「銀河鉄道999」に見る、松本零士の病理
僕が小学校低学年の頃、コミックスは「オバケのQ太郎」とか「ドラえもん」等を中心に読んでいて、完全に藤子不二雄派だった。大学生になると「ブラック・ジャック」「火の鳥」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」など手塚治虫や「トーマの心臓」「ポーの一族」など萩尾望都を読み漁った。一方、松本零士には全く食指が動かなかった。彼が描くメーテルら美女たちが好みでなかったのも大きいだろう。
初めて「銀河鉄道999」に興味を覚えたのは、大阪桐蔭高等学校吹奏楽部のアンコール定番曲としてゴダイゴの主題歌を聴き、大のお気に入りになったからである。そこで映画を観てびっくり仰天した。その経験を通して思索したことについて下の記事に詳しく書いた。
メーテルのイメージが、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画「わが青春のマリアンヌ」(1955)に由来することにも触れた。
さてこの度、4Kテレビ購入と同時に加入したNetflixに「銀河鉄道999」のテレビ版が配信されていることを知り、一気に45話(ワルキューレの空間騎行 後編)まで観た(Netflixでの配信は12月15日に終了)。そこで気づいたことをまとめよう。
「銀河鉄道999」を支える三つの太い柱がある。
- エディプス(マザー)・コンプレックス=母性社会日本の病理
- ルサンチマン
- 人情噺=江戸落語的
1.については上記事で縦横無尽に語ったので省略する。
ルサンチマンとはドイツの哲学者ニーチェが創造した概念である。弱者が強者に対して持つ、憤り・怨恨・憎しみの感情のことを指す。ニーチェはイエス・キリストの思想を批判する目的でこの言葉を用いた。当時のユダヤ人たちはローマ帝国に支配され、貧しく、恨みの感情を抱いていた。ここで価値の転倒(発想の転換)が起こる。「虐げられている俺達が正しい。支配者(ローマ帝国)こそ悪だ!そして現世では幸福になれなくても、死後天国に行けばきっと幸せになれる」(彼岸=絶対的不動の善・真理の設定)
このルサンチマンの心理はフランス革命やロシア革命にも当てはまる。圧政に苦しむ民衆・人民こそが正義。贅沢三昧の生活を享受するルイ16世/ロマノフ家/ブルジョアジーは悪。だから彼らを処刑せよ!奴らの財産は俺達のものだ!!
いわゆる従軍慰安婦問題など韓国人が日本人に対して抱いている、どうしても拭い去ることが出来ない恨【ハン】(解説はこちら)という感情もルサンチマンの亜種であろう。
「銀河鉄道999」で鉄郎とメーテルは様々な星に停車する。その多くで人々は貧しい生活を強いられ、権力者への恨みをつのらせている。鉄郎はアンドロメダ星雲にあるという、機械の体をタダでくれるという星を目指して旅をするが、それは正しく彼岸=永遠=イデア(哲学者プラトンが説く理想郷)である。
このルサンチマンをこじらせた世界観は松本零士の生い立ちと無関係でない。彼は福岡県久留米市に生まれた。父親は元軍人で、戦後は実家のある大平村で素焼きをし、小倉では大八車を押して野菜の行商をしながら線路脇のバラックに住んでいたという。彼がどれほど貧しい生活を送っていたかは→こちらの記事に詳しい。
松本零士と対象的なのが手塚治虫の漫画である。手塚漫画にはマザー・コンプレックスもなければ、ルサンチマンも皆無である。
手塚は代々医者の家系に生まれた。曽祖父は蘭方医で、漫画「陽だまりの樹」のモデルになっている。父は宝塚倶楽部の会員であり、一家はしばしば宝塚ホテルで食事をした。そして幼少期に母には宝塚少女歌劇団に連れて行ってもらっていた(この体験が「リボンの騎士」の原点となる)。家には8mmカメラがあり、当時の治虫の映像が残っている。また家の映写機でディズニーのアニメを初めて観たという。1930年代の話である。つまり手塚は正真正銘「良家のお坊ちゃん」だったのだ。
松本零士と手塚治虫。ふたりの「お育ちの違い」が作品に明白に反映されているというのは興味深い現象である。三つ子の魂百までとは、言い得て妙だ。
江戸落語にもルサンチマンが渦巻いている。貧乏長屋に住む庶民の、武士の横暴に対する怒り・怨念。「たがや」がその代表例だろう。そして江戸っ子は人情噺を好む。一方、豊かな商人の街に発展した上方落語にはルサンチマンも人情噺も綺麗サッパリない。つまり松本漫画 ≒ 江戸落語/手塚漫画 ≒ 上方落語という図式が成り立つのである。
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