヒトラーを首相にした当時のドイツ国民の心情もこれによく似ている。第一次世界大戦に敗北し、ドイツは膨大な賠償金を背負わされた。インフレは天文学的数字に膨れ上がり、物価水準は25,000倍を超えた。10兆マルク紙幣という代物まで発行されたという。「どうして自分たちだけ、こんな苦しい生活を強いられなければならないのか?何も悪いことをしていないのに。不公平だ」「それに引き換えユダヤ人は新聞などマス・メディアや、(ロスチャイルド家など)銀行を牛耳り、自分たちだけ美味しい思いを独占している。絶対に許せない!」こうして嫉妬・恨み=ルサンチマンを募らせ、ヒトラーの言葉に盲目的に付き従うことになる。

故にこの第⑮項は【⑦正義とか悪、不変の真理を説くものを信じるな。徹底的に疑え!】に接続している。

ツイッターをしていると、有名人の発言をリツィートばかりして悦に入っている人を時に見かける。自分は空っぽなのに、他人の言葉で「ひとかどの人物」になったような勘違いをしている輩、虎の威を借る狐だ。どうして自身で思惟し、言葉を紡ぐ努力をしないのだろう?

また以前、某社会人吹奏楽団の掲示板に拙ブログへのリンクが貼られ、「この人は僕が言いたかったことを全て代弁してくれている」と書かれていて無性に腹が立った。「自分が言いたいこと」を言語化する能力・技量すらないくせに、人の褌(ふんどし)で相撲を取るな!こうした依存心はその辺にうっちゃって、君たちは自分自身の足でしっかりと大地を踏みしめ、自立した人間になりなさい。

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シリーズ【大指揮者列伝】ジョン・バルビローリ「バルビ節とは何か?」

ジョン・バルビローリ(1899-1970)はイギリスの指揮者。ロンドンに生まれた。本名ジョヴァンニ・バッティスタ・バルビロッリから推察される通り、父はイタリア人、母がフランス人である。つまり実際はイギリス人の血が一滴も流れていない

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実は彼が得意とするフレデリック・ディーリアスも「イギリスの作曲家」ということになっているが、両親の生まれはドイツで、オランダ系の血筋であった。父ユリウスがイングランドに移り住んだのは羊毛商人として一旗揚げるためであり、息子が作曲家になることに反対した父は彼に羊毛業を継がせようとし、それが駄目と解ると今度はオレンジのプランテーションを学ばせるためにアメリカのフロリダに送り出した。そこで生まれたのが「フロリダ組曲」である。閑話休題。

さて、サー・ジョンはチェリストとして音楽活動を始め、エルガーのチェロ協奏曲を演奏したりもした。その後指揮者に転向、30歳の若さでニューヨーク・フィルの首席指揮者に就任した。1943年イギリスに戻り、地方都市マンチェスターにあるハレ管弦楽団の音楽監督にとなった。当時は戦争中で、徴兵のために33人まで減っていた楽員の補充を女性中心に始め、手塩にかけて育成した。両者の親密な関係は彼の死まで27年間続いた。70年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を率いて来日する予定だったが、その直前に心臓発作で急逝した。

サー・ジョンの指揮の最大の特徴は3つ挙げられるだろう。

  1. 慈愛
  2. カンタービレ cantabile
  3. 没入感

1)音楽が慈しむように奏でられる。そこにサー・ジョンの無限の包容力が感じられる。

2)兎に角、よく歌う。それはサー・ジョンに流れるイタリア人と密接に結びついている。つまりカンツォーネのノリだ。彼はヴェルディ「アイーダ」「オテロ」、プッチーニ「蝶々夫人」など、イタリア・オペラを得意とした。巷で言われる「バルビ節」の正体は、ずばりこのカンタービレのことである。

