神話としてのミュージカル「キャッツ」&「オペラ座の怪人」〜野生の思考による構造分析の試み
6歳の息子が「もう一度観たい!」と言うので3月24日(土)「キャッツ」を上演中の大阪四季劇場に足を運んだ。僕は多分5回目かな。初回は黒いテントに猫の黄色い一対の目が浮かぶ仮設劇場「キャッツ・シアター」で上演された1985-86年の(第1回)大阪公演だった。
- ミュージカル「キャッツ」(劇団四季) 2016.11.26 ←前回の報告
今回の出演者はグリザベラ:木村智秋、シラバブ:五所真理子、オールドデュトロノミー:正木棟馬、マンカストラップ:加藤迪、ラム・タム・タガー:田邊真也、ミストフェリーズ:松出直也 ほか。
ミュージカル「キャッツ」は1981年にロンドンで幕を開け、2002年まで21年間に及ぶロングランとなった(最長ロングラン公演記録は現在も上演中の「レ・ミゼラブル」)。ブロードウェイ@NYでは82年に開幕し、2000年に閉幕。2006年1月に「オペラ座の怪人」に抜かれるまでロングラン記録を保持していた(オフ・ブロードウェイを含めると史上最長はミュージカル「ファンタスティックス」の42年間-17,162回)。トニー賞では作品(製作:キャメロン・マッキントッシュ)・演出(トレヴァー・ナン)・台本(T・S・エリオット)・楽曲(作詞:T・S・エリオット、作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー)・助演女優(ベティ・バックリー)・衣装デザイン・照明デザインの7部門を受賞した。日本では83年に東京新宿の「キャッツ・シアター」で幕を開け、2013年に「ライオンキング」に抜かれるまで日本演劇史上最多の上演回数を誇っていた(東京・大阪・名古屋・福岡だけではなく札幌・静岡・広島・仙台でも上演)。
原作はノーベル文学賞を受賞した詩人T・S・エリオットの「キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法」。可笑しいのはエリオットは1965年に亡くなっており、死後18年経ってトニー賞を2部門(台本、作詞)受賞したことになる。
どうして「キャッツ」はこれ程までのメガヒット・ミュージカルとなったのか?当然、(当時は)天才作曲家(だった←今は昔)ロイド=ウェバーの功績も大きいだろう。当初「サンセット大通り」のために作曲された♪メモリー♪は世界的大ヒットを飛ばしたし、時には賛美歌風・ゴスペル調になったり、(ミック・ジャガーをイメージした)ラム・タム・タガーはロックンロールを歌い、マキャヴィティが登場するとジャズになり(ヘンリー・マンシーニ「ピンク・パンサー」「ピーター・ガン」を彷彿とさせる)、海賊猫グロールタイガーとシャム猫軍の戦いに於ける歌は中国風で、明らかにプッチーニのオペラ「トゥーランドット」を意識した仕上がりとなっている。つまり多様性に満ち、才気煥発の極みなのだ。
もう一つの要因として挙げられるのは、今回の観劇で初めて気が付いたのだが、「キャッツ」が明らかに神話の構造を持っているということ。それが観客の無意識に作用したと言えるだろう。
以下、社会人類学者レヴィ=ストロースの「神話論理」に基づき、「キャッツ」の構造分析を試みよう。
神話とは自然から文化への移行を語るものであり、神話の目的は連続と不連続のあいだの調停である。神話は二項対立を用いて自然と文化の対立を語る。「キャッツ」のあらすじはこうだ。
満月が青白く輝く夜、街の片隅のゴミ捨て場。ジェリクルキャッツたちが年に一度開かれる"ジェリクル舞踏会"に参加するため集まってくる。今宵は長老猫が天上に昇るジェリクルキャッツを選ぶ特別な舞踏会。再生を許され新しい命を得るただ一匹の猫は誰か。夜を徹して歌い踊る猫たち。やがて夜明けが近づき、グリザベラの名前が宣言される。
劇の冒頭、舞台中央の円盤型の照明がグングン上昇する。その下に現れるのがシラバブ(英国版ではジェミマ)。生まれたばかりの子猫で真っ白。つまりこれは彼女の誕生を意味している。そして物語の最後に娼婦猫グリザベラは昇天する。その先にあるのは死と再生だ。ここにまず二項対立のコード(符号)が複数ある。
誕生↔死
純粋無垢(innocent)↔汚れ(dirty)
大地(重力の拘束)↔天上(重力からの解放)
垂直方法への分離、重力のある地平と無重力の場との往還、つまり「天と地のコミュニケーション」により神話の駆動力は生み出される。
そしてもう一つの二項対立がある。
長老オールド・デュトロノミー↔犯罪王マキャヴィティ
第二幕でオールド・デュトロノミーはマキャヴィティに誘拐される。ここで二項対立(聖人↔罪人)は「近すぎる接近」をし、交わる。
長老の誘拐という問題を解決するのは魔術師ミスター・ミストフェリーズ。彼は二項対立に加わる第三の項(媒介者)、つまりトリックスターだ。彼の体は白と黒の斑(まだら)である。
それは白↔黒反転の換喩になっている。つまり道化師が着る、だんだら縞の衣装と同じ。シェイクスピア「マクベス」に登場する3人の魔女の台詞で言い表すなら「きれいは汚い、汚いはきれい」となる。気まぐれなトリックスターは境界を超え出没することに特徴がある。そして価値を転倒させる。
トリックスターの活躍でジェリクルキャッツたちは長老を取り戻すことが出来た(近すぎる接近→適正な距離への再配置)。故にその直後、対称的な位置にあるグリザベラとシラバブは一緒に「メモリー」を歌い(調和/調停)、他の猫達もそれまで忌み嫌っていたグリザベラ(汚い)の昇天(きれいへの反転)を承認するのである。こうして大地と天(垂直方向の二項対立)を熱狂的な歌と踊り(媒介する第三の項)で結ぶ「ジェリクル舞踏会」はデュオニソス(ギリシア神話に登場する豊穣とブドウ酒/酩酊の神)の祭りとなった。
また鉄道猫スキンブルシャンクスの場面で僕は思わず「アッ!」と声を出しそうになった。猫達は集めたゴミを組み立ててSL機関車にする。これってレヴィ=ストロースが言うところのブリコラージュに他ならないではないか。日本語では「日曜大工」「器用仕事」「寄せ集め細工」などと訳される。手元にある材料を掻き集めて新しい配列でものを作ることを言う。正にここに「野生の思考」が息づいている。
神話構造(structure)はロイド=ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」にも認められる。二項対立は、
華やかなオペラ座の舞台(光)↔地下湖(闇)
この垂直方向の差異(掛け離れた距離)は「キャッツ」の天上↔地上と同等である。そして、
クリスティーヌ(無垢)↔オペラ座の怪人(殺人者)
娘↔父(クリスティーヌはファントムに亡き父の姿を重ねている)
生徒(受動)↔教師(能動)
歌手↔作曲家
といった複数のコードが有り、さらに別の二項対立が絡む。
ラウル・シャニュイ子爵↔オペラ座の怪人(恋仇)
Young↔Old
きれい↔醜い
では、【華やかなオペラ座の舞台(光)↔地下湖(闇)】という垂直方向の二項対立を媒介するもの(第三の項)は何か?言うまでもないだろう、音楽である。何しろオペラ座の怪人はクリスティーヌのことを「音楽の天使(Angel of Music)」と呼んでいるのだから。重力に拘束され大地に足を引きずる我々と、重力から開放された天使の差異も垂直方向に形成されるのである。
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