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【いつか見た大林映画】第7回「恋人よわれに帰れ LOVER COMEBACK TO ME」と尾道映画祭

2月24日(土)から泊りがけで約20年ぶりに尾道を訪れた。

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上の写真は千光寺公園近くから眺めた尾道水道の風景。大林映画「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群」ではこの岩にピアノが置かれ、右手の小指がないドジなヤクザ・永島敏行が「エリーゼのために」を弾く。

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泊まったのは料亭旅館「魚信」。大林映画「ふたり」では石田ひかり演じるヒロインの親友・真子(柴山智加)の実家として登場し、「あした」や「マヌケ先生」もここでロケされた。

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兎に角、新鮮な魚が美味しかった!部屋からの眺めも最高。

翌25日は尾道映画祭@尾道商業会議所記念館へ(会場の定員は50名)。最新作「花筐」上映後、大林宣彦監督、映画出演者である常盤貴子、満島真之介、原雄次郎らが登壇し、早稲田大学名誉教授で映像作家でもある安藤紘平の司会でティーチインが行われた。招待された(監督の母校)尾道市立土堂小学校児童からの質問に答える形式である。

そもそも「花筐」は上映時間2時間49分もあり、年齢制限がPG-12(12歳未満は、保護者の助言・指導が必要)だ。レイプシーンもあるしね。小学生に観せて大丈夫!?と危惧の念を抱いた。案の定、上映途中にトイレに行く生徒が数名いた。

満島真之介は小学生からの質問にも真剣に答えるnice guyだった。現在、園子温監督の映画に参加しているということで、2日前に園監督を尾道に連れてきて大林監督に引き合わせたそう(園は大林監督の著書「いつか見た映画館」にも応援メッセージを寄せている)。また大林監督を評して《海と山と一体になった人》と。「花筐」ロケ地・唐津の海(日本海)で泳いだときは怖かった。外から襲って来る感じ。一方で尾道(瀬戸内)の海は内側に何かいる気配を感じたと。また彼は沖縄出身で、地元の人は海で泳ぐのに水着に着替えないそう。Tシャツ・短パンといった普段着のまま海に入り、家に帰ったらそのまま服を脱がず入浴し塩を洗い流すのだと語った。

実は僕、常盤貴子があまり好きじゃなかったのだけれど、実物を目の前にするとさすがに綺麗だし、気さくで気配りができる素敵な女性だった。彼女は映画終盤のパーティー・シーンで盆の上に乗り、助監督が手動でそれを回している状態でダンスしたというエピソードを披露し、大変興味深く聴いた。 

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続いて「恋人よわれに帰れ LOVER COMEBACK TO ME」を初めて鑑賞。1983年9月23日にフジテレビで放送されたテレビドラマであり、ビデオ化・DVD化が一度もされず幻の作品となっていた。なお火曜サスペンス劇場で放送された「可愛い悪魔」と「麗猫伝説」は16mmフィルムで撮影されたが、「恋人よ」はビデオ撮りである。

出演は沢田研二、大竹しのぶ、泉谷しげる、小川真由美ほか。進駐軍兵士役で登場したトロイ・ドナヒューは後に大林映画「漂流教室」にも出演している。脚本は「夢千代日記」の早坂暁。「転校生」同様、J.S.バッハ”G線上のアリア”が使用さた。大竹しのぶが広島の被爆者で、弟が包帯で顔までぐるぐる巻きになり死んでいくのだが、その姿を見てハッとした。「アッ、雪子だ!」と。大分県臼杵市で2001年(同時多発テロの年)にロケされた大林映画「なごり雪」で須藤温子演じるヒロインが交通事故に合い、同じような姿になるのである。そうか、あの場面にも監督の戦争への想いが込められていたんだ……。

朝鮮戦争への兵役を拒否した日系二世役のジュリーは追っ手から逃れ、大竹しのぶとともに広島港から瀬戸内の無人島に渡る。まるで幽霊のようにボートで迎えに来るのが小川真理子。その立ち姿を見た瞬間、「うぉぉカロンの艀(はしけ)じゃないか!!」と思わず叫びそうになった。カロンとは死者を「死の島」に導く水先案内人であり、「花筐」と共に大林監督の(未だ実現していない)ライフワークである「草の花」を執筆した福永武彦最後の小説「死の島」(題名はベックリンの絵に由来)で言及される。そして「死の島」には広島で被爆した画家・萌木素子が登場する。なんと「恋人よわれに帰れ」は大林版「死の島」だったのだ。そして劇中、原爆は2度炸裂した。

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椹木野衣(美術評論家)氏を迎えた《車座シンポジウム》で大林監督は次のように語った。

