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2018年3月 5日 (月)

瀬奈じゅん主演:ブロードウェイ・ミュージカル「ファン・ホーム ある家族の悲喜劇」と時間イメージ

3月4日(日)兵庫県立芸術文化センターで"FUN HOME"を観劇。

アリソン・ベクダルが書いた自伝的漫画(グラフィックノベル)を原作とするミュージカルである。レズビアンの女性を主人公とするミュージカルはこれがブロードウェイ初。2015年のトニー賞ではミュージカル作品賞・台本賞・楽曲賞・主演男優賞・演出賞の5部門を受賞した。

男性の同性愛者を主人公とするミュージカルなら過去に「ラ・カージュ・オ・フォール」(トニー賞でミュージカル作品賞、及び再演&再々演でベスト・リバイバル・ミュージカル作品賞を2回受賞!)とか、「レント」(トニー賞でミュージカル作品賞及びピューリッツァー賞受賞)があった。しかし僕は"FUN HOME"に一番感銘を受けた。ミュージカルを観劇して、こんなに泣いたことは未だ嘗て無い。この衝撃は1998年に宝塚大劇場で宙組「エリザベート」を初観劇して以来と形容しても決して過言ではない。

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作詞・台本:リサ・クロン、作曲:ジニーン・テソーリはふたりとも女性であり、日本版も翻訳:浦辺千鶴、訳詞:高橋亜子、演出:小川絵梨子となっている。

主人公アリソンを3人の女優が演じる(瀬奈じゅん、大原櫻子、笠井日向)。単なる回想形式ではなく、彼女らは同時に舞台に存在する

この手法は20世紀フランスの哲学者ジル・ドゥルーズがその著書「シネマ」で論じた結晶(時間)イメージだなと想った。

ベルクソンの逆さ円錐モデルで説明しよう。

B

円錐の全体SABがアリソンの記憶に蓄えられたイマージュ全体(=結晶)。頂点Sが純粋知覚の場、感覚ー運動の現在進行形(ing)であり現動的。つまり瀬奈じゅんの知覚である。Pが現在彼女がいる世界(宇宙)そのもの。A"B"が大学生のアリソンであり、更に遡ったA'B'が小学生のアリソン。過ぎ去り、死に向かう現在(S)と、保存され、生の核を保持する過去(A'B',A"B",A'"B'",……)は絶えず干渉しあい、交差しあう。アリソンはこの円錐(記憶)の中を自由に過去へと飛翔し、また戻ってくるのである。

この仕組/構造(structure)はフェデリコ・フェリーニの映画「8 1/2」(1963)と同じであり、フェリーニの次の言葉がその本質を的確に教えてくれる。

「我々は記憶において構成されている。我々は幼年期に、青年期に、老年期に、そして壮年期に同時に存在している。」

なお「8 1/2」はアーサー・コピット(脚本)、モーリー・イェストン(作詞・作曲)の手でブロードウェイ・ミュージカル「ナイン」になっており、「シカゴ」「メリー・ポピンズ・リターンズ」のロブ・マーシャル監督で映画化もされた。

結晶(時間)イメージは他にアラン・レネ監督の映画「去年マリエンバートで」であるとか、大林宣彦監督「さびしんぼう」「はるか、ノスタルジィ」「野のなななのか」等で顕著なのだが、これを舞台に応用した作品は極めて珍しい。そういう意味で"FUN HOME"は革新的な作品であると言える。

ゲイだった(しかしカミングアウトは出来なかった)父親の想い出を娘が語るわけだが、アリソンは身体が女で心が男。これは正真正銘、父と息子の物語である。だから普遍性があるのだ。アリソンは自分が父親と似た者同士なのだということを彼に伝えたい。しかしどうしても言葉に出せないもどかしさ。決定的な時はいつの間にか過ぎ去ってしまい、人はあまりにも遅くそれに気付く。何とも切ない。

FUN HOMEとは「たのしい我が家」でもあり、同時に葬儀屋を営んでいるのでFuneral Homeの意味も含まれる。イメージが真逆であり、奥深い。

驚異的だったのは小学生時代のアリソンを演じた笠井日向(さかいひなた)。歌唱力が抜群で圧倒的存在感を放っていた。天才少女発見!!ほかクリスチャン:楢原嵩琉、ジョン:阿部稜平ら、子役のレベルの高さにはほとほと感心した。

大学生のアリソン役・大原櫻子は喉の調子が今ひとつ。

瀬奈じゅんは宝塚歌劇時代に「エリザベート」(タイトルロール&トート閣下)や「ME AND MY GIRL」を観ている。中性的で淡白な男役だったので印象は冴えないものだったが、今回の役は彼女の持ち味にピッタリ!今までのベスト・アクトであった。元々余り歌が上手くないが、本作はそんなに歌唱が多くなく、気にならない。

アリソンの父ブルースを演じた吉原光夫は朗々と完璧に歌いこなし文句なし。さすがMr.ジャン・バルジャン。劇団四季時代「ジーザス・クライスト・スーパースター」のユダ役も素晴らしかった。

母役の紺野まひるは久しぶりに見た。年をとり、やつれた感じがしたが役作りなのかも知れない。兎に角、似合っていた。

僕はこの音楽もすごく好き。非常にスティーヴン・ソンドハイムを彷彿とさせる。ニューヨークを舞台にしたソンドハイムの「カンパニー」(1970年初演)をペンシルベニア州の片田舎にそのまま移した感じ。「カンパニー」の主人公ロバートは35歳で独身なんだけれど、ゲイなんじゃないかと僕は睨んでいる。初演当時(今から48年前)、あからさまにそういうことを描くのは難しかったろう。

また高橋亜子による訳詞は熟れていて、この人は岩谷時子(レ・ミゼラブル、ミス・サイゴン)の立派な後継者だなと想った。

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