「ラ・ラ・ランド」「ノートルダムの鐘」〜大阪桐蔭高等学校吹奏楽部 定期演奏会2018
大阪桐蔭高等学校吹奏楽部が創部されたのは2005年。当初部員はたったの25人だった。翌年の06年には梅田隆司先生が総監督に就任され、いきなりその年に全日本吹奏楽コンクール(全国大会)@普門館に登場した。全国大会出場は今までに計10回、うち4回金賞を受賞している(他はすべて銀)。金賞を受賞した年、およびその時の自由曲を列記してみよう。
- 2009年 オルフ:カルミナ・ブラーナ
- 2010年 ヴェルディ:レクイエム
- 2011年 ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
- 2016年 ガーシュウィン:歌劇「ポーギーとベス」
銀賞だった年の自由曲はレスピーギ:ローマの祭り、ドビュッシー:海、エルガー:エニグマ変奏曲などである。ここで桐蔭が金賞を受賞するための【法則1】が浮かび上がる。つまり、原曲が声楽曲であること。これは梅田先生が大阪音楽大学声楽学科卒であることと無関係ではないだろう。つまり指揮者の資質・特性を示している。僕自身、桐蔭の演奏を長年聴いていて(最初は07年普門館での「海」)、どうも原曲がオーケストラ(器楽)曲の時はパッとしない。モヤモヤ〜っとしたわだかまりが残る。ところがどっこい、ミュージカルやオペラの楽曲になると音が活き活きして天下無双の団体に豹変するのである。面白いものだ。その現象を象徴するのが2017年のコンクール。16年には「ポーギーとベス」で史上最高の名演を繰り広げ文句なしの金賞を受賞した桐蔭がその翌年、同じガーシュウィンの「パリのアメリカ人」では銀賞に留まった。理由は明白だろう。「パリのアメリカ人」の原曲はオーケストラ作品なのだ。【歌うように奏でる】これこそが彼らの持つ最強の武器だ。
次に大阪桐蔭高等学校野球部が大阪代表として全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)に出場した年を見てみよう。
- 2005年
- 2006年
- 2008年
- 2012年
- 2013年
- 2014年
- 2017年
【法則2】が見えてきた。つまり野球部が夏の甲子園に出場した年に吹奏楽部は金賞を獲れないのである。恐らく練習不足に原因があるのだろう。吹部はコンクール直前に野球の応援に行かなければならない。梅田先生も甲子園球場で指揮をされる。この学校の特殊事情である。私立高校の本音として、学校の宣伝のためには吹部が全国で金に輝くよりも、野球部が甲子園で活躍することの方が大切だろう。一般的知名度が違いすぎる。詮ないことだ。
桐蔭は2017年夏の甲子園で「ラ・ラ・ランド」を初めて演奏し、お茶の間で話題沸騰となった。僕は「もしかしたら今年は吹コン自由曲も『ラ・ラ・ランド』で勝負するのでは!?」と大いに期待したのだが「パリのアメリカ人」と知り、がっかりした。どうも楽譜が間に合わなかったようである。
さて、2月28日(日)フェスティバルホールへ。大阪桐蔭吹部の定期演奏会を聴いた(最終公演)。
第1部(マーチングなどステージ・パフォーマンス)
- トーマス・ドス:トランペット&ブリッジズ(17年ウィーン国際青少年音楽祭課題曲)
- スーザ:海を超える握手
- ジャスティン・ハーウィッツ:ミュージカル「ラ・ラ・ランド」
(アナザー・デイ・オブ・サン〜サムワン・イン・ザ・クラウド〜ミアとセバスチャンのテーマ〜ア・ラブリー・ナイト〜エピローグ) - アラン・メンケン:ミュージカル「ノートルダムの鐘」
(ノートルダムの鐘〜僕の願い〜トプシー・ターヴィー〜ゴッド・ヘルプ〜ノートルダムの鐘リプライズ)
第2部(主に座奏)
- ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
- ムソルグスキー(ラヴェンダー編):組曲「展覧会の絵」
- 甲子園応援リクエスト・コーナー
- 三年間の歩み(栄光の架け橋〜風が吹いている〜今、咲き誇る花たちよ〜Hero)
- 森山直太朗:虹(卒業生を送る歌)
- ステージ・パフォーマンス
ルグラン:キャラバンの到着(ロシュフォールの恋人たち)
ガーシュウィン:パリのアメリカ人 - 銀河鉄道999(アンコール)
- 星に願いを(アンコール)
第1部で梅田先生はオーケストラ・ピットで指揮された。
ドスの曲はホルンが大活躍するファンファーレで、ヤナーチェクのシンフォニエッタにそっくりだった。桐蔭の生徒さんたちがウィーンのプラーター公園で野外コンサートする映像が映し出されたが、映画「第三の男」で余りにも有名な大観覧車には皆さん乗ったのだろうか?