常識は世間と表現者では違う。表現者は作品と対話する。通常、悲しい時には悲しい音楽が、楽しい時には明るい音楽が流れる(劇伴)が、黒澤明監督は逆に付けた。つまり悲しい時に明るい音楽を流したのである。これが対位法だ。

表現者は世の中をより良くするために命がけで生きている。第二次世界大戦中、小津安二郎監督は「目の前にあることは、受け入れざるを得ないではないか」と言って軍報道部映画班としてシンガポールに行った。しかしフィルムは1秒たりとも回さなかった。それが彼の覚悟だった。敗戦後直ちに引揚船には乗らず、しばらく現地で捕虜生活を送った(半年を経て帰国)。

映画は理解するものではなく、フィロソフィー(哲学/哲理)を描く。そして戦争や災害など大きな出来事に遭遇し、Panic(わけの分からない恐怖、恐慌)をきたしたときはそれを解きほぐす効用を持つ。

英語にthe film artistという言葉があるが、僕は20歳の時に「映画作家」になった。自ら「映画監督」と名乗ったことはない。

ここで安藤教授から木下惠介監督が第二次世界大戦中(1944年)に陸軍省の後援で撮った国策映画「陸軍」の紹介があり、いかにしてその中に反戦の意志を忍び込ませたかが解説された(結果として木下は情報局から睨まれ、敗戦の日まで仕事が出来なくなった。この辺の事情は原恵一監督の映画「はじまりのみち」に詳しく描かれている)。

安藤教授は若い頃、寺山修司の劇団=演劇実験室「天井桟敷」に在籍し、寺山とパリに行った時、彼の勧めで16mmカメラを購入し映像を撮るようになったという。コロンビアの作家ガルシア=マルケスの小説「百年の孤独」を映画化した彼の遺作「さらば箱舟」に触れ(完成後原作者と係争となって公開できず、改題および原作クレジットの削除などの条件を受諾して2年後に公開された)、寺山の言葉「百年たったら、帰っておいで」を紹介した。

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映画は”風化しないジャーナリズム”だと大林監督は語る。だから今すぐに理解されなくても良い。百年後に見えてくるものもある。

大林監督は寺山と親交があり、「大林さんの映画は僕の作品に似ている」「いや、君のが僕のに似ているんだよ」と言い合う間柄だったという。

椹木氏は大林映画「この空の花 長岡花火物語」を巨大な壁画に喩えた。額縁のない絵の中に彷徨いこんだような。時間(の感覚)がおかしくなると。また「転校生」とか「はるか、ノスタルジィ」の物語はまるで輪廻転生のようだとも。

「映画は記録ではなく記憶を描くんです。過去も未来もない。混沌とするから記憶になるんです」と大林監督。またヴィジュアリスト・手塚眞(手塚治虫の息子で大林映画「ねらわれた学園」に出演)から「花筐」の登場人物ミナの名前はブラム・ストーカーの「ドラキュラ」から採ったんですか?と訊かれた。言われるまで全く気が付かなかった、でも「(原作者の)檀一雄さんはきっとブラム・ストーカーを読んでいたんじゃないかな」と。

大林映画「HOUSE ハウス」「恋人よわれに帰れ」「野ゆき山ゆき海べゆき」「花筐」などに原爆が登場するが、大林監督はスタッフに敢えて「美しく描いてくれ」と言う。「美しいからこそ怖いんだよ。天使が悪魔の顔をしている」戦争映画を白黒で撮ると《過去のカタルシス》になってしまう。だから色鮮やかに描く。

次回作は原爆をテーマにしようと考えており、新藤兼人監督の遺稿シナリオ「ヒロシマ」について触れた。「(原爆投下の瞬間)一秒、二秒、三秒の間に何がおこったかをわたしは描きたい。五分後、十分後に何がおこったか描きたい。それを二時間の長さで描きたい。一個の原爆でどんなことがおこるか」と新藤は書き残している。「ピカ、ドンの二秒間に人々の物語がある」と大林監督。

「宇宙に真っ白いものはないんです。真っ白なスクリーン、その不自然な空間に何を描くのか?それは我々にとって原稿用紙であり、(油絵の)キャンバスなんです。映画が今まで何を語ってきたのかを一言で言えば、人は傷つきあって、許しあって、愛を覚える、ということです。 手話っていうのは国によって違います。どうして世界共通語ではないのか?つまり違いを楽しむということなんです。そうか、僕はこうするけど、君はそうするんだね。そこに好意とか共感が生まれるのです」

こうして含蓄のある2時間はあっという間に過ぎ去っていった。

予告:次回の【いつか見た大林映画】は大阪市内で開催された講演会「いのちのセミナー」で大林監督が語ったことについて詳細にご報告します。乞うご期待!

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