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【アフォリズムを創造する】その1「資本主義 vs. 共産主義」

「アフォリズム Aphorism」の語源はギリシャ語で、人間についての真理や戒め、恋愛や人間関係についての教訓、人間の愚かしさや可笑しさ、人生の不思議や矛盾などを端的な言葉で表現したものをいう。日本語に訳すと金言、警句、格言、座右の銘といった言葉になる(ロバート・ハリス「アフォリズム」より)。ニーチェの多くの著書(「喜ばしき知恵」「善悪の彼岸」など)はアフォリズム集の形態で書かれている。

これから僕が考案したアフォリズムを少しずつご披露していこうと想う。今回のお題は「資本主義 vs. 共産主義」である。

人間の喜び、生きる原動力となるのは自身の欲望を満たすことにある。欲望を満たすためなら何の規制もなく、ある程度放任されている資本主義はそういう意味で人間の本性に適っている。一方、そこに計画経済の観念を持ち込み、労働者の平等を謳い、個人の欲望を規制するマルクス(共産)主義は人間の自由意志に反する。故に20世紀に世界規模で展開された社会主義国家という壮大な実験はことごとく失敗した。

共産主義はブルジョワジー(資本家、雇用者)とプロレタリアート(労働者、被雇用者)との対立軸を土台に生まれた。その本質は抑圧されている弱者=被雇用者こそが正義であり、強者=雇用者はだという価値の転倒にある。ニーチェがキリスト教を徹底批判した思想=ルサンチマン(ローマ帝国への怨恨、妬み)がマルクス主義の根底にもあった。ルサンチマン(ロマノフ朝への怒り)を原動力としてロシア革命が成立したのである。歴史は繰り返される。

旧約聖書に描かれるユダヤ人はエジプトで奴隷として扱われ、虐げられていた(出エジプト記)。やがてモーセに率いられ「約束の地」を目指すが、その行程は灼熱の荒野を歩くという過酷な旅であった。イエスが生まれた時にエルサレム地方を統治していたヘロデはローマ皇帝に従属することを約束して「ユダヤの王」となる。そしてヘロデの死後、ローマ皇帝はユダヤを属州にする。

キリスト教のルサンチマン(強者=支配者への怨恨、嫉妬)はやがて、奇妙な方向に進む。その攻撃性が自分自身に向かうのだ。それが原罪(人間は生まれながらに罪を負っている)であり、禁欲自己犠牲を美徳とする考え方である。鞭身派去勢派(スコプツィ)が極端な例だろう。マルクス主義者たちにも同様なことが起こった。ソビエト連邦ではレフ・カメーネフら政治家が自己批判の後に粛清され、中国でも文化大革命の時代に多くの人々が紅衛兵により自己批判を強要された。これはカトリック教会における懺悔室の拡大公開版と言える。日本においても連合赤軍の自己批判・総括が次第にエスカレートし、暴力リンチ殺人に至った(連合赤軍事件)。内ゲバも同様の理屈である。

つまり「人間の疎外からの開放」を実現しようとしたマルクス主義は、外的な抑圧(ロシア皇帝/ブルジョワジー)からの解放というみかけのもとで、内的な支配隷属の強化を遂行していたのである。

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