3)問答無用、聴けば分る。

では代表的名盤を挙げよう。全てナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で聴くことが出来る。

  • エルガー:チェロ協奏曲
    (独奏:ジャクリーヌ・デュ・プレ、ロンドン響)
  • シベリウス:交響曲第2番(ロイヤル・フィル)
  • 「イギリス弦楽合奏作品集」エルガー:序奏とアレグロ ほか
    (シンフォニア・オブ・ロンドン)
  • ディーリアス:管弦楽曲集「夏の歌」「夏の庭で」ほか
    (ロンドン響、ハレ管)
  • マーラー:交響曲第9番(ベルリン・フィル)
  • ブラームス:交響曲第2番、ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲 第6番
    (バイエルン放送交響楽団)

エルガーの協奏曲はジャクリーヌの性格も相まって、正に「一音入魂」とはこの録音のためにある言葉だと確信させられる。没入感が凄まじい。怖いくらいだ。ーみじかくも美しく燃えー 聴く度にタジタジとする、一世一代の名演。

サー・ジョンは手兵のハレ管とシベリウスの交響曲全集を録音している。ただ残念なのはハレ管は所詮、2.5流のオーケストラであり、聴いていてどうも居心地が悪い。だから英国のレーベル・EMIはもっと格上のオーケストラ、例えばニュー・フィルハーモニア管(二流)とか、ロンドン響(一流)と組ませようと、涙ぐましい努力をした形跡がある。ブラームスの交響曲全集では天下のウィーン・フィル(超一流)を用意した。日本で言えばロンドン響=NHK交響楽団/東京交響楽団、ハレ管=関西フィル/大阪フィルと考えてもらえば理解し易いだろう。ニュー・フィルハーモニア管はさだめし、京都市交響楽団あたりかな。

今回挙げたロイヤル・フィルとのシベリウス2番は演奏の質もすこぶる良いし、何よりも米国チェスキー・レーベルによる録音が圧巻である。アナログ時代に於ける最高峰と断じても過言ではない。火の玉のように熱く燃え上がるシベリウスで、未だに同曲のベストだろう。「名曲名盤300 ベスト・ディスクはこれだ!」などを読むと、時々バルビローリ/ハレ管のシベリウスを挙げる批評家は見かけるが、このチェスキー盤に言及する人は皆無である。「貴方たちの耳は節穴か!」と言いたい。

「イギリス弦楽合奏作品集」は豊穣な響き、弦の粘りに魅了される。これはサー・ジョンが元々チェリストであったことと無関係ではあるまい。特にエルガーの序奏とアレグロは超絶的名演。涙が出る。心を鷲掴みにされる体験をどうぞ。

夏といえばディーリアス。そこに異論を差し挟む余地はない。そしてサー・ジョンのディーリアスは慈しむように育まれた音楽の果実であり、たおやかで滋味に富む。彼の優しく、情け深い人格が滲み出ているかのようだ。「夏の歌 A Song of Summer」「夏の庭で In a Summer Garden」ーもう最高。

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サー・ジョンはベルリン・フィルとライヴでマーラーの交響曲第1番から6番までを演奏している。1964年、第9番のセッション・レコーディングは彼の客演を体験し、感動した楽員からの熱心な要望で実現したという。カラヤン/ベルリン・フィルのマーラー初録音は1973年の第5番なので、それよりもずっと前のことになる。当時サー・ジョンはEMIと、ベルリン・フィルは独グラモフォンと専属契約を結んでいたので、グラモフォンがオケをEMIに貸し出すという形で実現した。弦の強奏が印象的。

バイエルン放送響との録音は1970年4月10日。サー・ジョンが亡くなるのが同じ年の7月29日である。これほど歌心に満ち溢れたブラームスを僕は他に知らない。時折彼の唸り声が聴こえる。因みにレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第8番はサー・ジョンに献呈され、彼が指揮するハレ管が初演した。

