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2017年9月12日 (火)

「ゴドーを待ちながら」@京都造形芸術大学

9月10日(日)京都造形芸術大学内にある京都芸術劇場 春秋座へ。

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サミュエル・ベケット作「ゴドーを待ちながら」を観劇。

God

芝居の前に大学キャンパス内にあるお洒落なカフェ・ヴェルディでランチをいただく。すると隣りに座った女子大生の会話が聞こえてきた。

「先日、古墳を見に行ったの」「私は車で神社に立ち寄った」「(天空の城)竹田城跡にひとりで行ったら、ガイドさんから『エッ、ひとりで来たの!?』と驚かれたわ」

といった内容で、ここは異世界だな!と感じ入った。因みにこの大学は、女優・黒木華(ドラマ「重版出来!」、映画「小さいおうち」、「幕が上がる」、「リップヴァンウィンクルの花嫁」)の出身校でもある。

また芝居の幕間に僕が「ゴドーを待ちながら」の台本を読んでいると、隣りに座った70−80歳代の老夫婦から声をかけられた。

「わたしたち学生時代にこれに出演したんですよ。懐かしくてみんなで観に来ました」

これにも心底驚かされた。

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アイルランドに生まれフランスに渡り、ナチス・ドイツ占領下のパリでレジスタンスに身を投じた経験を持つベケットは1969年にノーベル文学賞を受賞。しかしもし彼が、1952年に出版され翌年パリで初演された「ゴドーを待ちながら」を書いていなかったら、受賞はあり得なかっただろう。20世紀演劇界最大の問題作であり、最高傑作と称賛されている。この一作が世界演劇の流れを変えたとさえ言われる。オリジナルはフランス語だが、作者自身による英語版もあり、一部台詞が異なっている。アメリカ初演は惨憺たるもので、初日に最後まで残っていた観客はテネシー・ウィリアムズほか数名だけだったという。フランス語版は初演のままだが、ベケットは英語版を3回(ベルリン公演で2回+ロンドン公演で1回)改訂している。

今回はベケット作品を演るためにアイルランド・ダブリンで結成された演劇集団マウス・オン・ファイヤが、晩年にベケットが残した演出ノートに基づき上演した。演出はカハル・クイン。配役は、

  • エストラゴン:ドンチャ・クロウリー(アイルランド・コーク出身
  • ウラジーミル:デイビッド・オマーラ(ダブリン出身)
  • ポッツォ:マイケル・ジャッド(ダブリン出身)
  • ラッキー:シャダーン・フェルフェリ(インド出身)
  • 少年:下宮真周

日本語字幕は背景のスクリーンに映し出された。

本作は不条理演劇の代表作とされる。浮浪者ふたりが木の下でゴドーを待っているが、最後まで彼は現れない。Godotという名前にはGodが内包されており、「神の不在」がテーマとなっている。

僕が今回本作をどうしても観たいと想ったのは、映画「桐島、部活やめるってよ」がすこぶる面白かったからだ。

内容は哲学的である。デカルトは「方法論序説」の中で《我思う、故に我あり》と説いたが、ベケットは《いま思っている我(われ)って、誰(だれ)?》とその実存に疑問を投げかける。存在の不確かさ、生きるということへの茫漠とした不安(死への誘惑)。我々は何処から来て、何処へ行くのか?そして記憶の曖昧さ、あてにならなさ。押井守のアニメ「機動警察パトレイバー the Movie」とか「迷宮物件」などはゴドーから多大な影響を受けているように想われる。

登場人物たちは《救済》とか《希望》、《夢の実現》を待ち続けている。でも実際のところ何も起こらない。手持ち無沙汰、宙ぶらりんな状態。人生ってこういう日々の繰り返しなんじゃない?とベケットが語りかけてくるように僕には想われた。

かつて「ゴドーを待ちながら」は何を表現しているのか?と問われたベケットは「共生だよ」と答えたという。エストラゴンとウラジーミルの関係は「友愛(腐れ縁)」であり、途中から登場する金持ちのポッツォとその奴隷・ラッキーは「主従」ー抑圧する者とされる者を表現している。またポッツォが何度もゴドーと間違えられる場面があり、イエス・キリストのイメージが重ねられているとも解釈可能だ。今回の演出でも3人が地面に倒れる場面はポッツォが中央、エストラゴンとウラジーミルがその両脇に配され、全員が両手を真横に伸ばし、足を交差する姿勢をとっていた。つまり十字架にかけられたイエスと2人の悪党を象徴させていたのである。舞台にポツンと立つ柳の木も十字架の形だった。

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ベケット自身、本作が刑務所で上演されるのを支援し、囚人たちがこの劇に描かれた「待つこと」や抑圧、無力に共感する姿を目の当たりにしたという。そしてマウス・オン・ファイヤもアイルランドの幾つかの刑務所で上演している。

芝居がはねた後、大学の教室に場所を移し、ポスト・パフォーマンス・トークが開催された。カハル・クインと、東京大学名誉教授でフランス文学者、そして演出家でもある渡邊守章がパネリストを務めた。

渡邉がフランスに留学したのが1956年。船旅で本来なら30−31日でつく筈が、折り悪く10月29日から第二次中東戦争が勃発、スエズ運河が閉鎖になった。よって航路が迂回されたため、53日かかった。だからその時はベケットどころではなく、結局パリで観ることが出来たのは1960年代後半(68年の五月革命前夜)だったという。

またかつて蜷川幸雄が1994年に銀座セゾン劇場で市原悦子・緑魔子らにより《女相撲版》「ゴドーを待ちながら」を上演したことがあり、後に無許可だったことがバレて版権元から大目玉を食らったそう。生前にベケットは女性が演じることを決して認めなかった。

クインはまず本作がtragicomedy(悲喜劇)であり、悲劇と喜劇のどちらか一方に偏るべきではないという見解を述べた。スラップスティック(どたばたギャグ)という側面もあれば、悲しみとか痛みに浸る場面もある。登場人物たちが喋っている場面は沈没するボートの水を一生懸命掻き出している状況であり、繰り返される間・沈黙は悲劇であったり死を意味している。そして彼はベケットが愛読していたというショーペンハウアー(ドイツの哲学者)の著書「意志と表象としての世界」から次のようなアフォリズムを引用した。

人生は、全体を眺め最も重要な特徴のみを強調するなら正しく悲劇だが、仔細に見れば喜劇的性格を帯びている。

またウラジーミルは月とか柳の木とか上を見る動作が多いので声のトーンが高い役者を起用し、エストドラゴンは足元とか地面を見ることが多く、トーンが低い役者にしたと。さらに第1幕最後は背景の空を赤く、満月を青くして「繰り返し」を示し、第2幕最後は空を青、月を赤くして日食や世界の終末を示唆したそう。

いや〜刺激に満ちた貴重な体験だった。

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