【アフォリズムを創造する】その7「矛盾について」〜宮﨑駿という男
- 【アフォリズムを創造する】その1「資本主義 vs. 共産主義」
- 【アフォリズムを創造する】その2「EU及びグローバリズムという病」
- 【アフォリズムを創造する】その3「超人」とは何か?そして「永劫回帰」とは?
- 【アフォリズムを創造する】その4「立川談志とニーチェ」
- 【アフォリズムを創造する】その5「善悪の基準」
- 【アフォリズムを創造する】その6「芸術について」
世の中では首尾一貫した行動が褒められる。「AだからBだ」と筋が通った発言が求められる。原因があって結果がある。それは一般に永遠不変の真理とされる。例えば「神様がいるから、現在の我々が存在する」といった具合だ。旧約聖書によると人(アダム)は神の姿に似せて創造され、女(イヴ)はアダムの肋骨から創られたという。
論理的思考が法体系を整備し、科学を発展させてきた。コンピューターは全て2進法で計算し、情報を処理する。
「辻褄が合う」ことが良いとされる。そういう理屈を考えるのは意識・自我(ego)の部分だ。しかし人のからだ・自己(self)はもっと大きな理性で出来ている。そこには無意識が含まれる。無意識は混沌としており、魂という訳の分からないもので出来ている。深層心理学において、それを探る方法が夢分析である。
宮﨑駿のアニメーション映画「風の谷のナウシカ」を初めて観たのは大学生の時だった。その時から僕は「矛盾に満ちた人だなぁ」と想っていた。
宮さんは「戦争は駄目だ」「《風の谷》のように人は自然とともに生き、自給自足の生活をおくるのが一番幸せだ」と言う。しかし宮崎アニメの醍醐味は戦闘シーンにある。彼は戦車や戦闘機など殺戮兵器が大好きだ。意識が語る言葉と、からだが示すことが分裂している。その極めつけが次の場面だ。
ペジテ市の輸送船に捕えられたナウシカの脱出をアスベルが助ける。メーヴェに乗り飛び立つナウシカをトルメキア帝国の武装航空コルベットが追撃する。万事休すかと思われたその時、ナウシカの救援に駆けつけたミトのガンシップが正面から忽然と現れ、その砲撃でコルベットは大破、撃沈する。ナウシカは当初「ミト!」と満面の笑みを浮かべるが、その直後に炎上し墜落するコルベットを振り返り、「嗚呼、あの船に乗っている人たちは皆死んでしまうんだわ」と哀しみの表情に変わる。「殺さないで!」と叫ぶ一方で、敵を殲滅することで自分が助かったのを喜んでいる(実際別の場面で彼女は怒りに駆られ、トルメキア兵を数名殺戮している)。完全に矛盾している。
平和や自然、調和を愛する(アポロン的である)一方で、根源から湧き上がる破壊衝動(デュオニソス的側面)がある。この矛盾は終始、宮崎アニメに付き纏ってきた。
宮﨑駿は一貫して共産主義者(communist)である。東映動画時代は高畑勲と一緒に労働組合幹部として会社と闘った。《風の谷》も、「もののけ姫」の《たたら場》も、生活共同体(commune)幻影の産物である。しかしその反面、スタジオ・ジブリ時代は日本テレビと組み大ヒットを飛ばし、米国配給では資本主義の権化とも言うべきディズニー・スタジオの協力を得た。もし宮﨑駿がソビエト連邦や中華人民共和国に生まれていたら、今日のような作品は生み出せなかっただろう。これも矛盾だ。
そんなある日、スタジオ・ジブリの鈴木敏夫プロデューサーが彼にこう言った。「宮さん、矛盾に対する自分の答えを、そろそろ出すべきなんじゃないですか。年も年だし」そうして生まれたのが「風立ちぬ」である。
「風立ちぬ」の堀越二郎は悪魔に魂を売った男である。彼は零戦の設計に全精力を注ぐ。それは殺戮兵器=戦闘機である。何故か?「美しいから」……答えは極めてシンプルだ。彼は善悪の彼岸にいる。他人からどんなに誹られようと構わない。糾弾・問責はしっかりと受け止める。それでも夢を信じ、自分がやりたいことを貫き通す。その覚悟についての物語である。つまり本作の肝は、力強い矛盾の肯定だ。真に美しい映画であった。
混沌(chaos)から創造が生まれる。世界は矛盾で満ちている。矛盾した自己(self)、混沌とした世界をまず肯定することから生を始めよう。
また宮﨑駿へのインタビュー記事をまとめた本「風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡」の中で彼は次のように語った。
(旧約聖書の中の一書)伝道の書に書かれてる突き抜けたニヒリズムっていうのは読んでてちょっと元気が出ました。黄泉の国に行ったら何もないよって、権謀も術策もないけど知恵も知識もない。だからおまえの空なる人生の間は自分のパンを喜びをもって食い楽しみながら酒を飲んで、額に汗して尽くせるだけのことを尽くして生きるのは神様も良しとしているんだっていう。すごいですねえ、旧約聖書っていうのはすごいものなんだなあっていうのを初めて知ったんです。
引用文中下線部は噺家・立川談志の言う「人間の業」の肯定と全く同じ趣旨である。
そして(「人生なんて所詮こんなものだ、意味なんかない」という)ニヒリズムを突破し、自分自身を克服せよ!という主張はニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」で論じたこと。宮﨑駿はあくまでPositive thinkingの人なのである。
ギリシャ神話において、パンドラの箱を開けると世界に禍々しい災厄がもたらされるが、最後に「希望」が残った。「風の谷のナウシカ」や「崖の上のポニョ」のラストシーンが正にそれである。
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