今回定期の隠しテーマは「フランス」だと言えるだろう。
- 初心者のためのミュージカル映画講座〜「巴里のアメリカ人」から「ラ・ラ・ランド」へ 2017.12.10
待ちに待った「ラ・ラ・ランド」はまず衣装が映画通りキャンディー・カラーで魅了された。♪アナザー・デイ・オブ・サン♪はミシェル・ルグラン作曲「キャラバンの到着」への熱いオマージュでもあるのだが、ちゃんとトラックの荷台から楽隊が登場する場面も再現されており、感動した(作曲家ハーウィッツ自身が映画「ロシュフォールの恋人たち( The Young Girls of Rochefort ) 」からの影響を語った記事はこちら)。ただ歌の音声がマイクで充分に拾えておらず、楽器の音に負けていたのが残念だった(歌詞が聴き取れなかった)。デュエット・ダンス♪ア・ラブリー・ナイト♪ではユーフォニアムとサックスの掛け合いになっており、素敵だった。タップ板(タップボード)を設置して、男子生徒が華麗なタップダンスを披露する場面もすごく良かった。あとエピローグでの合唱(ヴォカリーズ)が極上の美しさ!「シェルブールの雨傘」ラストシーンのカトリーヌ・ドヌーヴが目に浮かんだ。
- ジャック・ドゥミ「港町三部作」から聖林ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」へ 2016.12.31
なお、公演プログラムに《最新のブロードウェイ・ミュージカルの作品「ラ・ラ・ランド」》と記載があったが、これは間違い。「ラ・ラ・ランド」の楽曲は全て映画オリジナルであり(故にアカデミー作曲賞を受賞)、ブロードウェイでは上演されていない。
ところで僕は「ノートルダムの鐘」こそ作曲家アラン・メンケンの最高傑作だと常々想っている。
クロパンがトリックスターだということは上記事に書いた(トリックスターの説明も)。トリックスター(道化)は境界を超え出没し、世の中の常識や価値を転倒させる。道化師の衣装はだんだら縞であり、白↔黒の反転を象徴している。♪トプシー・ターヴィー♪で「逆さま」という歌詞が強調されるのはそのためだ。
キリスト教徒は二分法(二項対立)の世界に生きている。天国と地獄、天使と悪魔、光と闇、正義と悪、無垢と穢れ( innocent vs. guilty )。禁欲と欲望(享楽)。コンピューターの情報処理も2進法だー0か1か、白か黒か。ヴィクトル・ユーゴーの小説は両者を混ぜ合わせることを欲している。それがトリックスターだ。「レ・ミゼラブル」でその役割を担うのはテナルディエ夫婦である。
ユーゴーの父はナポレオンに仕える軍人で共和派だった。一方、母は王党派であり、政治思想の違いによる確執から不和を生じ、息子は長きに渡る父親不在の生活を強いられた。二極間の争いはもううんざり。故になんとか融和の道はないものか?という考えを持つに至ったのではないだろうか。きれいと汚いが交わるところ=カオス(混沌)にしか新しい創造はないのである。
聖職者フロローの悲劇は徹底した禁欲を自分に課そうとしたことにある。よって寧ろ欲望の炎が燃え上がってしまった。これは「レ・ミゼラブル」で法の番人であろうとし、非情に徹したジャベール警部の正義が最後に脆くも崩れ、破滅したことに呼応する。極端に走らず、清濁併せ呑む。これこそが賢く生きる知恵=野生の思考(by レヴィ=ストロース)なのだろう。
僕が注目したのは結末である。ディズニー・アニメ版はエスメラルダが死なず、カジモドは自由の身となるハッピー・エンド。一方、原作に忠実な舞台ミュージカル版はカジモドがフロローを殺し、彼もエスメラルダも死んでしまう悲劇。結局、桐蔭はアニメ版に基づく上演だった。僕はオリジナル版の方が好きだけれど、高校生の卒業イベントなのだからこれは仕方ない。納得した。
2017年の全日本吹奏楽コンクールにおいて、宇畑知樹/伊奈学園総合高等学校は自由曲で「ノートルダムの鐘」を演奏し、金賞に輝いた。今回の大阪桐蔭の演奏は起伏があり劇的で、伊奈学園を上回っているんじゃないかと想った。梅田先生、来年度こそは是非ミュージカルで勝負してください!