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菊池洋子が弾くモーツァルト@兵庫芸文

6月30日(土)兵庫芸術文化センターへ。

Kiku

菊池洋子のピアノで、オール・モーツァルト・プログラム。

  • ピアノ・ソナタ 第13番 変ロ長調 K.333
  • ロンド ニ長調 K.485
  • 幻想曲 ニ短調 K.397
  • ピアノ・ソナタ 第18(17)番  ニ長調 K.576
  • ピアノ・ソナタ 第9(8)番  イ短調 K.310
  • ピアノ・ソナタ 第11番「トルコ行進曲つき」
  • リスト編曲:アヴェ・ヴェルム・コルプス(アンコール)

菊池はモーツァルト国際コンクールで日本人として初めて優勝。フォルテピアノの弾き手でもあるが、今回はモダン・ピアノを使用。

演奏は軽やかでキレがある。低音がしっかりと鳴り、きれいな音のピラミッドを形作る。達者で活きが良い。

ウクライナ(帝政ロシア)生まれの名ピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツは嘗て「東洋人と女にはピアノは弾けない」と言い放った。1965年にマルタ・アルゲリッチがショパン国際ピアノコンクールで優勝して以降、そんな妄言を吐く人間はいなくなったが、少なくとも彼女の登場以前、世間でそう思われていたことは紛れもない事実である。アルゲリッチ以前のイングリット・ヘブラーとかクララ・ハスキルとかは、単に「モーツァルトが得意なピアニスト」としてしか認知されていなかった。それは言い換えるなら「彼女たちが弾くモーツァルト以外のレパートリーは聴く価値がない」と見做されていたことを意味する。

僕が小学校4年生ぐらいの時に初めてモーツァルトのソナタを聴いたのも、ヘブラーが録音したLPレコードだった。「トルコ行進曲つき」を聴くと、否応なく幼少期の想い出が懐かしく蘇ってくる。それは母の懐に抱かれているような、ゆりかごでうたた寝をしているような感覚だ。

ニ長調のソナタK.576はスキップし、イ短調のソナタK.310は激しい感情が溢れ、決然と進行する。第3楽章は小林秀雄の論評「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」がぴったりきた。「トルコ行進曲」は敏捷で、瞬発力があった。

菊池の解釈は、ヘブラーと比べると断然モダンでスタイリッシュ。次回は彼女のフォルテピアノも聴いてみたい。

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古川雄大・生田絵梨花主演 ミュージカル「モーツァルト!」とドッペルゲンガー

 7月7日(土)梅田芸術劇場へ。

ウィーン発のミュージカル「モーツァルト!」を観劇。

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出演はヴォルフガング:古川雄大、コンスタンツェ:生田絵梨花(乃木坂46)、ヴァルトシュテッテン男爵夫人:香寿たつき、コンスタンツェ(モーツァルトの姉):和音美桜、コロレド大司教:山口祐一郎、レオポルト(モーツァルトの父):市村正親 ほか。

僕は2002年の日本初演@シアター・ドラマシティから観ている。その時は中川晃教・井上芳雄のダブル・キャストで、アッキー(中川)の歌唱が圧巻だった。

演出家は小池修一郎のままなのだが、今回の目玉は新演出である。美術装置が一新された。

舞台上には巨大なグランドピアノが置かれ、それが回転する。鍵盤の裏側に階段が設置され、ピアノの大屋根が場面によって開閉し、垂直起立時にはそこにプロジェクションマッピングで背景画が映し出されたりもする。旧版より断然良い。

僕が最初にこのミュージカルを観た時にはモーツァルトという一つの人格をヴォルフガングと、子役が演じるアマデに分けることに対する違和感がどうしても拭い去れなかった。アマデが一言も発しないことも釈然としなかった。しかし次第に慣れてきて、今ではアマデという存在はドッペルゲンガー(二重身)なのだと解釈している。特に映画「仮面/ペルソナ」を観たことが大きかった。

ミヒャエル・クンツェ(台本)は間違いなくこの映画の影響を受けている。また、他にドッペルゲンガーを扱った映画としてブラッド・ピット主演「ファイト・クラブ」と、ジェイク・ギレンホール主演「複製された男」を挙げておく。

