「君の名は。」はどうしてこれだけヒットしたのか?〜様々な説を検証する。
「君の名は。」の興行収入は遂に「もののけ姫」(192億円)「ハウルの動く城」(196億円)を超え、200億円に達そうとしている。「ハリー・ポッターと賢者の石」(203億円)も目の前だ。
1997年10月末、「もののけ姫」が興行収入のそれまでの最高記録だった「E.T.」(163.5億円)を抜かした時、製作総指揮をした当時の徳間書店社長(徳間康快氏)がこう豪語したことを懐かしく想い出す。
「米映画を完全に負かしたと言うこと。野球で言えば10対1。米に勝ったのは真珠湾以来ということです。『E.T.』は3年がかりの記録だったが、我々は最短距離で達成した。21世紀、22世紀が来ても抜かれることのない大きな数字だろう。」
しかしその翌年、「タイタニック」にあっさり追い抜かれることになる(最終272億円)。
「君の名は。」の空前のヒットは誰も予想出来なかった。新海監督の前作「言の葉の庭」の興行収入が1.5億円(1.3億という説もあり)だったので、川村元気プロデューサーや東宝宣伝部はその10倍の15億円、できれば20億円にまで達したら万々歳だと考えていたと証言している。
これまで様々な人達がヒットの理由を解析してきた。しかしどの理由もこの現象を説明し切れていない。真相は誰にも判りそうにない。結局一つだけの要因ではなく、多数のfactorが複合的に作用してその相乗効果で大爆発を起こしたというのが正解なのだろう。
1)SNS(social networking service)、口コミでの拡散
やはりこれは大きい。1週目よりも2週目のほうが動員数が伸びたという事実がそれを証明している。twitterなどSNS時代でなかったら、全く一般に名前を知られていない監督が創った(原作のない)オリジナル脚本のアニメーションが前作の100倍以上のヒットになる筈がない。「シン・ゴジラ」との兼ね合いもあり、公開日が8月26日だったというのも有利に働いた側面があるかもしれない。夏休みが終わり学校が始まって、そこで一気に話題が沸騰した。他にSNS拡散効果が目覚ましかった作品として、「この世界の片隅に」がある。初週は週末興行成績10位だったのだが、その後右肩上がりで3週目にはスクリーン数も14増えて6位に急浮上した(4週目は4位)。新時代を迎えて映画宣伝部も戦略の見直しを迫られている。
2)RADWIMPSのうた
ディズニー/ピクサーのアニメで最大のヒット作が「アナと雪の女王」(259.2億円)で、次に来るのが「ファインディング・ニモ」の110億円と「トイ・ストーリー3」の108億円である。「アナ雪」と「ニモ」には2倍以上の大きな差がある。これはやはりアカデミー歌曲賞を受賞した「Let It Go(ありのままで)」の力が大きいだろう。様々な人々が歌い、You Yubeにupされた。同様の現象がRADWIMPSの「前前前世」にも起こっている。両者は紅白歌合戦でも歌われることになった。「君の名は。」の劇中に4回RADWIMPSのうたが流れるが、各々が感情のピークに達するように映画を設計したと新海監督は語っている。NHK「クローズアップ現代」で取り上げられたSNSマーケティングの解析でも、「君の名は。」に関する話題で「RADWIMPS」というキーワードが半数以上を占めた(具体的データはこちら)。考えてみれば「タイタニック」もセリーヌ・ディオンが歌いアカデミー歌曲賞を受賞した"My Hart Will Go On"が大ヒットしたし、「千と千尋の神隠し」(304億円)では木村弓の「いつも何度でも」が流行った。
3)ムスビ
NHK「クローズアップ現代」”想定外!?「君の名は」メガヒットの謎”が中高年者を対象に独自の試写会を開き導き出した結論は、三葉のオバァちゃん(一葉)が語る「結び(組紐)」が人々の心を鷲掴みにしたということになった。これについて新海誠監督は次のようにtweetしている。
NHKクロ現プラス、録画で見ました。とても素敵に語っていただき、感謝です。ただ、番組的な結論(ムスビ)に沿った構成で、インタビューはほぼ使われていなかったので(もちろんそれでまったく問題ないんですが)、ひとこと。
— 新海誠 (@shinkaimakoto) 2016年11月29日
『君の名は。』は、「もしも異性と入れ替わったら」という誰でも抱く想像を、「もしも自分があの人だったら」「もしも自分があの時、あの場所にいたら」という想像力まで連れていく構成になっています。個人的には、ここをいちばん大切にしました。
— 新海誠 (@shinkaimakoto) 2016年11月29日
また、僕は映画には「ムスビを大切にする」という意図は込めていません。ムスビ(絆)は「ほだし(人を縛るもの)」と両義で、若者を自立から阻むものでもあるからです。だから、できれば多様な受け取りの出来るものにしたかった。そういう話をしました。
— 新海誠 (@shinkaimakoto) 2016年11月29日
「運命の赤い糸」という言葉がある。「この世界のどこかに自分と出会うことを待っている異性がいる」という予感のようなものを心に抱いて生きている人々は多いのだろう。イギリスBBCラジオで映画評論家のMark Kermodeは「君の名は。」をシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」に喩えた→こちらに動画あり。考えてみれば映画「タイタニック」も「ロミオとジュリエット」同様に”運命的な男女の出会い”を描いている。これが全てとは思わないが、ヒットの一因であることは確かだろう。「タイタニック」がパニック映画のセオリー通り「グランド・ホテル形式」で撮られていたら、これほどの大当たりにならなかったかも知れない。ただ新海監督自身は川村元気プロデューサーとの対談で「僕は”運命の人”なんか信じていない。出会いは単なる偶然の積み重ねに過ぎない。現在の自分があるのは数々の選択をしてきた結果」だと語っている。つまり「運命の赤い糸」「ムスビ」で観客が感動しているのは作者の意図から離れた現象であり、「好意的誤解」とも言えるだろう。
4)東日本大震災の記憶
「シン・ゴジラ」と「君の名は。」は2011.3.11.の記憶と密接に結びついている。「あの日を境に世界の様相は変わってしまった。あの日以前に戻りたい。あの場所にもし自分がいたら、何か出来たのではないか?」という人々の想い、願いが本作に集約されており、共感を得られたのかも知れない。
5)日本人の潜在意識への働きかけ
上記事に書いたように「君の名は。」は平安時代に書かれた作者不詳の「とりかへばや物語」や古今和歌集、イザナギ・イザナミ・ミヅハノメといった日本神話に密接にリンクしている。それが日本人の潜在意識(無意識)の領域に届いた、琴線に触れたということも無視できないのではないだろうか?「千と千尋の神隠し」にも龍や八百万の神が登場する。また逆に、海外での大ヒットは日本独特の文化がエキゾチック・神秘的に映るのだろう。宮崎アニメでも「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」など外国を舞台にした作品よりも、「となりのトトロ」「もののけ姫」「千と千尋」など日本が舞台の作品の方があちらでは評価が高い(米TIME誌が選ぶランキングはこちら)。
他にNHK「クローズアップ現代」では【風景描写の美しさ】【スピード感】もヒットの一因として取り上げられていたが、【風景描写の美しさ】は新海監督の「秒速5センチメートル」や「言の葉の庭」にも当てはまることだし、「千と千尋」や「アナと雪の女王」「タイタニック」に【スピード感】を感じるか?と問われたら、首を傾げざるを得ない。だから決定的事項とは言えないと想う。
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