日本人は何故【泣ける映画】を求めるのか?〜「君の名は。」を糸口として
現時点で興行収入が150億円を超えた「君の名は。」は学校やSNSでの評判の拡散が今年度ぶっちぎりの大ヒットとなった要因と分析されているが、キーワードは「泣ける」だった。
例えばこんな記事がある→2016年最も泣けるアニメ映画『君の名は。』大ヒットの要因とは…
因みに僕自身は「君の名は。」を4回観に行ったが、泣いたことは1度もない。僕にとって「君の名は。」は【泣ける映画】でなく、もっと違う次元の感動があった。
雑誌やインターネットでの【泣ける映画】の特集は多く、またテレビの音楽番組ではしばしば【泣ける曲】ランキングで盛り上がる。どうして日本人はこんなに泣きたいんだろう?我々の文化に於いて【泣く】というのは概ね肯定的に捉えられており、特に若い女の子が「泣いた」と呟けば、それは「可愛い」に直結する。だからアイドルたちはSNSで競って「泣きました」を強調するのだ。考えてみればとても不思議な民族である。
一方、欧米で【泣ける映画】が持て囃されることはない。ハリウッド映画に【涙(tears)】は求められず、ヒットするために最も重要なのは【興奮(excitement)】と【笑い(fun, laughter)】である。
キリスト教は父性原理が強い宗教だ。祈りの言葉は「天にまします我らの父よ」であり、三位一体とは父、子(イエス)、精霊を指す。そこに女性は一切介在しない。カトリック教会の頂点に立つのは法王だが、女性は法王になれない。
父性原理は【切断】し、物事を分類する。光と闇、天と地、善と悪、天使と悪魔。コンピューターも0か1で全てを表現する2進法が根幹をなす。
欧米社会では成人するまでに精神的な【母親殺し】(=自立)が求められ、強力な自我(ego)が形成される。他者とは異なる個(individual)を確立することが最も大切なのである。女性も同様で、その典型例が「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラだろう。
フランス人は赤ちゃんに添い寝をしない(具体的にはこちらのブログをご覧ください)。出来る限り早い段階でひとりで寝かせる。親離れをさせるためである。正に【切断】(divide)している。
ヨーロッパの昔話に多いパターンは精悍な青年(王子様)が困難を克服し、最後にバケモノ(大蛇・ドラゴン・魔女など)を退治して、お姫様と幸福な結婚をする。めでたしめでたし(And they lived happily ever after.)というもの。強い自我形成の大切さを示す寓意が込められている。「スーパーマン」「スパイダーマン」などアメコミも基本的に同じ構図だ。
一方、日本にこういう昔話は稀有であり、むしろ母性原理が支配的である。
日本人は場の平衡を保つことに腐心し、すべてを包み込むように(清濁併せ呑み)、横に繋がって生きてきた。「君の名は。」の言葉で言えば【結び】を大切にしてきたのである。
多分、父性原理に生きる西洋人にとって泣くという行為は相手に【弱みを見せる】ことに等しく、好ましくないのであろう。要するに【男らしくない】、みっともないのだ。それは男性だけに留まらず、ヒラリー・クリントンなど社会の第一線に立って働く女性にも当てはまる。
しかし日本では平安時代の「源氏物語」や、「君の名は。」で新海誠監督が参考にした「とりかへばや物語」など、作中の男たちは優雅に和歌を詠み、しょっちゅう泣く。恥ずかしいことではない。江戸落語の聴衆が好むのも人情噺だ。「君の名は。」の主人公・瀧も度々涙を流す。ハリウッド映画やディズニー/ピクサー・アニメで瀧ほど泣く男性キャラは皆無だろう。
映画を観たり、音楽を聴いて【泣く】という行為は何を意味しているのだろう?それは物語や、登場人物への【共感】【一体感】である。つまり【繋がる】ということであり、【結び】だ。ではアメリカ人が好むジョークとか笑い(古くはマルクス兄弟、現在は「サタデー・ナイト・ライブ」)は?それは【批評精神】と言えるだろう。対象との関係は【切れて】いる。客観的に相手を観察する【醒めた目】がある(その姿勢が欧米における自然科学の驚異的進歩という成果を生み出した)。
「竹取物語」とか「伊勢物語」など日本の古典文学、「万葉集」など和歌で重要な言葉に【かなし】がある。これは「哀し」と共に「愛し(しみじみとかわいい。いとしい。)」の意味を含有する。僕はこの【かなし】という感情が【泣ける】映画・音楽のルーツではないかと考える。
「君の名は。」の新海誠監督は毎日新聞の記事において、「作品には、少女漫画の文法を感じるところがあります。」と聞き手に言われ、次のように答えている(出典はこちら)。
私の作品に父性主義・父権主義はなく、そんな意味では確かに女性作家の小説の方が、好きなものが多いかもしれません。父が権威を大事にする人で、男はこうあるべきだ、人生はこうあるべきだ、と「あるべき」を言う親で、良くも悪くも影響も受けているかと思いますが反発もずっとあり、説教されるのが嫌いです。
「君の名は。」の登場人物たちの運命の鍵を握るのは巫女の超人的能力であるし、上の発言でも判る通り、新海アニメは母性原理を原動力にしている。それが日本人の無意識に訴えた(琴線に触れた)からこそ、これだけのヒット作が生まれたのだろう。
参考文献:河合隼雄「昔話の深層」「昔話と日本人の心」「母性社会日本の病理」
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