これをユング心理学で言い換えるならヴォルフガングは意識の中の「自我 ego仮面)」で、アマデは無意識に潜む「影 shadow元型)」といったところだろう。だから「影を逃れて」というナンバーがあるわけだ。そしてアマデが大切にしている小箱は「魂」のようなものではないだろうか。

古川雄大(ふるかわゆうた)は2.5次元ミュージカル「テニスの王子様」出身の長身イケメン。本作で初めて帝国劇場の舞台を踏んだ。歌もそこそこ良いが、山崎育三郎には一歩及ばず。僕が好きなヴォルフガングは順に①アッキー②育三郎③雄大④芳雄かな。

生田絵梨花は乃木坂46のフロント・メンバーで(センター経験もあり)、当然可愛いし歌も絶対音程を外さないので安心して聴けるのだが、演技については……まだまだ伸びしろありという感じかな。トリプルキャストのうち木下晴香のコンスタンツェを観ていないので、次回は必ず彼女でチケットを確保するつもりだ。

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柳家喬太郎・柳亭市馬 「江戸落語 喜楽館寄席」

7月17日神戸新開地・喜楽館へ。

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東京・落語協会の面々が集った(故・桂歌丸や春風亭昇太らは落語芸術協会所属)。

  • 柳亭市坊:子ほめ
  • 柳家さん若:権助魚
  • 柳家喬太郎:孫、帰る(山崎雛子 作)
  • 柳家小菊:粋曲
  • 柳亭市馬:船徳

喬太郎の「孫、帰る」はお盆の噺だし、「船徳」といい、夏らしい噺を味わった。

柳家小菊は都々逸、寄席のうたを披露。江戸の「粋」を堪能した。痺れるね!

開口一番、「日大の内田です」と会場を沸かせた喬太郎(日本大学商学部経営学科卒)は「近くに高級なお風呂屋さんがある」新開地という場所のいかがわしさで客をいじり、東京の寄席も鈴本演芸場@上野のすぐ脇に「日本一ポン引きが多い通り」があることや、池袋演芸場の「い」は「いかがわしい」の「い」、「け」は「汚らわしい」の「け」。そういう「袋」なんですと。

山崎雛子は喬太郎が以前、池袋のカルチャーセンターで創作落語の講師を務めていたときの生徒らしい。噺の中で喫煙する場面があり、「従業員雇う飲食店は原則禁止」とする受動喫煙防止条例を提案した小池都知事に対するボヤキも。

 ー以下ネタバレあり、要注意!ー




「孫、帰る」の前半は爆笑の連続だったが、孫が実は交通事故で亡くなっていて幽霊だと分る後半は客席がしんと静まり返り、そのコントラストが鮮やかだった。どこか上方の「たちぎれ線香」に通じるものがある、傑作怪異譚である。

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桂文珍・あやめ「ベッコの会」@神戸新開地・喜楽館

7月13日(金)神戸・新開地にできたてホヤホヤの寄席小屋「喜楽館」へ足を運んだ。7月11日にオープンしたばかりである。

1階席は座席の前列・後列の間が広く、座り心地がとても良い。この点では天満天神繁昌亭を凌駕している。ただし2階席は幅が狭く、座ると膝が前列に当たるので、繁昌亭と同程度。よって断然1階席がお勧め。

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  • あやめ・智之介・三ノ助:神戸トーク(鼎談)
  • 笑福亭智之介:たぬさい
  • 桂三ノ助:皿屋敷
  • 姉様キングス(あやめ・染雀):音曲漫才
  • 桂文珍:旅立ち(文珍 作)

桂あやめ、笑福亭智之介、桂三ノ助は全て神戸市出身の落語家。桂文珍は神戸市灘区在住。つまり「ベッコ」とは神戸っ子のことらしい。

鼎談では地元のパン屋さんドンク -DONQ- を智之介が知らないことで盛り上がる。また神戸でメロンパンといえばラグビーボール型で中に白あんが入っており、あやめが大阪に行ったときに全く通じなかったというエピソードを披露。

