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何故土俵は女人禁制なのか?「野生の思考」でその謎を読み解く。

4月4日、京都府舞鶴市で行われた大相撲春巡業で、市長が土俵上で挨拶中にくも膜下出血で倒れた際、救命処置をした看護師の女性が土俵から下りるよう場内放送で促されたことが大問題となっている。また市長が担架で運び出された後、大量の塩が撒かれたことが発覚し、日本相撲協会が大炎上となった。

恐らく、「土俵が女人禁制なのは何故か?」を理解出来ない人々は多いのではないだろうか。

以前は高野山や比叡山の入山も「女人禁制」であった。現在でも兵庫県淡路島の舟木石神座や、奈良県の大峯山など「女人禁制」の地は幾つか残っている。中でも非常に興味深いのが石川県の石仏山。14歳以上の女子は立ち入ることができないという決まりがある。どうして14歳なのか?ここに謎を解く大きなヒントがある。

土俵や霊山は神聖な場所であり、結界が張られている(という設定になっている)。ここからは神話の世界だ。近代科学の常識や理性はひとまず横に置いて、話の続きを聴いてください。

日本における相撲最古の記録は712年に編纂された「古事記」にまで遡る。「力士(ちからひと/すまひひと)」という言葉も登場する。やがて神社における祭事として相撲をとる風習が生まれた。これを神事相撲という。農作物の豊凶を占い、五穀豊穣を祈り、神々の加護に感謝するための農耕儀礼として現在まで続いている。つまり相撲と神道は切っても切れない関係なのだ。

大相撲の歴史は250年くらいであり、江戸時代に産声を上げた。17世紀であり、1300年を超える相撲の歴史から考えればつい最近の話だ。所詮は「ひよっこ」に過ぎない。そして「女人禁制」のルールは大相撲から始まった。

720年に完成した「日本書紀」には雄略天皇が二人の采女(うねめ、女官のこと)に褌(ふんどし)を付けさせ、相撲を取らせたと記載がある。また室町時代には比丘尼(びくに)による女相撲が行われている(「義残後覚」〜比丘尼相撲の事)。

「女人禁制」の理屈はこうだ。女性には月経がある。だから神聖な場所を穢(けが)すことになる。月経時には子宮内膜が脱落するので、こちらは「生体の腐敗」のメタファーとして機能する。石仏山に14歳以上の女子という条件がついているのも初潮以降は「不浄」だから、まかりならないというわけだ。故に日本相撲協会は穢れ清めるために塩を撒いた。

しかしこう考えてはどうだろう?以下フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースの著書「野生の思考」に記載された、北米先住民ヒダツァ族の鷲狩りについてご紹介しよう。

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手順は次の通りだ。鷲狩りをする人間は地面に穴を掘り、その中に横たわって身を潜める。上には、事前に仕留めての付いたヘラジカの肉を縛り付けたウサギを罠として置く。ウサギはまるで皮が裂け(内臓が露出し)死んでいるように見える。鷲が騙されてウサギを獲ろうと地上に降りた瞬間、ウサギの下に潜んでいた人間が即座に起き上がり鷲を捕獲する。この鷹狩で不浄期間中の女性が良い影響を及ぼすとされている。

鷲狩は空間的にも、神話中の鳥の等級においても、もっとも「高い」位置にある獲物を捕らえる行為である。レヴィ=ストロースは次のようにその構造を分析する。

鷲狩は猟人と獲物の間にある最大距離を縮めるものと考えられており、その媒介は、技術面では餌によって行われる。餌は肉片か狩猟で得た小動物であるから、にまみれており、また腐敗しやすい。(中略)あまりに距っていて、はじめは如何ともし難く見えた離間を克服して連接に転ずるには、まさに、によるほか手段はないのである。

月経は、および生体の腐敗として餌を象徴し、また餌は体系(system)の一部である。(中略)穢れとは、少くとも北アメリカのインディアンの考え方では、それぞれ「純粋(清浄)」な状態にとどまるべき二項の間に、緊密すぎる連続が生ずることなのである。近くにいる獲物をとる狩猟では、女性の月経はつねに過渡の連接を生じて、余剰のために初期関係を飽和させ、その動的効果を中和してしまうが、離れた獲物を対象とする狩猟ではそれが逆になる。連接が不十分であって、その不足を補なう唯一の手段はそこに穢れを入れてやることである。この穢れは、継起性の軸(通時態)では「周期性」を、同時性の軸(共時態)では「腐敗」を表すものとなる。

これら二軸のうち一方(周期性≒春夏秋冬の繰返し)は農業神話に、他方(腐敗)は狩猟神話に対応するものである。

(「野生の思考」大橋保夫訳、みすず書房)

さて、日本の神話において天照大神(アマテラスオオミカミ)は太陽神である。人間との垂直方向の隔たりは膨大である(鷹を遥かに上回る)。先に書いたように神事相撲は神に近づき、感謝の気持ちを伝えようという儀式なのだから、そこには穢れの導入が必要なのではないだろうか?

また神道では基本的に肉食を禁じておらず、鹿肉や猪肉を神にお供えすることもある(詳しくはこちら)。奈良時代以降に広まった仏教の不殺生という戒律の影響で、獣肉の食用が厭われるようになった。つまりや肉を結界の内に持ち込むことは本来タブーではないのである。

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