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「ムーンライト」がアカデミー作品賞を受賞した歴史的意義についての考察

評価:A

映画「ムーンライト」を一言で評するなら「お前は誰だ?」という問いに対して、主人公シャロンが自分自身を見つけるまでの物語だ。映画は少年期・青年期・成人期と3章に分けられ、それぞれ別の役者が演じている。ポスターはその3人の顔をモザイクにして貼り合わせている。

Moon

マハーシャラ・アリ演じる麻薬の売人フアンは第1章にしか登場しないのだが、観ている者に鮮烈な印象を与える。アカデミー助演男優賞受賞も納得の名演技だ。彼がシャロンに海で泳ぎを教える場面は明らかにキリスト教における(幼児)洗礼式を模している。ファンはシャロンにとって父親代わりであり、師(Mentor)でもある。

以下、「アフリカ系アメリカ人」と表現するのが現在アメリカ国内での作法なのだが、長たらしいので「黒人」と略させていただく。悪しからず。

世界初のトーキー映画は「ジャズ・シンガー」(1927)である。アル・ジョルソン演じる主人公は白人だが顔を黒塗りし、口紅で唇を分厚く誇張して黒人に扮し、舞台で歌う。これをミンストレル・ショーと言い、当時流行ったスタイルである。現在では考えられない話だ。

Jazz

ジュディ・ガーランドとミッキー・ルーニーが共演した"Babes on Broadway"(41)でも彼等はミンストレル・ショーを演じている。

Babes

1950年代になってもハリウッド映画で黒人俳優が白人俳優と共演することは極めて稀だった。ニコラス・ブラザースという黒人兄弟のダンスの名手がいたが、フレッド・アステアとの共演は生涯叶わなかった(ただしジーン・ケリーとは「踊る海賊」で、ゲストダンサーとして一場面のみ共演している)。

Nicholasbros

Nicholasbrothers

1951年のMGMミュージカル映画「ショウ・ボート」では黒人のジャズ歌手レナ・ホーンアフリカ系(混血)女性ジュリー役を演じる予定だったが、首脳部の意向で撮影直前になって白人のエヴァ・ガードナーに替えられてしまった(スクリーン・テスト映像も残っており、「ザッツ・エンターテイメント PART 3」で観ることが出来る)。

1960年代に入るとマーティン・ルーサー・キング牧師による公民権運動が起こり、マルコムXによる過激な活動もそこに絡み合ってアメリカ社会は変革の時を迎えた。その先駆けとなったのがシドニー・ポワチエとトニー・カーティスが共演した「手錠のまゝの脱獄」(58)である。黒人と白人が一つの手錠に繋がれるという設定が当時は衝撃的だった。そしてポワチエは「野のユリ」(63)で黒人俳優として初めてアカデミー主演男優賞を受賞する。

黒人監督が脚光を浴びるのはスパイク・リーが89年に撮った「ドゥ・ザ・ライト・シング」からだろう。オバマ前大統領が妻のミシェル・オバマと初めてデートで観に行ったのが本作だそうである。日本ではキネマ旬報ベストテンで外国映画の第5位に選出された。映画の終盤、黒人の暴動が起こり白人の経営するピザ屋が放火された後に、キング牧師マルコムXがにこやかに一緒にいる写真と共に二人の相対する発言が引用されるのが象徴的だった。そして「ボーイズ'ン・ザ・フッド」(91)でジョン・シングルトン黒人として初めてアカデミー監督賞にノミネートされた。シングルトンは24歳で史上最年少、この記録は未だ誰にも破られていない。

黒人が監督した映画がアカデミー作品賞を受賞するのは「それでも夜は明ける」(2013)が初。「ムーンライト」は史上2作目となった。

バリー・ジェンキンス監督は37歳、これが長編映画2作目である。「それでも夜は明ける」のプロデューサーであるブラッド・ピットが本作でもプロデュースを務めている。舞台では未上演の戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」(月明りで黒人の少年たちは青く見える)を原案とし、その作者であるマクレイニーとジェンキンスが共同でシナリオを書いた(アカデミー脚色賞受賞)。ふたりは「ムーンライト」で描かれたマイアミに生まれ育ち、どちらの母親も薬物中毒だったそうである。

「ムーンライト」がアカデミー賞を受賞したことは黒人映画である以上に、もっともっと大きな意義がある。それは同性愛をテーマとした作品として初めての受賞だからである。台湾のアン・リーが監督した「ブロークバック・マウンテン」(05)は作品賞最有力と言われながら「クラッシュ」に破れ、監督賞・脚色賞・作曲賞の受賞に留まった。これは主人公がゲイ・カップルだから保守的なアカデミー会員に敬遠されたのだろうと囁かれた。2年連続でアカデミー(演技)賞に白人俳優ばかりノミネートされ多様性の欠如が非難された2016年、俳優のイアン・マッケランは「ゲイを公表している男優もオスカーを獲得したことがない。これは偏見なのか、偶然なのか」とガーディアン紙に語っている。

LGBT(L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシュアル、T=トランスジェンダー)が特に欧米で差別されるのは、キリスト教の影響が強い。何故なら聖書で同性愛は罪だから。この辺りが日本人には理解し辛い。旧約聖書で強烈なのは男色の町、ソドムとゴモラは神ヤハウェの怒りを買い、天から硫黄と火が降る裁きを受け亡ぼされた。一神教の厳しさと不寛容(intolerance )がここに示されている。また新約聖書では次のように書かれている。

正しくない者が神の国を受け継げないことを、知らないのですか。思い違いをしてはいけない。みだらな者、偶像を礼拝する者、姦通する者、男娼、男色をする者、泥棒、強欲な者、酒におぼれる者、人を悪く言う者、人の物を奪う者は、決して神の国を受け継ぐことができません。
(コリント信徒への手紙 6章9−10節)

1960年代までイギリスで同性愛は犯罪だった。発覚すると逮捕され、矯正するために薬物療法が強制された。この実態は映画「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」(アカデミー脚色賞受賞)で描かれている。

LGBTが差別(hate 嫌悪)されるのはキリスト教だけじゃない。起源を同じくするイスラム教も同様。イランやスーダン、ソマリアで同性愛者は死刑。サウジアラビアでは死刑または鞭打ち刑となる。

ディズニー実写版「美女と野獣」は今月日本でも公開されるが、ゲイのキャラクターが登場するということでロシアでは16歳未満の鑑賞が禁止となり、マレーシアでは13歳未満の鑑賞に保護者の注意が必要であることを指す「PG-13」に指定され、クウェートでは上映禁止となった。マレーシアでは「レント」や「ブロークバック・マウンテン」が同性愛を理由に公開差し止めとなっている。因みにマレーシアの民族構成はマレー系67%、中国系25%、インド系7%。宗教はイスラム教61%、仏教20%、キリスト教9%、ヒンドゥー教6%となっている。

「ムーンライト」の話に戻ろう。全体を支配するのは月の光青い色調である。神秘的で詩的な雰囲気が漂う珠玉の作品に仕上がっている。僕は「ブロークバック・マウンテン」より好き。僕がアカデミー会員だったら作品賞は「ラ・ラ・ランド」に投票したが、「ムーンライト」の受賞も十分納得出来る。欧米のキリスト教社会はいま、大きく変わろうとしている。映画は時代を写す鏡である。その叡智に、僕たちも学ぼうではないか。

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