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現在はコープこうべが「神戸ハイカラメロンパン」と命名し、ご当地フードとして定着させようと頑張っているという。因みに全国的に親しまれている円形のメロンパンは神戸でサンライズと呼ばれている。

また若い頃、あやめが神戸出身を打ち明けると「お嬢さんなんやね」と良く言われたが、そんなことは全く無い。神戸沿線は阪急線(山側)・JR線・阪神線(海側)で(社会階層が)線引されており、阪急沿線(高台)に住む人々は宝塚歌劇を観劇する層で、近所に「いかりスーパー」があって、その駐車場にはベンツとかBMWばかり停められており、「つっかけじゃ、いけへん」と。

「狸賽(たぬさい)」本来のサゲはサイコロの五の目を表現するために「狸が冠かぶって、杓(しゃく)持って、天神さんのかっこで立っとりました」なのだが、「神戸の人に天神さんの格好ってイメージ出来るんかいな?」と思って聴いていたら、智之介はサゲを変えてきた。これには納得。

「姉様キングス」としてあやめとコンビを組む林家染雀は大阪府八尾市出身。染雀は三味線、あやめはバラライカを持ち、どちらも三弦の撥弦楽器。あやめによると「父親が共産党」(←これ、「恋人はサンタクロース」の替え歌で姉様キングスのネタにもなっている)で、幼い頃ハレの日に洋食を食べるとなると必ず神戸にある老舗のロシア料理店「バラライカ」に行っていたと。店内に楽器が飾ってあって、それを弾いてみたいと思ったのが切掛だとか。

そして「のんき節」改め「喜楽節」、「ストトン節」、「あほだら経」などを披露。

桂文珍の創作落語「旅立ち」はセレモニーホールを舞台にした噺。桂歌丸の告別式に参列したエピソードを皮切りに、弟子・珍念の弟の葬儀で棺桶を担いだ逸話を面白可笑しく語り(どこまで本当か分からない)、麻原彰晃や金正恩など時事ネタを盛り込み、さすがの上手さだった。

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【いつか見た大林映画】第8回「いのちのセミナー」〜大林宣彦、大いに語る。

5月20日(日)、大阪市京橋にある松下IMPホールへ。大林宣彦監督の講演を聴く。

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講演のタイトルは、
「あなたのいのちと私のいのちを考える
   〜あなたと私は人であるから〜 」

【以下、メモより書き起こし】

いま僕は癌という同居人がいます。よく彼と話をします。「おい、がんよ。お前さんは宿子(やどこ)で俺が宿主(やどぬし)だ。もし俺を殺したらお前さん住む場所がなくなっちゃうぞ。だから仲良くしようや」そう言っているうちに気が付いちゃったのね。そうか、地球=宿主、人間=宿子なんだとね。僕たちはオゾン層破壊とか温暖化とかで地球を虐めている。人間も癌だ。欲望の度が過ぎている。もっと我慢しなくちゃいけない。人間は理不尽な生き物でね、もっと他の生物に対して優しい気持ちを持ったほうが良い。

昔の日本人は下駄を履いていました。下駄っていうのは靴と違って踏みつけたアリを8割殺さないのね。「急がば回れ」という言葉があるでしょう?「回れ」というのはその間に「考えなさい」ということ。そうすれば「正気」になれる。

映画「花筐」が唐津でクランクインする前日、2016年8月24日に「肺がん ステージ4 余命3ヶ月」と宣告されました。それから1年半経ちましたが、薬が効いて(注釈:分子標的薬「イレッサ®〘ゲフィチニブ〙」)いまこうして生きています。今年で80歳になりました。あと30年、映画を撮ります。

僕が子供の頃は「人生50年」と言われていました。だから25歳になった時考えたのね。あと残り半分、どう生きようか?

