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2016年7月26日 (火)

佐渡裕プロデュースオペラ「夏の夜の夢」

7月24日(日)兵庫県立芸術文化センターへ。

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佐渡裕/兵庫芸術文化センター管弦楽団・ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団で、

  • ベンジャミン・ブリテン:歌劇「夏の夜の夢」

を観劇。演出・装置・衣装デザインは英国のアントニー・マクドナルド。出演者は以下の通り。

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歌手陣の中では朗々とした低音を響かせたボトム役アラン・ユーイング(バス)の上手さが際立っていた。他の外国人キャストも充実。日本人ではティターニアの森谷真理が良かった。ただし、(一般論として日本人は概して男声低音がダメで)シーシアスの森雅史(バス)はいただけない。

オーケストラの方は妖しさと、職人たちが登場する場面では滑稽さがあり、作品の魅力を十二分に伝えた。総論として極めて満足度の高いプロダクションであった。極東の国・日本でこれだけ質の高いオペラを観られることは希少であり、佐渡裕・芸術監督に賞賛の拍手を送りたい。

過去10年間の佐渡裕プロデュースオペラは「蝶々夫人」「トスカ」「魔笛」「こうもり」「カルメン」「椿姫」など誰でも知っている、興行的に手堅い作品ばかり並んでいたが、今回の「夏の夜の夢」は相当な冒険だった筈だ。ブリテンのオペラは(「ピーター・グライムズ」も含め)日本で滅多に上演されない。そもそも「夏の夜の夢」は国内盤DVDすらない。僕が所有しているピーター・ホール演出のグラインドボーン音楽祭のプロダクションは輸入盤で当然日本語字幕なし。しかし今回の6公演は平日を含め全日完売というのだから大したものだ。

続けて作品を論じるにあたり、まず下記記事を併せてお読みください。

今回の演出で驚いたのは妖精パックに大人のダンサー(26歳)が配されていたことである。グラインドボーン版ではパックを小学生くらいの男の子が演じていたし、オーストリア出身の著名な演出家マックス・ラインハルト(ドイツ演劇界では「皇帝」と呼ばれた)が監督した1935年のハリウッド映画版(メンデルスゾーンの音楽をエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトが編曲)のミッキー・ルーニーは撮影当時14歳だった。パックといえば「いたずら坊主」「天衣無縫」「無邪気(innocent)」という印象が強いので、成人というのは違和感があった。面白いなと思ったのはパックの顔が半分だけ白塗りになっていたこと。これは道化師の象徴である。中世の道化師は色鮮やかなまだら模様の衣装を着ており、善と悪、破壊と創造、賢者と愚者といった二面性を行き来する存在であることを表している。つまりトリックスターこちらに詳しく説明した)であり、妖精パックが担う役割と全く同じなのだ。

妖精たちは日本語、人間は英語歌唱だった。でティターニアが職人のボトムと絡む時だけ英語になる。妖精同士が会話するときは人間の言葉を使うはずもないので日本語=妖精語という見立ては秀逸だと想った。また人間たちは靴を履いているが妖精の王と王妃、パックは素足、子供の妖精はソックスで舞台を駆け回っていた。ティターニア付きの小妖精(豆の花・蜘蛛の巣・蛾・芥子の種)がロバに変身したボトムに対して鼻をつまんで嫌そうに仕える演出も成る程と想った(ピーター・ホール版ではなかった)。ティターニアは魔法で目が眩んでいるのでロバに恋するわけだが、他の妖精はそうではないのだから考えてみれば当然の反応である。またロバは精力絶倫を意味することは前の記事に書いたが、ピーター・ホール版でボトムの股間がモッコリ強調されていたのに対し、マクドナルドの演出ではボトムの腰に刺した芝居用の剣が、勃起したペニスのメタファーとして機能していた。

あと今回初めて気がついたのはシェイクスピアの戯曲は全5幕であるが、ブリテンと彼の生涯のパートナー、ピーター・ピアーズが執筆した台本はカットや順序の入れ替えなどを行い、全3幕で構成されている。そして全ての幕切れが眠りに就く場面で構成されているのだ(シェイクスピアの方はそうなっていない)。この創意工夫には唸った。

オーベロンはカウンターテナーが演じるわけだが、カウンターテナーのパートは19世紀以前、去勢歌手カストラートのレパートリーだった。つまりこの役は男声でもなく女声でもないわけで、ゲイを象徴しているのではないかという気がした。

それにしてもパック最後の口上、

影にすぎない私ども、もしご機嫌を損ねたなら
お口直しに、こう思っていただきましょう。
ここでご覧になったのは、
うたた寝の一場のまぼろし。
たわいない物語は
根も葉もない束の間の夢。
(中略)
野次やお叱り受けずにすめば
これぞ望外の幸せと、いっそう精進いたします。
パックは嘘をつきません。
では、どちらさまも、おやすみなさい。
ご贔屓のしるし、お手を頂戴できるなら
パックも励み、必ずお返しいたします。
       (松岡和子 訳、ちくま文庫)

を聴きながら、鳥肌が立った。演劇の醍醐味、ここにあり!Theatergoer(芝居好きの人)にとって、正に至福の瞬間(とき)であった。

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