【アフォリズムを創造する】その6「芸術について」
- 【アフォリズムを創造する】その1「資本主義 vs. 共産主義」
- 【アフォリズムを創造する】その2「EU及びグローバリズムという病」
- 【アフォリズムを創造する】その3「超人」とは何か?そして「永劫回帰」とは?
- 【アフォリズムを創造する】その4「立川談志とニーチェ」
- 【アフォリズムを創造する】その5「善悪の基準」
音楽は言葉で表現できないことを語る。つまり夢=無意識に関わる芸術である。一方、文学は言葉で語る。それは意識・自我(ego)に属している。では映画(アニメ含む)はどうか?映画のはじめに言葉ありきーシナリオは言葉で綴られる。しかし同時に映像はイメージであり、音楽も加わりそこに無意識が忍び込む。故に映画は意識+無意識=自己(self)を表現する。
上の式を図で示すと次のようになる。
図全体が自己(self)だ。これはユング心理学からの引用であるが、ニーチェは次のように語っている。《兄弟よ、君が「精神」と呼んでいる、君の小さな理性も、君のからだの道具なのだ。君の大きな理性の、小さな道具であり、おもちゃなのだ。「私は」と、君は言って、その言葉を自慢に思う。「私は」より大きなものを、君は信じようとしないがー「私は」より大きなものが、君のからだであり、その大きな理性なのだ。大きな理性は、「私は」と言わず、「私は」を実行する。(丘沢静也訳「ツァラトゥストラ」光文社古典新訳文庫より)》つまり「精神」(小さな理性)=自我であり、からだ(大きな理性)=自己と解釈出来る。
以前のアフォリズムで紹介したように、例えばイングマール・ベルイマン監督の映画「仮面/ペルソナ」冒頭に登場するタランチュラはイエス・キリストの、「2001年宇宙の旅」の太陽はツァラトゥストラ=ニーチェのメタファーであり、イメージの世界だ。新海誠監督「君の名は。」も三日月(三葉)、半月(かたわれ)、満月(三葉と瀧の結合)といった具合でイメージの洪水である。
映画は運動を描く。英語でもmotion picture(動く絵)と書く。つまりからだと同義だ。そしてそのイメージは観客の心の深層(魂)に働きかける。
イメージは無意識を探るため、心理学でも利用されている。その代表例がロールシャッハ・テストである。
また心理学者・河合隼雄が日本に紹介した箱庭療法も言語化出来ないイメージを活用している。
J.S.バッハから古典派(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)を経て、ロマン派(ブラームス、ワーグナー、マーラー)に至るまで、作曲家たちは夢=無意識を描く音楽を、小さな理性でコントロールしようとしてきた。その手段が、旋律・調性・和声・拍子・形式である。ストラヴィンスキー、シェーンベルク、ベルク、リゲティら20世紀の作曲家たちが挑戦したのは、その枷(かせ)を取り払い、音楽を混沌(Chaos)に引きずり戻す作業であった。それは「アポロン的」表現から「デュオニュソス的」表現への変換を意味していた。
調性とは長調とか短調のこと。形式とはソナタ形式(主題提示部-展開部-再現部-終結部)・ロンド形式(A-B-A-C-A-D-A)・三部形式(A-B-A')・変奏曲などを指す。ハイドンからマーラーの時代まで約150年間、交響曲やソナタといえば第1楽章がソナタ形式で、中間に緩徐楽章や舞曲(メヌエットまたはスケルツォ、三部形式)を挟み、終楽章は再びソナタ形式かロンド形式とほぼ型(フォーマット)が決まっていたのだから驚くべきことだ。それは音楽という暴れ馬に馬具を装着し、制御するシステムであった。この工夫により聴衆は頭(意識)で全体像を把握し、理解することが出来た。
しかしシェーンベルクは十二音技法を生み出すことで調性を破壊し、音楽は協和音から不協和音が支配する世界に突入した。旋律や形式も木っ端微塵に打ち砕かれた。
「アポロン的」と「デュオニュソス的」対立軸はニーチェがその著書「悲劇の誕生」(1872年出版)でギリシャ悲劇を引き合いに出して創造した概念である。ギリシャ神話に於けるアポロン神は理知的で、情念(混沌)に形(フォルム)を与え、高尚な芸術へと昇華させる力を象徴している。一方、デュオニュソス神はバッカスとも呼ばれ、豊穣とブドウ酒、酩酊の神である。祝祭における我を忘れた狂騒や陶酔を象徴する。つまり秩序化された世界を、もう一度根源的なカオスに解体する力を司るのだ。アポロンは英知と理性であり、デュオニュソスは泥臭い人間の業(ごう)、欲深い本性であるとも言える。
確かにダンス・ミュージックであるベートーヴェンの交響曲第7番はある意味ディオニュソス的である。しかし知性(旋律・調性・和声・拍子・形式)でコントロールされている。手綱はしっかりアポロンが握っているのだ。
こうして見ると、1913年にパリで初演され、大騒動となったバレエ音楽「春の祭典」が果たした役割が理解出来るだろう(パニックの顛末は映画「シャネル&ストラヴィンスキー 」に描かれている)。それまでの音楽は知的で上品であり、調和に満ちていた。ストラヴィンスキーはそこにデュオニュソス的な、原始的で荒々しいどんちゃん騒ぎを持ち込んで建築物をぶっ潰し、混沌(土)に戻したのである。ベルクやバルトーク、リゲティ、武満徹らが成し遂げたことも、同じ方向性であった(武満の音楽は流動的な「水」や「夢」をテーマにしたものが多い)。
20世紀美術も音楽と同様な流れを辿った。ピカソが「私の唯一の師」
と讃えるセザンヌを経てキュビズム(立体派)が完成され、やがてフォルムが解体されて抽象絵画に突き進んだ。人物/静物の輪郭=実際に目に見えるもの(意識)であり、それが失われるとイメージや無意識(魂)が残った。
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