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藤岡幸夫/関西フィルのシベリウス第1番と、《大島ミチルーヘッセーユングー仏教》complex(複合体)

6月21日(木)ザ・シンフォニーホールへ。藤岡幸夫/関西フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴く。

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  • 大島ミチル:オーケストラと合唱のための組曲《アウグストゥス》
    ~ヘルマン・ヘッセの短編集『メルヒェン』より~ (世界初演)
  • 大島ミチル:《塵JIN》&《輪RIN》  ~クラリネット、マリンバ、
    オーケストラのための2つのラプソディ~ (世界初演)
  • シベリウス:交響曲第1番

合唱は大阪府立夕陽丘高等学校音楽科、クラリネットはリチャード・ストルツマン、マリンバはミカ・ストルツマン(旧姓:吉田ミカ、熊本県天草市出身、ニューヨーク在住)。

大島ミチルは子供の頃読んで大好きだったというヘルマン・ヘッセの短編集「メルヒェン」の中から「アウグストゥス」という小説を元に、自ら詞を作り上げた。こんな物語だ。

アウグストゥスという名の少年が生まれた時、未亡人となった母は隣人の不思議なおじいさんビンスヴァンゲンから「望みを一つだけ叶えてあげよう」と言われ、息子が「誰からも愛される人に」と願う(天使の笛の音が聴こえる)。その通り少年は誰からも愛され、チヤホヤされるのが当たり前の生活を送った挙げ句の果てに彼は故郷を捨て、ひとり旅立つ。天使の音楽は聴こえなくなり、母は孤独に死ぬ。凛々しい青年に成長した彼は社交界で放蕩の限りを尽くし、友を騙し、貴婦人と愛欲生活に浸るが、やがて虚しさを感じて自殺を図る。そこにドアがノックされ、ビンスヴァンゲンが現れる。「君の母の願いを叶えたが、愚かなことだった。いまの君に欠けているものを与えたい。望みを一つだけ叶えてあげよう」と言う。アウグストゥスは「これからは僕が人を愛することが出来ますように」と願う。周囲の態度は一変した。「お前は詐欺師だ!」「悪魔だ!」「金を返せ!」と罵倒され、ついに投獄される。牢獄を出た時には既に老いていた。もう誰も彼を知らない。しかし彼は幸福を感じる。みんなを愛しているし、何もかもが美しく愛おしい。冬が来てアウグストゥスは故郷に帰る。ビンスヴァンゲンに「素晴らしい旅だった。だけど僕は少し疲れてしまった」と告げ、眠りに就く。彼は天に向かう扉へ少しずつ近づく。そこに子供の頃のように天使の音楽が聴こえてくる。「おやすみアウグストゥス」愛してる。「アーメン」

小説の存在すら今まで全く知らなかったが、僕はこの合唱曲を聴きながら円環構造があることに気が付いた。少年が生まれ(天使の音楽+)、旅立ち(天使の音楽ー)、回帰して死ぬ(天使の音楽+)。そして頭に浮かんだ映像のイメージはチベット仏教の曼荼羅図であり、禅宗における円相だった(映画「メッセージ」"Arrival"を参考にされたし)。

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スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングは1912年頃より自分の無意識の世界と対決をはじめ、凄まじいヴィジョンと夢に悩まされる。そして1916年に最初の曼荼羅図形を書いた。

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後に彼は中国研究の権威リヒャルト・ヴィルヘルムからチベット仏教の曼荼羅を紹介され、自分が書いたものと余りにも似ていることに驚いた。これこそ集合的無意識(Collective unconscious=Cの世界)の産物であると言えるだろう。

ヘルマン・ヘッセは仏陀の本名を冠した「シッダールタ」という小説を書いている。彼は第一次世界大戦の影響で、深い精神的危機を経験した(父の死や妻の精神病悪化が重なった)。彼は小さな村で静養をしながら、ユングの弟子である精神分析医ヨーゼフ・ベルンハルト・ラング博士の診察を72回受けた(博士は彼に絵を描くことを勧めたという)。そうして完成したのが「デミアン」である。その後ヘッセはユング本人とも親交を深め、ユングが設立した「心理学クラブ」を訪れた記録も残っている。

ユングは「元型」という集合的無意識内に住む住人(アーキタイプ)の概念を提示した。「太母(the Great Mother)」「アニマ(女性像)」「アニムス(男性像)」に並び、「老賢人(the Wise Old Man)」がいる。「アウグストゥス」に登場するビンスヴァンゲンこそ、正に「老賢者」なのである。つまりこの小説は「アーメン」など表層はキリスト教の偽装をしているが、その深層には仏教の思想が根を張っていると言えるだろう。

20世紀フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは著書「親族の基本構造」の中で、オーストラリアの原住民らを研究し、近親相姦の禁忌と、母方交叉イトコ婚が推奨されるのは何故かを解明した。そこには「女性の交換」という原理があった。人間社会の基本はコミュニケーションであり、それは言葉や物(お金を含む)を交換することにある。ではアウグストゥスの場合はどうか?若い頃の彼は一方的に愛された(贈与の一方通行)。だから幸福になれなかった。しかし年老いた彼は愛す(お返しをする)ことで交換が成立し、初めて「人間」になれたのである。

第1幕はメルヒェン、第2幕で子供の無邪気さが描かれ、第3幕は円舞曲。そして第4幕で激情が走り、魂の救済で幕が閉じられる。大変美しい音楽で深く感銘を受けた。老賢者ビンスヴァンゲンとアウグストゥスが会話する場面で何だかミクロス・ローザ(ロージャ・ミクローシュ)作曲「ベン・ハー」風になるのが可笑しかった(イエス・キリスト登場シーン)。

続く珍しい楽器の組み合わせ(吹奏楽器クラリネットと打楽器マリンバ)によるコンチェルトは第1曲が「塵」。仏教用語で煩悩や感覚の対象だそう。第2曲が「輪(わ)」。円環の理(ことわり)でヘッセに繋がっている。登壇した大島ミチルは「音色を楽しんで欲しい」と語ったが、冒頭は独奏者のみの演奏で、スロー・テンポで開始される。「節回しがコープランドを彷彿とさせるな」と想いながら聴いていると次第に速くなり、Jazzyに。第2曲は西部劇調(「ロデオ」「ビリー・ザ・キッド」)の音楽にミニマル・ミュージック(パターン化された短い音型が反復される=永劫回帰)の要素が加味され、これぞアメリカン!引き出しの多い作曲家だなとほとほと感心した。いやー、スリリングで面白かった!

プログラム後半は藤岡幸夫渾身のシベリウス。関西フィルとこのシンフォニーを演奏するのは6回目であり、自家薬籠中の物としている。藤岡はイギリスのハレ管弦楽団定期にデビューした時もこのシベリウス1番を取り上げたという(なんと豪胆な)!ハレ管はジョン・バルビローリが手塩にかけて育てたオーケストラであり、シベリウス自身も指揮台に立った。藤岡によるとハレの楽員から色々教えてもらい、第1楽章冒頭クラリネット・ソロのあと弦楽器のトレモロが続く箇所で作曲家は「ここは吹雪だ」と言ったそう。第3楽章はPirate(海賊)。

藤岡の解釈はゆったりとして雄大。そして熱い。ギラギラしていてマグマが噴き出すかのよう。第2楽章中間部は激情が走る!第3楽章スケルツォは狂騒。そして第4楽章は堂々たる横綱相撲。圧巻だった。ライヴレコーディングによるCDの全集が楽しみだ。

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