僕は医者の家に生まれました。医院には看護師さんらが50人位働いていた。戦争中でしたけれど女たちは僕の頭を撫でながら口々に「君死にたまふことなかれ」と与謝野晶子の詩を諳んずるんです。そこに彼女たちの想いが込められていた。おおっぴらに「戦争反対」を公言できる時代ではありませんでした(注釈:敗戦時、大林監督は7歳だった)。子供の頃、僕は「戦争に負けたら殺される」と死ぬ覚悟をしていました。

皆さんに言いたいのは「子供を舐めちゃいかんぞ」ということ。子供とは「未来を生きる大人」なんです。僕は「敗戦少年世代」です。僕たちは「戦後派」になれなかった。大人=写し絵。大人は信じられない、裏切られたという想いを抱えて生きて来た。戦後しばらく経って判ったのですが、従軍した日本兵の9割は餓死や特攻などで日本人に殺された。やがて朝鮮戦争が勃発し、日本はその経済効果で潤った。当時家庭の食卓にビーフステーキが出てきてびっくりしたものです。嘗て青筋を立てて「鬼畜米英!」と叫んでいたことなんかコロッと忘れて、大人たちは高度経済成長に浮かれた。彼らには規範がなかった。

戦後まもなく、寺山修司が夜の海辺でタバコを吸いながら詠んだ短歌があります。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

落語家・立川談志も僕と同じ世代(2歳年上)で、生き残ったことの贖罪を感じていた。敗戦後「これからオレたちはどうやって生きたら良いんだ?」と途方に暮れたと生前僕に語ってくれました。

「火垂るの墓」の高畑勲監督は「映画で平和を作る」という意志が明快だった。それは僕が黒澤明監督から次のような言葉で託されたことでもあります。

大林くん、人間というものは愚かなものだ。戦争はすぐに始められるけど、平和にたどり着くには少なくとも400年はかかる。俺があと400年生きて映画を作り続ければ、俺の映画できっと世界中を平和にしてみせるけれど、人生がもう足りない。だが俺が80年かけて学んだことを、君なら60年で出来るだろう。そうすると20年は俺より先に行けるぞ。君が無理だったら君の子供、さらにそれがダメなら君の孫たちが少しずつ俺の先を行って、きっと世界から戦争をなくせる。それが映画の力だ。

黒澤明監督は「絵描きじゃ食えんから」と映画会社・東宝の社員になりました。そして会社をクビになり、黒沢プロダクションを立ち上げた。アマチュアとなってプライベート・フィルム「夢」を撮った。そこで初めて原発事故を描いたんです。

先日、山形県の森林道をタクシーで通っていたら、妻の恭子さんが「ここって『おもひでぽろぽろ』の場所じゃない?」と言ったんです。見たことがあるような風景が広がっていた。すると運転手さんが「その通りです。ここでロケハンされました」と教えてくれました。実写映画ではこういう体験があったけれど、アニメーションでは初めてでした。「火垂るの墓」もそうですが、高畑勲監督は庶民の暮らしをつぶさに描いている。「かぐや姫の物語」では最後に月からお迎えがきますが、天人には感情がない。そして、かぐや姫は人間の感情に絶望して月に帰る。

僕が幼い頃親しんでいた漫画「のらくろ」の主人公は真っ黒の野良犬で、上官は白犬でした。軍隊は居心地がいい場所として描かれていた。僕らは大日本帝国の「正義」のために戦って死のうと覚悟した人間でした。しかし、敵(連合国側)も自分たちの「正義」を信じて戦った。結局、勝った国の「正義」が正しいということになった。なんだ、戦争とはそういうものか。だから僕は「正義」なんか信じない。その代りに「正気」でものを言う。

プラカードは担がない。映画監督は「表現者」であって「政治家=権力者」じゃない。芸術には平和を手繰り寄せる力があり、庶民の願いが込められているのです。

花火が打ち上げられて爆発することを「散開」と言います。何の役にも立ちません。しかし上空から投下され地上で「散開」すると爆弾となり、経済効果を生む。

「この空の花 長岡花火物語」を撮った長岡のお年寄りは花火の音を聞くと空襲の記憶が甦る。だから花火が見られない。忘れたい。でも「語り部」になることが責任だと考えておられる。

