ハーディング/パリ管のマーラー5番(と東日本大震災の記憶)
2011年3月11日(金)ダニエル・ハーディング/新日本フィルハーモニー交響楽団は、すみだトリフォニーホールでマーラー:交響曲第5番を演奏することになっていた。1,800席のチケットは完売。しかしその日の午後2時46分、東日本大震災が発生し、東京は大混乱に陥った。交通は麻痺し、なんとか会場にやって来れた客はたった105人。しかし演奏会は予定通り実施された。
終演後の会場では飲み物が配られ、ハーディングは来場者全員と記念撮影し、サイン会も開いた。また、帰宅困難者のために、ホールは宿として提供された。このエピソードは後に「3月11日のマーラー」としてNHKでドキュメンタリー番組が放送された。
ホルン奏者の大野は一時電車に閉じ込められた後、新橋駅に着いた。昔、ボーイスカウトで習った「スカウトペース」(40歩歩き、40歩走るーそれを繰り返す。長距離をバテずに速く進む方法)を想い出し、10kmの道のりを会場に向かった。僕はこの番組で初めて「スカウトペース」という言葉を知った。
あれから5年半。
2016年11月22日、ザ・シンフォニーホールへ。パリ管弦楽団の演奏を、その音楽監督に今年9月に就任したダニエル・ハーディング(イギリス出身)の指揮で聴いた。ヴァイオリン独奏はアメリカ生まれのジョシュア・ベル。
- メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
- マーラー:交響曲 第5番
この日の朝5時59分ごろ、福島県を震源とした地震が発生した。マグニチュードは7.4、福島県・茨城県・栃木県で震度5弱を記録。福島県には津波警報が発令された。大阪(震度1)のホテルに宿泊していたハーディングの心に去来したものは、一体何だったのだろう?
客の入りは1階席9割、2階席5割、料金が一番安い3階は満席。オーケストラは2曲共に第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが指揮台を挟み向かい合う古典的対向配置だった。
メンデルスゾーンでオケはビシッと速めのテンポで颯爽とした演奏。切れがあり、勢いよく弾ける。
ジョシュア・ベルの音を聴いた瞬間に感じたのは、「あ、レッド・ヴァイオリンの音だ!」ジョン・コリリリアーノが作曲した映画「レッド・ヴァイオリン」のサントラは彼がソロを弾き、アカデミー作曲賞を受賞した。
第1楽章でびっくり仰天したのは従来の作曲家自身が書いたカデンツァを使用しなかったこと!そんなの前代未聞である。調べてみるとどうやらジョシュアの自作らしい(完成度はあまり高くなかった)。
メンコンの3楽章は軽やかですばしっこい。ここでハーディングは対旋律を生き生きと鳴らし、瑞々しい。僕は長野県軽井沢町にある白糸の滝をふと想起した。それは従来のベタベタと甘く、ロマンティックなメンデルスゾーンとは一線を画する解釈だった。
メンデルスゾーンは20歳の時、J.S.バッハ「マタイ受難曲」100年ぶりの蘇演の指揮をした。またその続きとも言うべきオラトリオ「聖パウロ」を作曲している。メンコンはロマン派としてではなく、バッハのように演奏されるべきだ、というのが僕の持論である。
ソリストのアンコールはJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番からガボットとロンド。
暖炉の傍で聴いているような、温かくまろやかなバッハ。藤谷 治の小説「船に乗れ!」で高校の音楽科で学んでいる主人公が家族との団欒の場において、お祖父さんが演奏するバッハのオルガン曲クリスマス用コラール「かくも喜びあふれる日」と年末/新年用コラール「汝のうちに喜びあり」を聴く場面を想い出した。
さて、マーラーである。冒頭トランペット・ソロはいぶし銀の響きがした。楽器は錆びたような色合いだったが、相当な年代物なのだろうか(それとも仕様)?葬送行進曲の第1楽章は哀しいがそれ程悲愴じゃなく、流麗で、弦で始まる第2トリオには儚い夢が感じられた。第2楽章は激情。スケルツォの第3楽章ではホルン・ソロが起立。躍動感と楽しい想い出に満ちていた。この楽章はマーラーが幼少期を過ごしたボヘミア地方のカリシュト村(現在はチェコ)の記憶を描いているのだろう。第4楽章で「夢の女」アルマが登場。天国的な軽さと絹のようなしなやかさがあり、その透明感はバーンスタインの濃厚でネチッコイ演奏とは対照的だった。第5楽章はさしずめ村の結婚式。飲めや、歌え、踊れのどんちゃん騒ぎ。そこにアルマの主題が絡んでくるところはベルリオーズ「幻想交響曲」第5楽章”ワルプルギスの夜の夢”みたいだなと今回初めて気付かされた。両者は5楽章形式という点も共通している(ベルリオーズとマーラーはゲーテ「ファウスト」を愛読し、自作に引用した)。ハーディングは僕に、この曲が実は輝かしい「青春交響曲」という側面を持っているのだと教えてくれた。
考えてみるとこのマーラーの5番に僕たちが抱くイメージはヴィスコンティ監督「ベニスに死す」の腐臭・退廃美(デカダンス)や、のめり込んだレニーの解釈に影響を受け過ぎているのではないだろうか?
パリ管の音は柔らかく芳醇で「ふくよかな女性」を連想させる。それはゴツく硬いドイツのオケの響きとは全く違っていた。そして日本のオケはどちらかと言うとドイツ寄りなのだ。
| 固定リンク | 0
「クラシックの悦楽」カテゴリの記事
- 近況報告(あるいは、なぜ当ブログは最近更新頻度が低下しているのか?)(2025.10.16)
- 映画「マエストロ:その音楽と愛と」のディープな世界にようこそ!(劇中に演奏されるマーラー「復活」日本語訳付き)(2024.01.17)
- キリル・ペトレンコ/ベルリン・フィル in 姫路(2023.11.22)
- 原田慶太楼(指揮)/関西フィル:ファジル・サイ「ハーレムの千一夜」と吉松隆の交響曲第3番(2023.07.12)


コメント