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【いつか見た大林映画】第6回 「はるか、ノスタルジィ」と20世紀篇落穂拾い

「姉妹坂」は1985年12月に斉藤由貴主演・相米慎二監督「雪の断章」と併映で東宝の正月映画として公開された。また86年03月14日「輝き 沢口靖子・少女の時間」という番組がテレビ東京で放送された。これは大林宣彦監督が「姉妹坂」で主演した沢口靖子のアルバムから(赤ん坊の時から東宝シンデレラに初代グランプリに輝くまで)写真を選び、パラパラ漫画みたいに編集、それを二人が観ながら語り合うという構成だった。「姉妹坂」は一般の方々にお薦め出来るような完成度から程遠いが、登場人物が交わす視線の先に誰がいるかを追っていくと表面上描かれたものとは全く別の物語が浮かび上がるという仕掛けが施されており、僕は嫌いじゃない。この視線に語らせる演出法は「廃市」でも試みられているが、「姉妹坂」の方がより徹底している。また全面的にリストのピアノ曲 ”ため息”(3つの演奏会用練習曲より)がフィーチャーされており印象的だ。

88年の松竹映画「異人たちとの夏」は原作が山田太一(「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」)、脚色が市川森一(「傷だらけの天使」「淋しいのはお前だけじゃない」)という布陣で、主人公(風間杜夫)の死んだ両親を演じた片岡鶴太郎と秋吉久美子がその年の映画助演賞を総なめにした。また特撮場面で500万円を投じハイビジョンが使われたが、これは「ふたり」(91)への布石となった。風間杜夫が幽霊(異人)たちに生気を吸い取られて痩せ衰えていくのだが、その特殊メイクが僕は好きじゃなかった(色々細工をくっ付けるので、寧ろ顔が大きくなり不自然)。

89年に公開された「北京的西瓜」は船橋市郊外で八百屋を営む夫婦と中国人留学生の交流を描く実話。「異人たちとの夏」で好評を博した片岡鶴太郎主演で企画されたがスケジュールが空かず、ベンガルに変更となった。中国で再会する場面を実際に現地でロケする予定だったが、折り悪く天安門事件が勃発した。中国側からは「スタッフの安全を保証する」と打診されたが、監督は中止を決断した。その場面では37秒間画面が真っ白になる。これは事件が起こった1989年6月4日の数字を全て足した時間に相当する(1+9+8+9+6+4=37)。アヴァンギャルド(前衛的)だし、心の痛みを伝えたいという監督の意図はよく分かるのだが、なんとも歪な、欠落のある作品に仕上がった。なお本作を観て感銘を受けた作曲家の久石譲が「手弁当で大林組に参加したい」とラブコールを送り、「ふたり」「はるか、ノスタルジィ」という名コンビ誕生の契機となった。

「はるか、ノスタルジィ」は「転校生」「さびしんぼう」の原作者・山中恒の故郷・小樽を舞台にした映画である。「ふたり」が撮影された翌年、同じ石田ひかり主演で91年初夏に撮影が開始され、11月に完成した。脚本を大林監督が単独で執筆するのはこれが初めて。故に微熱の玻璃あるいは悲しい饒舌のような想いが溢れ出る作品に仕上がった。1992年10月25日にWOWOWで「はるか、ノスタルジィ:スペシャル・ディレクターズ・カット・WOWOWヴァージョン」が先行放送された。93年に公開された劇場版の上映時間は165分でWOWOW版は118分、47分短かった。特に映画後半部分がバサッとカットされており、ヒロインはるかの母親は登場しない。

Haru

これは我が人生に於いて最愛の映画である。阪本善尚の流麗なカメラワーク、薩谷和夫渾身の美術、久石譲の魂を震わせる美しい音楽。野口久光によるポスターも素晴らしい。そして大林宣彦の変態性、ここに極まれり!(←褒めてます)

物語は中年の主人公(勝野洋)が久しぶりに小樽に帰郷し、そこで出会った(もしかしたら本当の自分の娘かもしれない)少女と最終的に性交し、もう一度生きてみようと再起する物語である。ある意味ニーチェの言う「永劫回帰」的でもある(特にエピローグ)。大林監督にも一人娘がいて、無意識の欲望潜在意識を描いた罪の匂いがする作品とも解釈可能だろう。監督は手塚治虫のことを”sister complexの作家”と看破したが、ならば大林宣彦は”daughter complexの作家”であると言える。自分自身を赤裸々なまでに曝け出した、大林映画のエッセンスが凝集された一本である。

