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2018年2月17日 (土)

【いつか見た大林映画・番外編その2】「麗猫伝説」を読み解く/The Positive Thinker !

最新作「花筐(はながたみ)」撮影開始直前に大林宣彦監督は肺がん(ステージ4)で余命3ヶ月と告知され、撮影に並行して内服治療が始まった。幸いなことに処方された新しい分子標的薬「イレッサ®(ゲフィチニブ)」が劇的に奏効し、腫瘍はみるみる縮小。脳への転移も見つかったが放射線療法でそちらも制御出来た。「花筐」クランクイン@唐津が2016年8月25日だったので、それから約1年半が経過するも監督は大阪での舞台挨拶でお元気な姿を見せてくださった。

「あと30年は映画を撮る」と意気盛んで、原爆をテーマにした次回作の構想もあるという。

「時をかける少女」で映画デビューした原田知世は2017年11月28日、50歳の誕生日にBunkamuraオーチャードホールで “音楽と私“ ツアー・ライヴ千秋楽を迎えた。そこに大林監督がビデオ・メッセージを寄せ、最後に「また一緒に映画をやりましょう」と語りかけた。

末期がんの宣告を受けた時、監督の感想は「すごくうれしかった」。「花筐」映画化の許可を得るため、九州の能古島で「火宅の人」を仕上げようとしていた檀一雄に会ったときの情景が蘇ってきた。「ああ、檀さんと同じだと思った。(肺がんで体力が衰え)口述筆記で書いている檀さんの姿がパーンと浮かんで、これで映画を作れる、同じ痛みをもてたと思った」そして今の心境は「がんのおかげ、をもっと生かしてやらないとね」と(発言を引用した元記事はこちら)。

僕が敬愛してやまない大林宣彦という男子(おのこ)の本質は、こういうPositive Thinking にあったのだと初めて気付かされ、感服した。

現在シネ・ヌーヴォ@大阪市西区九条では国内最大規模の大林宣彦映画祭が開催中で、元OBs関西(OBsの説明はこちら)・M氏の協力により大変珍しいポスターが数多く展示されている。また2月23−25日には尾道映画祭が開催され、大林映画特集が組まれる(公式サイト)。その実行委員のひとりである元OBs広島・H氏からお誘いを受けたので、僕も18年ぶりに尾道を訪れることになった。

大林宣彦映画祭@シネ・ヌーヴォで「日本殉情伝 おかしなふたり ものくるほしきひとびとの群 夕子悲しむ」を観ながら気が付いたことがある。

映画の冒頭で竹内力と三浦友和は次のような会話を交わす(@広島県福山市鞆の浦)。

「初めて見る海はいいもんだ」
「毎日眺めてもいいもんだ」

そして劇中に流れる昭和歌謡曲「上海帰りのリル」の歌詞は、

船を見つめていた
ハマのキャバレーにいた
風のうわさはリル
上海帰りのリル リル

「大林作品はピアノ映画だ!」と看破したのは映画評論家・石上三登志だが、大林作品は同時に海の映画でもあった。9割以上の作品にが登場するのだ。

監督がこのなく愛する小説、檀一雄「花筐」も、福永武彦「草の花」でもは重要な役割を果たす。また少年の日、尾道の小高い丘で読み耽った小説として挙げているベルナルダン・ド・サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」の舞台となるのは絶海の孤島。そして物語の最後にヴィルジニーはに呑み込まれる。余談だが「ポールとヴィルジニー」のことを大林監督の著書で知り、探し始めたのが今から30年前。しかし既に絶版で、旺文社文庫として最後に出版されたのが1970年であった。図書館で蔵書検索をしても見つからず、漸く2014年になって光文社古典新訳文庫の仲間入りをして、読むことが叶ったのである。

後に映画のタイトルにもなった、大林監督が愛誦する佐藤春夫の「少年の日」はこんな詩だ。

野ゆき山ゆき海辺ゆき
真ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆえに
うれいは青し空よりも。

ここにもが出てくる。

現在僕の職場は神戸港に面しており、部屋の窓から燦めく瀬戸内のが見える。就職先を転々としてきたが最終的にここに落ち着いた。多分無意識のうちに瀬戸内海に引き寄せられて来たのだろう。そのことを今回「おかしなふたり」を再見しながら悟った。