第2部のワーグナーにはアイーダ・トランペットが登場。チューバ11人、ユーフォ9人、トロンボーン16人と低音が充実しており、ド迫力だった。
「展覧会の絵」はプロムナードのトランペット・ソロ、そして「サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」でのピッコロ・トランペットがすごく上手かった。あとラヴェル編曲のオーケストラ版でも木管楽器が活躍する「卵の殻をつけた雛の踊り」は吹奏楽編曲版でも違和感なく聴けた。
甲子園応援リクエスト・コーナーでは恒例となっているが、野球部員が舞台に上がりボールを打って、キャッチした観客がリストの中から曲を選ぶ仕組み。ところが空振り続きで、梅田先生が打ったボールが一番飛んだという始末。会場は爆笑で、大いに盛り上がった。選ばれたのは①ウィリアム・テル序曲(「ローン・レンジャー」のテーマ)②君の瞳に恋してる③アゲアゲホイホイ。「君の瞳に恋してる」はフォー・シーズンズのフランキー・ヴァリによるソロシングルが有名。当然フォー・シーズンズが主人公のブロードウェイ・ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」にも登場。日本版でフランキー・ヴァリを演じた中川晃教は菊田一夫演劇賞&読売演劇大賞の最優秀男優賞を受賞した。2018年の再演は大阪公演も予定されているので、今から待ち遠しくて仕方ない(興味のある方はまずクリント・イーストウッド監督の映画版をご覧あれ)。
卒業生を送る歌は桐蔭得意の映像を駆使した趣向が凝らされており、卒業生全員の名前が順番に出て、彼/彼女らの1年生時の写真並びに、現在の動画が一人一人紹介された。
ここで主賓の紹介あり。振り付けを担当した洋あおい氏(元OSKトップスター)、演奏の指導をしている大阪フィルハーモニー交響楽団首席クラリネット奏者・金井信之氏、そして同首席ホルン奏者・高橋将純氏。高橋氏が指導するようになり、ホルンの生徒たちが見違えるように上手くなったそう。余談だが、先日レスピーギの「ローマ三部作」が取り上げられた大フィル定期でも、高橋首席が出ない前半と、出た後半ではホルン軍団のレベルが段違いだったことを申し添えておく。
「キャラバンの到着」はパンチが効いてホーン・セクションが炸裂!僕はこのルグラン・ジャズでマーチングする桐蔭は最高に格好いいと想っているのだが、演奏している生徒さんや保護者の方々の感想はどうなのだろう?何しろ50年前の曲だし(「ロシュフォール」の公開は1967年)、ちょっと不安。本音のコメント求む。
そして「パリのアメリカ人」も躍動感があり、フォーメーションは綺麗で疵のない演奏だった。
アンコールの「銀河鉄道999」ではまるでプラネタリウムのように無数の星が燦めく照明が実に美しかった。
こうして3時間に及ぶ、ギュウギュウに中身が詰まった演奏会は幕を閉じた。大満足、お腹いっぱい。
最後に、来年の桐蔭定期で是非聴きたい曲をリクエストしておく。現在公開中のミュージカル映画、ヒュー・ジャックマン主演「グレイテスト・ショーマン」から"This Is Me"。昨年バブリーダンスで一世を風靡し、荻野目洋子と「輝く!日本レコード大賞」にも出演した大阪府立登美丘高校ダンス部@堺市のパフォーマンスで御覧ください→こちら!!一昨日シネコンで観てきたのだけれど、この曲が力強く流れる場面では心底感動した。間違いなくアガる!映画の台詞を借りるなら、正しくa "celebration of humanity"である。作詞・作曲ベンジ・パセック&ジャスティン・ポールのコンビは映画「ラ・ラ・ランド」で作詞を担当(後者の作曲はジャスティン・ハーウィッツ)。昨年はブロードウェイ・ミュージカル"Dear Evan Hansen"でトニー賞のミュージカル作品賞・楽曲賞など6部門を受賞した。
