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2017年7月12日 (水)

上森祥平/ブリテン:無伴奏チェロ組曲全曲演奏会

7月11日(火)大阪倶楽部へ。上森祥平のチェロを聴く。

  • J.ダウランド:ラクリメ「涙」
  • ブリテン:無伴奏チェロ組曲 第1番
  • R.スマート:ああ、私にひどいことしないで
  • ブリテン:無伴奏チェロ組曲 第2番
  • T.ヒューム:愛よさらば
  • ブリテン:無伴奏チェロ組曲 第3番

ブリテンの無伴奏チェロ組曲はムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(愛称スラヴァ)の依頼で作曲された(第1,2番はレコーディングされたが、第3番は残されていない。他にチェロ交響曲がスラヴァに献呈された)。この曲を聴いていると、ショスタコーヴィチのヴィオラ&ヴァイオリン・ソナタとの親和性を強く感じる。両者の共通項は社会的重圧に対する抵抗、苛立ち、疲弊感である。社会的重圧とはショスタコの場合ソビエト共産党政府(ジダーノフ批判など)であり、ブリテンにとってはゲイ差別であった。

ブリテン生涯のパートナーは自作のオペラ初演を数多く歌ったテノール歌手ピーター・ピアーズ。ふたりは同棲生活を送り、現在彼らの墓はオールドバラの教会墓地に仲良く並んで置かれている。イギリスに於いて1967年まで「反自然的性交」は犯罪であり、1952年に「著しい猥褻行為」(gross indecency;つまり同性愛行為)で逮捕された数学者のアラン・チューリングは投獄か、同性愛を治療するための化学療法を受けるか二者択一を余儀なくされた(詳細はアカデミー作品賞・監督賞にノミネートされた映画「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」を参考にされたし)。因みに無伴奏チェロ組曲の初演は第1番:64年、第2番:67年、第3番:72年である。

ブリテンは1913年生まれ、ショスタコは1906年生まれで7歳違い。ほぼ同世代と言えるだろう。ふたりには接点があったに違いないと調べてみると案の定、交流があり、互いを尊敬していたようだ。ショスタコの交響曲第14番「死者の歌」はブリテンに献呈され、イギリス初演はブリテンが指揮した。また逆にブリテンは歌劇「放蕩息子」をショスタコに献呈している。

プレ/アフター・トークがあったが、ブリテンの無伴奏全曲が関西で演奏されるのはおそらく今回が初めてだろうと。東京では10年前に堤剛がサントリー(小)ホールで演ったきりだそう。

上森の見解によると組曲第1番は歌劇「ピータ・グライムズ」に似ている。Canto(歌)が4回挿入されるが、これは前奏曲/間奏曲に相当する。第2番は終曲がシャコンヌであることから判る通り、J.S.バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番への対抗心が剥き出した。女性的な大バッハに対し、ブリテンのそれは男性的で海の男を思わせる。第3番は4つのロシア民謡が引用された「告別の歌」。オーソン・ウェルズ監督の映画「市民ケーン」を想起させると。

上森の演奏は力強く雄弁。特に第2番は低音が朗々と響いた。僕は「市民ケーン」を何度も観ているが、上森とは違い第3番との関連性を感じることはなかった。寧ろ虚無感、諸行無常の響きがあり、に近いと想った。特にイントロのピチカートは小鼓を打つ音を連想させる。ブリテンは56年に来日し、「隅田川」に深い感銘を受け滞在中に2度鑑賞した。そして「隅田川」を基に、舞台を中世のイギリスに置き換えた歌劇「カーリュー・リヴァー」を作曲した。その体験が第3番に反映されているのではないだろうか?

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