人は忘れる。でも映画は忘れない。映画は”風化しないジャーナリズム”なんです。

3・11東日本大震災の日、僕は以前「なごり雪」を撮った九州の大分県臼杵市にいました。周りの人から「監督、ついていましたね」と言われた。震源地から離れているから。嘗て「敗戦少年」だった僕は、とんでもない、逃げるは恥だと思った。でも説得されて直ちに現地に行くのは思い留まりました。後に親しくしているフジテレビの記者から被災地の様子を聞きくと、現地ではトイレも大行列だから彼は遠慮してオムツを履いて取材したそうです。津波に流された学校の先生が一人の子供を助けて漂流物に捕まって浮かんでいた。海中からお年寄りが助けを求めて彼の足にしがみついてきた。しかしお年寄りまで助けようとしたら全員沈んでしまう。だから先生は無我夢中で足で蹴って引き離し、お年寄りは沈んでいった。その時の目が忘れられない。人間が人間を信じられない。「私はこれからどう生きたら良いのでしょう?」と先生は記者に泣きながら語ったそうです。結局このエピソードは放送されなかった。何でも表現すればいいというものではありません。映画作りは現実よりも想像力を働かさなければいけない。

カタルシスという言葉があります。お芝居を見て、泣いて笑って、鬱屈した気持ちが浄化される事を言います。僕は戦争映画でカタルシスを描いてはいけないと思っています。映画にはそもそも、気持ちがいいというカタルシスが濃厚にあるんです。だから危険。反戦映画を撮っているつもりでも、結果的には好戦映画になってしまう恐れがあります。

敗戦後しばらくはGHQの占領政策に基づき、公開される外国映画が選別されていました。1939年に製作された「風と共に去りぬ」が日本で公開されたのはサンフランシスコ講和条約が発効され日本が主権を回復した52年。その理由は奴隷制度が描かれていたからです。「正しい」民主主義の国アメリカの恥部を見せるわけにはいかなかった。

ハリウッド映画というのは実はヨーロッパの人々、戦争難民が作ったものです。「カサブランカ」のマイケル・カーティスはハンガリー・ブタペスト出身でハンガリー名はケルテース・ミハーイ。ゲーリー・クーパー演じる保安官が妻や街の住人からも見放され、1人きりで4人の殺し屋に立ち向かう西部劇「真昼の決闘 High Noon」を撮ったフレッド・ジンネマンはオーストラリア・ウイーンで生まれたユダヤ人アルフレート・ツィンネマン。彼の両親はホロコーストで殺されました。そして"High Noon"を観て「こんな開拓者魂の欠片もない代物は西部劇じゃない」と怒った生粋のアメリカ人ハワード・ホークスはそのアンチテーゼとして「リオ・ブラボー」を撮った。

ヒトラーが愛人のエヴァ・ブラウンを撮った16mmのプレイベート・フィルムがあります。これが美しんです。だから怖い。パートナーの大林恭子さんは東京大空襲を経験していますが、「映画で戦争は描けない」と言っています。

【以下、聴衆からのQ & A へ】

「10歳の娘が将来、良い大人になりたい。と言っています。どうすればいいでしょうか?」という母親の質問に対し、

【監督の回答】映画を観なさい(会場から笑い)。良い子供、つまりベテランの子供であり続けなさい。

映画「プラトーン」の監督であり、ジャーナリストでもあるアメリカのオリバー・ストーンがロシアのプーチン大統領に1年半に渡ってインタビューしたドキュメンタリー番組がBSで放送されました。それを観ると、プーチンさん、素敵なおじさんです。ニュース・報道から受ける強面の印象(イメージ)とは違った素顔が見えてくる。

キューブリック監督「博士の異常な愛情」は核戦争の恐怖を描いた良い映画です。でも僕と考え方は違う。映画とは観客それぞれの哲学(フィロソフィー)を生み出すものであり、自分自身を確立する(自分が自分になる)手段なんです。正直に私でありたい。