また「花筐」と共に大林監督のライフワークである福永武彦の小説「草の花」で重要な役割を果たすショパン:ピアノ協奏曲 第1番がここで流れたのには衝撃を受けた。監督、僕は未だ映画「草の花」の実現を諦めていません!!何時までも待ち続けます。

「はるか、ノスタルジィ」公開当時、この映画が週刊ポストで取り上げられた。実に情けない内容で、要はヒロインを演じた【石田ひかりの乳首が見えるか?見えないか?】という話題であった。彼女は92年10月から93年4月までNHKで放送された朝ドラ「ひらり」で主演を努めた。また92-93年と連続で紅白歌合戦の司会に抜擢されている。記事によると元々彼女のヌードシーンが撮られていたが、朝ドラヒロインが決まったので、このまま公開したのでは不味いだろうと監督が再編集し、際どいシーンをカットしたというのである。そういう視線で観ると、確かに奇妙なショットがある。映画終盤、学生時代の主人公(松田洋治)が石田ひかりの服を引き裂く場面で、カメラが不自然に寄るのだ。どうもカメラ機器自体によるズーミングというよりは、編集段階でトリミング(画面の一部だけを切り出す加工処置)しているような動きなのである。で、結論を言えば、ほんの一瞬だけ見えます。興味ある人はDVDで確かめてみて。

「はるか、ノスタルジィ」に憧れて、小樽に何度か旅をした。映画に登場する喫茶店「海猫屋(創業40年を経て2016年に閉店)」や「さかい屋」、鰊御殿に行ったし、【はるかの丘】も見つけた。また現地で上手い魚介料理を安く食べさせてくれる「一心太助」という店が大のお気に入りとなったが、伝え聞くところによると2006年11月にノロウィルスの食中毒をおこし、閉店になったそうだ。また大林映画では「廃市」の福岡県柳川市、原田知世主演「天国に一番近い島」(1984)のウベア島@ニューカレドニアでもロケ地巡りをした。

92年には「青春デンデケデケデケ」が公開された。原作は直木賞を受賞した芦原すなおの自伝的青春小説。ロックバンドを結成した高校生たちの群像劇である。瀬戸内海を挟み、尾道の向かい側にある香川県観音寺市でロケされた。ベンチャーズ、チャック・ベリー、ナット・キング・コール、コニー・フランシスなどのロックンロール、ポピュラー音楽がふんだんに流れる。大林監督はクラシック音楽、特にショパン・シューマン・リストなどロマン派のピアノ曲を偏愛しているので、この素材は意外であった。しかし大変魅力的な作品に仕上がった。未だ10代だった浅野忠信が出演している。

1996年9月23日、赤川次郎原作「三毛猫ホームズの推理」がテレビ朝日系で放送された。主人公(警視庁捜査一課の刑事)を陣内孝則、その妹を葉月里緒菜が演じた。95年に葉月は映画「写楽」で共演した真田広之との不倫が発覚。「恋愛相手に奥さんがいても平気です」と語り激しいバッシングを受けた。その後真田は手塚理美と離婚した。98年に大林監督は映画「SADA〜戯作・阿部定の生涯」の主演に葉月里緒菜を起用するが、ドタキャンされ黒木瞳に交代となった。黒木は葉月より15歳も年上なので、ここは”魔性の女”葉月で阿部定を見たかったなぁ。余談だが、劇団大人計画の阿部サダヲの芸名は阿部定に由来する。この年葉月はハワイ州在住の寿司職人と電撃結婚するも、わずか2ヶ月で離婚。かなり精神的にヤバイ状態だった。故に98年2月21日にオン・エアされた「三毛猫ホームズの黄昏ホテル」では陣内の妹役を宮沢りえが演じた。

「三毛猫ホームズの推理」の函館ロケで”行き止まり”という喫茶店が登場する。葉月がそこでお兄ちゃん(陣内)を待っていて、店内に流れているのがリストの”ため息”。

98年に公開された「風の歌が聴きたい」は実在する聴覚障害の夫婦の出会いから、宮古島でのトライアスロン参加するまでを描く。天宮良と中江有里が好演した。僕は本作を岡山市内の映画館ではなく、三木記念ホールでOBs Club広島のH夫妻と一緒に観た。確か1日限りの上映だったと記憶している。日本語字幕付きだった。そして最後に主題歌を森公美子が手話と共に歌った。爽やかな作品で、時系列を入れ替えているのがいかにも大林映画らしかった。

TO BE CONTINUED...

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