続いてシネ・ヌーヴォで「麗猫伝説」も鑑賞。

16mmフィルムで撮られた「麗猫伝説」は日本テレビ「火曜サスペンス劇場」100回記念作品として製作され、1983年8月30日にオンエアされた。88年に公開された「おかしなふたり」とは姉妹編とも言うべき関係にあり、大泉滉、坊屋三郎、内藤陳、大前均、峰岸徹など共通する出演者も多い(あと美術監督の薩谷和夫が「麗猫伝説」では引退した映画監督として、「おかしなふたり」では風呂屋の親父として出演し、台詞もある)。両者を決定的に結びつけているのは瀬戸内キネマの存在である。「麗猫伝説」では撮影所として登場し、「おかしなふたり」では寂れた映画館の姿に変わり、最後は炎上する。この2作品以外に瀬戸内キネマは出てこない

「時をかける少女」の公開が83年7月16日であり、入江たか子・若葉の母娘は「時かけ」「麗猫伝説」の両者に出演している。

一般に「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」が《尾道三部作》、「ふたり」「あした」「あの、夏の日」が《尾道新三部作》と呼ばれており(監督公認ではない)、「麗猫伝説」「彼のオートバイ、彼女の島」「おかしなふたり」は《外伝》になる。言い換えるなら《はぐれた鬼》であり、《ものくるほしき映画の群》である。

兎に角、麦わら帽子を被った風吹ジュンが最高に可愛い!恋にはぐれた彼女が、尾道(向島)の坂道で自転車をこぐ場面は大林監督の真骨頂である(後の「さびしんぼう」に繋がっている)。当時の彼女は向田邦子の「阿修羅のごとく」「家族熱」や、山田太一の「岸辺のアルバム」などテレビドラマ黄金期の傑作群に出演し、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

風吹演じるスクリプターが住む居間には「オズの魔法使い」やチャップリン主演「キッド」のポスターが張ってある(「オズの魔法使い」は「時をかける少女」で原田知世の寝室に飾ってあったのと同じもの)。またスクリプターの寝室には「カサブランカ」のポスターも。

彼女が持つ時計は止まっている。「廃市」の主人公と同じ状況である。そして「おかしなふたり」も。つまり「麗猫伝説」の登場人物たちは生きながら死んでいるのである。

「麗猫伝説」の物語の骨格はビリー・ワイルダー監督「サンセット大通り」に基づいている。途中、食事の場面で入江若葉がグロリア・スワンソン、バスター・キートン、セシル・B・デミル監督、ヘッダ・ホッパー女史(ゴシップ・コラムニスト)の名を挙げるが、彼らは全員「サンセット大通り」の出演者である。そこに入江たか子が主演した化け猫映画の要素が加味されている(引用される映像は「怪猫有馬御殿」)。

入江の父は子爵だったが、父の死後生活に困窮し、映画界に入った。1932年に入江ぷろだくしょんを設立し、溝口健二監督による無声映画「滝の白糸」(33)が代表作となった(溝口はこの時、入江の方が自分より立場が上だったことを根に持っていた)。戦後主役が減り、バセドウ病を患ったりして大映に移籍し、化け猫映画に出た。1955年、溝口健二監督「楊貴妃」に出演した折、溝口から執拗なダメ出しをされた挙句、「そんな演技だから化け猫映画にしか出られないんだよ」とスタッフ一同の面前で口汚く罵られ、女優業を引退した。

そういった伝説を背負い、入江たか子は再びドラキュラのように蘇ったのである。柄本明演じる脚本家は赤いバラを持って伝説の大女優が棲む島を訪れる。ここでロジェ・ヴァディム監督の吸血鬼映画「血とバラ」のモティーフが繰り返される。劇中スクリプターが自分の恋人である脚本家の過去作を読む場面があるが、そこで引用されるのが1967年の大林監督の実験個人映画「EMOTION 伝説の午後=いつか見たドラキュラ」のシナリオ。これも「血とバラ」へのオマージュだ。なお最新作「花筐」に出演している柄本時生は言うまでもなく柄本明の息子であり、「花筐」にも血とバラが出てくる。さらに言えば「おかしなふたり」エンド・クレジットでは唐突に赤いバラが爆発する。

「麗猫伝説」では風吹ジュンが大泉滉演じる引退した映画監督にムチで打たれる強烈なSMシーンがあるのだが、クリストファー・リーが主演した映画「白い肌に狂う鞭」へのオマージュになっている。監督のジョン・M・オールドはマリオ・バーヴァのペンネーム。大林監督は劇場デビュー作「HOUSE ハウス 」で馬場毬男(ばばまりお)というペンネームを名乗ることを考えていた。これはマリオ・バーヴァのもじりであり、結局監督の少年時代を描いた映画「マヌケ先生」の主人公の名前として用いられた(三浦友和が演じた)。また映画「あした」で學草太郎(=大林宣彦)が作曲した音楽の旋律は「白い肌に狂う鞭」とそっくりであることを申し添えておく。

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