平和ってヒョイッと生まれるんです。先日開催された平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック。アマチュア=庶民の祭典。そこから南北朝鮮の対話が始まった。

戦争が恐ろしいのは、被害者(被爆者)になるからだけではなく、加害者(真珠湾攻撃)にもなるからです。大切なことは「あなた」を「わたし」のように見ること。

少年時代に「人類が16歳になるとこの世から消滅する」というSF小説を読んだことがあります。それに共感して僕は16歳以上になるのはやめて、ベテランの16歳になろうと決意しました。決して16歳の自分を裏切ってはいけないぞ、「僕が16歳だったらどうするか?」を基準に生きてきました。

25歳で歩き方を変えました。(散策するのではなく、真っ直ぐ)行って帰ってくる。気持ちを変えると同じ景色も違って見えてくる。振り向くことが大切なんです。同じ人でも違って見えてくる。

最近は「ゆるキャラ」がブームですね。実はゆるキャラの第一号は映画なんです。日本は戦争に負けてしまって、「映画でメッセージを言うのはもうやめよう。映画は時間つぶしの愉しい娯楽であればいい」となってしまった。アメリカ映画も昔は「ネバーギブアップ」という精神がありましたが、ベトナムの敗戦で無力になってしまい、ニュー・シネマ以降は「ネバーギブアップ」がない映画になった。今の若い人たちに言いたいのは「ゆるキャラになるな、濃いキャラになれ」ということです。

ピースサイン、知ってますよね?あれを始めたのはイギリスのチャーチル首相です(注釈:映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」にこのエピソードが登場する)。指で「V」の形を作り、Victory(勝利)を意味します。勝利による平和。つまり平和になったのは広島・長崎に落とした原爆のおかげというわけです。だから敗戦国の日本人が"V for Victory"サインをするのは妙な話ですね。

原爆投下から数年後、広島には「よく効く頭痛薬・ピカドン」なるものがありました。東京から読売ジャイアンツが来広するとなると、「巨人の原爆打線来る!」と新聞がはしゃいだ。大人たちは敗戦から何も学ばず、そのまま来てしまった。

情報は「他人事」です。でも映画には「他人事」を「自分事」に取り戻す力がある。

手話は国によって違います。「世界共通にすればいいのに」という意見があります。しかし唯一、世界共通のサインがある。それが"I LOVE YOU"。共通語として作られたのがエスペラント語。これは「文明」なんです。それに対して手話は「文化」です。

映画のストーリーが今まで何を語ってきたかを一言で言えば、「人は傷つきあって、許しあって、愛を覚える」ということです。 価値観がそれぞれ違うんだから、必ず傷つけ合う。傷つけあうんだけど、お互いのことを語り合って理解していけば、あなたのようにまったく違う人と一緒にいることで、私は幸せだなぁと想うようになる、これが愛というものなんですよ。 (手話とともに)  "I LOVE YOU"。

【こうして熱のこもった講演は予定時間を30分超過して終わった。監督はまだまだ喋り足りなそうだった。】

そして7月2日、尾道では実に20年ぶりとなる新作映画「海辺の映画館ーキネマの玉手箱(仮題)」がクランクインした。広島への原爆投下までを描く。プロデューサーは奥山和由。なんと浅野忠信が、久しぶりに大林映画に復帰するという!「青春デンデケデケデケ」(1992)以来である。

登場人物の名前に馬場毬男(ばばまりお←マリオ・バーヴァ)、鳥井鳳助(とりいほうすけ←フランソワ・トリュフォー)、団茂(だんしげる←ドン・シゲール)。全て大林監督が劇場用映画デビュー当時に考えていたペンネームである(怪奇映画/恋愛映画/アクション映画で使い分ける)。そして《瀬戸内キネマ》が物語の舞台となる。《瀬戸内キネマ》は「麗猫伝説」(撮影所として)と「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」(映画館として/最後に炎上)にも登場、これが3回目となる。

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