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コメント
定期演奏会にご来場頂きありがとうございます。
只今、定期演奏会が終わり学年末テストの真最中。
一年で一番ゆっくり?できる時かも知れません。
いつも素敵なブログコメントをありがとうございます。
~「キャラバンの到着」はパンチが効いてホーン・セクションが炸裂!僕はこのルグラン・ジャズでマーチングする桐蔭は最高に格好いいと想っているのだが、演奏している生徒さんや保護者の方々の感想はどうなのだろう~
この一年間の本番で最も多く演奏した曲は「銀座鉄道999」
それに次ぐ曲が「キャラバンの到着」だったと思います。
私も含め生徒や保護者もこの曲がとても好きです。
ご紹介頂き、ありがとうございました。
そうそう先日、「グレイテスト ショーマン」を鑑賞してきました。大変!感銘しました。是非、演奏したいと思いますが、楽譜がなかなか手に入らない。今回の「ララランド」「ノートルダム」も最近でこそ、やっと吹奏楽譜版が出だしたのですが、楽譜の申請やら演奏許可等でコンクールでの挑戦となると課題が多いですね。とくに歌詞が絡むとさらにハードルが上がります。市販のボーカルピアノ譜を元に生徒たちが耳コピーで楽しく演奏しているのが現状です。
「吹奏楽コンクール」は戦前から続く大変、権威ある行事なのでここでの評価は吹奏楽界では非常に高いものがあります。只、55人に絞るのが一番の苦痛です。マーチングコンテストも80名の人数制限となり、ここでもメンバーを絞るのが苦痛となりオーブン参加に変えました。さすがにコンクールを止める勇気はありませんが。そこで人数制限のない新しいコンテストに挑戦するようになりました。「管楽合奏コンテスト」と「全日本高等学校吹奏楽大会」です。人数制限もなく歌詞もオッケーです。2つとも関東ですので遠征費の負担がありますが「青年の家」等の利用で経費の負担軽減に努めています。
長々と書きましたが、今後とも素敵なアドバイスを楽しみにしております。
追伸、4/29(日)15時~30(祝)16時迄がフラワーコンサート。5/3岐阜県土岐市5/4長野県松本5/5新潟県妙高5/6石川県小松とテスト明けから準備が大変です。あっ!その前に甲子園応援ですね。頑張ります。
投稿: Umeda | 2018年2月28日 (水) 06時13分
梅田先生、温かいコメントをありがとうございます!大変恐縮です。
毎回好き勝手なことを遠慮なく書き連ね、大変申し訳なく思っております。ただ正直に書くことが僕に与えられた役割なのだろうと、勝手に考えております。
生徒さんをなるべく全員コンテストに参加させたいという先生のお気持ちには感服致します。数年前までは人数制限のなかった「全日本マーチングコンテスト」、それでも運営上全く問題がなかったのに、どうして人数制限なんかするのでしょう?改悪以外の何ものでもありません。馬鹿げています。3出休みの廃止された「全日本吹奏楽コンクール」といい、理事長が交代してからの全日本吹奏楽連盟はろくなことをしない。怒りすら感じます。
今年のアカデミー歌曲賞は「グレイテスト・ショーマン」の"This Is Me"と、ピクサー・アニメーション「リメンバー・ミー」の一騎打ちです。下馬評では「リメンバー・ミー」が勝つのではないかと噂されていますが、僕は断然"This Is Me"の方が傑作だと固く信じています。なお、アカデミー作曲賞は明日から公開される「シェイプ・オブ・ウォーター」で決まり。これも素敵な楽曲です。但し吹奏楽には向きません。何しろメインの楽器が口笛とアコーディオンですから!
4月のフラワーコンサート、出来る限り足を運びたいと思っております。それでは、また。
投稿: 雅哉 | 2018年2月28日 (水) 18時56分